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2017年7月30日 (日)

1987年7月30日

本日は、"第22回三浦海岸フェスティバル"に参加するということで、まずは品川駅にやって来た小生。
ここ横浜駅から、京浜急行電鉄の特別列車"ミュージックトレイン号"に乗車し、三浦海岸駅まで向かうのである。
ミュージックトレイン号の座席券は前売りで購入済みである。

19870730京浜急行ミュージックトレイン号座席券(表)(150dpi)

"関東一のおっかけ"IH氏と"ワープロ君"UM氏と待ち合わせ、品川駅に入場する。
ホームの6号車の表示の前で待っていると、2000系の編成が入線してきた。座席券は、座席指定ではなく、号車指定の券なので、早いもの勝ちということになる。小生は、車内に入るとすぐに、まだ空いているドアから入って1列目の、通路側の座席を確保した。

ミュージックトレイン号の網棚、ドア上の広告スペースには、通常の車内広告の代わりに、三浦海岸フェスティバルに出演する歌手の方々の、手書きのPOPが掲出されていた。

第22回三浦海岸フェスティバル車内広告

列車は9時15分に品川駅を発車する。
ミュージックトレイン号は特別列車であり、快速特急よりも停車駅が少なくなっている。
この列車には、本日出演する歌手の方々も同乗し、三浦海岸駅に到着するまでの間に、車内放送をし、車内を一巡したりするのである。

19870730守谷香_ミュージックトレイン号車内

19870730佐野量子_ミュージックトレイン号車内

列車は三浦海岸駅に到着し、小生らは車外に出される。
真夏の熱気の洗礼を受ける。三浦海岸駅の改札を抜け、駅前の細い道をたどり、海岸方面へと向かう。
人波に身を任せ、狭い路地を抜けると、開けた空の下、景色は砂と海と人に満たされ、視界の右手に、大きなステージがしつらえられていた。本日の会場である。

遠目にはステージ前にあまり人はいないようだったが、ステージに近づくと、砂浜の上には既にシートが広げられていた、特にステージ中央を望む部分には隙間なくシートが敷かれている。いわゆる"カメラ小僧"諸氏が場所取をしているようである。ミュージックトレイン号に乗車して三浦海岸フェスティバルに来るのならば、良い場所を確保することはあきらめなければいけないというわけである。、ただし、ステージ中央からはずれれば、まだいくらか、砂が見えている場所もあり、小生らは3人が一緒に座ることができる場所を見つけ、腰を下ろした。

時計はまだ11時前である。ラジオ日本の公開生放送番組、"夏だ!三浦だ!太陽だ!レッツゴーフェスティバル"の放送開始は13時05分なので、しばらく時間がある。

ステージ前で開始を待っていると、放送前の音合わせが始まった。音合わせというと、出演者本人が来ずに、代理のものが行ったりすることも、ままあるが、本日の出演者は"ミュージックトレイン号"に乗車し、既に会場入りしているということもあるのだろう、本人登壇しての音合わせである。

本日はく、時折強い風が、砂と巻き上げ浜辺を吹き抜ける。
そんな風をよけるため、後ろ向きになったり。

19870730三浦海岸フェスティバル_佐野量子1

風に飛ばされまいと、帽子を手で押さえたりと、苦労して音合わせを行っていた。

19870730三浦海岸フェスティバル_杉浦幸1

音合わせが終了すると、一旦ステージ上は静かになる。

そして13時05分から、ラジオ公開生放送の番組が始まる。

司会は"ウッチャンナンチャン"、本日の出演者は、桑田靖子、杉浦幸、佐野量子、守谷香、中島夕紀絵の各女史である。生バンド付きのステージとなっている。

19870730三浦海岸フェスティバル_ウッチャンナンチャン_桑田靖子_杉浦幸_佐野量子_守谷香_中島夕紀絵

まずは桑田女史が登場。4曲を歌唱。三浦海岸フェスティバルは今年で4回目の出場とは、本人の談。

19870730三浦海岸フェスティバル_桑田靖子

引き続き佐野女史の登場。
「4月のせいかもしれない」フルコーラス。「瞳にピアス」をワンハーフ、「夏のフィナーレ」フルコーラスの3曲を歌唱。

19870730三浦海岸フェスティバル_佐野量子2

引き続き、杉浦女史の登場。

19870730三浦海岸フェスティバル_杉浦幸2

そして、守谷女史。

19870730三浦海岸フェスティバル_守谷香

そして、中島女史が「TOO MANY RULES」を歌唱。赤い衣装に身を包み、スティックを持ち、タムをたたきながらの歌唱は、いささかはちゃめちゃな感じ。お金持ちのお嬢さんが趣味で曲を出した、という雰囲気を漂わせている。

そしてラジオ公開生放送は終了。
ただし、イベントはまだ終了というわけではなく、これから、チャリティーオークションの開催される。
西村知美女史の出品物の落札価格が2万円程だったという情報を得ていた小生は、2万円程度の予算を確保して、オークションに望んだ。
小生のお目当ては、佐野女史から出品される物品であった。出品された品は"シャコタンブギ"のTシャツ。進入禁止の交通標識の上に人指し指と中指の間から親指を突き出した握りこぶしが配される、という図柄のものである。
オークションが始まると、多数の声があがったが、その中に"3万円"との声。小生の予算を越えている。競り上げる者はなく、3万円で落札されたTシャツであった。なお、落札者は、撮影した写真を図柄にしたテレホンカードも同時にいただくことができるのであった。
Tシャツには佐野女史のサインが入れられ、落札者に渡される。佐野女史はステージ上でしゃがみこんで、ステージ下の落札者に心配そうな顔で話しかけている。落札価格が予想外に高かったため、落札者の懐具合を心配したのであろう。
落札した彼は、これから、"3万円君"の通り名で呼ぶことにしよう。

本日お会いした、オリコン通信常連投稿者は、ペンネーム"西克治"氏のみであった。

Img740

そして、小生らは"ミュージックトレイン号"に乗車して、帰路についた。帰りの"ミュージックトレイン号"では、特にイベントは開催されず、本日の出演者も乗車していないようであった。

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