2017年4月26日 (水)

1987年4月26日

本日は、文化放送番組"とうきゅうサウンドパラダイス"の公開録音に参加のため、取手駅前の取手とうきゅうまでやってきた小生。
取手駅は通過したことはあるが、降り立つのは初になる。
目指す取手とうきゅうは、取手駅西口にある。取手駅は橋上駅になっており、西口からはペデストリアンデッキで取手とうきゅう2階入口と直結していた。

2階入口前に到着すると。我孫子在住のM氏など、すでに何人かが開店待ちをしていた。
10時開店、小生は初めてで勝手がわからないため、人の流れに乗ってエスカレーターで階を上へと昇っていく。
6階から7階へと上ろうとするところで、前方に吹き抜けの空間が現れた。さらに昇っていくと、積み重ねられたテレビジョンのモニター、ステージ、客席と順番に見えてくる。
先頭の者から座席になだれ込み、小生はそれに続く。
ステージに向かって右端の最前列の席を確保できた。

ここの会場は、背もたれのない木製のベンチが床に固定されている。一基で3人ほどが腰掛けらるので、座れるのは40人から50人といったところか。7階と8階が吹き抜けになっており、8階からステージを見下ろすこともできる。立ち見を含めると100人少々の観客までは対応できそうである。

本日は、"関東一のおっかけ"I氏、前述我孫子のM氏、某光学機器メーカーのH氏、S氏、名古屋のI氏、開店後悠々と現れた"ワープロ君"U氏等の面々が集まった。

小生がコンパクトカメラを準備しいてると、名古屋のI氏が予備の一眼レフカメラが余っているので貸してくれるというので、お言葉に甘えて拝借することにした。CanonのAE-1Pに、FD200mmF4である。AE-1Pは絞り優先オートの機能がないが、マニュールモードにしてストロボに調光させれば良いだろう。

13時開演。司会は藤沢かずより氏と坂本理恵女史。本日のゲストは、さいたまんぞう氏と川島恵女史、そして佐野量子女史である。

19870426とうきゅうサウンドパラダイス

番組冒頭佐野女史が
「4月のせいかもしれない」
を歌う。

その後、ゲストのトークのコーナー。
佐野女史からは、夢のこと、昨日の富士宮郵便局一日郵便局長のこと、ジャンボマックスのこと等の話題が出た。

続いてさいたまんぞう氏と川島恵女史の
「東京カントリーナイト」
曲がはじまると折りたたみ椅子の座面をお尻につけたまま立ち上がりステージからはける佐野女史。
佐野女史の正面たる僥倖の恩遇に浴する小生。

19870426とうきゅうサウンドパラダイス佐野量子

その後、つぶされた粘土細工から元々何を造ったものだったかを当てるというクイズのコーナー。

最後に佐野女史が、
「少女がページを閉じる時」
を歌って終了。

さすがに「ミスター不思議」「処女航海」は歌わないか。
佐野女史は浅井企画の社員の結婚式に出席するとのことで早々に帰っていった。
小生らはみな常磐線に乗ったが゛、三々五々各方面に分かれていった。

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2017年4月25日 (火)

1987年4月25日

本日は、東海道線、身延線と乗り継ぎ、富士宮にやってきた小生。身延線の車窓からは富士の山頂からの裾野までが眼前に広がる。富士宮駅に降り立ち、富士宮郵便局を目指し歩くと、4月というのにやけに蒸し暑い。郵便局まで軽い上り坂を急ぎ歩いているせいかもしれない。

富士宮郵便局に到着。すると、既に到着していた知人から、鈴木マネージャーの所有の自動車がいましがた到着したばかりとの情報を得る。
すぐさま郵便局裏の駐車場に向かうと、黒いプレリュードから降りる佐野女史の姿が。佐野女史がこちらを向いたので、思わず顔をかくしてしまう小生。

本日の佐野女史の予定は、郵便局内で挨拶をし、一日郵便局長を拝命。14時から長崎屋で切手等の販売。15時から長崎屋屋上でミニコンサート。と聞いている。

19870425佐野量子 富士宮郵便局 逓信記念日一日郵便局長チラシ(表)(150dpi)

佐野女史が郵便局内にいるため、まだ長崎屋富士宮店へと移動するわけにはいかない。郵便局内で待つのも通常の客の迷惑であろうということで、小生ら一団は郵便局入口横で待機する。局に出入りする人々の視線が冷たいような気もするが、既にそういったことには慣れているのでかまわないのである。

本日集まった者は、"関東一のおっかけ"I氏、"ワープロ君"U氏、某光学機器メーカーのH氏とS氏、富士のK氏、名古屋のK氏、奈良のI氏等。某光学機器メーカーのH氏は輪行してきたロードバイクを組み立てる。

SBS静岡放送の伊藤圭介アナウンサーが局内に入って行くので、軽く挨拶をしておいた。本日の司会であろうか。

局内が騒がしくなったので中に入ってみると、佐野女史が郵便局の窓口で記念台紙を販売している。

19870425佐野量子富士宮郵便局一日郵便局長

これは購入するしかない。

佐野量子 逓信記念日一日郵便局長記念カバー(表)(150dpi)

しかしこの台紙。切手は富士宮の風景印で消されているのだが、その切手の発売日は4月25日でないため、FDCにならないのがいかにも中途半端。
しかし、佐野女史のサイン入りなので許そう。
佐野女史の知り合いの方も多く来ているようで、さすが出身地といったところ。

ということで、富士宮郵便局でのイベントは終了したので、次の会場となる長崎屋富士宮店に移動する。
ミニコンサートが開催される屋上に移動し、場所を確保。
椅子はなくコンクリート面にシートを敷いただけの客席といい、取ってつけたようなステージ後ろの紅白の幕といい、普段イベントなどは行わない場所のようである。.
既にステージ前の良い場所は確保されているのは、富士宮郵便局に参加した代償でいたしかたないところ。

屋上でイベントの開始待ちをしていると、金網に張りついて下方を覗いていた者が、佐野女史が見えるという。
小生も金網越しに駅前通りを見下ろしてみた。佐野女史の姿はよくわからないのだが、人だかりができているのは確かであった。急いで、その人だかりがある場所を目指し移動する。

すると、佐野女史は、大時代的な郵便配達員の衣装を身にまとった方と一緒に、郵便を配達しているところであった。

19870425佐野量子富士宮郵便局一日郵便局長郵便配達1

その合間に、記念撮影にも応じていた。

19870425佐野量子富士宮郵便局一日郵便局長郵便配達2

その後、長崎屋富士宮店の店内催事場で再び切手等の販売を行う。
なお、こちらで販売した記念台紙はサイン無しのもの。富士宮郵便局に足を運んだ者だけがサイン入りの台紙を購入できたのであった。

19870425佐野量子富士宮郵便局一日郵便局長長崎屋富士宮店内

そして、15時からミニコンサート開始。
本日の会場はとにかく女子中学生や女子高校生が多い。男性よりも女性が多く、いつものイベント会場とは違った雰囲気。水族館のステージの観客席といったところであろうか。
司会はやはりSBSの伊藤圭介アナウンサーであった。

19870425佐野量子富士宮郵便局一日郵便局長ミニコンサート

歌った曲は。
「少女がページを閉じる時」
「雨が止むまで」
「瞳にピアス」
「4月のせいかもしれない」
MCは撮影しているという映画の話しなど。この映画の役どころは、かなり心配なところではあるが。

そして最後に握手会。
小生はというと、"明日の取手にも行きますので"と声をかけ握手。

握手会が終わり退場する佐野女子を、手を振り見送る小生たちであった。

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2017年4月21日 (金)

佐野量子「蒼いピアニシモ」告知ピンナップ

今回紹介する品は、佐野量子女史2枚目のシングルレコードである「蒼いピアニシモ」の発売告知ピンナップである。

判型はB4版。紙質はアート紙。片面カラーグラビア印刷となっている。
オリコン通信常連投稿者のペンネーム"PINK TANK"氏からいただいたものであるが、"PINK TANK"氏の入手方法は不明である。

二つ折りにして保管されていたようで、いただいたときは既にこの状態であった。

佐野量子「蒼いピアニシモ」告知ピンナップ(B4表)(150dpi)

本ピンナップは、「蒼いピアニシモ」のジャケットとは、衣装も意匠も異なったものとなっており、曲名の文字のデザインさえ全く異なっている。
写真は、講談社の雑誌である"スコラ"が提供したものである。告知ピンナップの写真が撮りおろしでないというのも珍しい。
バックにト音記号と五線譜をあしらったデザインは、オリコン・ウィークリーに掲載された広告でも使用されている。そのオリコン・ウィークリーの広告には、「蒼いピアニシモ」のジャケットも掲載されていることから、本ピンナップとジャケットは敢えて別の意匠としたということになる。

なお、本ピンナップは「ファースト・レター」の告知ピンナップとは異なり、裏面には何も印刷されていない。
よって、プロフィールも表面に掲載されているわけだが、ここで注目すべき点は、「ファースト・レター」の告知ピンナップでは"明治大学付属中野高等学校(在学中)"と記されていた"出身校"が、本ピンナップでは"代々木高等学校(在学中)"に変わっている点であろう。

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2017年4月20日 (木)

佐野量子「ファースト・レター」発売告知ピンナップ

今回紹介する品は、佐野量子女史のデビューシングルレコード「ファースト・レター」の発売告知ピンナップである。

判型はB4版。紙質はアート紙。片面カラーグラビア印刷。もう片面は単色オフセット印刷となっている。
入手経路は不明。

佐野量子「ファースト・レター」告知ピンナップ(B4表)(150dpi)

使用されている写真は「ファースト・レター」のジャケットと同一衣装、同一背景のものであるが、微妙に異なるもの。また、「ファースト・レター」の発売告知ポスターの写真もまた、レコードジャケット、本ピンナップと微妙に異なっている。微妙にしか違わないのであれば、同じ写真でも良いように思うが、何かしらこだわりがあったのであろうか?。なお、オリコン・ウィークリーの広告の写真については、発売告知ポスターの写真と同一のものである。もしお持ちであれば、見比べてみてはいかがであろうか。

文字のフォントはレコードジャケットと同じもの、配色もレコードジャケットと揃えられている。

ピンナップに掲載されている情報は、発売日、キャッチコピー、デビュー曲のタイトル、作家陣、B面曲のタイトル、名前に、ロゴマークと、一通り網羅されている。

プロフィール、ファンクラブ等の連絡先が掲載されないないのではないか、と思いきや、このピンナップには裏面があり、

佐野量子「ファースト・レター」告知ピンナップ(B4裏)(150dpi)

こちらに、プロフィールや事務所などの連絡先が掲載されているのであった。
好きな食べ物が、"スパゲッティ・ハンバーグ・寿司"とは、どこかよそ行きのプロフィールである。

これで、プロフィールまでもが網羅されたわけである。
とは言え、このピンナップが店頭に掲出されても、裏面は見えない。
プレス配布用とするには判型が大きすぎる。

とすると、裏面は、ファンに向けた情報だと考えるのが適当であろう。
ただ、このピンナップを所有しているファンがいるという話しは、ついぞ耳にしなかった。

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2017年4月16日 (日)

森恵「東京街(TOKIO TOWN)」発売中告知ハガキ

今回紹介する品は、昨日に引き続いて、森恵女史の3枚目のシングルレコード「東京街(TOKIO TOWN)」の告知ハガキであるが、こちらは発売後に発送されたものなので、"発売中告知ハガキ"とした。。

官製ハガキに通信面は単色コピー刷り、宛て名面は、住所氏名が記載されたラベルシールが貼付されている。
小生宅にダイレクトメールとして届いたもので、デビューイベントに参加したためであろう。SMSからはこのようなダイレクトメールがときおり届いていた。

森恵「東京街(TOKIO TOWN)」発売中告知ハガキ(裏) (150dpi)

森恵「東京街(TOKIO TOWN)」発売中告知ハガキ(裏) (150dpi)

昨日の記事で紹介したハガキは、出演番組の放送日が記載されていなかったが、こちらのハガキにでは記載されているので、資料として、テキストに書き起こしておくこととしたい。

テレビ東京「ヤンヤン歌うスタジオ」5/17放送("ヤニヤン"は誤植なので訂正した)
テレビ朝日「歌謡びんびんハウス」5/24放送
TBS「ロッテ歌のアルバム NOW」5/24放送(番組の正式名称には"NOW"が付くので補記した)
TBS「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」5/17放送(略称だったので番組正式名称にするための補記をした)
日本テレビ「スーパーJOCKEY」5/31収録(番組正式名称に訂正した)
なお"スーパーJOCKEY"は"収録"、他は"放送"ということに留意する必要がある。

『宇宙少女モルモ10分の1』の放送は5月25日となっており、小生のビデオテープの記録は正しかったようである。

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2017年4月15日 (土)

森恵「東京街(TOKIO TOWN)」発売告知ハガキ

今回紹介する品は、森恵女史の3枚目のシングルレコード「東京街(TOKIO TOWN)」の発売告知ハガキである。

コート紙に通信面はカラーグラビア印刷、宛て名面は単色オフセット印刷となっている。

小生宅にダイレクトメールとして届いたもので、デビューイベントに参加したためであろう。SMSからはこのようなダイレクトメールがときおり届いていた。

「TOKIO TOWN」発売告知ハガキ(裏)(150dpi)

使用されている写真は、シングルレコードジャケットのものと同衣装のもの。
曲名のデザインも、シングルレコードのそれと統一されている。
さらに、このハガキには、"天使のささやき、幻想のエスコート…"とのキャッチコピーが添えられている。

なお、シングルレコードのジャケットや、このハガキからでは曲名の正式な表記は"TOKIO TOWN 東京街"のようにも思えるが、シングルレコードレーベル面の表記は「東京街(TOKIO TOWN)」となっており、この記事ではその表記を採用することとした。

「TOKIO TOWN」発売告知ハガキ(表)(150dpi)

放送日が記載されていないので、資料的な価値はいま一つではあるのだが、宛て名面には、テレビジョン放送への出演情報が記載されている。

「東京街(TOKIO TOWN)」の発売時が1987年4月21日。その後1987年5月25日に月曜ドラマランド『宇宙少女モルモ10分の1』が放送されているが、この当時の月曜ドラマランドは"おニャン子クラブ"の曲に占拠されており、劇中では流れなかったと記憶している。

なお、『宇宙少女モルモ10分の1』の放送日は、この記事を記述している時点でのウィキペディアの記事によれば1987年5月4日放送となっているが、小生が録画したビデオテープの記録では、録画日は5月25日となっていることを申し添えておく。

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2017年4月10日 (月)

1987年4月10日

本日は、文化放送の番組"パナメディアポップンポップ"公開録音に参加するため、銀座コアビルのパナメディア銀座にやって来た小生。先週4月3日にも来ているので1週間ぶりとなる。

本日のゲストは佐野量子女史と井森美幸女史である。
司会は文化放送の竹内靖夫アナウンサー。

19870410パナメディア・ポップンポップ

佐野女史は「瞳にピアス」

19870410パナメディア・ポップンポップ佐野量子

「4月のせいかもしれない」を披露した。

本日のイベント参加者は、某光学機器メーカー社員のH氏とその同僚S氏。"関東一のおっかけ"I氏"、"ワープロ君"U氏であった。

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2017年4月 5日 (水)

1987年4月5日

本日は、新宿ALTA7階のスペースアルタで開催される佐野量子女史のイベント"「私の部屋へようこそ」~Net Work From My Room~"に参加するため、始発電車に揺られ新宿までやって来た小生。
しかし、会場から遠い場所に住む哀しさ、到着してみると既にすでにかなりの数の待ち人が列らしきものを作っていた。
"関東一のおっかけ"I氏、"ワープロ君"U氏、けやきステージのとき隣で300mmF2のレンズを立てていた某光学機器メーカー社員のH氏などの顔見知りもいた。
こういった場面では大概U氏小生に話しかけてくる。I氏とともに3月30日の愛知港湾会館に行ったというU氏。2時間30分にもわたる長丁場のイベントとなったこと、クイズとジャンケンでI氏が勝ち残り、ステージに上がったことなどなどを聞き、行けば良かったかなと、少々後悔する小生であった。
本日は全国から佐野女史のファンが集まっており、話をしているうちに知人の知人が知人となり、佐野女史関係の知人の数が倍増した感がある。
そんな話しをしているうちに列もしっかりと整理された。
小生らが並んでいるのは1回目の列ということになる。

今回のイベントは、
11時
13時
14時
15時30分
16時30分
17時30分
6回まわしとなっていおり、それぞれ列を作るよう差配されている模様である。

当然6回とも入場するという猛者もいる。某光学機器メーカー社員のH氏は6回とも入場するという口である。

小生の場合、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店で握手券を確保したのであるが、店長のK氏からは握手券は何枚でも出すよと言われ、すべての回に入場することもできたのではあるが、今回は3枚だけいただくことにした。
6回とも入場すると、2回目以降は会場内での座席が後方になってしまうことが想定される。入場回数は絞って、比較的前の席を確保するという選択である。

佐野量子握手会参加券(150dpi)

待つこと3時間余り、入場が始まる。
7階の会場までは階段を使って上がることになる。
会場は"笑っていいとも!"を放送していることで有名なスペースアルタ。小生にとっては初アルタである。

入場は、一列づつ奥から詰めていくという方法で整然と行われた。小生は1列目に収まった。座席は背もたれがない合成皮革の横長のシート。合成皮革の下には少々の緩衝材が隠れているようではある。
このシートが何列も並んでおり、階段教室のように、後ろに行くに従い視点が高くなるよう造られた客席となっている。最後尾の座席の後ろは板となっているが、この座席自体が大道具なので、その板の後ろは何もない。

さて、最後部まで座席は埋まりイベント開始。

「瞳にピアス」
MC
「雨が止むまで」
(曲の一部でピアノを弾く)
チャイムの音とともに、浅井企画の池田まさる氏が登場。ここで"1分間デートコーナー"がはじまる。池田氏はコーナー司会という役割のようである。
観客全員から、まずクイズで人数をしぼる。愛知港湾会館にも行ったI氏が小生の隣で答えを教えてくれるが、全部が同じ問題というわけではないようである。
クイズで不正解の者はその時点で脱落。残った者でジャンケン大会。最前列にいた小生は池田氏から"自信はありますか?"とマイクを向けられ"ありません"と断言したところ、何故か佐野女史ツボだったようで、笑われてしまった。
小生はジャンケンで脱落。

勝ち残った者が、1分間デートということで、ステージに上がり、衆目の中佐野女史と会話をすることとなった。
司会の池田氏は1分間の時間を計る係に専念、会話には加わらない。
特典とはいえ、なかなかつらいかもしれない。
終了後、佐野女史と並んで撮影したポラロイド写真と、ポスターから造ったパネルをもらって席へ戻っていった。

「4月のせいかもしれない」
を歌いイベント終了となった。係員の指示に従い一列ずつ退場していく。スタジオを出る列がそのまま、握手会の列となる。小生も並んだ順に本日一回目の握手会をし、サインをいただいた。知人の前で握手というのもなかなか照れくさいものがある。

握手会のテーブルを過ぎ、延々と階段を降り地上に戻った。

次は4回目に参加することにし、15時30分の回の列に並んだ。
待ち時間がかなりある。

新宿通りを挟んだ新宿ステーションスクエアで、森川美穂女史のイベントがあるという情報を耳にする。
森川女史いうと、佐野女史と同じ1985年デビューで今年3年目。シングルレコードもある程度の売り上げはあるが、上位までには来ない。だが、前作「姫様ズーム・イン」で上昇の気運。新曲、「おんなになあれ」これは、"君こそ評論家!"でも聴いたが名曲の雰囲気を漂わせていた。その「おんなになあれ」を聴くことができるというわけで、歩行者天国となっている新宿通を横切り、新宿ステーションスクエア前に集まる人垣の後ろから森川女史のステージを観てみた。
佐野女史のイベントを目的に来た新宿でこんなことを思うのも癪ではあったが、曲の壮大さと渡り合った歌唱、名曲であろう。この曲が売れなかったらおかしいとしか言いようがない。


森川女史の歌を聴いた後、新宿駅方面からの人並みに押し戻されるようにアルタ前の列に戻る。
2回目、3回目それぞれ退場して来た者から、その都度中の様子を伺う。やはりクイズの問題は同じではないらしい。

4回目の時間がやってきて、再びスペースアルタに入場する。
構成は同じ。
クイズの問題はやはり1回目と少々異なる。今回も途中敗退。
退場し、握手会でサインをいただき地上に戻り、引き続き6回目の列に並ぶ。

6回目も同じ構成。クイズは通過したがジャンケンで敗退。
握手会で、長丁場の一日が終了した。

東京のイベントは人が多いと感じた。
I氏の話しを聞き、地方のイベントとのほうがいわゆる"オイシイ"場合があるのかもしれないと感じた。


佐野女史の関係の知人がさらに増えた一日となった。

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2017年4月 4日 (火)

1987年4月4日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第15回君こそ評論家!"に参加。

の予定だったが、佐野量子が静岡第一テレビの"Jan Janサタデー"に出演するという情報を得た小生は、静岡第一テレビに電話を架けた。
小生:今日の"Janサタ"は?
第一:スタジオからです
小生:入場は?
第一:できません

しかたがないので、当初の予定どおり目黒までやってきた小生。

今回も最前列の左端、司会者前の席を確保。

司会は古川治氏と、久々の石川誠壱氏である。

まずは本来の趣旨である新曲の試聴。何曲か聴いた中では森高千里女史の「NEW SEASON」が良い感じである。

そして今回はゲストがいるとのこと、あらわれたのは守谷香女史であった。
松竹のオーディションで25,000人の中から29人が選ばれ、さらにその中からグランプリを受賞したこと。
それ以前に映画『アイコ十六歳』に弓道部員の役で出ていたこと。
今まで人前で歌ったことがなかったこと。
好きな女優が吉永小百合女史、斉藤由貴女史なので将来そういった感じになることができれば良いなどということ話し、デビュー曲「予告編」を試聴。小生の感想としてはデビュー曲にしては少々押しが弱のではないかというところ。

恒例のジャンケンによる賞品配布。

今回の記念写真の撮影時の小道具は、芳本美代子女史の「ヴァニティ・ナイト」の下敷きとした。

さて、今回参加して、先日の横浜でのオリコン通信読者集会で見かけた方がかなりいる感じであった。その数は一桁では足りないであろう。
今まであまり意識してはいなかったが、"君こそ評論家!"参加者の半数以上はオリコン通信の常連投稿者なのかもしれない。

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2017年4月 3日 (月)

1987年4月3日

本日は、文化放送の番組"パナメディアポップンポップ"公開録音に参加するため、銀座コアビルのパナメディア銀座にやって来た小生。2度目のパナメディア銀座であるが、前回来たのは2年近く前にもなる。来週4月10日の下見も兼ねてやってきた。

本日のゲストは芳本美代子女史。マネージャーが炭谷氏になっていた。
司会は文化放送の竹内靖夫アナウンサー。

久々に知り合いのいないイベントであった。

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