« 1987年4月4日 | トップページ | 1987年4月10日 »

2017年4月 5日 (水)

1987年4月5日

本日は、新宿ALTA7階のスペースアルタで開催される佐野量子女史のイベント"「私の部屋へようこそ」~Net Work From My Room~"に参加するため、始発電車に揺られ新宿までやって来た小生。
しかし、会場から遠い場所に住む哀しさ、到着してみると既にすでにかなりの数の待ち人が列らしきものを作っていた。
"関東一のおっかけ"I氏、"ワープロ君"U氏、けやきステージのとき隣で300mmF2のレンズを立てていた某光学機器メーカー社員のH氏などの顔見知りもいた。
こういった場面では大概U氏小生に話しかけてくる。I氏とともに3月30日の愛知港湾会館に行ったというU氏。2時間30分にもわたる長丁場のイベントとなったこと、クイズとジャンケンでI氏が勝ち残り、ステージに上がったことなどなどを聞き、行けば良かったかなと、少々後悔する小生であった。
本日は全国から佐野女史のファンが集まっており、話をしているうちに知人の知人が知人となり、佐野女史関係の知人の数が倍増した感がある。
そんな話しをしているうちに列もしっかりと整理された。
小生らが並んでいるのは1回目の列ということになる。

今回のイベントは、
11時
13時
14時
15時30分
16時30分
17時30分
6回まわしとなっていおり、それぞれ列を作るよう差配されている模様である。

当然6回とも入場するという猛者もいる。某光学機器メーカー社員のH氏は6回とも入場するという口である。

小生の場合、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店で握手券を確保したのであるが、店長のK氏からは握手券は何枚でも出すよと言われ、すべての回に入場することもできたのではあるが、今回は3枚だけいただくことにした。
6回とも入場すると、2回目以降は会場内での座席が後方になってしまうことが想定される。入場回数は絞って、比較的前の席を確保するという選択である。

佐野量子握手会参加券(150dpi)

待つこと3時間余り、入場が始まる。
7階の会場までは階段を使って上がることになる。
会場は"笑っていいとも!"を放送していることで有名なスペースアルタ。小生にとっては初アルタである。

入場は、一列づつ奥から詰めていくという方法で整然と行われた。小生は1列目に収まった。座席は背もたれがない合成皮革の横長のシート。合成皮革の下には少々の緩衝材が隠れているようではある。
このシートが何列も並んでおり、階段教室のように、後ろに行くに従い視点が高くなるよう造られた客席となっている。最後尾の座席の後ろは板となっているが、この座席自体が大道具なので、その板の後ろは何もない。

さて、最後部まで座席は埋まりイベント開始。

「瞳にピアス」
MC
「雨が止むまで」
(曲の一部でピアノを弾く)
チャイムの音とともに、浅井企画の池田まさる氏が登場。ここで"1分間デートコーナー"がはじまる。池田氏はコーナー司会という役割のようである。
観客全員から、まずクイズで人数をしぼる。愛知港湾会館にも行ったI氏が小生の隣で答えを教えてくれるが、全部が同じ問題というわけではないようである。
クイズで不正解の者はその時点で脱落。残った者でジャンケン大会。最前列にいた小生は池田氏から"自信はありますか?"とマイクを向けられ"ありません"と断言したところ、何故か佐野女史ツボだったようで、笑われてしまった。
小生はジャンケンで脱落。

勝ち残った者が、1分間デートということで、ステージに上がり、衆目の中佐野女史と会話をすることとなった。
司会の池田氏は1分間の時間を計る係に専念、会話には加わらない。
特典とはいえ、なかなかつらいかもしれない。
終了後、佐野女史と並んで撮影したポラロイド写真と、ポスターから造ったパネルをもらって席へ戻っていった。

「4月のせいかもしれない」
を歌いイベント終了となった。係員の指示に従い一列ずつ退場していく。スタジオを出る列がそのまま、握手会の列となる。小生も並んだ順に本日一回目の握手会をし、サインをいただいた。知人の前で握手というのもなかなか照れくさいものがある。

19870405佐野量子サイン@スペースアルタ11:00(150)dpi)


握手会のテーブルを過ぎ、延々と階段を降り地上に戻った。

次は4回目に参加することにし、15時30分の回の列に並んだ。
待ち時間がかなりある。

新宿通りを挟んだ新宿ステーションスクエアで、森川美穂女史のイベントがあるという情報を耳にする。
森川女史いうと、佐野女史と同じ1985年デビューで今年3年目。シングルレコードもある程度の売り上げはあるが、上位までには来ない。だが、前作「姫様ズーム・イン」で上昇の気運。新曲、「おんなになあれ」これは、"君こそ評論家!"でも聴いたが名曲の雰囲気を漂わせていた。その「おんなになあれ」を聴くことができるというわけで、歩行者天国となっている新宿通を横切り、新宿ステーションスクエア前に集まる人垣の後ろから森川女史のステージを観てみた。
佐野女史のイベントを目的に来た新宿でこんなことを思うのも癪ではあったが、曲の壮大さと渡り合った歌唱、名曲であろう。この曲が売れなかったらおかしいとしか言いようがない。


森川女史の歌を聴いた後、新宿駅方面からの人並みに押し戻されるようにアルタ前の列に戻る。
2回目、3回目それぞれ退場して来た者から、その都度中の様子を伺う。やはりクイズの問題は同じではないらしい。

4回目の時間がやってきて、再びスペースアルタに入場する。
構成は同じ。
クイズの問題はやはり1回目と少々異なる。今回も途中敗退。
退場し、握手会でサインをいただく。

19870405佐野量子サイン@スペースアルタ2(150dpi)


地上に戻り、引き続き6回目の列に並ぶ。

6回目も同じ構成。クイズは通過したがジャンケンで敗退。
握手会で、長丁場の一日が終了した。

19870405佐野量子サイン@スペースアルタ3(150dpi)


東京のイベントは人が多いと感じた。
I氏の話しを聞き、地方のイベントとのほうがいわゆる"オイシイ"場合があるのかもしれないと感じた。


佐野女史の関係の知人がさらに増えた一日となった。

|

« 1987年4月4日 | トップページ | 1987年4月10日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/32456/64340117

この記事へのトラックバック一覧です: 1987年4月5日:

« 1987年4月4日 | トップページ | 1987年4月10日 »