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2005年7月20日 (水)

JanJanサタデー

 前記事中の“JanJanサタデー”という番組の解説をいたしましょう。

日本テレビ系列の静岡第一テレビが制作していた番組。
“JANJANサタデー”と表記する場合もありませすが、ここでは前記事掲載画像の背景どおり“JanJanサタデー”と表記します。

“Jan”は接尾語の“じゃん”から取ったということです。

放送時間は土曜日17時10分からの50分。日本テレビだと“鶴ちゃんのプッツン5”を放送していた時間帯ですが、方向的には中京テレビの“5時SATマガジン”に近い番組です。

通常は生放送で、スタジオからの放送の回と中継の回がありました。静岡駅ビルパルシェが月1回のレギュラー中継スポット、他の中継場所は不定。

1981年4月3日に、金曜日放送の“三上寛のJanJan金曜日”として始まった番組で、1年後土曜日に放送枠が移動したことに伴いこの番組名に変更されました。

司会者は、前出三上寛の他、小森まなみ、とよだきしこ。
1987年4月4日から三上寛に替わりラサール石井。
1989年9月23日から小森まなみに替わり斉藤満喜子。
1990年4月7日からラサール石井に替わり大森うたえもん。
1992年4月4月から大森うたえもんに替わり西尾拓美と松原桃太郎(ひとし)
敬称略
(とよだきしこ女史の降板日は不明)

他に有名どころでは、ミスターKとして局アナ時代の北島興氏、アシスタントとしてデビュー前の酒井美紀女史が出演していました。

毎週土曜日の東京駅には、小森まなみ女史のおっかけが出現していたということです。

当初は司会が三上寛氏だったこともあり、サブカルチャーを意識した情報を発信するといった趣旨の番組で、無名のバンドや売れていないアイドル歌手などが数多く出演していました。ちなみに、後に5時SATマガジンの司会者となる大竹まこと氏も“シティボーイズ”としてゲスト出演したことがあります。
人気もありました。1984年11月3日には、夕方のローカル番組としては異例の13.9%という視聴率を取っています。

三上寛の降板が転機になっています。その後司会者が変わるにつれ、バラエティー色が強くなりゲストもアイドルが多くなってきました。

静岡第一テレビは24時間テレビ時に大量のアイドル歌手を動員していましたが、それもこの番組で築いた繋がりがあったからだと思われます。

1993年3月6日に突然終了。その理由は、メインスポンサーだったNTTの経費節減のためということでした。

ところで、この番組の最多出演ゲストは前出佐野量子女史、次点は小林千絵女史、番組終了時の司会者は、西尾拓美氏と松原ひとし氏、その心は…浅井企画?、とつい考えてしまいますが多分その心とこの番組とは関係無いでしょう。

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