2017年9月19日 (火)

1987年9月19日

本日は、文化放送の"日立ハローサタデー"の公開生放送に参加するため、"日立ヤングプラザ"にやって来た小生。

出演者には申し訳ないが、佐野量子女史のときほど気合の入っていない小生であったため、開店前に並ぶということはせずに、午後の到着、それでも整理券は入手し、会場内に入ることはできた。

本日の座席は、最前列ではないがステージ向かって右端で、前の座席からの、視界への干渉は比較的少ない位置であった。

出演者は、松本典子女史と真璃子女史。
司会者は、前回来たときと同じ堀俊彦氏である。

Img617

本日は、松本女史が出演するため、オリコン通信常連投稿者のペンネーム、それぞれ"ふわふわ♡典子ちゃん"、"CHELSEA♡SPECTOR"の2名は当然としても。その他にもペンネーム、それぞれ"西崎知紀"、"JVCの周美今日"、"渡辺洋"、"スイク2ミトカイ"、"大谷渚"の諸氏が集まった。

各地のイベントが終了してから流れ着くのに、最も適した時間と、会場で開催される公開録音番組ということもあるのだろう。

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2017年9月12日 (火)

1987年9月12日

本日は、佐野量子女史が、万世橋警察署の一日署長になるということで、朝も早くに家を出で、秋葉原までやってきた小生である。
浅井企画から事前に得た情報は、"14時30分パレード"、"15時アトラクションの会"というものであった。

一日署長というからには、制服姿となるわけで、その貴重な姿をフィルムにおさめるため、知人からRICHOのXR500を借用してきた。装着されているレンズはCOSINAの28-200、画質にはあまり期待していないが、コンパクトカメラよりは遥かに良いだろう。

浅井企画からいただいた情報には、会場に関するものはなかったのだが、万世橋警察署最寄り駅の秋葉原駅へと向かったのだった。

秋葉原駅まで来てみると、西口広場に舞台が設置され、"秋の交通安全運動"と書かれた横断幕が掲げられていた。ここでイベントが行われることは明らかである。
場所取りしている者が既に数名いたが、舞台前には空いている場所がまだ充分にある。
舞台が地面から1メートル程と、高さがあるため、いわゆる"カメラ小僧"の方々は、少し引き気味の場所を取っているようである。

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動 パレードと集い

すでに、某光学機器メーカー社員のSA氏、HK氏が先着しており、小生はその傍らに場所を取った。

会場には"3万円君"の姿も見える。
知人も何名かは来ているが、昨年からの知人はほとんどいなくなってしまった。
10時前とはいえ、この集まり具合では、人気のほうが心配ではある。10月から始まる新番組に期待するしかないのが現状といったところ。

天候は曇り。暑くもなく、屋外で長時間待つ身にとっては助かる。

ステージの設営は終わり、ステージ向かって左側にはテントが設置され、音響機器と、椅子、テーブルが据えられた。そのテントが会場の本部となるようである。
そこで、本日のリーフレットも入手できた。

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動 パレードと集い_リーフレット(表1-4)(150dpi)

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動 パレードと集い_リーフレット(表2-3)(150dpi)

このリーフレットによって、本日のイベントの全容を伺い知ることができた。
パレードは、事前に得ていた情報どおり14時30分からとなっている。
出発地点は万世橋警察署前なので、14時30分より前に、万世橋警察署前まで移動する必要がある。
そして、パレードは、"集い広場"とされているここ西口広場が終点となっている。パレードに付いていき、今いる場所に帰ってくれば良いわけである。
そして、舞台上で各種の式典が開催された後、佐野女史のステージ、おそらく何曲か歌を披露するのであろう。

舞台上でのイベントはパレード後というとことで、まずはパレード出発地点となる万世橋警察署前に移動し、佐野女史が署内から出てくるのを待つ。関係者と共に警察署から出てきた佐野女史は、まず出発前の記念撮影。

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動 パレードと集い_パレード出発

それから、オープンカーに乗車してのパレードとなった。

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動_佐野量子_パレード

オープンカーは、中央通りを見物客を引き連れて北上する。
カメラを持った者は、パレードに付いていくというより、先回りしてカメラを構え撮影し、オープンカーに追い越されるとまた小走りに先回りしてして撮影を繰り返す、という動きになる。
しかし、一眼レフのカメラでは、オープンカーに乗って動いている被写体に合焦させることは至難の技。オープンカーが停車しているときでないと、ピントが合わないのではなかろうか。

外神田五丁目交差点で折り返したパレードは、元来た道の反対の車線を万世橋方面に向かう。

19870912万世橋警察署_秋の交通安全運動_パレードカー

外神田三丁目の交差点を過ぎたオープンカーは、秋葉原駅方面に右折し、秋葉原西口広場に到着した。

ここでオープンカーから下りた佐野女史は、式典が始まるまでの間、テントの中で待機となった。

そして、舞台上にはパイプ椅子が並べられ、佐野女史の他、主催者代表、来賓などが着席し、式典が始まった。
式典で、花束の贈呈を受けた佐野女史は、式典終了と同時に一旦舞台から降りる。

式典の次が、舞台前に集まった者たちが目的とする"アトラクション"の時間である。

佐野女史は制服姿のまま壇上に登場。
女性司会者とキー坊と佐野女史との会話で"アトラクション"は進行する。

Img659

その流れの中で、


「4月のせいかもしれない」

「少女がページを閉じる時」

「夏のフィナーレ」

の3曲を歌い、"アトラクション"は終了となった。
"アトラクション"の時間は20分程であった。

握手会やサイン会はなかったが、制服姿を見ることができた、というところに価値のあるイベントであった。

そして、翌日の大山の宿坊行きの準備のため、早々に帰宅する小生であった。

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2017年9月 8日 (金)

1987年9月8日

本日小生がやってきた場所は、横浜の山下公園の向かいにある、"ザ・ホテル・ヨコハマ"である。

このホテルの1階には、アール・エフ・ラジオ日本のサテライトスタジオが設けられている。そのスタジオから放送されるラジオ番組に、本日佐野量子女史が出演するのである。

浅井企画から得た情報は、"RFソネコーワイド(生)13:30~14:30"であったが、正式な番組名は"山下公園SONEKOH通り"である。

本日集まった者は、東芝夏祭りで行動を共にした"成田君"ことOS氏、横浜の"KR"氏、"権化"MK氏など4人と少ない。

ホテル前で、雑談をしながら時間を過ごしていると、マネージャーの鈴木氏が見慣れた服を着た佐野女史を連れて、ホテルの中に入っていった。

番組が始まるまでの間、佐野女史はスタジオの中で待機するようである。

佐野女史が中にいるということは意識しつつも、雑談にふける4名。

放送開始時刻が近づくと、小生らとは面識がない者も何人か現れ、スタジオを望むガラスの前に集まった者は、総勢10名程度となった。

19870908山下公園SONEKOH通り

スタジオの外から見えるように"ラジオパーソナリティー曽根幸明・石井かずみ"と記された看板が掲げられている。
番組は生放送。
小生は持参したAMラジオでRFを聞きながら、放送開始を待つ。

CM明けで佐野女史の出演コーナーが始まった。

佐野量子は最も窓際の席。ガラス越しではあるが、すぐそばである。

19870908山下公園SONEKOH通り_佐野量子_石井かずみ

まずは、名前の話題となり、本名だと読めないので、芸名では読み方を変えたとのこと。

曽根氏から、"日焼けなさってるかな?。泳ぎにいったのかな?"との質問に、

いっぱい行きました、最初は、バリ島に行ったり、インドネシア、あとね、あっ、そのバリ島では、おなかこわしちゃったんですけど。

曽根氏の"バリバリ食べすぎちゃった?"との質問に、

それもあるんですけど、バリ島でもすごくいなかのほうに行って、あのー、なんていうんだろ、油とかね、すごいんですよねー。

曽根氏の"あーそうなんですよ"との相槌、

全部料理も油っこくて、水もね、あんまりきれいじゃなかったんでおなかをこわしちゃったりして。
あと、サイパンとか、

曽根氏の"外国ばっかりですね"との問いかけ、

でも沖縄行ったり。伊豆行ったり。

曽根氏の"わたしも西伊豆行ってきましたけどね"小生らにはあまり興味のない情報。"あっちは海はきれいですものね、水もね"、それは小生もそう思う。

そうですねー。

曽根氏から、"10月21日に新しいシングルが発売されますね"とのアナウンスがあった。
曽根氏、"レタスの恋愛レポート(注:表記不明)、かわいいですねー、レタス好きですよわたし今減量中でね、レタスばっかり食べておりますけれど"

あっそうですか、レタスっていいんですよね。カローリーがなくてビタミンが豊富で。

曽根氏、"佐野量子ちゃん勉強してます、ビタミンがなんて。今日は、まずひとつ、まず、ご挨拶代わり、「夏のフィナーレ」を、お聞きいただきます。"

レタスの恋愛レポート(注:表記不明)が放送される流れかと思った小生は肩すかし。

ここで、佐野女史サイン入りハンカチを5枚いただいたので、5名の方にプレゼントするとのアナウンスがされた。
ハガキで応募するようにと、宛て先もアナウンスされた。

オリコン通信投稿者用のハガキを常に持ち歩いている小生は、その場で応募ハガキを書いていると、スタジオの中の曽根氏が、ハガキを持っていることに驚いていた。リクエスト用のハガキと思ったようである。


さらに、11月5日にライブレコードが発売になるとのアナウンス。

これは、この前、8月20日に行われたコンサートのライブレコードなんですけれども

曽根氏、"ファンタスティック(注:表記不明)というタイトルが付いておりますがね、それから11月21日にはね、なんと、ビデオが発売になりますね、これが、セ・レタス(注:表記不明)。セ・シボンとかあるでしょ、フランス語ですね。"

そうです。

曽根氏、"セ・レタス(注:表記不明)、これが、11月21日にビデオ発売になるというね、お値段は、,いくらでしょうかね?。"

7千6百円。

曽根氏、"8千円じゃないんですか。わー"

5百円まけてあります。

曽根氏、"値段まで知ってると、もーえらいですねー。それから、今度10月5日から、あたらしくTBSテレビのね、わいわいスポーツ塾(注:表記不明)という番組が、これは夕方の7時半かな?"

そうです。

曽根氏、"ね。7時半から、"

毎週月曜日ですね。

曽根氏、"月曜日、そう。これがまた楽しいですからね。ぜひ見ていただきたいと思いますけどもね。"

見てください。

曽根氏、"佐野量子ちゃんといいますとね、いろんなCM、たくさん出てますけども。一番、あっとどこでも目についたのが、おまわりさんの、警察官募集のね、ポスターにね、お出になったてのが非常に印象的でございましてね。それでね、もし、交通違反なんかしたらね、ポスターで、マネージャーの事務所のかたがそれで、交通違反、勘弁してもらえるのかなと聞いたら、だめだそうですね。"

そうみたいですね。あのー。やっぱり、こういうふうに、ポスターやってるからいいんじゃないですか?って言っても、そういうふうにやってるかたは、気をつけてくださいって、言われてしまう。

曽根氏、"やってる方は、正しく生きてください。ぼくなんかもそうですよ、つかまりますと、曽根孝明さんじゃないですか、ああすいません、そういう有名な方が違反しちゃだめじゃないですかって、余計おこられるんですよ、だからこまるんです。"

石井女史"普通以上におこられちゃう"

曽根氏、"普通の人の、1.5倍はおこられますからね。それから、禁煙ポスターも、佐野量子さんはおやりになっておりますよ。もちろん佐野量子さんはタバコは吸いませんがね。"

あ、はい。

曽根氏、"ね、吸ったら、大変なことになる。わたくしまあタバコは吸いませんね。"

石井女史"やめたんですよね。"

曽根氏、"ねー、なんであんなもん吸うんでしょうね。煙。"

ねー、からだに悪いのにね。

曽根氏、"ねー悪い、なんで吸ってるんでしょうつっていいながらついこないだまで一日50本ぐらい吸ってた(笑)しょうがない。もーほんとにしかしタバコはね、あれはあんまりやめるとね、太るんですけど。ほんとに太りました。"

あー、それはねー、男性のかたは言ってらっしゃいますね。

曽根氏、"わたくしなんとね 、去年の6月にタバコやめましてね、1年2か月。6キロぐらい、増えましたね。"

あー、そうなんですかー。その分食べちゃうんですか?。

曽根氏、"そいういやなんだか別にわかりませんけどもね、なんだか太るんですね。これは禁煙ポスター。これはあんまり、ギャラにはならない。警察官のポスターもギャラにはならないという、非常にいいお仕事をなさっているというね、お金をもうける人はぼくはねあんまり好きじゃないんですね。まああの、目立ったところで言いますと、ロート製薬とかね、あんまり、商品名言っちゃまずいかな?。"

石井女史"あとヤカンを持って、ラグビーの、応援をしてた量子ちゃんのコマーシャルが、あたしよーく覚えてるんですね。"

ブルボンの、はい。

曽根氏、"ねーいろんなことをおやりになってますけどね、この、わいわいスポーツ塾(注:表記不明)ってのはスポーツやるんですか?"

これは、ビデオで、VTRでスポーツの、こードジってる、ところとかそういうのーなんか名場面特集みたいなのをやって、で、VTRがストップするんですね、で、その後どうなるかっていうクイズ番組みたいな感じなんですけれども。

曽根氏、"ヤッっと倒れそうな格好で止まって、さ、,そのあとは倒れるかどうかと"

そうそうそうそうそう。どうなるでしょう?、とか。

曽根氏、"江川が、第一球投げました、江川おっとズッコケましたどうなったてしょう?"

そうそうそうそういうのです。

曽根氏、"このあと、ほんとにズッコケたんだよ江川はね。"

石井女史"あーそうだったんですか?"

曽根氏、"うん、ピッチャー投げようと思ってなんか、コテっとこー、クテっとコケたんです。なんなんでしょうね、あれ。"

でもいろいろあるみたいですね。風が、突風が吹いてきちゃったとか、投げる瞬間に突風が吹いて、それでボークになっちゃったとか。いろいろあるみたい。

曽根氏、"スライディングしたら顔からしちゃった人がいてね、顔が、ぶわーっと顔から。こう血だらけになって。"

石井女史"うわーこわい。"

あーそうなんです?

曽根氏、"球拾っておっかけてって、お客様が見てね、塀にぼわーと激突して。"

あーそれは見たことある。

曽根氏、"それで、口、切っちゃって、誰だ?、清原か。"

あ、そうなんです?

曽根氏、"鼻血じゃなくてなんかいろいろね、顔へ、またいろんなもんくっつけてね、あっ、こーとこんなんなんかくっつけてまでやってたとかね、おもしろいんですよね、見てると、スポーツってのはね、ほんとに、もう、いろんな、なんか、たくまざるドラマっていうかね。面白いことがたくさんありますからね。これは楽しみでございますね。あのー、リーダーっていうか"

えーと、塾長っていうか、これ、一応塾になってるんで塾長が、板東英二さんで、あと、塾の、毎週転校生っていうかたがゲストでいて、あとあの、あのー、竜雷太さんとか、あの、シブがき隊の本木さんとか、ええ一緒にやります。

曽根氏、"あーシブがき隊のねー、そうですか、よかったですね、仕事が。という今日は、かわいい佐野量子ちゃんでございますねー。さあ、次の曲、これは「夏のフィナーレ」の。"

ええ、B面ですね。

曽根氏、"B面に入ってる曲?"

あと、アルバムにも入っているんですけれども、「危険なテイスト」っていう。

曽根氏、"「危険なテイスト」、お聞きいたします。どうも、ありがとうございました。佐野量子ちゃんでした。"

以上、15分程で、佐野女史の出演部分は終了となった。

その後、しばらくスタジオ内で休んでいた佐野女史。
ガラス越しに写真の撮影をさせていただく。

19870908山下公園SONEKOH通り_佐野量子

しばらくすると、マネージャーの鈴木氏とともに席を立った。移動するようである。
流れ的に出待ちをすることとなった小生たちであった。
スタジオから出てきた佐野女史を見送った後、それぞれの帰途についた。

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2017年9月 7日 (木)

『恋人塚』清水舞子

今回紹介する品は、清水舞子女史のアルバム『恋人塚』である。
以前紹介した亜樹千尋女史の「くにたち」に続き、西田陽一氏を語る品としては重要なものである。


清水女史は、京都を拠点として活動していた。
今で言えばローカルアイドルということになるだろう。
小生のオリコン通信関係で関西在住の知人には、清水女史のイベントに参加したことがあるという者もいるので、活動していたことは事実ではあろうが、小生自身は、清水女史を生で見たことはない。


当時も、地方で活動していたアイドルはいたが、
小出弘美女史や酒井美紀女史のように、レコードデビューするにあたっては、東京に進出することが普通であった。

地方に腰を据えて活動するとなると、レコードを発売するにしても、インディーズや大手レコード会社の自主製作扱いでレコードを製作するというところが妥当な線になる。
それでも、アナログレコードは原盤をカッティングしてプレスする時代である、イニシャルでも500から1,000にはなるだろう。

当時は、情報発信にかかるイニシャルコストが現在よりも高かったわけであり、当然、レコードとして曲を発表できた者の数も多くはなかった。


その中で、アルバムまで出した清水女史は希有な例であり、これは"西田陽一マジック"とも言えるものだろう。
(西田陽一マジックは、この後碁も発動されることとなる。)


さて、このアルバム、全曲が、マジックを発動した西田陽一氏の作詞によるものであり、めくるめく西田陽一ワールドが展開されている。


a1「恋人塚」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
小生には、大覚寺まで行き"恋人塚"を探したものの、みつけられなかったという経験がある。
恋人塚は、西田陽一ワールドの中にのみ存在するのであろう。


a2「私の京都」
作詞:西田陽一
作曲:青木望
編曲:青木望
西田陽一氏がこよなく愛する(と思われる)の京都情景がちりばめられており、この曲でも「恋人塚」が舞台の一場面となってる。


a3「貴方とよく似た人へ」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
別れた人とよく似た人を見て、過去の浄化された思い出が甦るといった、これはよくある風景。
この曲の主人公は歌手らしい。
西田陽一ワールドらしさは薄いかもしれない。


a4「お姉さんの子供」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
お姉さんの子供を見ながら、自分の彼氏との子供のことを想像しているうちに、妙な結論に至ってしまうのであるが、どんな結論かは、聴いていただければと思う。


a5「十年後の私」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
今までの曲の流れとは一変したポップな曲調。
歌詞に出てくる"流行歌"を意識したものであるうか。
間奏の効果音が少々妙ではある。
ヴォーカルは、がんばって歌っています、といった感じ。


a6「メモリアル」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
高木麻早作曲。小生にとっての高木麻早は「想い出が多すぎて」につきるのであるが、
デビュー曲A面の「蒼い日記」より、こちらの曲のほうが高木麻早らしい感じ。
8分の12拍子に七五調の歌詞を合わせ、軽やかでありながら落ち着いた風合いの良い曲。


b1「蒼い日記」
作詞:西田陽一
作曲:高木麻早
編曲:梅垣達志
清水舞子のデビュー曲。こちらも高木麻早作曲。
「メモリアル」と同様、アレンジは梅垣達志氏。
歌詞で歌われるとおり"ワルツ"となっている。
曲調は暗め。
ただし、デビュー曲だけあってか、オケは清水舞子の作品の中ではゴージャスといったところ。
コーラスが入るのも、デビュー盤「蒼い日記」と「メモリアル」のみである。


b2「くにたち」
作詞:西田陽一
作曲:亜樹千尋
編曲:青木望
亜樹千尋「くにたち」BON-1017のカヴァー曲。
西田陽一氏の最初期の作品だと思われる。
七五調の歌詞が、レトロな感じを漂わせている。
西田氏は国立で暮らしたことが、きっとあったのであろう。
国立駅の駅舎もなくなった今、すべては思い出の中の世界になってしまったのだが。


b3「吉祥寺ストリート」
作詞:西田陽一
作曲:青木望
編曲:青木望
くにたちから新宿に向かうあいだに途中下車した、お洒落なメインストリートがある街、と歌われている。
吉祥寺のメインストリートとはどこであろうか。1983年頃の吉祥寺サンロードであれば、小生にとっては、あの、たとえば中野サンモールと比べてみても幅の広い通りから、ちょっと郊外の街、といった印象を持っていたのであるが、それが、"お洒落だった"といわれれば、そうだったのかもしれない。


b4「ふたりだけのミニシアター」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:青木望
ヴォーカルがダブルトラックとなっている。この曲を、敢えてか細い声で歌い、その声をダブルトラックで録音したことにより、"ふたりだけ"の静謐感が演出されている。
薄明かりの部屋でまぶたを閉じて聴けば、情景が浮かんでくるようである。


b5「ごめんねピピちゃん」
作詞:西田陽一
作曲:青木望
編曲:青木望
コミカルな印象のイントロではあるが、歌詞の内容は、リスを買った、彼氏と別れた、リスが死んだ、という、一人語りの日記のような内容である。
この曲を聴くたびに、佐野量子女史がマリモを買って、綾小路コロマロ・綾小路コロチャン、と名付けて飼って?いたというエピソードを思い出してしまう小生なのであった。


b6「貴方への愛」
作詞:西田陽一
作曲:三木たかし
編曲:青木望
12曲入りのアルバムの掉尾を飾る曲。
歌い上げるバラードにもなり得る曲ではあるのだが、それでは、清水女史の持ち味が発揮されない。
たどたどしくも誠実に、貴方への愛を唱える清水女史なのであった。


清水舞子
恋人塚
ニューユース レコード
NY28-5001
発売日不明

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2017年9月 6日 (水)

1987年9月6日

本日は、RF"スタジオアゼリア発信中"の公開録音に参加するため、川崎アゼリア地下街のスタジオアゼリアにやってきた小生。

小生がスタジオアゼリアに来たのは1987年3月8日のQRの番組の公開録音以来であったが、いつのまにか、番組の放送局がRFに変わっていた。

観客にとっては放送局がQRでもRFでも一向に構わず、重要なのは、観る環境に変化があるか否かである。

番組が変わって勝手がわからないということもあり、気合を入れて朝早く家を出る。

スタジオアゼリアに到着すると、会場設営の状況は、QRの頃と変わったようにはみえなかった。
朝早いにもかかわらず、中央付近はいわゆる"カメラ小僧"の方々の場所取りのシート等が置かれている。小生は、というと、ステージ向かって右端に近いあたりの最前列の場所を取った。QRの頃の例に習えば、出演待ちで控えているゲストを間近に観ることができる場所のはずである。

浅井企画から聞いた本日の佐野女史のスケジュールは、14時から15時30分の予定となっている。
まだ9時前なので、かなり時間がある。
本日集まった佐野女史の関係の知人は、"権化"MK氏、某光学機器メーカー社員のHK氏とSA氏、横浜のKR氏、みずき野の住人KK氏、横浜のKK氏。
長い待ち時間は、佐野女史の話をしながら過ごす。

やがて、ステージの設営が始まった。
ステージの両脇にテーブルが1台に椅子が2脚ずつ置かれた。ということは、ゲストは4人、2名ずつ左右に分かれる、ということになる。
向かって右側に4人並んでいた、ORの頃とは大きな変化である、お目当てのゲストが反対側の席を割り当てられたとしたら目も当てられない。小生らの前に席に来るのを祈るのみである。

さて、収録開始が近づき、本日の出演者が配置についた。
幸いなことに、小生らの前は、佐野量子女史と藤井一子女史の席となった。

19870906スタジオアゼリア発信中_佐野量子_藤井一子

佐野女史がステージ奥側の席なのが少々残念であるが、いたしかたない。手前側よりも奥側のほうが客席に正対するので、目が会う機会が多くなると思うことにしよう。

なお、テーブル上に用意された飲み物の入れ物は、ガラス製のものになっていた。
以前のように、ケンタッキーフライドチキンの持ち帰り用のコップでは、飲み残しを持って帰ってしまう不埒者が現れるので、そういったこともあって変えられたのかもしれない。

本日の出演者がステージ上にあらわれる。佐野女史、藤井女史に、畠田理恵女史、ひろえ純女史が本日の出演者で、司会者は"ウッチャンナンチャン"ということが判明した。

収録が始まる。

まずは畠田女史の登場。
歌ったのは「ターミナル」。

19870906スタジオアゼリア発信中_畠田理恵

「人見知り」でないという時点で、歌う曲は1曲だけではない、ということが判明。
引き続き次の曲かと思ったが、乗馬の話題の後、ひろえ女史が紹介された。

19870906スタジオアゼリア発信中_ひろえ純

ひろえ女史を見るのは、1986年10月5日のとうきゅうたまプラーザ以来である。

続いて藤井女史。

19870906スタジオアゼリア発信中_藤井一子

最後に佐野女史。

19870906スタジオアゼリア発信中_佐野量子

歌った曲は「夏のフィナーレ」であった。

エンディングの収録に移る。
この番組は同じ出演者で2本録りするようである。

2本目の収録の前に、出演者の座席の移動が行われた。
畠田女史とひろえ女史が、こちら側に移ってきた。なるほど、これなら出演者4人とも、間近で見ることができるというわけである。

2本目は、
佐野女史の「4月のせいかもしれない」
で始まり、

藤井女史の曲。
佐野女史のと藤井女史でゲームと進行。

最後の曲は、畠田女史の「人見知り」であった。

2本目のエンディングの後、オークションが実施された。
同じく"ウッチャンナンチャン"が司会をしていた三浦海岸フェスティバルの再現である。
佐野女史の品がオークションにかけられ、値が競り上がっていく最中、佐野女史が小生のほうを見て何かを伝えようとしている。言いたいことはわかっている、値段が高くなるのを心配しているのだ。
しかし、値を上げていかなければオークションにはならない。
ということで、かまわず競り上げる小生であったが、"三浦海岸フェスティバルの再現"どおりで、落札することはできなかった。

なお、本日この会場に集ったオリコン通信常連投稿者は、ペンネーム"るなちっく♡うぇる"、"☆堕天使"、"渡辺洋"、"津田川優"、"西崎知紀"、"スイク2ミトカイ"の各氏。新旧の"暗い子"代表が顔を揃えた日であった。

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2017年8月29日 (火)

1987年8月29日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第17回君こそ評論家!"に参加。

最前列の左側から2列目の席を確保。
最前列の左側は小生の定位置となっている。

司会は古川治氏。

本日のゲストは、鳥羽出身の渡瀬麻紀女史。

9月25日発売予定の新曲「I love you」を試聴した後インタビュー。
3回目の"I love you"に気持ちを込めていますので、気をつけて聴いてくださいとのことであった。

デビュー曲、2曲目の曲調とは違って、大変に明るくにぎやかなな渡瀬女史であった。
"てれび夢組"を見ていれば想像はつくことではあるが。

そして、気前が良いことに、本日の参加者全員に、渡瀬女史サイン入りのデビュープロモーション資料が配布された。

渡瀬女史が退場した後、株式会社オリジナルコンフィデンスの小池聰行社長がサプライズ登場し、会場からの質問に答える。

最後に、吉例のジャンケンによる景品(業界誌コンフィデンスのバックナンバーやオリコングッズなど)配布。
解散となった。

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2017年8月24日 (木)

1987年8月24日

本日は川崎岡田屋モアーズ屋上で開催される西村知美女史のイベントに参加。

本日のイベントは、8月17日(月)に参加した池袋サンシャインシティALPA噴水広場のイベントと同じく"愛の夢’87・夏 西村知美 全国100,000人握手会"のイベントであり、関東地方での掉尾を飾るべきイベントである。

事前に参加券を入手していた小生は、川崎岡田屋モアーズへとやってきた。
開店前に到着していないというところからして、西村女史への熱の入れ具合が測られてしまう。実際、朝早く来て良い席を確保したいとまでは思わず、握手券も手元にあることだし見る場所はどこでも良いか、という感じではあった。

川崎岡田屋モアーズには、"モアモア歌謡センター"で何度も来ているのだが、屋上に上がるのは、今回が初めてであった。

会場には、芸映フリークと言っても良いオリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏、"奈美ファンタジィ"スタッフのMU氏、"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏など、西村女史のイベントなりの顔ぶれが揃っている。

イベント開始。

「初めまして 愛」

会場からのリクエストにより
「見えてますか、夢」
「シンフォニーの風」
を唄う。
「シンフォニーの風」カラオケの音が流れなくなるというトラブルが発生するも、曲も終わりに近かったので、そのままオケなしで歌いきる西村女史であった。

アルバムから
「愛まで何マイル」

最後に最新曲
「ポケットに太陽」

今週8月27日の"ザ・ベストテン"は、宇部の常磐公演から中継するとのことだったが、放送前に話してしまって良いのだろうか。

最後に握手会。

19870824西村知美“愛の夢’87・夏”西村知美全国10,000人握手会参加券(表)(150dpi)

19870824西村知美“愛の夢’87・夏”西村知美全国10,000人握手会参加券(裏)(150dpi)

翌日の松山に行くというTT氏らを見送って、小生は普通に帰宅したのであった。

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2017年8月23日 (水)

1987年8月23日

本日は、昨日8月22日に引き続き、静岡第一テレビで開催される24時間テレビのイベントに参加するのだが、本日は、サンテラス駿東の会場と、静岡第一テレビ本社前の会場をハシゴする予定である。

まずは、昨日も参加した、サンテラス駿東の会場に向かう。
本日は、ハシゴをするという前提での行動のため、自家用車ではなく、公共交通機関を利用してサンテラス駿東に向かった。

昨日の晴天から一転して、本日は今にも雨が降り出しそうな空模様である。
24時間テレビの中継という性格上、中止ということはあり得ない。実際にサンテラス駿東のステージには屋根が設置されていたが、客席に屋根があるわけではない。雨が降り出さないことを祈るのみである。

本日のサンテラス駿東のステージの出演者は、石川秀美女史、仁藤優子女史、山下美晴女史である。
10時すぎにサンテラス駿東に到着すると、昨日とは打って変わって、ステージ前には人だかりができていた。
ステージとベンチの間の隙間にも、体育座りで3列ほどの人を入れ、ステージ前にはロープが巡らしてあった。
200人程度の観衆が、イベントの開始を待っている。

もちろん仁藤優子女史目当ての観客もいるのだろうが、ほとんどの観客は石川女史の目当てなのであろう。
石川女史のイベントに何度も通ったことがある小生からすると、石川女史の観客動員力が目に見えて落ちていることを感じてはいるのだが、それでも、昨日の数倍の人数は集まっている。

方や日本青年館でホールコンサートを開催したばかりの佐野女史、一方で、ライヴハウスでの活動が主体となっている石川女史。コンサートやライヴでの動員力はそれほどの差がなくなってきているのかもしれないが、世間の知名度では雲泥の差があるというのが現実なのである。

ただし、昨日よりはるかに多くの観客が集まったサンテラス駿東の会場であったが、誰一人として知人に会うことはなかった。


ステージ開始前の音合わせが始まる。

19870823_24時間テレビ_仁藤優子

仁藤女史は、既に本日の朝7時39分から、全国ネットで「秋からのSummer Time」を歌っている


石川女史は、バックバンド"PINK ELEPHANTS"を引き連れての音合わせである。

19870823_24時間テレビ_石川秀美

石川女史と、BUNちゃんは、24時間テレビのTシャツを着ていない。
何曲か歌ったところで、小雨がぱらつきだした。

小生も、ここが潮時と、静岡第一テレビ本社に移動するため、会場を後にした。


極力早い方法で、静岡市中原にある静岡第一テレビ本社まで移動。
24時間テレビというイベントを開催しているということもあるのか、門で呼び止められることもなく、テレビ局にしてはすんなりと、敷地内に入ることができた。

局舎を背に、ステージが組まれている。
サンテラス駿東のステージと異なり、屋根がなく、楽器もなにも置かれていない、ステージ前には椅子さえない殺風景なステージであった。

サンテラス駿東のようにショッピングセンターに設置されたステージではないので、本当に24時間テレビが目的の者しか来ないからか、観客も、昨日のサンテラス駿東以上に少なく、ステージ前にいるのは20名程度であろうか。
ただし、募金を受け付けているテント側にいる者ものいるし、遠巻きに見ている者もいる。
観客が少ないと、場所取りも必要なく、お目当ての歌手がステージ上にいるときだけステージ前に行き、それ以外の時間は後方で知人と話しをしながら待機する、という過ごし方ができるため、逆にステージ前の者が少なくなってしまう、というこもある。

既に11時45分から、SDTふれあいコンサートが始まっている。

ザ・ミンツが 「イン・ザ・ナイト」を歌う。

19870823_24時間テレビ_ザ・ミンツ

向かって左から、ミー、ミコ、ニコの3人組とのことである。

福田忍氏が「ひとりだち」を歌う。
ロックから演歌のような曲まで歌うとのこと。

島津悦子女史が「漁火の宿」を歌う。
鹿児島出身、静岡で活動しているとのこと。

春奈輝昭氏が「花の太平洋」を歌う。
静岡両替町出身とのこと

萩原冴子女史が「蒼いかげり」を歌う。

ここまでが静岡第一テレビ本社のステージで、
引き続きサンテラス駿東からの中継が入る。
会場にあるモニターを見ていると、石川女史が「いまさらプリーズ」と「密室のハリケーン」を歌った。
昨日は東京で24時間テレビに出演してきた、静岡は初めてとのこと。
石川女史、BUNちゃん、"ミッシェルと呼ばないで"岡澤氏とも、24時間テレビの黄色いTシャツに着替えて出演していた。

ここまでで、SDTチャリティーコンサートの中継は終了。


休憩後、さらに出演者がステージで歌う時間が設けられているとのことである。

小生は遅れて到着したが、会場には既に某光学機器メーカー社員のHK氏、SA氏、みずき野の住人K氏、名古屋のK氏がいた
また、オリコン通信常連投稿者の"CHELSEA♡SPECTOR"氏もいたが、松本典子女史が出演するので当然ともいえる。ただし、オリコン通信常連投稿者の"ふわふわ♡典子ちゃん"氏の姿は見えなかった。

"CHELSEA♡SPECTOR"氏の話しによると、松本女史と佐野女史が歌っているときは雨が降っており、合羽を来て歌ったとのことであった。
そういえば、ここ静岡第一テレビ本社のステージには屋根が無い。サンテラス駿東のステージに屋根があったのは、バックバンドを連れてくる石川女史対応だったのかもしれない。

小生がここ静岡第一テレビ本社に到着した頃には、雨はほぼ上がったていたが、雨に濡れるのを防ぐため、TVカメラを設置するための台の下に荷物を置き、そのすぐ脇で"CHELSEA♡SPECTOR"氏と、最近のオリコン通信事情などの情報交換をする。
TVカメラの側にいることが、こういった公開放送の会場で、TVカメラに抜かれない秘訣なのである。

しばらく待っていると、本日の出演歌手のステージが始まった。テレビジョン中継はされないステージである。

もう雨の心配はしなくてよさそうである。
"CHELSEA♡SPECTOR"氏が、佐野女史のステージの間、一眼レフの機材を貸してくれるというので、ありがたく借用することとし、持参のフィルムを借用したカメラに装着した。レンズはFD100-300F5.6。赤ライン付きである。
使用してみると、合焦させるのはなかなか大変である。

19870823_24時間テレビ_佐野量子

佐野女史が歌ったのは、

「止めて片想い(シークレットラブ)」
「少女がページを閉じる時」
「瞳にピアス」
「4月のせいかもしれない」
「夏のフィナーレ」
の5曲であった。


佐野女史のステージで、フィルムを使い切ってしまったので、機材を"CHELSEA♡SPECTOR"氏に返却した。

その後松本典子女史のステージ。

19870823_24時間テレビ_ラサール石井_森喜久子_松本典子

各出演者が歌い終わると、行われるイベントは募金の受け付けくらいになってしまう。
しかし、乗り掛かった船である、24時間テレビの終了を見届けるまで、静岡第一テレビの会場にいることにする。

佐野女史が、青葉イベント広場で募金受け付けをしていたと聞いて、行けばよかった残念がっている佐野女史関係の知人がいたが、そこまでは把握できなかったので、それはあきらめるしかないだろう。

ステージに本日の出演者が全員集合し、グランドフィナーレが始まる。今年の24時間テレビも終了の時刻が近づいてきた。
グランドフィナーレは19時31分19時50分、その中に静岡第一テレビからの中継が流れることになっている。
今年のエンディングテーマは「生まれ来る子供たちのために」が流れだした。
曲の合わせ、系列曲からの中継映像が入る。札幌テレビ、青森放送と続き、その後
静岡第一テレビからの中継映像が全国に流れる、
静岡第一テレビからの中継映像が10秒ほど流れた後、日産本社ギャラリー、東京・立川昭和記念公園、日本武道館、よみうりテレビ、日本海テレビ、福岡放送、日産本社ギャラリー、日本武道館、東京・立川昭和記念公園、と映像は切り替わり、最後に日本武道館からの中継で番組は終了となった。

24時間テレビのイベント、お目当ての歌手を近くで見る事ができ、聞くことができた曲も多く、石川女史のステージ以外はすいており、空き時間には知人との話しもでぎた。総体的には、充実した2日間だったと言えよう。

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2017年8月22日 (火)

1987年8月22日

本日から明日にかけて、日本テレビ系列の放送局では、"24時間テレビ「愛は地球を救う」"が放送される。

この二日間、日本テレビ系列テレビ各局では、有名芸能人から、ほとんど無名とも言える芸能人までが動員され、チャリティーの名のもと、イベントを開催するのである。

その中でも、日本テレビに呼ばれる芸能人は、一流と言えるだろう。

また、24時間テレビでは、地方局からの中継を、全国ネットで流すこともある。名の売れた芸能人であれば、地方局に出演していたとしても、全国放送の電波に乗ることもあるわけである。

昨年は東京で24時間テレビのイベントに参加した小生であったが、今年の24時間テレビは、一も二にもなく静岡第一テレビを選択した。

今年、静岡第一テレビが招聘した芸能人は、
ラサール石井
小森まなみ
石川秀美
松本典子
佐野量子
伊藤美紀
仁藤優子
森村聡美
福田忍
島津悦子
春奈輝昭
今村知子
山下美晴
SHAPE
森喜久子
ザ・ミンツ
萩原冴子
といった面々である。

まず、家を出る前に、静岡第一テレビに電話し、静岡の映像が流れる時間を教えてほしいと話すと、24時間テレビの担当者に電話が繫がれ、電話口に出た担当者から、静岡第一テレビにおいて、静岡からの映像が流れる時間帯を教えてもらうことができた。

17:10-18:28 Jan Janサタデー
19:00-19:05 グランドプロローグ
19:39-19:50 グランドプロローグ
20:45-20:51 合唱
22:00-22:01 チャリティーコーナー
とのこと。1分間の中継まで細かいタイムスケジュールができているものだと感心する。

翌23日分も教えてもらう。

7:00-8:00 欽ちゃんのふれあいの旅
9:55-9:57 チャリティーコーナー
11:45-12:55 SDTふれあいコンサート
13:00-13:55 日本全国チャリティー夏祭り
13:57-13:59 渚公園
15:25-15:27 すんとうチャリティーコーナー
17:00-17:17 SDTチャリティー報告
19:31-19:40 グランドフィナーレ
とのこと。

教えていただいたのは静岡第一テレビが自社で製作した電波を流す時間帯なので、このうちの一部が全国にネットされることになる。
懇切丁寧に教えたいただいたおかげで、小生の中では静岡第一テレビの印象は非常に良いものとなった。
教えられた時間でビデオデッキの予約録画の設定をし、家を出た。


ところで、24時間テレビの、静岡第一テレビにおける会場は、1か所ではなく、サンテラス駿東と静岡第一テレビ本社の2か所が主要な会場となる。
小生は、22日はサンテラス駿東、23日は午前中にサンテラス駿東、午後に静岡第一テレビ本社出向く予定である。


本日向かうサンテラス駿東は、静岡県の東部地区、駿東郡清水町に位置する。
すぐそばに"泉"というバス停があるとのことだったが、"泉"のバス停には、一日1本のバスしか止まらず、今回のサンテラス駿東行きには使えないということがわかった。最寄り駅は、伊豆箱根鉄道の三島広小路駅になるのだが、そこからサンテラス駿東までは、徒歩で30分近くかかりそうである。
ということで、自家用車で現地に向かうことにした。

10時の開店時刻前に、サンテラス駿東に到着。
サンテラス駿東の北東入口の北側に、既にステージが設置され、ステージ前にはベンチが3列並べられていた。
最前列ほぼ中央が空いていたので確保する。
ステージはかなり高く、1.2m程度はありそうである。ステージから椅子までの距離もかなり離れているのが少々残念、3m程度はあろうか。
テレビジョン中継用のステージなので、客席との間にテレビカメラが入ったりするのであろう。

ステージの北側にある駐車場敷地には、移動式の遊具が据えつけられ、子ども向けの遊び場ができていた。

19870821-31_24時間テレビ「愛は地球を救う」10_サンテラス駿東_アドベンチャーランドチラシ(表)(150dpi)

24時間テレビが放送されるこの時期の8月21日から8月31日まで"アドベンチャーランド"とうい催しを開催しているようである。

10時にサンテラス駿東は開店し、徐々に来店客も増えてきた。
しかしながら、客席は前2列くらいしか埋まらない、本日のサンテラス駿東の出演者、小森まなみ女史、佐野量子女史、山下美晴女史にSHAPEの面々では、それほどの集客力がないということなのだろう。

12時頃になって、親衛隊の方々が現れた。最近の佐野女史のイベントで、親衛隊の姿を見ることがなかったので、久々に見る親衛隊である。
本日の現場の長は、白いジャケットを纏って、一見すると普通の人で、統制棒を持たねば親衛隊とは気づかないだろう。軽く挨拶をしておいた。

小生の知人らも、続々と到着。本日集まった面々は、某光学機器メーカーのHK氏、みずき野の住人K氏、名古屋から来たI氏とK氏といったところである。


本日の、24時間テレビの放送開始は19時からだが、静岡第一テレビでは、17時10分から放送を開始する自社製作の生放送番組"Jan Janサタデー"を"Jan Janサタデー24時間テレビスペシャル"として通常より延長して放送し、24時間テレビのグランドプロローグにつなげるという構成となっている。

8月も下旬になるのだが、本日は晴天で、気温は34℃を超えたとのこと。
この熱い中、放送開始までの5時間以上を待ち続けなければならないのだが、冷房の効いたサンテラス駿東の建物内で涼むこともできるので、屋外イベントにしては恵まれている。
国道一号線を挟んだ先にある、柿田川湧水公園に行く者もいた。

そんな待ち時間、駐車場に架設された遊具の区画に、ジャスピオンが現れた。

19870822ジャスピオン

レッドフラッシュも登場。

19870822レッドフラッシュ

お子さまが盛り上がった後、ステージ上では"Jan Janサタデー"放送の準備が進み、佐野量子女史、山下美晴女史、SHAPEと音合わせが始まる。
その後出演者全員がステージ上に揃ってリハーサルを行った。

19870822Jan janサタデー_リハーサル

その後出演者は、ステージから捌けていった。一旦控室に帰ったのであろう。

そして、再び現れたときは、皆がTシャツ姿になっていた。着ているTシャツは、24時間テレビの黄色いTシャツである。


放送開始が近くなって椅子席には空きがなくなってきたが、立ってまでして番組開始を待つ者はあまりいない。

ステージに出演者が集まり、放送開始が近づくと、立ち見客も集まりだしてきた。
17時10分きっかりに、放送開始。

放送は、こちらサンテラス駿東の会場と、静岡第一テレビ本社の会場と、静岡市役所の裏にある"青葉イベント広場"からの三元中継。
第一テレビ本社のステージには、司会としてラサール石井氏がおり、出演者は松本典子女史、伊藤美紀女史、森村聡美女史、ザ・ミンツの面々。
サンテラス駿東の会場と、第一テレビ本社の会場から交互に中継し、途中に青葉イベント広場からの中継をはさむという流れで、放送が進行する。


17時10分きっかり、オープニングテーマソングであるLOOKの「Hello Hello」が流れだす。
総合司会のラサール石井氏がいる、静岡第一テレビ本社前のステージからの中継が入り、その後、サンテラス駿東からの中継が入る。ハンディのテレビカメラがステージ前を行き来するので、静岡ローカル放送とはいえ、できるだけ映り込まないように身を捌く。
そして、青葉イベント広場からの中継後、CMに入った。

CM明けに、静岡第一テレビ本社から伊藤美紀女史が「哀愁ピュセル」を歌う。

そして再び中継は、サンテラス駿東に戻り、SHAPEが「SPARKLING SUMMER」を歌う。4人のメンバーのうちの一人が下田出身とのことである。

その後、CM、24時間テレビ紹介、青葉イベント広場パネル展紹介、CMと続き、

CM明けに、静岡第一テレビ本社からザ・ミンツが「イン・ザ・ナイト」を歌う。
ザ・ミンツは、日本テレビ音楽学院の卒業生で結成したグループだそうで、去年までは、「エバー・グリーン・ラブ」や「愛はマジック」を踊っていたとのこと。

再び、サンテラス駿東からの中継に戻り、山下美晴女史が「抱きしめるには熱すぎて」を歌う。
山下女史は、富士宮出身とのこと。

19870822Jan janサタデー_山下美晴

静岡第一テレビ本社から森村聡美女史が「てれぱしぃください」を歌う。
「てれぱしいください」を歌う映像は、非常に珍しいのではなかろうか。
森村女史は焼津出身とのこと。

静岡第一テレビからの中継が入っている間、こちらサンテラス駿東の会場は休憩時間となる。

19870822Jan janサタデー_小森まなみ

その後、CM、募金方法の紹介、CMと続き、

サンテラス駿東から佐野量子女史が「少女がページを閉じる時」を歌う。
「少女がページを閉じる時」の映像が流れるのも貴重。衣装がTシャツなのが残念ではあるが。先日、7月18日に"Jan Janサタデー"に出演し、すでに「夏のフィナーレ」を披露しているので、別の曲にしたのであろう。

19870822Jan janサタデー_佐野量子

そして、大トリとして静岡第一テレビ本社から、松本典子女史が「パステル・ラブ」を歌って、CMに入り、エンディングとなった。

周囲はすっかり暗くなっていた。

全歌手平等に1曲ずつの歌唱であった。はじめて聞く曲もあったので、定かではないが、フルコーラス歌うことができたように思う。

こうして"Jan Janサタデー"は終了したのだが、引き続き19時から24時間テレビの放送が開始される。グランドプロローグの中では、日本テレビ各系列曲からの中継が順番に入るので、小生らもしばらく待機する。

19時、グランドプロローグが始まる。

出演者全員がステージ上に並び、中継の順番が回って来るのを待つ。

19870822_24時間テレビグランドプロローグ_サンテラス駿東

日本武道館から静岡第一テレビへの呼びかけに合わせ、中継が始まる。
ここでは、会場はいかにも盛り上がっているという体を出さねばならない。
中継は数十秒で終了。

その後、しばらく時間をおいて、静岡第一テレビローカル枠の放送が始まった。
まず、静岡第一テレビ本社前ステージからの中継。島津悦子女史は昨年に引き続き静岡第一テレビでの24時間テレビ出演とのこと。

引き続きサンテラス駿東ステージからの中継となる。"Jan Janサタデー"小森まなみ女史は帰宅したのかステージ上には現れず、今村知子アナウンサーが進行。佐野女史は、昨年、一昨年は北海道で出演し今年はじめて静岡での出演とのこと。山下美晴女史はデビュー1か月とのこと。SHAPEは昨日デビューしたばかりとのこと。

引き続き青葉イベント広場からの中継。昼間は気温が36℃になったそうである。

サンテラス駿東の明日の予定も発表された。
明日は7時30分から仁藤優子女史が、10時過ぎから轟二郎氏と今村知子アナウンサーの司会により、石川秀美女史と山下美晴女史のステージがあるとのことである。

青葉イベント広場には、きすみかなこアナウンサーと森村聡美女史赴くとのこと。

19時50分、静岡第一テレビローカル枠の終了を受けて、本日のステージ上のイベントも終了となった。

明日も一日24時間テレビのステージがある。束の間の休息をとるため、一旦帰宅する小生であった。

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2017年8月21日 (月)

佐野量子 "Summer Concert ’87 FANTASTIC"チラシ等

今回紹介する品は、1987年に催行された佐野女史のコンサート"Summer Concert ’87 FANTASTIC"関係のチラシ及びハガキである。

この"Summer Concert ’87 FANTASTIC"は、正式な佐野女史のコンサートしては、4回目となるものであり、東京でのコンサートは、前年1986年8月22日以来の2回目のコンサートであった。

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こちらのチラシは、B5判色上質紙片面印刷。
チケットの申込み用紙を兼ねている。


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こちらのチラシもB5判色上質紙片面印刷。
手書きのチラシであり、シングルレコード「夏のフィナーレ」の告知も記載されていることから、上記のチラシより後に作製されたものと思われる。


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こちらは、ファンクラブ会員等にダイレクトメールとして送付されたハガキである。
記載内容は、最初に紹介したのチラシと全く同じである。

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