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2016年8月24日 (水)

1986年8月24日

本日は銀座で西村知美女史を見てから、渋谷に移動し、石川秀美女史のライヴに参加する予定。

まずは銀座日産本社に移動。日本テレビ系列の24時間テレビは、日本武道館をメインステージとしているが、各地にステージを設けて随時生放送の中継が入る。誤った情報を得たりすれば、お目当てのタレントを見逃すことになってしまうのである。
西村知美女史については、日産自動車のCFにも出演していることから、日産関連のステージに出演する蓋然性は高いが、銀座においても、日産自動車本社前と、日産ギャラリー内にステージが設けられているので注意する必要がある。
日産自動車本社前に到着すると、ビルディング前の屋根が無い部分に、横幅が10メートル程はあるかなり大きな特設ステージが設けられており、その前に椅子が並べられていた。ステージ上では何も行われていないため、客は多くはないが、カメコさんがいることから、撮影対象となるような誰かしらが来るということがわかる。

まず、ステージスケジュールで出演者を確認する。西村女史が出演する時間帯を確認し、しばし待つ。
やがてスタッフの動きを慌ただしくなり、中継の準備がはじまる。
24時間テレビの場合、本放送の進行とは並列してステージ上でもイベントを行い、そのイベントの途中で全国放送の中継が入る、といった形態となることが多い。

ステージでイベントが始まると、立ち見客も出てくるくらいに観客も集まってくる。西村女史は日産自動車本社ビルからステージに現れ、中継が終わると本社ビルに戻っていった。他の場所での出演があるのかもしれない。

小生は銀座から渋谷へ移動。
銀座線の駅から地上に下ってすぐに、次の目的地渋谷駅前会館ビルがあった。

このビルディングの8階に、石川秀美女史のライヴツアー"“Carry On”Summer Tour In Live Square 1986"の最終日公演が開催される、THE LIVE-INN(通称渋谷LIVE INN)がある。
到着したときには、本日2回公演のうちの1回目の公演の最中でそれほど人も多くはなかった。THE LIVE-INNの入口は、ビルディング正面ではなく、横にある。しばらく待っていると、1回目公演を終えて引き続き2回目の公演にも参加する人で混雑してくる。

整理番号順に並んで待ち、入場開始。
THE LIVE-INNに入るのは初めてであった。ステージの幅はLIVE SQUARE VIVRE21程はないが、会場が縦に長く、会場後方にはテーブル席やVIP席と思われる2階席もあり、収容人員はTHE LIVE-INNのほうが多そうである。客席とステージの比高はく1m以上はあり、客がステージになだれ込む心配はなさそうである。

小生が入場したときには、既に最前列席はなかったため、少々後ろになるが、敢えて中央通路沿いの椅子を確保した。
ドリンクの交換のため、会場最後のカウンターまで行って戻ってくるとき、2階席を確認すると芳本美代子女史がおり、1階最後部のテーブル席に作詞家の売野雅勇氏と思われる方がいた。本日は芸能音楽関係者へのお披露目となるステージなので、観客としてはこのステージを盛り上げていかなければいけないとの思いを強くした。

19860824”Carry On”Summer Tour In Live Square 1986 渋谷LIVE INNチケット(表)(200dpi)

バンドメンバーの音合わせが終わり、演奏開始。1曲目は「Carry On!~走り続けて~」である。

最前列の観客が立ち上がったときを見計らって、通路を最前列まで駆け抜ける。このために通路側の席を確保していたのである。あとは最前列で拳を振り上げるのみ。小生の後ろには遅れて詰めかけて来た者たちの押し合いが始まる、すぐ後ろの者は隙間から最前列に入ろうとして体をねじり込んでくるが、最初に最前列を確保した者は後ろから押されても押されるがままに隣の者との間だけ開けないようにしていれば良いので、それほど力も使わずステージに集中することができるのだ。ここで観衆一同が着席したりしてしまうと、小生のような椅子から離れた者の居場所がなくなってしまうのだが、ステージ前の観客の興奮はおとなしい曲になっても納まらず、もはやそのようなことにはならない。小生も途中購入していたオリコン・ウィークリーといっしょに拳を突き上げる。

そしてアンコール。通常用意されているアンコールは1回。横浜の2回目のときには2回目のアンコールまで引き出したが、今回は3回目のアンコールをやっていただくことができた。

大汗をかいて、声もかすれて、かなりの運動になったと思う。新田恵利女史表紙のオリコン・ウィークリーはくしゃくしゃになってしまった。明日、右腕は筋肉痛であろう。

渋谷駅から東急東横線にで帰宅の途に就いた。

余談だが、"日本大学石川秀美研究会"という団体からスカウトを受けてしまった。"日本大学"と謳っていても構成員は日本大学の学生というわけではなく、会長が日本大学の学生ということのようである。横浜、渋谷とパフォーマンスが目立っていたのであろうか。

※2016年12月26日追記:このライヴのセットリストが掲載されている"Perrier"氏のブログがこちら。当時のファンクラブ会報、オリコンウィークリーを調べて不明だった情報なので、まさに奇跡的。

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コメント

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。日々、更新を楽しみにしております。
さて、追記欄に拙ブログへのリンクを貼っていただき、ありがとうございました。改めて御礼申し上げます。
あれから自分のメモ(というか当時ワープロで打っていたライヴの覚書き)を漁ったところ、貴記事にセットリストが掲載されていないものとして1986年11月3日の日大生産工学部学園祭コンサートの記録が出てきました。自分のブログに挙げておきましたので、セットリストなど、ご入り用でしたらお目通しください。
http://perrierdiary.blog.fc2.com/blog-entry-1761.html

投稿: ペリエ/Perrier | 2017年1月 7日 (土) 14時57分

ペリエさま、いらっしゃいませ。
コメントいただきありがとうございます。
日本大学生産工学部の学園祭にも行ってらしたのですね。当時は、かなり数の現場でご一緒していたのだと思います。
現在、30年前の"とき"は1987年。秀美さんの活動期間はあと3年程ですが、しばらくおつきあいいただければ幸いです。

投稿: takasekiiki | 2017年1月 8日 (日) 16時20分

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