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2017年7月18日 (火)

1987年7月18日

本日は、静岡第一テレビの公開生放送"Jan Janサタデー"観覧のため、沼津市の静岡厚生年金休暇センターに行くという予定である。

"ワープロ君"ことUM氏から、静岡厚生年金休暇センターへの行き方がわからないので沼津駅から一緒に行きたい、との連絡があり、沼津駅南口で待ち合わせることとしていた。

"Jan Janサタデー"の公開生放送に参加したことがなかった小生は、事前に静岡第一テレビと静岡厚生年金休暇センターに電話して、"Jan Janサタデー"は観ることができる、静岡厚生年金休暇センターへの入場は無料だがプール内に入るのには入場料がかかる、静岡厚生年金休暇センターへは、沼津駅から、休暇センター経由富士通行きの富士急行のバスに乗車れば行くことができる、といった情報を得ていた。

沼津駅は何度か降りたこともあり、勝手がわかっている。静岡厚生年金休暇センターは駅の北にあるが、沼津駅始発のほとんどのバス路線は南口を起点としている。駅北方面のバス路線は、富士急行が担っており、富士通行きのバス乗り場は、富士急百貨店前のどこかにあるはずである。

沼津駅南口でUM氏と合流した小生は、まず富士急百貨店に向かった。
富士通行きのバス乗り場を探すと、富士急百貨店の、ニチイに面した側に目指すバス乗り場を発見した。そのバス乗り場の後方の富士急百貨店には富士急行バスの乗車券売り場の窓口があった。通常は乗車するときに整理券を取り、降車時に、整理券と一緒に料金を料金箱に入れるのであるが、事前に乗車券を買っておけば、整理番号と料金表を見比べつつ両替の心配をする、といったようなこともなくなるため、"厚生年金休暇センター"までの乗車券を購入。バスの到着を待つ。
やがて"富士通"の幕が表示されているバスが到着し、UM氏と小生とはそのバスに乗りこむ。
沼津駅南口を発車したバスは、JRのガードを潜る。沼津駅の北は高層ビルも少ない。南から北に抜けただけで、都市から郊外へと風景は一変する。そして、都市近郊とっいった雰囲気であった車窓風景は、国道1号線を越えると田園風景となる。やがて道路は山にとりつき、東名高速道路くぐり、さらにしばらく坂を登り右折すると、静岡厚生年金休暇センターの敷地内に入り、バス停で停車した。小生らを下ろしたバスは、ロータリー状になっている道路を一周回し左折すると、車体を植え込みに沈めながら、元来た道を下って行った。

さて、バスを降りると静岡厚生年金休暇センター入口は目前である。会場の状況を確認したい小生は、早々に入館する。入口を抜けると左手にフロントがあり、正面に通路が続いている。フロントがある階が2階となっている。プールを目指してが進んでいくと、通路右手に、駿河湾を望むレストラン、さらに進むと、右手屋外に、プールが見えてきた。ではあるが館内の人はそれほど多くはなく、夏とはいえ日差しもなく涼しい本日の天候では、プールを利用しようという気にならないのか、はたまた静岡第一テレビが制限しているのか、遊泳客もほとんどいないようだった。

プールは1階屋外にあった。2階から1階に降りた小生は、利用料金を支払えばプール内に入れることを確認、一安心である。

本日集まったのは、小生と同行してきたUM氏の他、横浜のKR氏、某光学機器メーカーのHK氏とSA氏等である。

小生らが今後のイベントの情報交換などをし過ごしている間にも、プール周辺では、放送に向け着々と準備が進められていた。昇降式移動足場の、つぶれきった菱形の骨組みが横方向の対角線が長い菱形から、縦方向の対角線が長い菱形に変わっていくと、足場の上に据えつけられたTVカメラは、プールを俯瞰し、駿河湾の広がりが映し出すために据えられたものとなっていた。

やがて会場が騒がしくなりだした。気づくと音合わせがはじまっていた。小生らは駐車場での入り待ちをしていなかったので気づかなかったのだが、,いつの間にか、本日のゲストは会場入りしていたようである。

音合わせは、屋外のプールで行われていた。
屋外には、二つの島を持つ瓢箪形のプールと、小さな滑り台がある浅いプールがあり、瓢箪形のプールの"島"の部分が今回の放送の舞台となるようである。彼岸である島と、此岸のうちその島へと渡る橋の橋詰近辺が、番組関係者のみが立ち入ることができる区域であるが、瓢箪形のプールの、橋近辺以外の外周部分は一般観衆に開放されている。外周部分と島部分の間のプール幅は約5メートルといったところであった。

19870718Jan Janサタデー_真弓倫子1

まず、真弓倫子女史の音合わせ。
戻り際に写真を撮らせていただいた。

19870718Jan Janサタデー_真弓倫子2

そして佐野量子女史の音合わせである。
初めて見る衣装である。ステージ衣装であろうか?

19870718Jan Janサタデー_佐野量子1

佐野女史は、音合わせが終わると、静岡厚生年金休暇センターの建物の中に戻っていった。

ゲストが建物の中入るのを見届けた小生らは、一般客用の出入り口から建物内に戻った。
これから放送開始時刻17時10分まで相当の時間がある。休憩場所を求めて、ロビーのある2階に上がった。

フロントに向かって歩くと、通路左手のレストランで、佐野女史と真弓女史そしてその関係者とおぼしき人々が、一つのテーブルを囲んでいるのが見えた。佐野女史と真弓女史は同じレコード会社に所属しているので、その関係の打合せでもしているのだろうか。ここはそっとしておくのが礼儀と心得、そのまま通りすぎた。

放送開始の時刻が近づく。小生らは再び1階に降りて、プールに入場する。

"夏のリゾート"といった出で立ちで通り過ぎる小森まなみ女史。

19870718Jan Janサタデー_小森まなみ

しかし、実際には、長袖でも暑くはないといった気温である。

放送開始。
オープニング。
引き続き真弓女史が「片想いグラフィティー」を歌う。
CM
Janサタトップテン
今週のプレゼント
音楽情報
映画情報
CM
夏を楽しむグッズ
厚生年金休暇センター紹介
CMと続き、
佐野女史が「夏のフィナーレ」を歌う。
テレビジョン放送で歌うのは今回がはじめてとのことである。
そしてCM
プレゼントコーナー
会場プレゼント、小生は当たらず。
そして番組終了。

極近くで見ることができる、といったわけではなかったのだが、観客が少なかったため、ストレスを感じることなく
観覧することができた。゛

そして、佐野女史が、終始衣装の胸元を気にするしぐさをしているところが気になった小生であった。

19870718Jan Janサタデー_佐野量子2


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