2017年3月25日 (土)

1987年3月25日

本日は新宿厚生年金会館で大ホールで開催される西村知美女史のコンサートに参加の予定。

ただしコンサートの開演は17時からであり、本日、佐野量子女史が"笑っていいとも!"に出演するとのことだったので、新宿アルタで出待ちを敢行することとした。
"笑っていいとも!"の出待ち経験はなかったため、どこで待てば良いかいまひとつわからない。ひとまず待ち合わせ場所として有名な、新宿通りに面した側の入口にいると、渡辺プロダクション荻昌樹氏。浅井企画の小堺一機氏の姿は見かけたが、佐野女史はついぞ現れず、14時前には出待ちを切り上げることとした。タイマーでビデオに録画をしてあるので、"笑っていいとも!"の内容は後日観ることとしよう。

西村女史のコンサート開始までにはかなりの時間があるため、新宿厚生年金会館には、徒歩で向かうことにしたが、それでも15時頃には新宿厚生年金会館に到着してしまった。
会場となる大ホールにはまだ入場はできないが、ホワイエには物販等の準備をしているスタッフの方々が行き交っていた。
ホワイエに芸映友の会のK女史の姿もあり挨拶を交わす。ファンクラブの入会受付のために来ているのであろうK女史は、小生同様時間をもてあましているようだった。K女史とは今まで会話らしい会話もしたことがなかったのだが、西村女史のこと、芳本美代子女史のこと、石川秀美女史のこと、加えて鬼頭千明女史についてまで、長々と話し込んでしまった。
しかし、西村女史のコンサートの観客が次第に集まり出すと、持ち場に戻られた。

さて、今回の西村女史のファーストコンサートは、全国5か所をコンサートツアー"知美■愛の夢’87"として開催されるものである。
その日程は、
3月25日新宿厚生年金会館17:00~
3月31日神奈川県民ホール17:00~
4月1日愛知厚生年金会館17:00~
4月2日広島郵便貯金会館17:00~
4月3日大阪厚生年金会館17:00~
というものであり、本日3月25日新宿厚生年金会館が正真正銘のファーストコンサートということになる。

小生は新宿厚生年金会館及び神奈川県民ホールのチケットを確保していた。

今回の新宿厚生年金会館のチケットは、ソノシート付きで、ソノシートの袋部分に座席が記載されいるという特別製のものであった。

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表1)(150dpi)

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表3)(150dpi)

座席はD列21番。
以前の記事に書いたとおり、ファンクラブへチケットを申し込むのにあたり、いつもの方法が使えなかったため、あまり良い席ではなかった。

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表4)(150dpi)

入場がはじまり、集まったもの各々、シングルレコード袋の同じ大きさのチケットを係員に見せて入場する。
新宿厚生年金会館大ホールに入るのは初になる。

まずホール内に入り自分の座席の確認をする。D列21番の席は、ステージに相対してはいるが、かなり左側の席であった。さらにD列は前から4列目だと思っていたのだが、A列の前に"最前列"という列があり、5列目の席であることが判明。4列目と5列目の違いであったので受けたショックもそれなりだったが、゛"A列"のチケットを持っていた者は、"詐欺だ"と思ったことであろう。

早々に早めにコンサートパンフレットを購入。

西村知美 知美■愛の夢’87パンフレット

曲目は、シングル曲全曲は当然として、『夢色の瞬間』、『天使のメイル』から5曲ずつ選曲されている。この他のアンコールが何曲かあるのであろう。

西村知美 知美■愛の夢’87セットリスト

開演。
オープニングはプログラムには記載されていなかった
「夢のテーマ」
以下内容を羅列すると

「この愛クリスタル」
「夢色のメッセージ」
MC
みなさん、きょうは知美のファーストコンサート、愛の夢87へようこそ。
こんなにたんさんのかたが来てくださって、ほんとうにありがとうございます。
きょうは知美のすべてをじか知っていただく初めてのコンサートです。
ほんとに最後まで応援してください。
みなさんへ舞台をこえての夢色、愛色のメッセージになれればうれしいです。
それでは、愛と心を込めて次の歌へ。
「シンフォニーの風」
「ルノアールの景色」
「眠れぬ夜へようこそ」
衣装換え
「星の花束」
MC
一昨年のMOMOCO CLUB・グランプリをいただいてから、歌や映画に一気にいろいろな経験をしてきました。
ほんとに、よくこなしてこれたなーっという感じですけど、これもみなさんが支えてくれたおかげだと思っています。
いきなりの映画出演は、結構大変でした。犬と慣れるためにドンと一緒に生活をしたり、出だしの激流のシーンがとっても寒かったり、撮影の合間、弟役のこういち君と一緒に遊んだり、いろいろと思い出はあるんですけど。
できあがった映画をみたときはもう感動っというかほんとうにうれしかったです。
いい思い出、いい一年、夢がずっと続いているようです。
一日ごとに感謝したい、一曲歌うごとに感謝したいわたしです。
「16粒の角砂糖」
MC
去年の12月で16歳になったんですけど、わたしのお誕生日は、17日なんです。
でも、いつも小さいときからその日にはやらないで、24日のクリスマスの日といっしょにやっていたんです。
パースデーパーティーをやっていたんです。
それが一昨年、映画の撮影の最中に映画のスタッフのみなさんが、わたしに内緒で祝ってくれたときは、ほんとうにうれしかったです。
そして去年、たくさんのかたに祝っていただいて、今、16歳のわたしなんですけど、これからもいろいろな事があると思うんですけど、いつもいつもすてきなパースデーが迎えられたらいいなーっと思っています。
いつかは恋人ができてふたりだけの静かなバースデーパーティーを迎えることもある、かもしれませんけど、でも、今はたくさんのかたに祝っていただいたほうが知美もうれしいですねー。
みなさんもバースデーパーティーの夜は悲しい夜にしないでください。
わたしの名前をつぶやいてください。
次の歌のように。
「白いかすみ草」
MC
去年のお正月にニュージーランドに行ってきました。
あと、んー海外はグアムとサイパンとオーストラリアに行ったことがあるんですけど、もっともっといろんな国に行ってみたいなと思っているんですけどね。
不思議の国のアリスのようにどこへでもスルリと行けたらいいでしょうねー。゛
わたしは絵本が好きだから、絵本を探しながら絵本が描けたらもっとすてきでしょうねー。
外国や絵本は私の夢のイメージをふくらませてくれます。
夢みたいな国、夢みたいな風景、みてみたいなー。
「たそがれ物語」
衣装換え
MC
夢見て不思議。
世界は不思議。
宇宙はもっと不思議。
金色、銀色、星のまたたきや、雲の流れ。
今日という日も、永遠の時間のつながりの中。
そうでしょ。
「FUSHIGI信じて」
MC
(男性ナレーション:君はひとりじゃない。星たち、鳥たちも、そして子供たちも、みーんな君をとりまいている。月はひとりでも、まわりにたくさんの星がいる。地球も同じ。)
さみしがりやの星はいるのかしら?
ぞさとも、みんなさみしがりやだから、いっしょうけんめい、光を放っているの?
「イメージの中で~バルセロナ」
「スターワールド」
衣装換え
「風のプティ・ブーケ」
「わたし・ドリーミング」
MC
(男性ナレーション:長い旅にでる覚悟はできたか?。かなしみや苦しみのない世界はないんだから、だいじょうぶかい?)
わからないけど、不思議、信じて、夢、信じて、人を愛する気持ち、たいせつに進んでく。
未知の国に迷い込んでも、ふわりと雪が、やさしく誘ってくれそう。
わたしのための道しるべ、きっとあるはず。
「ドラマ」
MC
もう4月になりましたけど、3月は卒業シーズンですよね。
みんなそれぞれ、いろいろなドラマを感じると思います。
わたしの場合は、いつ去年、中学を卒業したんですけど、そのときからもうこのお仕事にはいっていて、歌や映画にいそがしく、学校も2学期からあんまり行けなくて、卒業式もじっくりかみしめるってことができなかったんです。
でも、小学校のころはとても印象にあります。
金八先生みたいないい先生で、男の子も女の子もみんな泣いて、とっても感動的でした。
お友達っていいですよね。
故郷、山口のお友達とは、はなればなれになってすごくさみしいですけど、でも、東京でもたくさんのおともだちができて、今楽しくやっています。
わたし、小学校、中学校といろいろなクラブにはいっていて、けっこう活発的な子だったと思うんです。
でも、その反面、人前に出るのがとても苦手でした。
親しいお友達の中ではひょうきんに歌まねをやったりとか、振りまねをやったりとかして遊んでいたんですけど、その他はおとなしくしていたっていうか、あまり目立たない子だったんです。
ぞさが今、こうしてステージに立って、みなさんの前で歌ったりしゃべったりしてるなんて、ほんとに不思議な感じですねー。
であい、めぐりあい、おもいで、たいせつにしたい。
時は止まらないから、心はいつも旅立つような感じだけど、遠くに行ってもわかりあえる。そんな関係みんなとなれたらいいですねー。
泣いて、笑って。みんな旅人。
でもひとりじゃない。
「見えてますか、夢」
「シンフォニーの風」

ここで一旦終了。お約束のアンコールとなった。
"アンコール"のかけ声が響く会場。

すると突然、ステージから薄緑色の光が飛び散った。
曲が流れだす。
「青い月影(シルエット)」
ここでバンドとコーラスのメンバー紹介。
次の曲は「メモリアル」未発表曲か?。この曲で終演となった。

全体として、"夢"、"FUSHIGI"、"宇宙"を意識した構成のコンサートだった。MCは台本を朗読しているかのようだった。ファーストコンサートということもあり、MCにも慣れていなのであれば、コンサート全体に統一感を出すため、こういった方法も良いのであろう。
西村女史の1年目のテーマは"夢"であったが、"夢"から"不思議"はては"宇宙"まで行ってしまうような展開だった。もう夢の季節は終わりなのだろう。西村女史も、観客にとっても。

終演し、足元をみやると、アンコール開始時ステージから飛び散った薄緑色の光を発するプラスチックの棒が床に散乱していた。
その、薄緑の蛍光を発する液体が封入されている、小指より一回り小さいプラスチックのカプセルを、一つ拾い、記念に持ち帰ることとした。

この日、薄緑色の夢がはじけた。

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2017年3月24日 (金)

西村知美“TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87”チケット特別予約お申し込み方法チラシ

今回紹介する品は、西村知美女史のファーストコンサートツアー"愛の夢’87MI"の"チケット特別予約お申し込み"案内チラシである。
判型はB5版。片面コピーとなっている。

ファンクラブの会報KI★RA★RAの1986 NOV.号に同封されてきたものである。

西村知美“TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87”チケット特別予約お申し込み方法チラシ(表)(150dpi)

なお、このチラシでは"TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87"と記載されているコンサートツアー名は、新宿厚生年金会館のチケットでは"知美■愛の夢’87"と記載されることとなった。

また、コンサート会場は
東京 新宿厚生年金会館
名古屋 愛知厚生年金会館
広島郵便貯金会館
大阪厚生年金会館
の4か所が掲載されているが、3月31日(火)の神奈川県民ホールのコンサートが掲載されていない。
神奈川県民ホールのコンサートチケットは、KMミュージックが押さえているためか、石川秀美女史、芳本美代子女史のコンサートのときもファンクラブでの優先販売はなかったと記憶している。今回も同様なのだろう。

せっかくのファンクラブの優先販売だったのだが、このチラシでは受付開始の期日が定められておらず、会報が早く届き、かつ、すぐに中を確認した者が有利になってしまった。結果的に良い席を確保できなかったのは残念であった。

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2017年3月22日 (水)

『夢から、さめない。』砂緒カレンダー・ステッカー

今回紹介する品は、OVA『夢から、さめない。』の予約特典として製作された"砂緒カレンダー・ステッカー"である。

以前紹介した『夢からさめない』ビデオ予約申込書において、"砂緒カレンダー・ステッカー"に該当ずるものである。

『夢から、さめない。』砂緒カレンダー・ステッカー(150dpi)

予約特典とされいるが、その実、告知用の宣材も兼ねた作りとなっており、発売日や予約特典の内容も記されている。そして、このステッカー自体が予約特典でもあるため、"これもあげゃおう!"という、間の抜けた書き方となってしまっている。

主人公の川原砂緒の画と、1987年上半期のカレンダー部分に切り込みが入れられ、ステーカーとして使用できるようになっている。川原砂緒の画の原画は、セル画と思われるが、この冬服と思われる制服は、本編では出てこないものである。

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2017年3月21日 (火)

1987年3月21日

本日は、横浜VIVRE21、8階の"LIVE SQUARE VIVRE"における石川秀美女史のライヴに参加。"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"と銘打たれたツアー の初日にあたる。


"LIVE SQUARE VIVRE"でのライヴに参加するのは3回(2日)目なので、入場の要領はわきまえている。
ただし、今回はチケットに整理番号が打たれており、その順番に並んで入場となった。

19870321石川秀美チケット(表)(150dpi)

小生のチケットの番号は14番である。ステージ幅の広いここ"LIVE SQUARE VIVRE"であれば、最前列が確保できる番号である。

日本大学石川秀美研究会の会員諸氏も集合。入場は別々にはなるが、会場内で合流するということとした。
14番という最前列の座席を確保するのには微妙な入場順なので、最初から入口から遠い側の最前列狙いである。
この箱は、ステージ側から見ると左後方に入口があるため、最初に入場した者がステージ中央の座席を占めると、後に続くものはその前の最前列を確保するといった具合に、ステージに向かって右側の席から埋まってくる。従って、小生は最初から会場最後方の通路からステージに向かって左側に回り込み、最前列の席を確保した。日本大学石川秀美研究会の会員諸氏にもその旨意志統一されており、会員6名が小生の周辺一角を占めることとなった。

入場から開演まで30分無いため、早々にドリンクをいただく。

19時開演。
小生らは1曲目から立ち上がりタテのり。
11月から何回か続いた、石川女史のファンではない客が多かったと思われるホールコンサートとは異なり、この会場の観客はほぼ石川女史ファンだと思われるため、石川女史の煽りに対する反応も上々である。
やがて、会場は総立ちとなった。

終演まで切れ目なし、気持ちよく汗をかくことができた。

最後に、アンケート用紙が配布されたが、渋谷Egg-manにも行く予定のため、今回は提出せず、いただいて帰って来た。

19870321HIDEMI Spring Tour in Live Square ライブアンケート(表)(150dpi)

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2017年3月20日 (月)

石川秀美"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"チラシ

今回紹介するのは、石川秀美女史のライヴツアー"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"のチラシである。ライヴスケジュールが掲載されている他、発売中の22枚目のシングルレコード「密室のハリケーン」の宣伝がされている。

B5コート紙の2色刷りとなったている。
入手経路は不明。

今回のライヴツアーは、

1987年3月21日19:00~横浜・ライブスクエアビブレ
1987年3月25日19:00~豊橋・かごやホール
1987年3月26日19:00~大阪・バーボンハウス
1987年3月27日19:00~名古屋・ハートランド
1987年3月29日15:00~19:00~渋谷・エッグマン
の5か所6回公演。
前回のツアー"“Carry On”Summer Tour In Live Square 1986"の7か所14回から、公演回数が大幅に減っているのが気にかかるが、人気が落ちているための現実として受け止めねばなるまい。

石川秀美HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987

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2017年3月19日 (日)

VHD版『夢から、さめない。』封入特典

今回紹介する品は、OVA『夢から、さめない。』のVHD版にのみ封入されていた品である。

判型はA4版。コート紙に片面カラーグラビア印刷、もう片面は単色オフセット印刷となっている。
カラーグラビア印刷面は白倉由美女史の描いたイラストが、単色オフセット印刷面は、白倉由美女史、川西蘭氏、佐野量子女史の略歴等の紹介と一部収録曲の歌詞が、それぞれ掲載されている。

"封入特典"ということなので、ピンナップ面を表面とした。

『夢から、さめない。』封入特典(表)(150dpi)

このピンナップの左上には"SUNAO KAWAHARA"と、OVA『夢から、さめない。』の主人公の川原砂緒の名前が記されており、"川原砂緒"が描かれていると思われるのであるが、このイラストを注意深く観察すると、少女が着ている体操着の胸のあたりに"1F.NO24.川瀬"と記載されいることに気づくだろう。OVA『夢から、さめない。』の登場人物には"川瀬"という名の少女はいないはずなので、この"川瀬"は、単なる"川原"の書き間違いかとも思うのだが、実はそのような単純な理由で、"川瀬"と記載されているわけではないのである。

1985年12月に、白倉女史と川西蘭氏は、『学園少女/砂緒』という、LPジャケットサイズのエンベロープに10枚のイラストと12ページのブックレットが収まった形式の画集を出版している。画集のタイトルの"砂緒"は、"川原砂緒"のことであり、この10枚のイラストの中には当然"川原砂緒"のイラストも含まれているが、"川原砂緒"以外の少女のイラストも描かれており、その中には"川瀬結花"と名付けられた少女のイラストもあるのだ。そう、ご察しのとおり、このVHD版OVA『夢から、さめない。』封入特典のイラストは、『学園少女/砂緒』では"川瀬結花"として描かれたイラストを、流用したものなのであった。

『夢から、さめない。』封入特典(裏)(150dpi)

ピンナップの裏面は、レコードで言えば歌詞カードといったところであるが、挿入歌全ての歌詞が掲載されているわけではない。佐野女史のプロフィールには、いくらか事実と異なる点はあるが、そうあって欲しかったということで、今回は触れないでおこうと思う。

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2017年3月18日 (土)

『夢からさめない』完全版資料集

今回紹介する品は、OVA『夢から、さめない。』の資料集、今回A3スキャナを導入し、満を持しての投入である。

発売されたOVAのタイトル表記は『夢から、さめない。』であったが、この資料集での表記は『夢からさめない』となっているため、本記事の表題は"『夢からさめない』完全版資料集"とした。

OVA『夢から、さめない。』の予約特典だったものと思われる。
A3コート紙片面カラーグラビア印刷、片面単色オフセット印刷のものを、二つ折りにしたものとなっている。

表1は、主人公である川原砂緒のバストアップ画像を配したものとなっている。コントラストから見て、セル画を使用したものと思われるのだが、本編でこのカットは使用されていないような気がする。
表4は、ほぼ全面に、VHD版のジャケットに使用されているイラストが配されている。原画は肉筆のイラストだと思われる。なお、ビデオ(VHSとβ)とレーザーディスク版のジャケットにはVHD版とは制服の色なども異なる全く別のイラスト画が使用されているが、そのイラストは、この資料集には掲載されていない。

『夢からさめない』完全版資料集(表1-4)(150dpi)

表2-3が見開きで設定資料が書かれた部分となっている。
現在では有名なアニメーション製作会社や、制服デザインの森伸之氏が、購入者に対して訴求力がある名前だったのであろう。原作者の白倉由美女史や、脚本の川西蘭氏の解説が無いのは、購入者は知っていて当然という意図だったのであろうか。

なお、音楽の松尾一彦氏、作詞の秋元康氏、編曲の船山基紀氏は、1987年当時、既に名の知れた存在であった。

『夢からさめない』設定資料集(表2-3)(150dpi)

そして、ほぼ新人声優だった佐々木望氏は、後に人気アニメーションの主役を張るまでになった。
売れないアイドルだった佐野量子女史は、"笑っていいとも!"のレギュラーになり、女優としては国民的と言っていい映画シリーズで、重要な役を演じるまでになった。

作品としては、売れたとは言い難いが、配役の選定をした者には観る目があった、と言えるだろう。

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2017年3月 8日 (水)

1987年3月8日

本日は昨日に引き続き川崎までやってきた。
川崎にあるアゼリア地下街のスタジオアゼリアで収録されるQRの番組"アゼリアPOPパーティー アイドルDADAだ"を観るためである。

スタジオアゼリアは、JR川崎駅からアゼリア地下街に降り、中央の通路を直進して突き当たったところにあるステージである。ステージ背後一面に広がったカラーモニターが特徴となっている。"スタジオ"という名を冠しているとおり、サテライトスタジオの機能を有しているようである。ステージ脇に調整室とおぼしき部屋があり、各種器材が並んでいる。

ステージ前は通常は通路になっているが、イベント時はステージ前がポール等で仕切られ、観客用の区画としてあてがわれるとのこと。小生はスタジオアゼリアでのイベントは今回が初となるが、昨日3月7日に川崎に来た際に、イベント経験者から情報を得るととも下見を済ませていた。

スタジオアゼリアのステージ前は自由通路になっているため、良い場所を確保するためには極力早い時刻に会場に到着する必要があるが、小生の場合、徹夜でもしないかぎり川崎駅の到着は7時30分頃になってしまう。

しかし今回はありがたいことに、いつもイベントでお会いする、佐野女史の"関東一のおっかけ"ことI氏が、小生たち座れる程度のある程度の場所を確保してくれていた。
I氏が確保していた場所は最前列ではあるがステージ向かって右隅のほうであった。I氏に確認したところ、写真を撮影するのが主な目的でないのなら、中央よりもこちらのほうが良いとのことであった。

ステージ中央付近はカメコさんたちのものと思われるが場所取り用のシートが広げられていた。

スタジオアゼリアのイベントスペースには椅子がなく、新宿NSビル大時計広場のように床に直接座す形式となっている。その体勢で開演を待っているのは、一人ではなかなかつらいものがあるが、何人かで会話をしながら待つために、それほど苦にはならない。

ステージの設営が始まると、小生らが陣取っている眼前に、テーブルと、椅子が4つ用意された。
テーブルの前には、本日の出演者の名前を書いた紙が張り付けられた。
奥から、太田貴子、藤井一子、真璃子、佐野量子と書かれており、一番客席寄りが佐野女史の席ということになる。
"関東一のおっかけ"I氏がこの場所を選択した理由がよくわかった。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者垂幕

イベント開始。まずはステージ上に本日の出演者が勢揃い。
司会の植田芳暁氏とKUROKO女史が出てくる。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:太田貴子、佐野量子、真璃子、藤井一子

そして着席。
近い。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:藤井一子、真璃子、佐野量子

近すぎる。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:真璃子、佐野量子

佐野女史の一挙手一投足を注視していたため、ステージのほうを見やる間がなかった。

かろうじて撮影した真璃子女史。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:真璃子

椅子に座る出演者に特化した場所のためステージは見づらい。

さらに言えば、椅子に腰掛ける佐野女史以外の出演者も見やすいとは言えない。
しかしながら、小生もそうであったが、小生の周囲に陣取った知人らの主な目的は佐野女史だったため大きな問題とはならなかった。
佐野女史の席が最も観客席寄りだったのは幸運であったといえる。

番組放送部分は2本録りとなっており1本目の進行は、
①"アイドルだって失敗するんだよーん、かっこ悪くたっていいんだってばさー"のコーナー
太田貴子:失敗しているときのほうが多い。家の鍵があいていないとき、窓をこじあけようとした。
藤井一子:夜寝る前にマニキュアをしたら朝指がくっついていた。(OKマークになっていた)
真璃子:子供の頃畳の縁にひっかかって転んだ。おっさん顔だと、植田芳暁氏にいじられる。マネージャー氏が出てきて3月27日「悲しみのフェスタ」発売、4月5に池袋サンシャインシティーで握手会があるとの宣伝。

②"アイドルが選ぶこの一曲"のコーナー
佐野量子:キャンディーズの「春一番」:お楽しみ会のときに三人で歌ったとのこと。
藤井一子:杉良太郎「すきま風」:小さいころ"遠山の金さん"をお母さんといっしょに見ていて好きだった。カラオケでも歌ったことがあるとのこと。

③エンディング
太田貴子:アクセサリー、小物を集めるのに凝っている。肩も凝っているけど、とのこと。
藤井一子:帽子を集めるのに凝っている。20個くらい集まったとのこと。
真璃子:リボンを集めるのに凝っている。シンプルなものが好きとのこと。
佐野量子:温泉の素を集めている。好きな温泉は別府温泉とのこと。
3月22日午後1時から、ゲストに桑田靖子、西村知美、水谷麻里、岡谷章子の各女史を迎えて収録を行うとの告知を行い放送部分の収録は終了。撮影に熱中しているカメラ小僧の諸氏はKUROKO女史におまえら拍手しろよと煽られていた。

2本目の進行は、
①佐野量子「4月のせいかもしれない」

②"ザ・初恋談義"のコーナー

③藤井一子「初恋進化論」

④おたよりコーナー

⑤エンディング
佐野女史から4月5日に新宿アルタで"私の部屋へようこそ"というイベントがあるとの告知。

太田貴子女史と、真璃子女史の歌もあったはずだが、どこだったか失念した。

イベント終了後、知人らは十分満足したという面持ちで撮影器材等の片づけを初めていた。唯一小生を除いては。

小生は、イベント中も、出演者らに提供たケンタッキーフライドチキンのドリンクが気になっていたのだが、ドリンクの紙コップは、イベント終了後も長机の上に放置されていた。

イベントが終了してしばらく経っても撤収が始まらないため、小生は、机の上の一番手前の紙コップを回収させていただいた。

19870308アゼリアPOPパーティー紙コップ

すると、紙コップを持った小生に話しかけてくる一人の人物"〇〇(←小生の名字)さんですね"。面識の無いかたかは話しかけられて、"はっ、ええ、えっ"と要領を得ない返事をする小生。するとその彼は、カバンの中からオリコン・ウィークリーを取り出し、"君こそ評論家!"の集合写真を指さし"〇〇〇〇君(←小生のオリコン通信でのペネーム)でしょ"。驚く小生。その方からいただいた名刺には"〇〇〇〇"(←本名なので伏せ字)と書いてあったので、オリコン通信常連投稿者ペンネーム"きっぱら一人"氏だとすぐに理解した小生。"カメレオンクラブ"という同人への参加を誘われた。また"佐野女史のミニコミ誌をつくりましょう"、と誘われたのだが、既に"おれんじ☆てぃー"というミニコミ誌があるのでどうしたものか、というところである。

さて、次の佐野女史のイベントは3月10日の"ロッテヤンスタNo.1"であるが、招待券が入手できていないため参加は見送ることになりそうである、とすると、次は3月28日の"日立ハローサタデー"ということになる。有楽町での再会を約して、川崎を後にした。

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2017年3月 7日 (火)

1987年3月7日

本日は、川崎岡田屋モアーズで開催されるニッポン放送の"モアモア歌謡センター"の公開生放送の観覧。

"モアモア歌謡センター"の公開生放送には昨年一度来ている。
昨年と変わったことは、アゼリア地下街が完成し、地下経由で岡田屋モアーズまでたどりつくことができるようになったという点である。地下にも岡田屋モアーズへの入口ができているが、小生は、開店前に正面玄関前で待機。開店と同時にエレベーターを使わず、エスカレーターを駆け上がる。これで最前列の席を確保できる。
各階でエレベーターのボタンを押す係を1人用意し、エレベーターを各階停車にすれば完璧であろうなどと考えたこともあるが、小生はそこまでしたことはない。
実際今回はそのようなことをせずとも普通に最前列の席を確保できた。

司会は上柳昌彦氏、ゲストは長山洋子女史と佐野量子女史。奇しくも昨年参加した"モアモア歌謡センター"の公開生放送と同じ出演者である。

昨年と違うのは小生の側。昨年は会場内に誰一人知人はいなかったが、今年は開演を待つ客席の中に多くの知人がいるという点。荷物番を頼めるので席を離れることができる。席を確保してから放送開始までの長い待ち時間を退屈せず過ごすことができるようになった。

本日新たに面識ができたかたは、オリコン通信常連投稿者ペンネーム"スイク2ミトカイ"氏、"おれんじ☆てぃー"の発行人のO氏、"奈美ファンタジィ"のスタッフ等で活動しているM氏などである。

音合わせの後、16時30分から生放送開始。

19870307モアモア歌謡線センター:長山洋子、佐野量子

まずは佐野女史の曲。

19870307モアモア歌謡線センター:佐野量子

その後クイズコーナーなどを挟んで長山女史の曲。

19870307モアモア歌謡線センター:長山洋子

30分で終了。
最前列で堪能できた、眼福なイベントであった。

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2017年3月 4日 (土)

1987年3月4日

本日は、文化放送で土曜22時から放送されている"シャープ ミンミンゼミナール"の公開録音の観覧のため、市ヶ谷のシャープ東京ショールームに向かう。
"シャープ ミンミンゼミナール"の公開録音に参加するのは2回目になる。市ヶ谷駅から外堀を通過、外堀通を渡り
シャープのショールームに直行する。

本日のゲストは佐野量子女史と、水谷麻里女史。
平日ということもあり、"シャープ ミンミンゼミナール"の公開録音目当ての者はそれほど多くはなさそうである。

16時から整理券か配布されるが、定員に達しなかったようで。本日も無事入場することができた。
この会場は、入場するために抽選があり、先着順というわけではないため、座席は運次第となる。
ただし、狭い会場なので、入場することができれば十分に近いが。

ラジオ収録中佐野女史"食べでがある"といった言葉を使ったところ、風見しんご氏が非常にウケ、佐野女史が照れていたが、"食べでがある"ということば、小生も普通に使用していたのだが、方言だったのだろうか?

この番組では、当日の観客中から選ばれた者が生コマーシャル読み上げるというコーナーがある。今回は選ばれたのは、最近佐野女史のイベントで小生らと行動を共にしているUM氏であった。UM氏は素人なりに生コマーシャルをこなし、その見返りとして、SHARP社製のワードプロセッサーを進呈されたのであった。ああ、うらやましき哉、UM。

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«1987年2月28日