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2017年8月23日 (水)

1987年8月23日

本日は、昨日8月22日に引き続き、静岡第一テレビで開催される24時間テレビのイベントに参加するのだが、本日は、サンテラス駿東の会場と、静岡第一テレビ本社前の会場をハシゴする予定である。

まずは、昨日も参加した、サンテラス駿東の会場に向かう。
本日は、ハシゴをするという前提での行動のため、自家用車ではなく、公共交通機関を利用してサンテラス駿東に向かった。

昨日の晴天から一転して、本日は今にも雨が降り出しそうな空模様である。
24時間テレビの中継という性格上、中止ということはあり得ない。実際にサンテラス駿東のステージには屋根が設置されていたが、客席に屋根があるわけではない。雨が降り出さないことを祈るのみである。

本日のサンテラス駿東のステージの出演者は、石川秀美女史、仁藤優子女史、山下美晴女史である。
10時すぎにサンテラス駿東に到着すると、昨日とは打って変わって、ステージ前には人だかりができていた。
ステージとベンチの間の隙間にも、体育座りで3列ほどの人を入れ、ステージ前にはロープが巡らしてあった。
200人程度の観衆が、イベントの開始を待っている。

もちろん仁藤優子女史目当ての観客もいるのだろうが、ほとんどの観客は石川女史の目当てなのであろう。
石川女史のイベントに何度も通ったことがある小生からすると、石川女史の観客動員力が目に見えて落ちていることを感じてはいるのだが、それでも、昨日の数倍の人数は集まっている。

方や日本青年館でホールコンサートを開催したばかりの佐野女史、一方で、ライヴハウスでの活動が主体となっている石川女史。コンサートやライヴでの動員力はそれほどの差がなくなってきているのかもしれないが、世間の知名度では雲泥の差があるというのが現実なのである。

ただし、昨日よりはるかに多くの観客が集まったサンテラス駿東の会場であったが、誰一人として知人に会うことはなかった。


ステージ開始前の音合わせが始まる。

19870823_24時間テレビ_仁藤優子

仁藤女史は、既に本日の朝7時39分から、全国ネットで「秋からのSummer Time」を歌っている


石川女史は、バックバンド"PINK ELEPHANTS"を引き連れての音合わせである。

19870823_24時間テレビ_石川秀美

石川女史と、BUNちゃんは、24時間テレビのTシャツを着ていない。
何曲か歌ったところで、小雨がぱらつきだした。

小生も、ここが潮時と、静岡第一テレビ本社に移動するため、会場を後にした。


極力早い方法で、静岡市中原にある静岡第一テレビ本社まで移動。
24時間テレビというイベントを開催しているということもあるのか、門で呼び止められることもなく、テレビ局にしてはすんなりと、敷地内に入ることができた。

局舎を背に、ステージが組まれている。
サンテラス駿東のステージと異なり、屋根がなく、楽器もなにも置かれていない、ステージ前には椅子さえない殺風景なステージであった。

サンテラス駿東のようにショッピングセンターに設置されたステージではないので、本当に24時間テレビが目的の者しか来ないからか、観客も、昨日のサンテラス駿東以上に少なく、ステージ前にいるのは20名程度であろうか。
ただし、募金を受け付けているテント側にいる者ものいるし、遠巻きに見ている者もいる。
観客が少ないと、場所取りも必要なく、お目当ての歌手がステージ上にいるときだけステージ前に行き、それ以外の時間は後方で知人と話しをしながら待機する、という過ごし方ができるため、逆にステージ前の者が少なくなってしまう、というこもある。

既に11時45分から、SDTふれあいコンサートが始まってしまっている。

ザ・ミンツが 「イン・ザ・ナイト」を歌う。

19870823_24時間テレビ_ザ・ミンツ

向かって左から、ミー、ミコ、ニコの3人組とのことである。

福田忍氏が「ひとりだち」を歌う。
ロックから演歌のような曲まで歌うとのこと。

島津悦子女史が「漁火の宿」を歌う。
鹿児島出身、静岡で活動しているとのこと。

春奈輝昭氏が「花の太平洋」を歌う。
静岡両替町出身とのこと

萩原冴子女史が「蒼いかげり」を歌う。

ここまでが静岡第一テレビ本社のステージで、
引き続きサンテラス駿東からの中継が入る。
会場にあるモニターを見ていると、石川女史が「いまさらプリーズ」と「密室のハリケーン」を歌った。
昨日は東京で24時間テレビに出演してきた、静岡は初めてとのこと。
石川女史、BUNちゃん、"ミッシェルと呼ばないで"岡澤氏とも、24時間テレビの黄色いTシャツに着替えて出演していた。

ここまでで、SDTチャリティーコンサートの中継は終了。


休憩後、さらに出演者がステージで歌う時間が設けられているとのことである。

小生は遅れて到着したが、会場には既に某光学機器メーカー社員のHK氏、SA氏、みずき野の住人K氏、名古屋のK氏がいた。
また、オリコン通信常連投稿者の"CHELSEA♡SPECTOR"氏もいたが、松本典子女史が出演するので当然ともいえる。ただし、オリコン通信常連投稿者の"ふわふわ♡典子ちゃん"氏の姿は見えなかった。

"CHELSEA♡SPECTOR"氏の話しによると、松本女史が「パステル・ラヴ」を歌っているときは雨が降っており、合羽を来て歌ったとのことであった。
その後、佐野女史が「夏のフィナーレ」、仁藤女史と、山下美晴女史も曲を披露したとのことであった。

そういえば、ここ静岡第一テレビ本社のステージには屋根が無い。サンテラス駿東のステージに屋根があったのは、バックバンドを連れてくる石川女史対応だったのかもしれない。

小生がここ静岡第一テレビ本社に到着した頃には、雨はほぼ上がったていたが、雨に濡れるのを防ぐため、TVカメラを設置するための台の下に荷物を置き、そのすぐ脇で"CHELSEA♡SPECTOR"氏と、最近のオリコン通信事情などの情報交換をする。
TVカメラの側にいることが、こういった公開放送の会場で、TVカメラに抜かれない秘訣なのである。

しばらく待っていると、本日の出演歌手のステージが始まった。テレビジョン中継はされないステージである。

もう雨の心配はしなくてよさそうである。
"CHELSEA♡SPECTOR"氏が、佐野女史のステージの間、一眼レフの機材を貸してくれるというので、ありがたく借用することとし、持参のフィルムを借用したカメラに装着した。レンズはFD100-300F5.6。赤ライン付きである。
使用してみると、合焦させるのはなかなか大変である。

19870823_24時間テレビ_佐野量子

佐野女史が歌ったのは、

「止めて片想い(シークレットラブ)」
「少女がページを閉じる時」
「瞳にピアス」
「4月のせいかもしれない」
「夏のフィナーレ」
の5曲であった。


佐野女史のステージで、フィルムを使い切ってしまったので、機材を"CHELSEA♡SPECTOR"氏に返却した。

その後松本典子女史のステージ。

19870823_24時間テレビ_ラサール石井_森喜久子_松本典子

各出演者が歌い終わると、行われるイベントは募金の受け付けくらいになってしまう。
しかし、乗り掛かった船である、24時間テレビの終了を見届けるまで、静岡第一テレビの会場にいることにする。

佐野女史が、青葉イベント広場で募金受け付けをしていたと聞いて、行けばよかった残念がっている佐野女史関係の知人がいたが、そこまでは把握できなかったので、それはあきらめるしかないだろう。

ステージに本日の出演者が全員集合し、グランドフィナーレが始まる。今年の24時間テレビも終了の時刻が近づいてきた。
グランドフィナーレは19時31分19時50分、その中に静岡第一テレビからの中継が流れることになっている。
今年のエンディングテーマは「生まれ来る子供たちのために」が流れだした。
曲の合わせ、系列曲からの中継映像が入る。札幌テレビ、青森放送と続き、その後
静岡第一テレビからの中継映像が全国に流れる、
静岡第一テレビからの中継映像が10秒ほど流れた後、日産本社ギャラリー、東京・立川昭和記念公園、日本武道館、よみうりテレビ、日本海テレビ、福岡放送、日産本社ギャラリー、日本武道館、東京・立川昭和記念公園、と映像は切り替わり、最後に日本武道館からの中継で番組は終了となった。

24時間テレビのイベント、お目当ての歌手を近くで見る事ができ、聞くことができた曲も多く、石川女史のステージ以外はすいており、空き時間には知人との話しもでぎた。総体的には、充実した2日間だったと言えよう。

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