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2017年3月 8日 (水)

1987年3月8日

本日は昨日に引き続き川崎までやってきた。
川崎にあるアゼリア地下街のスタジオアゼリアで収録されるQRの番組"アゼリアPOPパーティー アイドルDADAだ"を観るためである。

スタジオアゼリアは、JR川崎駅からアゼリア地下街に降り、中央の通路を直進して突き当たったところにあるステージである。ステージ背後一面に広がったカラーモニターが特徴となっている。"スタジオ"という名を冠しているとおり、サテライトスタジオの機能を有しているようである。ステージ脇に調整室とおぼしき部屋があり、各種器材が並んでいる。

ステージ前は通常は通路になっているが、イベント時はステージ前がポール等で仕切られ、観客用の区画としてあてがわれるとのこと。小生はスタジオアゼリアでのイベントは今回が初となるが、昨日3月7日に川崎に来た際に、イベント経験者から情報を得るととも下見を済ませていた。

スタジオアゼリアのステージ前は自由通路になっているため、良い場所を確保するためには極力早い時刻に会場に到着する必要があるが、小生の場合、徹夜でもしないかぎり川崎駅の到着は7時30分頃になってしまう。

しかし今回はありがたいことに、いつもイベントでお会いする、佐野女史の"関東一のおっかけ"ことI氏が、小生たち座れる程度のある程度の場所を確保してくれていた。
I氏が確保していた場所は最前列ではあるがステージ向かって右隅のほうであった。I氏に確認したところ、写真を撮影するのが主な目的でないのなら、中央よりもこちらのほうが良いとのことであった。

ステージ中央付近はカメコさんたちのものと思われるが場所取り用のシートが広げられていた。

スタジオアゼリアのイベントスペースには椅子がなく、新宿NSビル大時計広場のように床に直接座す形式となっている。その体勢で開演を待っているのは、一人ではなかなかつらいものがあるが、何人かで会話をしながら待つために、それほど苦にはならない。

ステージの設営が始まると、小生らが陣取っている眼前に、テーブルと、椅子が4つ用意された。
テーブルの前には、本日の出演者の名前を書いた紙が張り付けられた。
奥から、太田貴子、藤井一子、真璃子、佐野量子と書かれており、一番客席寄りが佐野女史の席ということになる。
"関東一のおっかけ"I氏がこの場所を選択した理由がよくわかった。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者垂幕

イベント開始。まずはステージ上に本日の出演者が勢揃い。
司会の植田芳暁氏とKUROKO女史が出てくる。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:太田貴子、佐野量子、真璃子、藤井一子

そして着席。
近い。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:藤井一子、真璃子、佐野量子

近すぎる。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:真璃子、佐野量子

佐野女史の一挙手一投足を注視していたため、ステージのほうを見やる間がなかった。

かろうじて撮影した真璃子女史。

19870308アゼリアPOPパーティー出演者:真璃子

椅子に座る出演者に特化した場所のためステージは見づらい。

さらに言えば、椅子に腰掛ける佐野女史以外の出演者も見やすいとは言えない。
しかしながら、小生もそうであったが、小生の周囲に陣取った知人らの主な目的は佐野女史だったため大きな問題とはならなかった。
佐野女史の席が最も観客席寄りだったのは幸運であったといえる。

番組放送部分は2本録りとなっており1本目の進行は、
①"アイドルだって失敗するんだよーん、かっこ悪くたっていいんだってばさー"のコーナー
太田貴子:失敗しているときのほうが多い。家の鍵があいていないとき、窓をこじあけようとした。
藤井一子:夜寝る前にマニキュアをしたら朝指がくっついていた。(OKマークになっていた)
真璃子:子供の頃畳の縁にひっかかって転んだ。おっさん顔だと、植田芳暁氏にいじられる。マネージャー氏が出てきて3月27日「悲しみのフェスタ」発売、4月5に池袋サンシャインシティーで握手会があるとの宣伝。

②"アイドルが選ぶこの一曲"のコーナー
佐野量子:キャンディーズの「春一番」:お楽しみ会のときに三人で歌ったとのこと。
藤井一子:杉良太郎「すきま風」:小さいころ"遠山の金さん"をお母さんといっしょに見ていて好きだった。カラオケでも歌ったことがあるとのこと。

③エンディング
太田貴子:アクセサリー、小物を集めるのに凝っている。肩も凝っているけど、とのこと。
藤井一子:帽子を集めるのに凝っている。20個くらい集まったとのこと。
真璃子:リボンを集めるのに凝っている。シンプルなものが好きとのこと。
佐野量子:温泉の素を集めている。好きな温泉は別府温泉とのこと。
3月22日午後1時から、ゲストに桑田靖子、西村知美、水谷麻里、岡谷章子の各女史を迎えて収録を行うとの告知を行い放送部分の収録は終了。撮影に熱中しているカメラ小僧の諸氏はKUROKO女史におまえら拍手しろよと煽られていた。

2本目の進行は、
①佐野量子「4月のせいかもしれない」

②"ザ・初恋談義"のコーナー

③藤井一子「初恋進化論」

④おたよりコーナー

⑤エンディング
佐野女史から4月5日に新宿アルタで"私の部屋へようこそ"というイベントがあるとの告知。

太田貴子女史と、真璃子女史の歌もあったはずだが、どこだったか失念した。

イベント終了後、知人らは十分満足したという面持ちで撮影器材等の片づけを初めていた。唯一小生を除いては。

小生は、イベント中も、出演者らに提供たケンタッキーフライドチキンのドリンクが気になっていたのだが、ドリンクの紙コップは、イベント終了後も長机の上に放置されていた。

イベントが終了してしばらく経っても撤収が始まらないため、小生は、机の上の一番手前の紙コップを回収させていただいた。

19870308アゼリアPOPパーティー紙コップ

すると、紙コップを持った小生に話しかけてくる一人の人物"〇〇(←小生の名字)さんですね"。面識の無いかたかは話しかけられて、"はっ、ええ、えっ"と要領を得ない返事をする小生。するとその彼は、カバンの中からオリコン・ウィークリーを取り出し、"君こそ評論家!"の集合写真を指さし"〇〇〇〇君(←小生のオリコン通信でのペネーム)でしょ"。驚く小生。その方からいただいた名刺には"〇〇〇〇"(←本名なので伏せ字)と書いてあったので、オリコン通信常連投稿者ペンネーム"きっぱら一人"氏だとすぐに理解した小生。"カメレオンクラブ"という同人への参加を誘われた。また"佐野女史のミニコミ誌をつくりましょう"、と誘われたのだが、既に"おれんじ☆てぃー"というミニコミ誌があるのでどうしたものか、というところである。

さて、次の佐野女史のイベントは3月10日の"ロッテヤンスタNo.1"であるが、招待券が入手できていないため参加は見送ることになりそうである、とすると、次は3月28日の"日立ハローサタデー"ということになる。有楽町での再会を約して、川崎を後にした。

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