2017年8月20日 (日)

1987年8月20日

本日8月20日は、日本青年館で佐野量子女史のコンサートに参加する予定となっている。

しかしその前に、佐野量子専門ミニコミ誌と称している"おれんじ☆てぃー"の読者集会が開催される。"おれんじ☆てぃー"編集人のOM氏からの参加の誘いを受けてた小生は、まずは"おれんじ☆てぃー"の読者集会に参加した。

本日の参加者は10名。以前からの知人は"おれんじ☆てぃー"編集人のOM氏の他、富士のKY氏、"権化"MK氏であったが、顔は見知っているという者も何人か参加していた。

東芝総合研究所の東芝夏祭で会場を探すために行動を共にした者も参加しており、OS氏という名前も伺った。OS氏は都立代々木高校の学園祭に参加したり、成田空港に行ったりもするそうである。
小生が行くことができなかった、7月28日の"笑っていいとも!"も観に行ったとのことであった。

読者集会であるが、OM氏が立てた計画では、まずは都立代々木高校を訪問、その後佐野女史がよく行くという店で昼食を摂りながら歓談ということであったが、よく行く店というが蕎麦屋、パスタ屋とも日曜日定休ということで空いておらず、新宿に移動し、昼食休憩することとなった。

19870820おれんじ☆てぃー読者集会@代々木八幡駅

代々木八幡駅から小田急線に乗車し、新宿駅で下車。
入る店を探したが、日曜日の昼はどこも混んでいる。10人で落ち着けるところということで、結局マクドナルドということになった。

マクドナルドで軽い昼食を終えたが、コンサート開場までは、時間がまだ大分ある。

喫茶店で歓談をすることとなった。
連れていかれた場所は、メトロプロムナードの新宿三丁目駅、B6出口。その横に、魔の巣窟への入口のような、四角い暗闇が口を開けている。
昼間から入るには躊躇するような店であったが、OM氏に連れられ、入店する。

店内は薄暗く、場末のスナックのような感じであった。
しかしここが、日曜日の昼間に大人数で来ても入れる店として重宝がられている、ミニコミ誌関係者の間では有名な"カトレア"という店とのことであった。
空いている席に案内された小生らはソファーに腰をおろした。

"カトレア"では2時間程歓談したであろうか、そろそろ話題もなくなり、時間もあるので、徒歩で日本青年館に移動しようということとなった。

新宿駅からまず代々木駅に向かう。
敢えてなのか、青山街道踏切を渡り、そのままホープ軒方面に向かって歩く。
外苑西通りを渡ると、日本青年館に到着した。

ここで、"おれんじ☆てぃー"の読者集会に参加していなかった知人らと合流。
本日集った者は、"関東一のおっかけ"IH氏、某光学機器メーカーのHK氏とSA氏、横浜のKR氏、みずき野の住人KM氏、名古屋から来たIT氏とK氏、我孫子のMT氏等々である。

席が近くなので否が応でも会場内でいっしょになるのではあるが。

というのも、小生らのチケットは、発売開始日の朝、小生が浅井企画まで行き、8枚まとめて購入したものであり、A-28からA-35までの連番席なのであった。
最も良い席を小生がいただいてもよかったのかもしれないが、席の配分は公平に抽選によって行った。
小生の席はA-29、最も中央寄りのA-28の席は横浜のKR氏の手に渡ることとなった。小生の隣のA-30の席は某光学機器メーカーのHK氏。

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”チケット(表)(150dpi)


日本青年館には、つい先日、オリコン通信読者集会の時にも来たばかりであったが、ホールに入るのは初めてである。
入口でカメラを所持していることを申告し、預かってもらう。

チケット半券と引き換えに渡されたポリ袋の中には、クリアファイルとコンサートパンフレットが入っていた。
パンフレットは、よくあるLPレコードジャケットサイズのものとは異なり、A3版アート紙を二つ折りにしたものとA4版アート紙3枚、いずれも片面カラーグラビア印刷片面単色オフセット印刷したもの、A4版にして10ページ相当のものであった。
それでも、コンサートパンフレットが作成されるとは、事務所もまだ売り出しには力を入れているようではある。

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(表1-表4)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P2)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P3)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P4)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P5)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P6)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(P7)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”パンフレットト(表2-表3)(150dpi)

19870820佐野量子コンサート“FANTASTIC”クリアファイル(A4)(150dpi)

ホール内に入場。座席を探す。
A-27とA-28の席の間が中央線となるようで、A-29の席は最前列ほぼ中央といえる席であった。
A-28からの連番席だったということは、ファンクラブ優先販売の中でも、最初か2番目に割り当てられたということなのであろう。

最前列中央からの連番席を確保できたことから、逆に、チケットの売れ行きが心配ではあったが、会場を見渡してみると、入りは8割り程度。
昨年コンサートを開催した東京郵便貯金ホールよりも定員が少ない日本青年館ホールということを差し引いても、動員数は昨年よりも多そうで、一安心である。


チケットには6:00PMと記載されていた開演時刻であるが、少々押している模様。
それでも、開場自体が1時間近く遅れた昨年よりは、入場できているだけましである。

場内が暗転し、開演を知らせる。
昨日はふわっとした感じでりラックスしたいた佐野女史でも、緊張しているだろうなと思うと、小生も緊張する。

18時25分開演。

緞帳が上がる。
「ファースト・レター」のインストルメンタルが流れるが、佐野女史はまだ出てこない。
小生の席からはよく見えないが、ステージのセット前に下ろされた紗幕に、佐野女史の子供の頃からデビューまでの写真が映写されているようである。

「風の微粒子~コロン~」が流れだすとともに、白いドレスを纏った佐野女史が、舞台天井から吊り下げられたブランコにのっておりてくる。

ここでMCが入る。

きょうは、八月二十日です、そとはほんとに熱いですね。みんな、夏ばてなんてしてませんか。
しちゃった?。ほんと?。あのね、しちゃった人はじゃあ、どうしよう、納豆、ネギ入りの納豆を食べて、元気をつけてください。

ここで会場内拍手。

わたしもね毎日納豆を食べて、ほんと、元気に、あい変わらず、がんばっています。
えー、これから、しばらくの間は、わたしといっしょに、最後まで、おもいっきり、楽しんでってください。

「教科書のイニシャル」
「世界で一番に嫌いな人」
「蒼いピアニシモ」~ピアノを弾く

「蒼いピアニシモ」では、イントロと間奏部分をピアノで弾くのだが、正直なところ、あまり上手いとは言えない。
「蒼いピアニシモ」の後MCが入る。

「蒼いピアニシモ」でした。
えーと、この曲は、また、去年に引き続き、ピアノの弾き語りで、弾いて、みましたけれど、なんか、すっごい汗で、つるつるすべっちゃって、こまっちゃたんですけど。
えー、去年よりは、なんか、少しは、上達したかな。みんなは、たぶん、気づいてないと思うんですけれども、去年だけね、ちょっとだけ、進歩したところがあるんですよ。
それは、去年は、イントロだけしか弾かなかったんですけど、今年は、間奏も弾きました。

ここで会場内拍手。

全然変わってないんですけれどもね。
えーほんとね、あんまり、うまくないんだけど、ピアノ大好きで、考えてみると、ピアノとの出会いっていうのは、今から15年前、わたしが、3歳だった頃からずっと、習い続けてきているんですよね。
で、たまにね、ピアノを、弾かれた〇〇〇したりするとね、なんかこうピアノが弾きたくて弾きたくてたまらなくなっちゃったり、なんかさみしい気持ちになったり、するときも、あるんですよね。
えー、だからね、たぶん、わたしが、何歳になっても、このピアノとは一生、ともに生きていくんじゃないかなーって、思います。
で、そんな中で、ひとつ、夢があって、わたしが、結婚して、もうね、料理もちゃんとつくれるようになって、家のこともちゃんと安心してできるようになったらね、近所の、小学校2年か3年ぐらいまでのね、子供たちをね、たくさん集めてね、ピアノを教えてあげて、で、年に一度でもいいから、その子供たちといっしょに、ピアノの発表会なんて開けたらいいなーなんて、思ってるんですけど、そのぐらい、ピアノが大好きで、だから、この、ピアノが、ピアノって、わたしにとっては、そばにいてくれなくちゃほんとに困るような、友だちみたいなところもあるんですよね。
はなしは変わって、もう、ちょっと前になるんですけれども、アルバム『MODERATO』みんな聞いてくれました?。

開場から"聞いたー"との声が上がる。

よかったよかった、どうもありがとうございます。えーとね、あのー、いつもレコーディングっていうのはね、一週間ぐらい前に、レコーディング一週間ぐらい前に、録音ができてきて、で、このね詞っていうのはね、わたしはいつも、いちにちかね、ふつか前ぐらいにもらうんですね。でもね、最悪の場合だとね、あのー、レコーディングスタジオで待って、詞を待って、で、来たら、すぐ入っちゃうレコーディングっていう曲も、あるんだけど、このアルバムの場合はね、1か月かね、2か月半くらいかな、前にね、曲も詞も全部もらって、自分でも、納得いく、あのー、アルバムに、なったと、思うんで、えっと、みなさんもたぶん、気に入ってくれてるんじゃないかなって、信じてるんです。

ここで会場内拍手。

どうもありがとうございます。
ここにね、あー、もうねー 、みんな気づいてるかなぁ。ほら、なんかこのへんに、あれっ、カメラだけかな。あのね、ビデオカメラがね、あるんですよ、実は。ちょっと見えないね。あのね、何で、どこ、あっ。

会場内に笑いが起こる。

ごめんね。あのね、そうそう、ビデオカメラ、なぜか知ってる?。実は、このコンサートのね、模様が、ビデオになって、秋に発売になっちゃうんですよ。えーとね、それとついでに。ついでにじゃない、いっしょに、ライブレコードも、発売になるんですこのコンサートの模様がね、秋に全部発売になるんですけれども。
だから、みんなの、もちろんおっきな声も、あったかい拍手も全~部入っちゃうんですよね。
で、いつも、わたしが、ひとりで、レコーディングスタジオで、歌うわけでしょ?。だけど、今日はみんなでなんかここが全部、レコーディングスタジオになっちゃって、みーんないっしょにレコーディングしてるみたいで、なんか、素敵だなーって、思うんですけど。
えー。だから、みなさんも、おっきな、元気な声と、素敵な笑顔で、協力してください。

ここで会場内拍手。

じゃあ。そうだな、みんながね、どのぐらいおっきな声が出るか、わたしもわかんないし、じゃあ、音声さんなんかもわかんないんじゃない?。だから、ちょっと、おっきい声だしてみよっかな?。
じゃあ、いい?。何て言おうか?。えっとねー。何て言おうかな。じゃあねーえ。ヤンマー、マンボー、マーボー、天気予報、にする。
これねえ。すごい好きなんですよね。(笑)だから、じゃあね。知ってる?、その歌、みんな。

会場から"知ってる"の声が上がる。

じゃあね。ヤンボー、マーボー、天気予報、って言える?。
(会場"言える"の声)
よし、じゃあ行きます。せーの。
(会場"ヤンボー、マーボー、天気予報"の声)
言えるじゃーん。(笑)
それじゃあね、じゃあね、合唱しよう、合唱。で、こっちから、こっちがね、ヤンボーね。あっ、ヤンボーでいいんだね。
で、こっちから、こっちがね、マーボー。
で、みんなで、天気予報ね。
せーの。

(会場"ヤンボー、マーボー、天気予報"の声)
すっごーい。

ここで会場内拍手。

じゃあね、なんかね、あのー、わたし、この前、"笑っていいとも!"のね、テレビに出たときにね、それ、その歌を、歌ったんですね。
そしたらね、ヤンボーマーボーそのヤンマーの、あの宣伝部長のね、かたからね、お電話が来てね、宣伝ありがとうございましたまるやまさん。

会場内に笑いが広がる。

じゃあね、あれ、その勢いによって、「止めて片想い(シークレットラブ)」

「止めて片想い(シークレットラブ)」
「危険なテイスト」

「危険なテイスト」でした。

えーと。もう、公開になっているんですけれども、映画、"シャコタン☆ブギ"。えーとですね。みんな、シャコタンて知ってる?。

会場から"知ってる"の声。

(笑)えー。あのねー。じゃあね知らない、今"知ってる"って言わなかった人がいるからね、じゃあね、教えてあげます。
あのね、シャコタンっていうのは、あのー、車高が低いくるまのことシャコタンて言うんです。(笑)
えーとね、あのやっぱり、東京はね都会だから、あんまり走ってないみたいなんだけど、いなかのほうに行くといっぱい走ってるみたいですね。で、わたしもね。そうでもない?。そういうふうにわたしは、聞いたんですけど、それで、あのー、えーとね、そのー、映画のロケは、ほとんど、全部ね、夜のシーンばっかりなんですよね。でー、全部、ロケーション。セットっていうかこースタジオの中も全然なくてね、全部外なんですけど。でね、ロケ現場はねえ、主に、えーと、あっ、ありがとうございます。
話の続きなんですけど、あのねー、それでほとんどね、福井県でロケを、したわけなんです。
で、福井県にわたしも、長く滞在していたんですけれども、そのときね、なんか、すごい不思議なことが、いろいろおきたの。

ベースの演奏始まる。

あのね。ロケもね、順調に進んで、三日目の、夜のことだったんですけど、夜ね、八時ぐらいに、ホテルを出て、わたしたち、ロケ隊が、ロケバスに乗ってね、あのーそのロケ現場が、山の頂上だったわけ、で、そこの頂上に向かって、どんどんどんどん山道を、ロケバスで登ってったんだけど、そこでねー、ロケバスでねぇ行ったところにねぇ、あの、その山道にね、この山道に、あの、トンネルが、たくさんあるんだけど、その中のね、ひとつに、なんかすごく、いやな噂があって、女の人の幽霊が、女の人の幽霊が出るっいう噂が。

会場に突然悲鳴のSEが流れる。

こわいからね、ほんとに。それで、あのー、そんなのでもわたしもほらあんまり、あの、こわいのきらいだし、そんなの信じてなかったんだけれども、でね、行きはね、ほんとになにもなかったのよ。全然なくて無事に現場に着いたんだけども、帰り道、わたしは、あのバスの中で寝ちゃって全然、あのー、気がつかなかったんだけど、運転士さんとか、あと、スタッフうちの何人かの人たちは、そのー、トンネルで女の人を見かけた、って言うのね。
で、次の日、その運転士さんは、すんごい高い熱が出ちゃって、運転できなくなっちゃったわけ。そいで、そのスタッフの人たちも、その晩は、あの、金縛りにあって、うなされたりしたんですよね。
で、そいで、それだけじゃなくて何が起こる、もうひとつねあってね、それは、すんごい崖っぷちがあったの、ほんとすごい、こう、上から見ると、こーは?????がうずまいてるような感じ。すんごい崖っぷちがあったの。
そんでね、そこで、あの、そこにシャコタンを持っていって止めといたんだけれども、サイドブレーキをちゃんっっとかけたはずのシャコタンが、ヒューって動き出しちゃったの。でみんなでワーって止めたんだけど、変だと思わない?だって、ちゃんとブレーキかけたのにさ、ぞれなのになんか走り出しちゃったりして、で、変だなーって思っていたらねー次ぎにねー、女の人がね、崖からチューなんてこんななって、落ちそうになっちゃったり、あと、撮影しますって言うと、雨がザーって振りだしちゃったりその、なんっか気味が悪いなーって思っていて、その現地の人に、一応聞いてみたらね、そしたら、そのー、崖っぷちは、自殺の名所だったりね、して、なんかやだなーなんて、思っていたんだけど、それでね、ほら、ホテルがねーまたすっごい、古~いホテルだったの。なんかね、築50年ぐらい、かなーって思うぐらい、すっごい古くてね、わたしも、こわくてたまらなかったんだけど、そこのホテルにもいやな噂があったの。それはね、水道の蛇口をひねると、真っ赤な血が飛び出るってその、で、わたしねほんっとにね、そんなこと続いてるしね、こわくてドキドキしてたんだけど、やっぱり、お風呂も入りたいでしょ?。だから、勇気を出してね、ジャーってね、ひねってみたの。

これは、錆びた水だった、というオチが容易に予想される展開である。

そしたらね、真っ赤じゃなくてね、黄色かったの、で、キャーっつってね、急いでね、隣の部屋の人にね、すいません、調べてくださいつったら、単なる錆びた水だったの。

会場に"チャンチャン"のSEが流れるとともに、拍手。
やはり、予想通りのオチであった。

ど~お。〇〇〇、涼しくなりました。

会場から"なった"との声。

ほんとに?、良かった。わたしも、暑かったから、みんなも涼しくなればいいなーって思ったとこで、良かった。
えー、そんなことが、あのあったんですけれども、でも、あたしもねー、こわいはなしほんっとにきらいだから、みんなも、今聞いたこと忘れてください。(笑)
えー、そんなことで、さっきも、おはなしした、LPの中で、ちょっぴり、おとなっぽい曲があるんで、聞いてください。

「雨が止むまで」

イントロのがシングルVer.よりも長くなっている。ギター伴奏のみで歌いだし、A-A'-B-B'-Cパートまでギター伴奏のみ、次のAパートから他の楽器が加わった。
このあたり、最前列故ではあるのだが、取材カメラマンが小生の前を行き来するのが幾分わずらわしく感じる。
静かな曲ではシャッター音もかなり気になる。
昨日聞いた話しでは、ビデオが発売されるということなので、そういった撮影も多くなるのは仕方のないところ。気にしないようにするしかない。

引き続き、

「真夜中のブーケ」
「アクエリアス」
間奏部分で佐野女史が一旦退場し、その間にバンドメンバーの紹介。
佐野女史が再度登場すると、衣装が青色ブラウスとピンクストライプバルーンパンツに替わっていた。

「アクエリアス」を1コーラス目から再度歌いはじめる佐野女史。
ここが立ち時、と立ち上がる小生。
最前列8人が立てば、さすがに後ろの者も立たざるをえない。
会場もほぼ総立ちとなった。

しかし、「アクエリアス」を歌い終わると、潮が引くように着席しだす。
オイオイ、一度立ったらすわるなよ、と思う小生なのであったが、本日は佐野女史のコンサート、小生の普通が通用しないこともあろうと、しかたなく席に着く小生。

「キラキラの秋」

もう、いつ会場を総立ちにさせようか、ということばかりに気持ちが行っている小生。
この曲では無理だなという判断である。

「どきどきテレポート」

この曲なら行けるだろう、とういうことで立ち上がる。
佐野女史も、歌詞"I LOVE YOU"で、会場の声を求めたりして乗っている感じである。
引き続き、犬の話しのMC。

「結べないリボン」

引き続き、取材でバリ等に行った時の話しのMC。南十字星も良かったけど、ちいさないっばいの星を見て、何億年もかかってここまで光がとどいているんだなと思うと元気が出てくるとのこと。

「少女がページを閉じる時」

引き続きMC。失恋の話し。

「夏のフィナーレ」

引き続きMC。今、この曲を忘れてて、イントロがかかってやっとわかり慄てたことを話す。続いて、
えー、去年からずっと、あのみんなに、言い続けてきたことなんだけれども、えーと、泳げるようになりたいって、ずっと、あの、言ってたんですけどそしたら、あの、…こいうふうにしたら、泳げるようになるよっていうね、アドバイスとか、こんなふうに、したら、泳ぎかた教室だっけ?、水泳教室、水泳教室に、いけるよとかね、あの、そういう、お手紙ももらったんですけど、ほんとどうもありがとうございました。

ここで会場内拍手。

今は、スキューバーダイビングも、やっているんですけれども、まだね、あのー、ライセンスを取る途中なんで、プールの中に入って、練習しているんです、だから、いつかきっと、海に潜ったら、みなさんに、おみやげばなしを持って、きたいと思いますので、ぜひ楽しみにしててください。

ここで会場内拍手。

それでは、コンサートもラストスパートです。「瞳にピアス」

「瞳にピアス」

"瞳にピアス"の歌詞の部分は、会場内合唱。

「夢からさめない」
「4月のせいかもしれない」

このシングル楽曲3曲は連続演奏であった。
その後、バックバンドが「4月のせいかもしれない」サビ部分を演奏しつつ、アンコール前の締めに入る。

どうもありがとうございました。
どうもありがとう。どうもありがとう。

といいながら佐野女史が退場。
引き続いて、"アンコール"コールが始まる。

しばらく"アンコール"のコールが続いた後、

「羊が空を飛んだ」の演奏が始まった。

佐野女史が登場し、歌いだす。
先程までの衣装から青いブラウスを脱ぎ、バルーンパンツの同じピンクストライプ柄のノースリーブの衣装となった。
元気よく歌っていたように見えた佐野女史だったのだが、2コーラス目Cパートあたりから、感極まったようになり、
泣きそうになるのをこえらて、2コーラス目サビの部分で、
みなさんもいっにょに歌ってください。
会場に呼びかける。

きょうは、みなさん、ここに、来てくださって、ほんとうに、ほんとうに、どうもありがとうございました。
(泣きだしたため、場内歓声)
今の、わたしの、心の中は、みなさんが、ここにきて、喜んでくれたかな、楽しんでくれたかなって、すごく、心配です。
こんな、わたしのために、時間をさいて、ここに、ほんとに来てくださいって、心から、ありがとうって、言います。

場内は歓声につつまれた。

今、わたしができる、みなさんへの、心からの贈り物です、聞いてください。

「贈り物」

スポットライトが当たる佐野女史。
手を延ばせば届くくらいの、すぐそこで歌っているのであるが、スポットライトが当たる場所と、当たらない場所は別世界。
そんなことはわかっていても、衣装が汗で濡れていたり、胸元が隙間が広がってきていたり、涙が鼻水になって流れだしそうになっていたり、そんな姿を見ていると、、この人のために何かしなければいけない、という思いが募る。単純に"抱きしめたい"という気になるのだが、直情的な思いは封印したとしてだ。
しかし、今の小生に何ができるというのか。

どうもありがとうございました。

という言葉を残し、佐野女史は退場していった。

アンコールの声は鳴りやまず、アンコールに答えて再び登場する佐野女史。
そして再度、
「アクエリアス」
を歌う。

今度は元気に。

2度目のアンコールも終わり、退場する佐野女史。

客席が明るくなり、コンサートが終了したことを知らせてくれる。


今の小生に何ができるというのか。
先程の疑問を反芻しながら、会場を後にする。
"オリコン通信"に佐野女史のことを書けば、佐野女史を気にしてくれる人が増えるだろうか。
ほんの少しの人しか集まっていないようなイベント会場に、小生の顔があれば、幾分は心強く思ってくれるだろうか。
それで良いことにしよう、今は。

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2017年8月19日 (土)

1987年8月19日

"佐野量子ファンクラブ"のイベントに参加するため、五反田にある浅井企画の事務所にやってきた小生であった。
事務所には13時に集合することとなっている。


浅井企画は、五反田駅東口から徒歩数分の親切堂ビルに事務所を構えている。
6階まで登り、エレベータを降りてすぐ左に頑丈な鉄の扉がある。重い扉を開けると小さななカウンター、いつもはここで用が足りるが、本日は、イベントに来たことを告げると、奥に案内された。
鉄の扉を背にし、右手奥に進む。そこは会議室のような部屋になっており、中に通された。部屋の中は思いの外広く、応接セットが一式据えられていた。

室内には、本日のイベントに参加する者がいたが、どこかで見かけたことがある気がする。


そこへ、住んでいるマンションから歩いて来たという佐野女史が到着、本日の参加者が揃ったところで、移動することとなった。

親切堂ビルから徒歩で、五反田駅方向に向かう。どこへ行くのかと思っていると、着いた先は、ショッピングプラザとうきゅうの8階のレストランフロアであった。そして、その中のレストランに入店する。午後1時を過ぎたとはいえ、店内はかなり混み合っている。窓際のテーブルに空席はなく、店内中央付近の空いているテーブルに通された。

まずは、食事をしながら、佐野女史とお話しするという時間とのこと。自己紹介によると、参加者の他、同席するのは、浅井企画の荻原氏と、ファンクラブ会報編集スタッフの栗原女史とのことである。
萩原氏によれば゛本日のイベントは、遠方から来る者が続けてコンサートに参加できるように、あえてコンサートの前日にしたとのことであった。

どこかで見かけた気がする顔の参加者は、大阪の"気分はジャマイカ"の時に顔を合わせたとのことであった。

佐野女史との話しをする時間と言われても、特に準備していたわけでもなく、なかなか良い話題は無い。

明日のコンサートのことを聞いてみると、昨日でリハーサルは終わって、今日はお休みとのこと。

進学については、今どうしようか考えている。どこでもいいから入っちゃうというのはやだし、まだわかんないですね、とのこと。


ところで、本日の小生に課された最低限の使命が2点あった。
1点は、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"きっぱら一人"から佐野女史のファンサークルを作ろうと誘われており、その名称を佐野女史に決めていただき、表題を書いてもらうこと。
そしてもう1点が、佐野女史に、自分が表紙の"オリコン・ウィークリー"を持って立ってもらい、いわゆる"オリコンといっしょ"の写真を撮影すること。

閑話休題。


佐野女史にファンサークルの名前についてお願いしたところ、
"レタスのくゃみ"というラジオ番組がはじまるとのことで、"れたす"という名前をつけていただき、題字も書いていただいた。

19870819れたす題字

"レタス"は佐野量子の皮を一枚一枚むいていくようなイメージ
と、ちょっと危険な発言をする佐野女史。
どっちがレタスでどっちがキャベツかわかりますか?ってインタビューしてみたけど、みんなわらないんですよ。
と、レタスもキャベツも見馴れている小生からするとにわかには信じられないのだが、都会の人間に聞くと、そういうことになるのであろうか。

そのほか、
静岡にいる頃よく観ていたテレビ番組は、サスペンスドラマ
であるとか、
"SBSポピュラーベストテン"で、カルチャークラブやデュラン・デュランをよく聴いていた
とか、

小さい頃は、
『アルプスの少女ハイジ』
『フランダースの犬』
『みなしごハッチ』
など、かわいそうな話が好きだった
とか、

「およげたいやきくん」も好きだった
とのこと、

「およげたいやきくん」?、と聞き返たところ、
あれかわいそうな話しですよね。
たべられちゃうからかわいそうじゃない?

そう言われればそうかもしれないと納得してしまう小生。

佐野女史も気分が乗ってきたのか、

朝"ひらけポンキッキ"を見てから学校に行ていた。いつもこの歌かわいそうだなと思いながら幼稚園に行っていた
"ひらけポンキッキ"の、「ホネホネロック」も好きだった

『アルプスの少女ハイジ』"セバスチャン"が好きだった
"セバスチャン"って呼んでいる男の子がいた

小学校のとき、お楽しみ会で劇をやるとき、部屋のカーテンを取り外して、黒板に張って"劇のはじまりはじまり"ってやるんだけど、『キャンディ・キャンディ』や『赤い激突』、漫画やテレビの話しを元に、誰がどんな役がいいのかな、と脚本を書いていた。劇ではいつも語り手をやっていた
『キャンディ・キャンディ』のパティの役をやるために、友達のお母さんのメガネを借りてきた

というような話しが次々と続く。

好きな漫画ある?。『天才バカボン』、『ド根性ガエル』とか、この前大阪に行ったときに『宇宙戦艦ヤマト』を観たの。あれいいよね。ああいう宇宙船乗ってみたいよね。造ってくれればみんなでいっしょに行くのにね。

宇宙船にはあまり乗りたくないな、と思う小生。

大阪では『気分は名探偵』の再放送をしているなどの話題が出ると、
大阪でやってるよと、木村一八さんに聞いたの

小生の住んでいる地域では再放送はされたことがないのに、とうらやましく思う小生。

映画"シャコタン☆ブギ"は大阪が舞台なのに大阪で撮ってなかった、という質問には、

大阪弁だったけど、舞台は福井だったの。設定は四国なんだよね、漫画の

舞台というか、ロケ地が福井の商店街だったのだな、と思う小生。

キスシーンの話題に、

そうなの、しょうがなくてね~

そういう答えが方をされると、聞いているほうがつらくなってしまう。

『シャコタン☆ブギ』のエンドロールに暴走族名前が列記されていたことについて

打ち上げのとき、みんな頭がこんななってて、みんなどこか怪我してるの、どうしちゃったのかなーって思ったら、やられちゃったんだって、若いからねー

と、笑っていいのか悪いのかよくわからないような話し。

田舎と都会の話題について、

大阪で地下鉄に乗ったんだけど、東京の地下鉄って静かじゃない、大阪の地下鉄ってがやがやしててね、にぎやかだねーって思って。大阪弁むずかいしね

方言については、静岡は"ら"がつく。東京、大阪、静岡の"いちご"や"みかん"のアクセントの違いについての話しとなった。

高校野球については、大阪の他の高校は甲子園に行くことをあきらてしまうくらいPLが強すぎるという話しとなった。

店を出ようというとき、

佐野女史が、一人の店員さんに、"がんばってね~"と声をかけた。店員さん手を振り返す。
なんだろうな、と思っていると、
妹なんです
と佐野女史。

2歳違いの妹の明美さんが、夏休みを利用し、佐野女史の部屋に泊り込んで、事務所の人に紹介されたこの店でアルバイトをしているとのことであった。

学校にばれたら怒られないですかね、との質問に、

東京だからへいき

と笑顔で答える佐野女史。

席を立って、次の会場に向かうこととなった。

事務所の方が会計をしているとき、高校野球の試合を放映していたので見てみると、帝京高校対関西の試合中で、帝京高校が3-0でリードしているところだった。
その前の試合は常総学院が逆点で勝ったとのこと。しかし、PL学園が強いのだろうなという、萩原氏の意見であった。
たぶんそのとおりだろう。

店を出て、エレベータで一階に降りる。萩原氏は"先に行ってて"とどこかに行ってしまった。おそらく一旦事務所に戻ったのだろう。
小生らは佐野女史と共に徒歩で移動する。公園に行くとのことなのだが、この近辺に大きな公園があることは承知していない。


道すがら佐野女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃ"の話題を振ると、
"おれんじ☆てぃー"にお手紙かかなくちゃ。書こう。
とつぶやいていた。これは"おれんじ☆てぃー"編集人のOM氏への土産話しにせねばなるまい。


どこに行くのかと思っていると、国道1号線を渡り、洪積台地の台地崖にとりつく。崖の途中、坂を登ってすぐ左に、小さな公園があった。

五反田公園。この公園が次の会場とのことであった。小さいながら、セミの声がする木々に囲まれた公園である。

萩原氏も後から到着。ここで、写真撮影をしましょう、ということのようである。
そういうことならと、小生もkonicaのMR-70を取り出し、撮影させていただく。

19870819佐野量子

本日の目的の一つである"オリコンといっしょ"も撮影させていただく。

19870819佐野量子_オリコンと一緒

その後、全員で記念撮影をして、本日のイベントは終了となった。

本日は、終始肩の力が抜けていた、佐野女史、
この秋のキーワードは、"レタス"とのことである。

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2017年8月17日 (木)

1987年8月17日

本日は池袋サンシャインシティALPA噴水広場で開催される西村知美女史の"愛の夢’87・夏"に参加。

この"愛の夢’87・夏"というイベントは"西村知美 全国100,000人握手会"とのサブタイトルがついているとおり、サイン&握手会で全国を回るというものである。時期的には1987年6月5日発売の「初めまして 愛」と、1987年8月5日に発売された「ポケットに太陽」のキャンペーンということになる。

西村女史は、芸映プロダクションの新人歌手恒例の、"東海道"の名を冠したキャンペーンを実施していなかったが、デビュー2年目にしていきなりの"全国"キャンペーンとなった。
そのキャンペーンとは、参加券裏面に記載されている"握手会スケジュール"によれば、

7月25日(土)15:00~ 伊丹ツカシンチャーチスクエア
7月27日(月)15:00~ 西新岩田屋屋上(福岡)
7月30日(木)13:00~ 名古屋テルミナ屋上
16:00~ ミカ・ショッピング・センター西尾
8月2日(日)12:00~ 大宮We
16:00~ 東急百貨店本店
8月8日(土)15:00~ 静岡伊勢丹
8月10日(月)13:00~ サンテラス磐田
15:30~ サンテラス浜北
8月11日(火)13:00~ 札幌そごう屋上特設会場
8月13日(木)13:00~ ダイエー山交ビル屋上
17:00~ サンキョウ福島本店6階
8月17日(月)15:00~ 池袋サンシャイン
8月18日(火)13:30~ 宇都宮西武デパート屋上
8月19日(水)13:00~ プラーカ新潟ギリシャ広場
8月23日(日)11:30~ 山陽放送“ビバ・ワンダーランド”(岡山きびの郷)
8月24日(月)14:00~ 川崎おかだ屋モアーズ屋上
8月25日(火)13:00~ いよてつそごう(松山)
8月26日(水)16:00~ シーモール下関
8月27日(木)13:00~ 宇部文化会館
(原文ママ)

と、北海道から福岡までの20か所が記載されいる。20か所で10万人ということは、1か所あたり5,000人ということになり、それはいかにも無理というものであるが、実際のところ"西村知美 全国100,000人握手会"は、6月7日の吉祥寺東急からの人数を集計するようであり、たとえば先日7月23日のよみうりランドEASTでのコンサートも、コンサートでありながら握手会を実施するなど、ここに記載した以外の握手会も開催されている。しかしそれでも10万人に到達するのは困難ではないかと思える。

閑話休題、サンシャインシティに向かう小生であった。かつて"アップルシティ500"が放送されていた頃、サンシャインシティには行ったことがある。したがって、イベント開始直前の今頃になって噴水広場に行ったとしても、満足に観ることはできないであろうということは想像できたが、それでも、会場に行けば誰かしら知人に会うことができるであろうということが、小生の足をサンシャインシティALPAに向かわせた。

噴水広場に到着してみると、当然椅子席に空きはなく、立ち見客が三重四重にも取り巻いており、隙間から観ることさえ困難な状態であった。これは想定どおりなので仕方がないところ。

19870817サンシャインシティALPA噴水広場_西村知美

会場では、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏、西村女史の専門ミニコミ誌である"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏などがおり、その一団に合流した。これも想定どおり。

イベントは、「初めまして 愛」、「友だちね」、「ポケットに太陽」を唄った後、握手会へと進行。小生は握手会には参加しないこととした。

その後、"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏に誘われ、東京工業大学大岡山キャンパスに向かうこととなった小生。TT氏に連れられ、東急電鉄の大岡山駅で下車し、大学の正門を通り過ぎ、学生食堂らしき建物に案内された。そこで紹介されたのが、佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"の編集人のOM氏であった。

TT氏たちとは一旦離れて、OM氏と、佐野女史のことやミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"のことなどを話していると、
OM氏は"今度デビューするんですよ"と一冊のファイルを取り出し、小生に手渡す。ファイルには、今度デビューするという2名の女性のプロフィールや、事務所とその女性との契約書などが、クリアポケットに入れられ収まっていた。小生は、芸能事務所との契約書などを見るのも初めてであったが、読めば読むほど、あまり気持ちの良いものではない、ということはわかった。
そしてこの未来のアイドル2名に幸あれと、少しだけ思った。
さらに、あまり売れているとはいえない、とあるアイドルの行く末を案じたりもした。

夜も更けてきた。小生も帰宅せねばならない。
東京工業大学に残るOM氏とTT氏とは、8月20日の再会を約して分かれ、小生は大岡山駅から帰途についた。

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2017年8月15日 (火)

1987年8月15日

本日は、映画"シャコタン☆ブギ"の公開日であり、
10時15分から渋谷東映、
12時20分から丸の内東映、
で、初日舞台挨拶が開催される。
また、18時から有楽町の日立ヤングプラザで開催される、"日立ハローサタデー"の公開放送にも参加したいところである。
"日立ハローサタデー"の整理券は、10時30分から配布されるので、本日の日程は、まず有楽町の"日立ヤングプラザ"で"日立ハローサタデー"整理券を入手した後、丸の内東映に移動し、映画"シャコタン☆ブギ"の初日舞台挨拶に参加した後、"日立ハローサタデー"の公開生放送に参加、という計画を組んだ。
幸いなことに、日立ヤングプラザと、丸の内東映は、徒歩で5分とかからない距離である。

まずは、有楽町フードセンターの前に並び、10時30分の会場と同時に"日立ヤングプラザ"カウンターまで走り、整理券を確保する。そしてその脚で丸の内東映に向かう。

入場するためには観賞券が必要になるので、購入。

シャコタン☆ブギ 名門!多古西応援団チケット(150dpi)

まず、"名門!多古西応援団"の出演者が登場。

19870815_名門!多古西応援団初日舞台挨拶_我王銀次

引き続き、"シャコタン☆ブギ"の出演者の挨拶となる。

19870815_シャコタン☆ブギ初日舞台挨拶_木村一八、佐野量子、藤井一子

本日は、藤井一子女史も参加していた。

舞台挨拶が終わると映画の上映となるが、小生は、既に観ているため、途中で抜けだし、昼食後、日立ヤングプラザへと戻った。

今回の"日立ハローサタデー"の公開生放送の会場は、前回参加時と同様"Forum-U"であった。
16時過ぎに整理番号順に入場。小生は最前列の座席を確保した。

今回の会場司会は堀敏彦氏、前回は参加時は、おおくぼ良太氏だったので、交代したようである。

会場に流れる放送中の音声から聞こえるのは、小堺一樹氏の声。こちらも、チャゲ氏と石川優子女史から変更になったようである。
放送中の音声が、会場を呼びかけると、ラジオ放送の音声が"日立ヤングプラザ"からの放送に切り替わり、公開生放送の開始である。

今回のゲストは、佐野量子女史と勇直子女史の二人。両名とも所属するレコード会社はRVC。担当プロデューサーも岡村右氏と同じである。

1987085日立ハローサタデー_佐野量子、勇直子、堀敏彦

佐野女史は、先程の"シャコタン☆ブギ"の初日舞台挨拶のときと同じ衣装であった。私服なのであろう。

佐野女史は「4月のせいかもしれない」、「少女がページを閉じる時」、「夏のフィナーレ」をそれぞれフルコーラス。
勇女史は「Boom Boom Boom」。なお「Boom Boom Boom」の編曲者である角松氏の担当プロデューサーも岡村右氏である。勇女史の他の曲は失念。

公開生放送の終了後に、クイズが出題され、答えがわかった者が手を挙げ、指名されて正答の場合に賞品が贈られるというクイズのコーナーがあったが、小生は何ももらえず。
イベント終了後、そのまま帰路についた。


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2017年8月14日 (月)

1987年8月14日

本日は、オリコン通信の読者集会が開催される日である。主催者により"87オリ通読者集会夏の陣・東京編"と銘打たれた今回の読者集会、オリコン通信の告知では、"●日時:12:30分より受付(開始は13:00から)●場所:日本青年館(銀座線、外苑前駅下車。大ホール入口前の自動販売機あたりで受付やってます)"と記載されている。

記載どおり12時30分過ぎに日本青年館に到着すると、お盆休みで閑散とする都内の中で、そこだけ異様な"暗い子のブラックオーラ"につつまれた一団が…(←大げさ小僧)、一瞬ひるんだが、見知った顔も多くいたるため自然に合流、受付を済ませる。

その後、参加人数も増え50名を越える勢い。日本青年館では創価学会の集会が行われており、オリ通読者集会として日本青年館の会議室を予約確保してあったわけでもなかったため、日本青年館でゲリラ的に集会を開催するのは困難ということなのであろう、隣の明治公園に移動し、日本青年館を背にして設置されている野外ステージにて、読者集会を開催することとなった。
幸いにも、天気は曇り、盛夏であるが比較的過ごしやすい。

名札等、自分の目印のなるものを持参せよとのことだったので、小生は、佐野量子女史の東京商工会議所うちわを持参した。

明治公園への移動が完了して、読者集会の開会となった。
ペンネーム"渡辺洋"氏が司会進行を指名されて、まずは参加者の自己紹介が始まる。
順にステージに登壇し、オリ通歴、誰のファンか、投稿者の場合はペンネームなどを述べるといった形式である。

ペンネーム"大羽由起夫"氏が筋肉少女帯の「高木ブー伝説」を唄うが、集まっているのが"暗い子"なので、盛り上がりいま一つで、会場のどよめきが最高潮が最高潮に達したのは、迷彩服を着た色白の少年がペンネーム"☆堕天使"と名乗ったときであった。

ペンネーム"ひねくれタコラ"氏、"地上に堕ちたフリークアウト"氏、""聖子"は渡辺♡"奈"は誠"氏、"あかねさんのかぶと虫"氏等、有名でなおかつ今まで正体がはっきりしていなかった常連投稿者が、その正体を明かすたびにどよめきが起こる。

小生の順番も回ってきて、登壇する。ペンネームは●●●●●で、あと○○○○○というペンネームも使っています。と発言すると、会場から"おおう"というどよめきがが起こる。自分がかなり有名な常連投稿者なのだということを認識でき、なかなか気持ちが良いかもしれない。

その後、各人が持ち寄った品を賞品とした、じゃんけん大会。今回の読者集会には、オリコン・ウィークリー編集部の★西氏、▼治氏や、石川誠壱氏も参加しており、オリコン・ウィークリー編集部から提供された品も、賞品に加わった。

読者集会終了後は、大挙して渋谷まで徒歩移動。渋谷までの距離があるため、こどもの城前で一時休憩し、記念撮影。
渋谷に到着後は、マクドナルドで時間を潰し、日が暮れると▼治氏行きつけの居酒屋"日本橋亭"で宴会に突入したのであった。

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2017年8月13日 (日)

東京商工会議所うちわ

今回紹介する品は、東京商工会議所の"うちわ"である。
うちわといっても一般的な把手のついたものでははく、サンカード紙製の円形うちわで、片面カラーグラビア印刷、もう片面は単色オフセット印刷となっている。

カラーグラビア印刷面には、佐野量子女史のウエストアップ写真に、キャッチコピーが添えられている。

佐野量子_東京商工会議所うちわ(表)(150dpi)

単色オフセット印刷面は、東京商工会議所の所属会員向けの告知となっている。また、持ち手となる穴の部分は紙で補強がされているが,そこにも東京商工会議所の宣伝文句が入っている。

佐野量子_東京商工会議所うちわ(裏)(150dpi)

入手経路は不明。小生は、1987年8月14日にはこのうちわを所持していたので、それ以前入手したことになる。8月14日以前には東京商工会議所のイベントに参加していないはずなので、6月16日に東京商工会議所を訪れたときに、いただいた可能性が高いが、そのあたりの記憶は定かでない。

ともあれ、1987年の夏に実際に使用し、活躍したうちわであった。

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2017年8月11日 (金)

囲碁の時間 囲碁講座 島田広美さん退任の挨拶

現在NHK教育テレビジョンでは、
日曜日12:00から"囲碁フォーカス"が、12:30から"NHK杯囲碁トーナメント"がそれぞれ放送されているが、

かつては、"囲碁講座"と"NHK杯囲碁トーナメント"を合わせた番組である"囲碁の時間"として放送されていた。

番組冒頭の"囲碁講座"は、プロ棋士一名に、聞き手の女性が付くというかたち、
名称のとおり講座に特化したものであった。

囲碁講座は、年度ごとに決まったテーマに基づいて監修され、4月から始まり3月に終わりを迎える。
通例では年度ごとに、講師、聞き手が交代する。


かつて、この囲碁講座の聞き手に、
すでにアマチュア有段の免許をいただいていた小生のような者ならいざしらず、
囲碁のルールさえ知らない"アイドル者"たちをも沸騰させた者がいた。
それが島田広美女史であった。

人気があったからなのだろう。島田女史は4年続けて出演することとなる。


その島田女史も、1990年3月31日をもって"囲碁講座"を降板することとなった。

今回紹介する動画は、そのときの、退任の挨拶である。

この挨拶では、島田女史は"スクリーンからは消えますが"と語っているが、
実際には、この後もNHKなどの番組に出演しており、
現在は、NHK学園のカルチャースクールの講師をしているようである。

なお、淡路修三九段の話しが途切れるのは、放送禁止用語を話したわけではなく、ビデオテープのドロップアウトが原因である。


島田女史の退任を残念に思っていた小生ではあったが、
もうこのときには"NHK杯囲碁トーナメント"の記録係として時折出演している、
"梅沢由香里"という名の院生?
(通常、記録係は低段位のプロ棋士が担当するのだが、梅沢女史の名前の後には段位が表記されなかったので大層目立っていた)
を推すということで、心を切り換えていた小生であった。


囲碁の時間
NHK教育テレビジョン
毎週日曜日12:00から14:00(高校野球放送時期等には放送時間変更の場合あり)
うち囲碁講座は12:00から12:20(なお、この日(1990年3月31日)は13:00から13:20の放送であった)

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2017年8月10日 (木)

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ

今回紹介する品は、1987年6月17日発売の石川秀美女史23枚目のシングルレコード、
「素敵な勇気」
の、店頭プロモーション・ビデオである。

販促品ではなく、実際に店頭での上映に使用していたものを、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店のK店長からいただいたものと思われる品である。

キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街が、店を閉じるときにいただいたものかもしれないが、そのあたりの記憶はもはや定かではない。

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ(150dpi)


ビデオには、同一内容のプロモーションビデオが連続して3本収録されている。
店頭で上映するために制作されたものであるのなら、納得できる仕様である。


内容は、全編小細工無しの歌唱映像。

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ


バックバンドには"BUNちゃん"と"ミッシェル"の姿を確認することができる。
バンド名のクレジットこそ"PINK ELEPHANTS"となっている時期であろう。


曲が終わるのとほぼ同時に
「素敵な勇気」
の発売告知が、

その後、アルバム
『Sur』
の発売告知が表示され、映像は一旦終了。

そして同じ映像が2回繰り返される。

かなりの回数再生されたのか、画質はかなり劣化しているのが残念なところ。

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2017年8月 9日 (水)

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ

今回紹介する品は、1986年11月5日発売の石川秀美女史21枚目のシングルレコード、
「危ないボディ・ビート」
の、店頭プロモーション・ビデオである。


オリコン・ウィークリー誌に掲載された「危ないボディ・ビート」の広告には、

<center>「危ないボディ・ビート」
<center>ご予約・お買い上げの方に秀美のミニ・カレンダー・プレゼント
<center>さらに
<center>抽選で500名の方に秀美の最新プロモーションビデオ・プレゼント!!


との記載がされている。

この記述が正しいのであれば、本ビデオは、この"抽選で500名の方"にプレゼントされたうちの1本ということになる。

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ(150dpi)


ビデオと共に、当選案内として、B5版の紙が同封されていた。

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ当選のお知らせ(表)(150dpi)


ビデオには、
「危ないボディ・ビート」が2本収録されている。

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1本目は、ストーリー仕立て
メルツェデスから降りた石川女史が街を彷徨していると、路上にテレビジョン受像機が転がっている。
そのテレビジョン受像機を石川女史が蹴ると歌唱映像に切り替わるというもの。

2本目は、全編歌唱映像。
バックバンドに、ミッシェルの姿は見えるが、BUNちゃんの姿は見えない。"DANGER"として活動を開始する前に収録したものであろうか。

1本目、2本目とも、最後に

石川秀美
ニューシングル
危ない ボディ・ビート
11月5日発売
RCA

との字幕が表示され、プロモーションビデオであることを主張している。

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2017年8月 8日 (火)

1987年8月8日

本日は、渋谷東映で開催されるイベント、"土曜の夜はシャコvsタコ祭り!"に参加の予定。

目的地の渋谷東映は、渋谷駅東口から宮益坂下の交差点を渡ってすぐの明治通り沿いにある。
イベント開始までにかなりの時間があるため、渋谷東映の周囲を一周してみる。すると、渋谷東映裏手になる宮下公園内に、入場待ちの列ができていた。既に50人くらいは並んでいるかもしれない。小生もその列に並び、会場を待つ。

本日集まった知人は、某光学機器メーカーのHK氏と、SA氏、"ワープロ君"ことUM氏、横浜のKR氏の面々である。
あたりが暗くなった頃に、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏が前方からやってきて、列の最後尾に向かって歩いていった。仕事が終わってから来たようである。

あたりが、暗くなった頃、入場がはじまったらしく、列が動き出した。
その後も列はゆっくりと動く。渋谷東映に入館しようというときになってわかったのだが、館内には"シャコタン☆ブギ"と"名門!多古西応援団"出演者の面々が、伊藤美紀女史、南渕一輝氏、佐野量子女史、木村一八氏と並んでおり、握手をしながら入場とのことで、時間がかかっていたようである。
小生は、並んでいる面々の中でも、その見た目から、我王銀次氏と握手をするときに最も緊張したのだが、意外にも、丁寧な言葉を返していただき、好感が持てた。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_握手会

入場したからといっても、スクリーンではまだ通常進行で映画を上映中である。イベントは上演終了後に、観客を入れ換えて行うので、それまで少々時間があり、並んで再び並んで待つことになる。知人に場所の確保をお願いし、列を抜け出して、映画上映中のホールを覗いてみると、スクリーンには、仲村トオル氏の顔が大写しになっていた。上映されているのは『新宿純愛物語』で、ちょうどそのクライマックスを迎えているところのようであった。"もうすぐ終わるな"と列に戻る。

やがて、ホールから人が出て来る。上映が終了したようである。
人の列が途絶えた後、小生らの並んだ列の先頭からホールの中に入っていく。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_開始前舞台

残念ながら、あまり前のほうの席は取れなかった。

まずは、"名門!多古西応援団"出演者一同が、舞台上に登場。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_名門!多古西応援団

そして、"シャコタン☆ブギ"出演者一同がが、舞台上に登場。
本日は、藤井一子女史は欠席のようである。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_シャコタン☆ブギ

その後、両映画出演者合同でのイベント。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_吉沢秋絵_我王銀次_木村一八_佐野量子

その後、出演者の歌が披露された。

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_南渕一輝

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_伊藤美紀

19870808土曜の夜はシャコvsタコ祭り!_佐野量子

最後に、出演者が舞台上に勢揃いし、舞台上から黄緑色のビニールボールを客席に投げ、それを取った物が賞品を貰えるというゲームが行われた。
小生が、佐野女史に向かって手を振っていると、佐野女史はこちらに気づき、小生に向けてボールを投げてくれた…ような気がした。小生めがけて飛んで来たボールであったが、小生が取ろうとした刹那、小生の前にいた者の手の中に収まってしまったのであった。

イベント終了後、小生はそのまま帰宅した。

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