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2017年5月27日 (土)

石川秀美 月刊明星1987年7月号切り抜き

昨日紹介したクリアファイルの中には、当然、石川秀美女史関連の、チラシ、カタログ、雑誌の切り抜きなどが挟まっていたのであるが、その中でも特に思い出深い品が、この月刊明星1987年7月号の切り抜きであった。

石川秀美 月刊明星1987年7月号切り抜き(150dpi)

当時、このグラビアを見たとき、こんな、撮影場所がわかってしまうような写真を載せて良いのか?、
と思いつつも、なんとなく、あのあたりだな、とわかる撮影場所を確かめたくなってしまったのだった。
実際にそれと思われる場所に行ってみて、撮影場所であろうと推定した建物がこちら。

メゾンドカメリヤ

確認できたことに満足し、その後行くことはなかったが、後に石川女史本人に直接聞いてみたところ、スタイリストさんの部屋で撮影したとのことであった。

実際に住んでいる場所で撮影するわけがないので、当然といえば当然であるのだが、ちょっとがっかりしたという。

そんなことを思い出した切り抜きであった。

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2017年5月26日 (金)

石川秀美クリアファイル

今回紹介する品は、石川秀美女史のクリアファイルである。

判型は、B判主流だった当時としては珍しいA4判ファイルサイズ。
"さわやか天使"のキャラクターロゴが印刷されている。
このキャラクターロゴが使用されていることから、制作されたのは1982年から1983年の頃だと推定される。
入手経路は不明。

石川秀美クリアファイル(150dpi)

現在でこそ、クリアファイルは定番のアイドルグッズではあるが、1982年頃では、まだ、一般的なものではなかったように思う。

本品のように単色刷りでは、販促グッズとしての魅力に乏しく、フルカラー印刷で提供される下敷きなどに目が行ってしまうのは当然のこと。

そして、クリアファイルが、販促グッズとして脚光を浴びるようになるのは、フルカラー印刷の技術ガ浸透して以降ということになる。

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2017年5月24日 (水)

1987年5月24日

本日は、東京大学工学部丁友会主催の佐野量子女史のコンサートに参加するため、東京大学本郷地区キャンパスまでやってきた小生。
丁友会主催のコンサートには1983年に参加しているが、前売券を購入して参加するのは初のこととなる。

今回のコンサートは、東京大学第60回五月祭の企画の一つとして開催されるものである。

19870523第60回五月祭パンフレット(表1)(150dpi)

パンフレットにも掲載されている。

19870523第60回五月祭パンフレット(P95)(150dpi)

チケットは事前に購入済みである。

19870524_東京大学丁友会_佐野量子コンサートチラシ(150dpi)

19870524Sweet Moment RYOKO…チケット(表)(150dpi)

19870524Sweet Moment RYOKO…チケット(裏)(150dpi)

ただし、座席指定となっていないため、まず会場の東京大学工学部2号館大講堂まで行き、整理券をいただく。

19870524Sweet Moment RYOKO…整理券(表)(150dpi)

佐野女史の人気の無さのためか、良い番号の整理券をいただくことができた。
ただし、大学祭は関係者優先席があることもあり、整理番号2番でも最前列の席とはかぎらない。
過度の期待は禁物である。

本日集った者は、"ワープロ君"UM氏。光学機器メーカーのSA、HK両氏。横浜のKR氏。我孫子のMT氏。
珍しく"関東一のおっかけ"IH氏が不参加であった。

12時30分開場。
整理番号順に入場する。4列目程の席が最前列であったので、ほぼ中央の席を確保した。

14時開演。

今回のイベントは純粋なコンサートではなく、途中にゲームコーナーの時間が設けられていた。

まず、イントロクイズ。会場内に曲のイントロが流れ、曲名がわかった者は手を上げる。手を挙げた者の中で指名された者が曲名を答え、正しければステージに上がることができるといった形式である。
流れる曲はアイドル系の曲が多いようである。オリコン通信寄稿士たる小生からすれば難しい曲は無いので、手を挙げたときに指名されるかどうかが問題となる。
ステージ上の佐野女史は、誰かを指名するという役割りを避けたい性格のため、指名の役回りは司会進行を行っている東京大学の学生と思われるスタッフが行うこととなる。
小生は客席前方にいたことも幸いしてか、ステージ上に上がる10名程の中の一員となることができた。

ステージ上に上がる。客席側の照明が落ち、照明はステージ上だけを照らすようになる。
この場に立ってみて、客席がほとんど見えないことに改めて気づく。小生らが陣取っているあたりはかろうじて見えるが、中央より後方は闇まぎれ、人か通路か空席か、判別ができない。
そのようなステージ上で、さらに10人から1へと選別するゲームが続く。

カラムーチョの早食い(辛いものは比較的得意である)、コーラの一気飲み(炭酸は苦手なのだが気合で腹に入れた)で3人まで振るい落とされる。

残った3人には椅子が用意される。
1人あたり90秒の間、佐野女史と話しができるという趣向。
ここで3人から1人が選ばれるのであるが、佐野女史はこういった場面で誰かを選ぶということをしないため、スタッフが最終的な勝者を選ぶこととなったのであるが、小生はここで敗退。
結局。何の話をしたかあまり覚えていない小生であった。

残った1名は佐野女史お手製のおにぎりを食すことができたのであった。
残った1名の者に、"大きさは、大きめがいいですか?、小さめがいいですか?"と問う佐野女史。答えは"普通で"。佐野女史の思うところの普通の大きさのおにぎりを握った佐野女史が、今度は"お塩は濃いめがいいですか?、薄めがいいですか?"と問う。答えは"普通で"。

おにぎりを握るにしても、これだけの気遣いをする佐野女史。やはり、このおにぎりは食べたかったかもしれない。

佐野女史が、イベントのときに誰かを選ぶということをしないのは、今回の小生のような"選ばれなかった人"から、"何で選んでくれなかったの"と思われることを避けたいから、という理由なのであろう。
ただし、選ばれる側からすれば、スタッフからでなく佐野女史から選ばれたほうが嬉しいのであろうが、まあ、それが佐野女史の性格なので仕方のないことである。

小生の右隣にいた"ワープロ君"UM氏は、イントロクイズで勇んで手を上げ指名されたのに曲名がわからず、小生が「砂の城」と教えた曲名を聞き取れずに"すなのしーくれっと"と答えて敗退していた。"すなのし"までわかれば「砂の城」ではなかろうか、普通。
いや、これは"普通"ではなく、"ふつ~"なのだ。オリコン通信常連投稿者は自分たちの使う"普通"が世間の"普通"から乖離しているのを自覚しているからこそ、"普通"を"ふつ~"と表記しているのだから。

イベント終了後、ST氏から、"目の色が変わっていましたよ"とからかわれたしまった小生であった。

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2017年5月23日 (火)

1987年5月23日

小生の主たる肩書は、オリコン通信の常連投稿者である。であるからして、オリコン通信の掲載された文章は、できるだけ早く確認して、小生の投稿原稿につなげる必要がある。
オリコン・ウィークリーの発売日は毎週月曜日。投稿から掲載まで、最短3週間かかる、通常は。

しかしながら、都内には、月曜日発売のオリコン・ウィークリーを、前週の土曜日から置いているところがいくつかある。主な所では、西武新宿駅、西武池袋駅構内の売店などである。
土曜日に購入した場合の利点としては、リアクションネタを書く場合に週末の休みを利用できること、そして、土曜日のうちにハガキを出すと、投函後2週間で掲載される場合もあるといったところである。

本日も、オリコン・ウィークリーを購入するため、西武新宿駅まででかけた小生。売店でオリコン・ウィークリーを購入し、JR新宿駅へと向かう道すがら、歩き読みをしていた。
すると、後ろからふいに肩を叩かれた。何かと思って振り返ると、眼前に、石川誠壱氏の顔アップが。
石川氏は"よっ"と言って、立ち去っていった。そりゃ新宿は石川氏がコマーシャルに出演していた"丸井"の街かもしれないが。

オリコン・ウィークリーの歩き読みは危険、ということである。

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