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2017年11月 7日 (火)

1987年11月7日

本日は、両国で佐野量子女史のNTTテレホンカードキャンペーンに参加した後、たまプラーザに移動して、東急ケーブルテレビのスタジオで文化放送"ラジオ版だよ!チャンネルM"の公開放送を観覧という予定である。

NTTテレホンカードキャンペーンは、1987年10月31日の西新井局でのイベントに続くものであるが、
当初浅井企画から得た情報は"NTT住田で午後1時から"というもの。
この"NTT住田"のイベントは、11月13日の予定4であったり、11月14日の予定であったりと、浅井企画から知らされる日程が何度か変わったばかりか、"NTT住田"なる電話局がどこにあるかすらわからないという、問題のイベントであったが、結局開催日は11月7日になり、"両国国技館の裏"が会場になる、というところまで聞き出すことができた。

いま一つ信用のおけない浅井企画の情報を元に、両国駅に降り立った小生。両国駅では初下車である。
オリコン・ウィークリーの佐野女史スケジュール欄にも、"NTT住田でイベント"と掲載されている。
両国に住田という地名があったのだろうかと、両国国技館の西縁から北縁へとを回り込むと、眼前にアスファルトの路面に白線の区画線が引かれた、広大な駐車場が見えてきた。

そこに自動車の影はほとんど、そのかわり、敷地の中央付近にテントやのぼり旗が密集している一角があった。
遠目にも、そこがイベント会場であることがわかった。

目的地が判明したなら、あとはその場に向け急ぐのみである。
到着したその場は"すみだふるさと祭り"の会場であった。

ここで初めて本日イベントを開催するNTTの局は住田"でなく"墨田"だったということに気づいた小生であったが、本来なら、墨田区の両国が会場だと聞いた時点で気づくべきところではあったが、字面で"住田"と見ているだけではなかなか気づかないものである。


"すみだふるさと祭り"の会場に簡便なステージが設けられ、そこでイベントが開催されるようである。
ステージ前には椅子などは設置されておらず、立ち見
例によって、佐野女史が目当ての者はそれほどおらず十数名程度といったところ。
それでも、祭りの会場ということもあり、先日のNTT西新井局でのイベントよりは観客は集まっている。

13時にイベント開始。

1曲目は、 「夏のフィナーレ」

19871107すみだふるさと祭り_佐野量子

司会者が出てきて、佐野女史がテレホンカードキャンペーンとなったことを紹介し、
その後すぐ、佐野女史とジャンケンをして2回勝った者に賞品が当たるというゲーム大会となった。

ゲーム大会の時間は西新井のイベントより短かったであろうか。
そしてゲーム大会終了後、アルバム『F・A・N・T・A・S・T・I・C』の発売のお知らせ、ビデオ発売の予告。
"わいわいスポーツ塾"に出演中等の宣伝をし、本日2曲目、

「レタスの恋愛レポート」

を歌い、イベント終了。

佐野女史は次のスケジュールが控えているためか、早々に会場を後にする。
マネージャーの鈴木氏のジェミニで次のイベント会場に向かったようであるが、自動車で向かうのは大変であろうと思う。


小生らも次の目的地へ移動を開始する。

浅井企画から得た情報では、次のイベントは、たまプラーザにある東急ケーブルテレビスタジオで午後4時からとなっている。

両国からたまプラーザまでの経路は、何十通りもあるが、結局のところ、代々木で山手線、渋谷で東急新玉川線に乗り換える経路が一番早そうである。


たまプラーザ駅南口に降り、右に折れてしばらく坂を昇ると目指す東急ケーブルテレビのスタジオがあった。
テレビのスタジオといっても、ケーブルテレビのそれは、キー曲のようにものものしい警備もなく、誰でも入ることができるようであった。


息せき切って小生らが入場したときには、まだ前の番組の収録中のようであった。

19871107東急ケーブルテレビスタジオ


スタジオの中は、半円状に椅子が配置された階段教室のようになっている。椅子が向いた先に特に舞台は設置されておらず、体育館のような艶のある板敷きの床となっており、番組によって様々なセットが組まれるのであろう。

本日は、中央部分を開けてテーブルと椅子が設置されていた。

19871107東急ケーブルテレビスタジオ_ラジオ版だよ!チャンネルM_佐野量子

佐野女史の衣装は、先程の、"すみだふるさと祭り"のときと全く同じ。
文化放送のラジオの収録と同時に、ケーブルテレビで放送されるテレビジョン番組の収録もされているようである。


なお、"ラジオ版だよ!チャンネルM"のレギュラー出演者乱一世氏と大西結花女史であった。
大西女史の席はは、佐野女史の左隣となっていた。
大西女史と佐野女史が並ぶ前で目立つわけにもいかず、小生はおとなしくしていたのであった。

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