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2017年10月18日 (水)

1987年10月18日(その2)

承前

オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西克治"氏から、川崎の"ニューハトヤ"で石田ひかり女史のイベントが開催されるという情報を得た小生は、佐野女史関係の知人とは日比谷公園で分かれ、川崎に向かった。

JR川崎駅を降りから京急川崎駅まで徒歩で移動。
目指す"ニューハトヤ"は京急川崎駅前である。
会場に入ると、14時開始であったというイベントは既に始まっていた。

会場は、結婚式場のようであり、八曲一雙の屏風に、『HIKARI-Legend』の特典ポスターが貼られ、その前、普段は新郎新婦の席があるであろう位置に舞台がしつらえられていた。

19871018ニューハトヤ_石田ひかり

シングルレコード「く・ち・び・る♡2」を購入し、握手会に参加する。

19871018石田ひかりサイン色紙@川崎ニューハトヤ(150dpi)

石田女史のイベント終了後、次の目的地に向け移動。


田町駅で下車。芝浦工業大学方面に向かう。

運河の手前で左折し、ボウリング場を通りすぎたところで右折し、運河を渡る。
橋を渡り終えたところで左折し、次の交差点を左折。袋小路の手前左にある倉庫、ここが本日2か所目の目的地、INK STICK芝浦FACTORY。
外見は倉庫だが、中か改装されライヴハウスとなっている。
小生の周辺では既に有名な場所ではあるが、小生は初来場となる。

本日この場で、"HIDEMI LIVE PARTY 1987"と銘打たれた石川秀美女史のライヴが開催されるのである。

石川秀美 HIDEMI LIVE PARTY 1987案内(150dpi)

この"HIDEMI LIVE PARTY 1987"は、ファンクラブの会報に同封されていた紙片によると、

10月18日(日)18:30  東京 INK STICK芝浦FACTORY
11月4日(水)19:00 大阪 バーボンハウス
11月5日(木)18:30 名古屋 ハートランドスタジオ

の3か所で開催されることとなっている。

ここ東京の観客はすべて招待客。石川秀美女史の26枚目のシングルレコード「ドレスの下の狂詩曲」を購入した者が招待されている。大阪、名古屋については、招待なのかどうかの確認はしていない。

INK STICK芝浦FACTORYに入るのは初であった。入場してみると、場内はライヴハウスという名から想像する以上に広く、オールスタンディング仕様となっているため、500人以上は入れるような感じである。倉庫を改装したというだけのことはあり、天井も大層高い。

オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏と合流。小生よりもライヴ慣れしている"西崎知紀"氏"と行動を共にされていただくことにする。

日本大学石川秀美研究会の会員のO氏の姿は確認することができた、目でお互いの健闘を誓い合う。

荷物をクロークに預け、身軽になり、臨戦態勢。
しかしながら、本日のライヴは、レコードを買った人の"御招待"ということで、どうも、いつもの石川女史のライヴとは会場内の雰囲気が違うようである。ライヴハウスに慣れていない者が多いのか、会場内で押し合いになるのを想定していなのであろう、緩い感じがする。
なお、小生が事前に得ていた情報では、本日は"昔の曲"も歌うとのこと。"昔の曲"がライヴハウスでどのような感じになるのかということに、一抹の不安を覚える。

小生と"西崎知紀"氏は、まずは会場中程、それほど人の密度が高くない場所で開演を待った

開演。
観客は、確かに、石川女史いつものライヴのときよりおとなしい。
最近では、最初の曲から"おしくらまんじゅう"になることが常だったが、小生がいる会場中程から前方を見やっても、今回はそのようなことにはなっていないようである。ライヴの盛り上がり的には不安なところである。
観客がおとなしいからなのか、知らずのうちに小生と"西崎知紀"氏の立ち位置が、一曲一曲が終わるごとにステージに近づいている。

"昔の曲"、「めざめ」、「Hey!ミスター・ポリスマン」、「妖精時代」もライヴ用にアレンジされていたので、
違和感なく楽しむことができた。

アンコール前のすべての曲が終了したのだであろう。ステージの照明が落ちた。
通常、ここで "アンコール"の声がかかるところである。
ところが、今回は、初めてのライブハウスで熱気に当てられたのか、"ぼ~"っとして突っ立っている者ばかりで、アンコールが始まらない。
"これはでまずい"と、小生は"アンコール"の第一声を発した。
他の観客も、その声につられ、ようやく"アンコール"コールが始まった。

しばらく"アンコール"の掛け声が続いていたが、小生の隣の"西崎知紀"氏が"ひでみ"と掛け声を変えた。
小生もそれに習い、掛け声を"ひでみ"に変える。

やがて会場は"ひでみ"コールにつつまれ、そしてアンコールの曲がはじまった。
それを合図に、すでに舞台から数列目のあたりに位置していた小生と"西崎知紀"氏は最前列まで移動。"秀美"、"ミッシェル"などと叫ぶ。
結局石川女史は3回出できてくれた。最初はいろいろと不安に感じる部分が多かったが、結果的には、満足のいくライヴであった。

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