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2017年7月 1日 (土)

1987年7月1日

佐野量子女史が"東芝夏祭り"に出演するとの情報を得て、川崎駅までやってきた小生。

佐野女史のファンクラブでいただいたチラシに、その情報は掲載されていたのだが、

佐野量子’87サマースケジュール(150dpi)

さらに詳しい情報を求め、佐野女史ファンクラブに電話して得たその情報は、
場所:川崎の東芝総合研究所
時間:13時50分から15時30分
多分社員優先
というもの。

東芝総合研究所の場所がわからなかった小生ではあったが、川崎の地図を見たところ、川崎駅西口の目の前に、東京芝浦電気堀川町工場があったため、イベントはそこで開催されるのだろうとあたりを付け、川崎駅西口に降り立った。

東口のにぎやかさと比較すると、あまりにもひっそりとした西口だが、駅前には工場しか無いといった状況だったので、東京芝浦電気堀川町工場への入口はすぐ見つかった。ただし、"祭り"開催しているようには見えない。
工場への入口脇に建物があった。守衛室であろう。そこにいた人に、聞いてみたところ、"ここでは祭りはやっていない"とのこと。駅の2km程北にも東芝の工場があるようなので、そちらに行ってみることにした。

バスで行きたいところではあったが、バス路線がわからないので、徒歩で向かう。30分程すると、歩いている道路は、国道1号線になった。多摩川方面にしばらく歩くと、左手に長いフェンスの連なる区画が見えてきた。フェンスの中には多くの人かおり、"祭り"が開催されているのはここだと確信した。早く入場し、観覧場所を確保したいと思うと、自然と小走り気味になる。さらに歩くと門があり、人が出入りしている。そして、門正面の建物へと、人の流れが続いていた。この建物の中が目的地に違いないと判断し、敷地内に入ろうとする小生。ところが、守衛から、関係者以外は入場できない、と止められてしまったのだった。

どうしたものかと、門あたりを見回すと、門の傍らに、同じ境遇と思われる者が一名立っていた。同じ境遇と判断したのは、その顔に見覚えがあったからである。確か、今年の2月14日の浦和のイベントで見かけた顔である。

その者も、小生の目的が自分と同じであることを察したらしく、なりゆきで行動を共にすることとなった。

敷地内の人の流れは、南の方角にも続いている。小生らも、敷地内の人の流れをたどり、今歩いて来た国道1号線を逆戻りし、次の交差点で右折する。なおも、敷地内の人の流れにをたどり進んで行くと、先程とは別の門から人が出入りしているのが見えてきた。その門に着いてみると、そこは、東京芝浦電気小向工場の門であった。してみると、先程の門が、総合研究所の門であろうか。

小向工場の門から、敷地内への入場を試みる。先程入場を止められたこともあり、緊張しながらの入場であったが、小生らを咎め立てする者は誰もいなかった。先程の門からこの小向工場の門に至る間、外から敷地内を見てきたのだが、敷地内に仕切り等は見あたらなかった。先程の門に向けて歩きだす。

その途中、敷地の南東の角近くに、架設の屋外ステージがしつらえられており、ステージ前の椅子席に某光学機器メーカーのHK氏が腰掛けていた。そのステージは、音響設備があまりに貧弱だったため、イベントは別の場所で行われるのではないかとの疑念を抱いた小生ではあったが、HK氏もそこにいたことから、小生ら2名も一旦ステージ前の椅子に腰を下ろした。しばらくHK氏と話しをしていると、HK氏も、イベントがこのステージで行われると確認したわけではないとのこと。となると、このステージの音響設備の貧弱さの疑念を払拭することができない。他の場所をあたってみることにし、先程の合流した者と2人で、その場を離れた。

候補先は、やはり、先程入場を阻止された門に続いていた建物である。敷地内を通って、その建物の正面入口に回り込む。建物前の門では入場を阻止されたが、その建物に入ることについては何ら咎め立てされることもなかった。建物内部を徘徊していると、とある一角に、ステージがしつらえられていた。ステージ前には、既に何十人かの者が陣取っている。ここが会場に違いないと判断した小生、空いている一角を確保する。この場にたどりつくまでにかなりの時間を使ってしまったため、あまり良い場所は確保できず、ステージから10メートル程度離れてた場所となってしまった。

やがて、"ワープロ君"ことUM氏、横浜のKR氏も現れたため、この場で、8月20日に日本青年館で開催される佐野女史のコンサートの座席の抽選を実施。このチケット、小生が8枚分を浅井企画に直接出向いて注文したものが、昨日6月30日に小生宅に郵便で届いていたものである。届いた座席はA列28からA列35までのもの。日本青年館大ホールは27番と28番の間がステージ中央となるので、小生が最も良い席A-28の席を確保してしまっても良かったのであろうが、正直に全席を抽選にかけ、"ワープロ君"ことUM氏がA-31、横浜のKR氏がA-28を得ることとなった。

司会の女性が出てきて佐野女史を呼び出し、イベント開始。

19870701東芝夏祭り_佐野量子1

1回目のステージが終了したが、本日は2回まわしのようで、皆その場に居残っている。ただ、退場する者も少々いたため、少し前方に移動できた。

19870701東芝夏祭り_佐野量子2

イベント終了後、"ワープロ君"ことUM氏、横浜のKR氏、本日行動を共にした氏名不詳の某氏と帰路につく。
先程入場を阻止された門から出場し、国道1号線を渡ってすぐのバス停から川崎駅行きのバスに乗車。川崎駅から電車で帰宅した。

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2017年6月30日 (金)

'87 7月エッグマンスケジュール No.74

今回紹介する品は、渋谷にあるライヴハウス"Egg-man"の1987年7月のライヴスケジュールが掲載されたチラシとなる、"'87 7月エッグマンスケジュール No.74"である。

サイズは196mm×96mm。単色刷り両面印刷となっている。
1987年7月29日に開催された石川秀美女史のライヴのチケットを購入するため、1987年6月29日に"Egg-man"に出向いているので、そのとき入手したものと思われる。

'87 7月エッグマンスケジュール No.74(表)(150dpi)

'87 7月エッグマンスケジュール No.74(裏)(150dpi)

現在も活動しているのは、川村万梨阿、久保田真吾、中里あき子、鬼頭径五、宮島信二、"パパイヤ パラノイヤ"、"東京ダイナマイト倶楽部"、"ZABADAK゛、葛城ユキ、伊藤与太郎、"ヒカシュー"、西尾芳彦、伊秩弘将、堀江美都子、"ザ・コレクターズくらいであろうか。ソロ歌手がほとんどで、バンドとなると現在活動しているものは少ない。

キャンセルとなっている27日の高倉尚子は「星港シンガポールナイト」、「It’s So Lonely」の高倉尚子であろう。
同日の"THE CACH"は"YOURI with the CASH"の"YOURI"(一色ゆかり)抜き?、ということは無いとは思うが気になるところ。

現在活動していないと思われるバンドの中でも"16LEGS"、"レディオ・ショップ"、"13’S PARADISE"、"XIE-XIE"、"スラプスティックス"、"スターレス"、"ザ・ストライクス"、"ザ・ファンム・ギフト"(この"'87 7月エッグマンスケジュール No.74"では"ファントム・ギフト"となっているが、30日は"ネオGS"の日と思われるので"ザ・ファンム・ギフト"で間違いないであろう。)など、ある程度有名なものは、元参加者の消息も確認できるが、ほとんどのバンドは、検索しても求める情報は得られない。

横浜のライブハウス、"YOKOHAMA 7th AVENUE"のスケジュールには、バンド名に簡単なコメントが付いていることがあるので、"YOKOHAMA 7th AVENUE"の1987年当時のバックナンバーに、同じ名称のバンドがあれば、素性がわかるかもしれないので、バンドに興味がある方は覗いてみてはいかがか。

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2017年6月29日 (木)

1987年6月29日

本日は、まず五反田の親切堂ビルの6階にある浅井企画の事務所に行き、佐野量子女史のファンクラブ特製テレホンカードの注文と入金。1枚900円。ファンクラブ会報"ぽしぇっと"に掲載されていた白黒の写真は、明らかに野村誠一氏の撮影とわかるものである。

その後渋谷まで移動し、日本大学石川秀美研究会の面々と合流。
本日が発売日となる、Egg-manで7月29日の石川秀美女史のライヴのチケットを購入。

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2017年6月28日 (水)

佐野量子’87サマースケジュールチラシ

今回紹介する品は、浅井企画が作成した、佐野量子女史の1987年7月から8月にかけてのスケジュールである。

B5判白黒コピー片面刷りとなっている。
浅井企画を訪れた際にいただいたものと思われる。

小生は、いつもは電話で佐野女史のスケジュールを確認していたのだが、電話口で対応するかたは、何かのメモを読んでいるようであった。
こういったチラシを作成し、電話の時は読み上げ、事務所を訪れた者には配布をしていたのであろう。

佐野量子’87サマースケジュール(150dpi)

このチラシから、6月の時点で、既にビデオの発売が決定していたということがわかる。
コンサートリハーサルが掲載されているのに、コンサートが載っていないのは、知っていて当然なので、省略ということだろうか。

なお、こういったチラシをいただいても、スケジュールは常に変動するため、事務所にこまめに問い合わせることは必須であった。
事実、7月31日の"笑っていいとも!"の出演はなくなっている。その代わりかどうかは不明だが、7月28日に"笑っていいとも!"の"テレホンショッキング"に出演することとなった。

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2017年6月27日 (火)

1987年6月27日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第16回君こそ評論家!"に参加するため目黒までやってきた小生。

今回も最前列左端近くの司会者前の席を確保。

司会は古川治氏と、竹内美保女史であった。

まずは新曲の試聴。

17時少し前にゲストが登場。今回ゲストは、高井麻巳子女史であった。
羽田発18時の札幌行きの便に乗らなければならないという、高井女史は、7月5日発売となるアルバム、ビデオ、写真集の告知をし、5分程で退場していった。その後会場に残ったレコード会社の宣伝担当者がフォロー。

その後試聴に戻る。
結局この日試聴した曲は、
水谷麻里「バカンスの嵐」
岩井由紀子「-3℃」
中村由真「パニック」
BaBe「SOMEBODY LOVES YOU」
BOΦWY「マリオネット」
西村知美「ポケットに太陽」
の6曲であったが、特別印象に残った曲はなかった。

恒例のジャンケンによる賞品配布。
その後これも恒例の集合記念写真。今回の記念写真の撮影時の小道具は、佐野量子女史が表紙のオリコンウィークリー誌とした。

今回参加したオリコンウィークリー常連投稿者で小生と面識があった者は、ペンネーム"JVCの周美今日"、"渡辺洋"、"PINK TANK"、"ぼっけもん"、"CHELSEA♡SPECTOR"、"西克治"、"大谷渚"、"Be☆SHOP"、"さわやか天使の輪"の各氏。他に、"知美ちゃん新聞"関係者も何人かいた模様だが、発行人のTT氏の姿はなかった。

次第に親睦会の会場と化しつつあるイベントであった。

そしてイベント終了後、オリコン通信常連投稿者たちで飲み会とあいなった。
小生は、いささか飲みすぎたようで、気がついたときには、前出佐野量子女史が表紙のオリコン・ウィークリー、ペンネーム"きっぱら一人"氏に譲るために持ってきた浅香唯女史の"総合防災訓練"の白レオタードポスター、そして何故か半ズボン、がなくなっていた。

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2017年6月25日 (日)

栗原冬子「LOST LOVE」

今回紹介する歌映像は、泡沫感絶頂の映像。

栗原冬子女史はこのとき高校3年生。
ラサール石井氏のインタビューに、
冬至の日に生まれたので"冬子"という名前となった、
走ることが得意で中学のときは陸上部だった、
などと答えている。

その後の栗原女史の経歴については、Web上にその記述が溢れているので、ここでは省略する。

ワンレングスの女子高校生が、デビー・ギブソン書き下ろしの曲でデビューするということ自体、泡沫感絶頂の事象であるのだが、小生がこの映像で最も注目したいのは、この放送が行われている会場なのである。

栗原冬子_LOST LOVE_スポーツワールド伊豆長岡

この画像に映る景色の中で、現在もその姿をとどめているものは、画像最上部に映るわずかな部分のみである。

映像を観ていただきたい。
栗原女史が歌う場所は、向かって右側のプールの波が、向かって.左側のプールに伝播しないよう設けられたコンクリート防波堤の部分。
二つのプールの背景にはそれぞれ"SPORTS WORLD"、"ASCOT"の文字。

伊豆長岡町、現伊豆の国市に、かつて存在した"スポーツワールド伊豆長岡"の在りし日の姿である。


このスポーツワールド伊豆長岡は、廃墟を趣味としている者には有名な場所のようであり、
廃墟となってからの姿を紹介しているサイトは数多い。
栗原女史が立っているこの場所の廃墟となった写真も確認することができる。

いわゆるバブルの時代に生まれ、そのバブルの崩壊とともに経営が行き詰まり破綻。
一時期、カラカミ観光が支援を検討しているとの情報もあったが、さすがに都心から離れたこの地にこの規模の施設は手に余るであろう。結局は手を出すことはなかった。

結局大部分の施設は閉鎖され、最後はゴルフ練習場のみ細々と営業を続けていたが、1999年にはすべて閉鎖され、荒れるがまま、廃墟マニア垂涎の場となり、そして現在は完全に取り壊されている。


そのスポーツワールド伊豆長岡が現役だった頃の姿、そこで歌う栗原女史、これぞ泡沫映像。
映像に映り込む子供たちの水着姿が、心なしか垢抜けていない気がするのは、土地のせいだろうか。


曲は、"Debbie Gibson"が馬飼野康二先生のペンネームと言われたらそのまま信じてしまうような雰囲気で、小生の好みの部類である。


「LOST LOVE」栗原冬子
JanJanサタデー
1989年7月22日

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