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2017年8月19日 (土)

1987年8月19日

"佐野量子ファンクラブ"のイベントに参加するため、五反田にある浅井企画の事務所にやってきた小生であった。
事務所には13時に集合することとなっている。


浅井企画は、五反田駅東口から徒歩数分の親切堂ビルに事務所を構えている。
6階まで登り、エレベータを降りてすぐ左に頑丈な鉄の扉がある。重い扉を開けると小さななカウンター、いつもはここで用が足りるが、本日は、イベントに来たことを告げると、奥に案内された。
鉄の扉を背にし、右手奥に進む。そこは会議室のような部屋になっており、中に通された。部屋の中は思いの外広く、応接セットが一式据えられていた。

室内には、本日のイベントに参加する者がいたが、どこかで見かけたことがある気がする。


そこへ、住んでいるマンションから歩いて来たという佐野女史が到着、本日の参加者が揃ったところで、移動することとなった。

親切堂ビルから徒歩で、五反田駅方向に向かう。どこへ行くのかと思っていると、着いた先は、ショッピングプラザとうきゅうの8階のレストランフロアであった。そして、その中のレストランに入店する。午後1時を過ぎたとはいえ、店内はかなり混み合っている。窓際のテーブルに空席はなく、店内中央付近の空いているテーブルに通された。

まずは、食事をしながら、佐野女史とお話しするという時間とのこと。自己紹介によると、参加者の他、同席するのは、浅井企画の荻原氏と、ファンクラブ会報編集スタッフの栗原女史とのことである。
萩原氏によれば゛本日のイベントは、遠方から来る者が続けてコンサートに参加できるように、あえてコンサートの前日にしたとのことであった。

どこかで見かけた気がする顔の参加者は、大阪の"気分はジャマイカ"の時に顔を合わせたとのことであった。

佐野女史との話しをする時間と言われても、特に準備していたわけでもなく、なかなか良い話題は無い。

明日のコンサートのことを聞いてみると、昨日でリハーサルは終わって、今日はお休みとのこと。

進学については、今どうしようか考えている。どこでもいいから入っちゃうというのはやだし、まだわかんないですね、とのこと。


ところで、本日の小生に課された最低限の使命が2点あった。
1点は、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"きっぱら一人"から佐野女史のファンサークルを作ろうと誘われており、その名称を佐野女史に決めていただき、表題を書いてもらうこと。
そしてもう1点が、佐野女史に、自分が表紙の"オリコン・ウィークリー"を持って立ってもらい、いわゆる"オリコンといっしょ"の写真を撮影すること。

閑話休題。


佐野女史にファンサークルの名前についてお願いしたところ、
"レタスのくゃみ"というラジオ番組がはじまるとのことで、"れたす"という名前をつけていただき、題字も書いていただいた。

19870819れたす題字

"レタス"は佐野量子の皮を一枚一枚むいていくようなイメージ
と、ちょっと危険な発言をする佐野女史。
どっちがレタスでどっちがキャベツかわかりますか?ってインタビューしてみたけど、みんなわらないんですよ。
と、レタスもキャベツも見馴れている小生からするとにわかには信じられないのだが、都会の人間に聞くと、そういうことになるのであろうか。

そのほか、
静岡にいる頃よく観ていたテレビ番組は、サスペンスドラマ
であるとか、
"SBSポピュラーベストテン"で、カルチャークラブやデュラン・デュランをよく聴いていた
とか、

小さい頃は、
『アルプスの少女ハイジ』
『フランダースの犬』
『みなしごハッチ』
など、かわいそうな話が好きだった
とか、

「およげたいやきくん」も好きだった
とのこと、

「およげたいやきくん」?、と聞き返たところ、
あれかわいそうな話しですよね。
たべられちゃうからかわいそうじゃない?

そう言われればそうかもしれないと納得してしまう小生。

佐野女史も気分が乗ってきたのか、

朝"ひらけポンキッキ"を見てから学校に行ていた。いつもこの歌かわいそうだなと思いながら幼稚園に行っていた
"ひらけポンキッキ"の、「ホネホネロック」も好きだった

『アルプスの少女ハイジ』"セバスチャン"が好きだった
"セバスチャン"って呼んでいる男の子がいた

小学校のとき、お楽しみ会で劇をやるとき、部屋のカーテンを取り外して、黒板に張って"劇のはじまりはじまり"ってやるんだけど、『キャンディ・キャンディ』や『赤い激突』、漫画やテレビの話しを元に、誰がどんな役がいいのかな、と脚本を書いていた。劇ではいつも語り手をやっていた
『キャンディ・キャンディ』のパティの役をやるために、友達のお母さんのメガネを借りてきた

というような話しが次々と続く。

好きな漫画ある?。『天才バカボン』、『ド根性ガエル』とか、この前大阪に行ったときに『宇宙戦艦ヤマト』を観たの。あれいいよね。ああいう宇宙船乗ってみたいよね。造ってくれればみんなでいっしょに行くのにね。

宇宙船にはあまり乗りたくないな、と思う小生。

大阪では『気分は名探偵』の再放送をしているなどの話題が出ると、
大阪でやってるよと、木村一八さんに聞いたの

小生の住んでいる地域では再放送はされたことがないのに、とうらやましく思う小生。

映画"シャコタン☆ブギ"は大阪が舞台なのに大阪で撮ってなかった、という質問には、

大阪弁だったけど、舞台は福井だったの。設定は四国なんだよね、漫画の

舞台というか、ロケ地が福井の商店街だったのだな、と思う小生。

キスシーンの話題に、

そうなの、しょうがなくてね~

そういう答えが方をされると、聞いているほうがつらくなってしまう。

『シャコタン☆ブギ』のエンドロールに暴走族名前が列記されていたことについて

打ち上げのとき、みんな頭がこんななってて、みんなどこか怪我してるの、どうしちゃったのかなーって思ったら、やられちゃったんだって、若いからねー

と、笑っていいのか悪いのかよくわからないような話し。

田舎と都会の話題について、

大阪で地下鉄に乗ったんだけど、東京の地下鉄って静かじゃない、大阪の地下鉄ってがやがやしててね、にぎやかだねーって思って。大阪弁むずかいしね

方言については、静岡は"ら"がつく。東京、大阪、静岡の"いちご"や"みかん"のアクセントの違いについての話しとなった。

高校野球については、大阪の他の高校は甲子園に行くことをあきらてしまうくらいPLが強すぎるという話しとなった。

店を出ようというとき、

佐野女史が、一人の店員さんに、"がんばってね~"と声をかけた。店員さん手を振り返す。
なんだろうな、と思っていると、
妹なんです
と佐野女史。

2歳違いの妹の明美さんが、夏休みを利用し、佐野女史の部屋に泊り込んで、事務所の人に紹介されたこの店でアルバイトをしているとのことであった。

学校にばれたら怒られないですかね、との質問に、

東京だからへいき

と笑顔で答える佐野女史。

席を立って、次の会場に向かうこととなった。

事務所の方が会計をしているとき、高校野球の試合を放映していたので見てみると、帝京高校対関西の試合中で、帝京高校が3-0でリードしているところだった。
その前の試合は常総学院が逆点で勝ったとのこと。しかし、PL学園が強いのだろうなという、萩原氏の意見であった。
たぶんそのとおりだろう。

店を出て、エレベータで一階に降りる。萩原氏は"先に行ってて"とどこかに行ってしまった。おそらく一旦事務所に戻ったのだろう。
小生らは佐野女史と共に徒歩で移動する。公園に行くとのことなのだが、この近辺に大きな公園があることは承知していない。


道すがら佐野女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃ"の話題を振ると、
"おれんじ☆てぃー"にお手紙かかなくちゃ。書こう。
とつぶやいていた。これは"おれんじ☆てぃー"編集人のOM氏への土産話しにせねばなるまい。


どこに行くのかと思っていると、国道1号線を渡り、洪積台地の台地崖にとりつく。崖の途中、坂を登ってすぐ左に、小さな公園があった。

五反田公園。この公園が次の会場とのことであった。小さいながら、セミの声がする木々に囲まれた公園である。

萩原氏も後から到着。ここで、写真撮影をしましょう、ということのようである。
そういうことならと、小生もkonicaのMR-70を取り出し、撮影させていただく。

19870819佐野量子

本日の目的の一つである"オリコンといっしょ"も撮影させていただく。

19870819佐野量子_オリコンと一緒

その後、全員で記念撮影をして、本日のイベントは終了となった。


記念に名前入りのサイン色紙をいただいた。

19870819佐野量子サイン(150dpi)


本日は、終始肩の力が抜けていた、佐野女史、
この秋のキーワードは、"レタス"とのことである。

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2017年8月17日 (木)

1987年8月17日

本日は池袋サンシャインシティALPA噴水広場で開催される西村知美女史の"愛の夢’87・夏"に参加。

この"愛の夢’87・夏"というイベントは"西村知美 全国100,000人握手会"とのサブタイトルがついているとおり、サイン&握手会で全国を回るというものである。時期的には1987年6月5日発売の「初めまして 愛」と、1987年8月5日に発売された「ポケットに太陽」のキャンペーンということになる。

西村女史は、芸映プロダクションの新人歌手恒例の、"東海道"の名を冠したキャンペーンを実施していなかったが、デビュー2年目にしていきなりの"全国"キャンペーンとなった。
そのキャンペーンとは、参加券裏面に記載されている"握手会スケジュール"によれば、

7月25日(土)15:00~ 伊丹ツカシンチャーチスクエア
7月27日(月)15:00~ 西新岩田屋屋上(福岡)
7月30日(木)13:00~ 名古屋テルミナ屋上
16:00~ ミカ・ショッピング・センター西尾
8月2日(日)12:00~ 大宮We
16:00~ 東急百貨店本店
8月8日(土)15:00~ 静岡伊勢丹
8月10日(月)13:00~ サンテラス磐田
15:30~ サンテラス浜北
8月11日(火)13:00~ 札幌そごう屋上特設会場
8月13日(木)13:00~ ダイエー山交ビル屋上
17:00~ サンキョウ福島本店6階
8月17日(月)15:00~ 池袋サンシャイン
8月18日(火)13:30~ 宇都宮西武デパート屋上
8月19日(水)13:00~ プラーカ新潟ギリシャ広場
8月23日(日)11:30~ 山陽放送“ビバ・ワンダーランド”(岡山きびの郷)
8月24日(月)14:00~ 川崎おかだ屋モアーズ屋上
8月25日(火)13:00~ いよてつそごう(松山)
8月26日(水)16:00~ シーモール下関
8月27日(木)13:00~ 宇部文化会館
(原文ママ)

と、北海道から福岡までの20か所が記載されいる。20か所で10万人ということは、1か所あたり5,000人ということになり、それはいかにも無理というものであるが、実際のところ"西村知美 全国100,000人握手会"は、6月7日の吉祥寺東急からの人数を集計するようであり、たとえば先日7月23日のよみうりランドEASTでのコンサートも、コンサートでありながら握手会を実施するなど、ここに記載した以外の握手会も開催されている。しかしそれでも10万人に到達するのは困難ではないかと思える。

閑話休題、サンシャインシティに向かう小生であった。かつて"アップルシティ500"が放送されていた頃、サンシャインシティには行ったことがある。したがって、イベント開始直前の今頃になって噴水広場に行ったとしても、満足に観ることはできないであろうということは想像できたが、それでも、会場に行けば誰かしら知人に会うことができるであろうということが、小生の足をサンシャインシティALPAに向かわせた。

噴水広場に到着してみると、当然椅子席に空きはなく、立ち見客が三重四重にも取り巻いており、隙間から観ることさえ困難な状態であった。これは想定どおりなので仕方がないところ。

19870817サンシャインシティALPA噴水広場_西村知美

会場では、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏、西村女史の専門ミニコミ誌である"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏などがおり、その一団に合流した。これも想定どおり。

イベントは、「初めまして 愛」、「友だちね」、「ポケットに太陽」を唄った後、握手会へと進行。小生は握手会には参加しないこととした。

その後、"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏に誘われ、東京工業大学大岡山キャンパスに向かうこととなった小生。TT氏に連れられ、東急電鉄の大岡山駅で下車し、大学の正門を通り過ぎ、学生食堂らしき建物に案内された。そこで紹介されたのが、佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"の編集人のOM氏であった。

TT氏たちとは一旦離れて、OM氏と、佐野女史のことやミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"のことなどを話していると、
OM氏は"今度デビューするんですよ"と一冊のファイルを取り出し、小生に手渡す。ファイルには、今度デビューするという2名の女性のプロフィールや、事務所とその女性との契約書などが、クリアポケットに入れられ収まっていた。小生は、芸能事務所との契約書などを見るのも初めてであったが、読めば読むほど、あまり気持ちの良いものではない、ということはわかった。
そしてこの未来のアイドル2名に幸あれと、少しだけ思った。
さらに、あまり売れているとはいえない、とあるアイドルの行く末を案じたりもした。

夜も更けてきた。小生も帰宅せねばならない。
東京工業大学に残るOM氏とTT氏とは、8月20日の再会を約して分かれ、小生は大岡山駅から帰途についた。

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2017年8月15日 (火)

1987年8月15日

本日は、映画"シャコタン☆ブギ"の公開日であり、
10時15分から渋谷東映、
12時20分から丸の内東映、
で、初日舞台挨拶が開催される。
また、18時から有楽町の日立ヤングプラザで開催される、"日立ハローサタデー"の公開放送にも参加したいところである。
"日立ハローサタデー"の整理券は、10時30分から配布されるので、本日の日程は、まず有楽町の"日立ヤングプラザ"で"日立ハローサタデー"整理券を入手した後、丸の内東映に移動し、映画"シャコタン☆ブギ"の初日舞台挨拶に参加した後、"日立ハローサタデー"の公開生放送に参加、という計画を組んだ。
幸いなことに、日立ヤングプラザと、丸の内東映は、徒歩で5分とかからない距離である。

まずは、有楽町フードセンターの前に並び、10時30分の会場と同時に"日立ヤングプラザ"カウンターまで走り、整理券を確保する。そしてその脚で丸の内東映に向かう。

入場するためには観賞券が必要になるので、購入。

シャコタン☆ブギ 名門!多古西応援団チケット(150dpi)

まず、"名門!多古西応援団"の出演者が登場。

19870815_名門!多古西応援団初日舞台挨拶_我王銀次

引き続き、"シャコタン☆ブギ"の出演者の挨拶となる。

19870815_シャコタン☆ブギ初日舞台挨拶_木村一八、佐野量子、藤井一子

本日は、藤井一子女史も参加していた。

舞台挨拶が終わると映画の上映となるが、小生は、既に観ているため、途中で抜けだし、昼食後、日立ヤングプラザへと戻った。

今回の"日立ハローサタデー"の公開生放送の会場は、前回参加時と同様"Forum-U"であった。
16時過ぎに整理番号順に入場。小生は最前列の座席を確保した。

今回の会場司会は堀敏彦氏、前回は参加時は、おおくぼ良太氏だったので、交代したようである。

会場に流れる放送中の音声から聞こえるのは、小堺一樹氏の声。こちらも、チャゲ氏と石川優子女史から変更になったようである。
放送中の音声が、会場を呼びかけると、ラジオ放送の音声が"日立ヤングプラザ"からの放送に切り替わり、公開生放送の開始である。

今回のゲストは、佐野量子女史と勇直子女史の二人。両名とも所属するレコード会社はRVC。担当プロデューサーも岡村右氏と同じである。

1987085日立ハローサタデー_佐野量子、勇直子、堀敏彦

佐野女史は、先程の"シャコタン☆ブギ"の初日舞台挨拶のときと同じ衣装であった。私服なのであろう。

佐野女史は「4月のせいかもしれない」、「少女がページを閉じる時」、「夏のフィナーレ」をそれぞれフルコーラス。
勇女史は「Boom Boom Boom」。なお「Boom Boom Boom」の編曲者である角松氏の担当プロデューサーも岡村右氏である。勇女史の他の曲は失念。

公開生放送の終了後に、クイズが出題され、答えがわかった者が手を挙げ、指名されて正答の場合に賞品が贈られるというクイズのコーナーがあったが、小生は何ももらえず。
イベント終了後、そのまま帰路についた。


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2017年8月14日 (月)

1987年8月14日

本日は、オリコン通信の読者集会が開催される日である。主催者により"87オリ通読者集会夏の陣・東京編"と銘打たれた今回の読者集会、オリコン通信の告知では、"●日時:12:30分より受付(開始は13:00から)●場所:日本青年館(銀座線、外苑前駅下車。大ホール入口前の自動販売機あたりで受付やってます)"と記載されている。

記載どおり12時30分過ぎに日本青年館に到着すると、お盆休みで閑散とする都内の中で、そこだけ異様な"暗い子のブラックオーラ"につつまれた一団が…(←大げさ小僧)、一瞬ひるんだが、見知った顔も多くいたるため自然に合流、受付を済ませる。

その後、参加人数も増え50名を越える勢い。日本青年館では創価学会の集会が行われており、オリ通読者集会として日本青年館の会議室を予約確保してあったわけでもなかったため、日本青年館でゲリラ的に集会を開催するのは困難ということなのであろう、隣の明治公園に移動し、日本青年館を背にして設置されている野外ステージにて、読者集会を開催することとなった。
幸いにも、天気は曇り、盛夏であるが比較的過ごしやすい。

名札等、自分の目印のなるものを持参せよとのことだったので、小生は、佐野量子女史の東京商工会議所うちわを持参した。

明治公園への移動が完了して、読者集会の開会となった。
ペンネーム"渡辺洋"氏が司会進行を指名されて、まずは参加者の自己紹介が始まる。
順にステージに登壇し、オリ通歴、誰のファンか、投稿者の場合はペンネームなどを述べるといった形式である。

ペンネーム"大羽由起夫"氏が筋肉少女帯の「高木ブー伝説」を唄うが、集まっているのが"暗い子"なので、盛り上がりいま一つで、会場のどよめきが最高潮が最高潮に達したのは、迷彩服を着た色白の少年がペンネーム"☆堕天使"と名乗ったときであった。

ペンネーム"ひねくれタコラ"氏、"地上に堕ちたフリークアウト"氏、""聖子"は渡辺♡"奈"は誠"氏、"あかねさんのかぶと虫"氏等、有名でなおかつ今まで正体がはっきりしていなかった常連投稿者が、その正体を明かすたびにどよめきが起こる。

小生の順番も回ってきて、登壇する。ペンネームは●●●●●で、あと○○○○○というペンネームも使っています。と発言すると、会場から"おおう"というどよめきがが起こる。自分がかなり有名な常連投稿者なのだということを認識でき、なかなか気持ちが良いかもしれない。

その後、各人が持ち寄った品を賞品とした、じゃんけん大会。今回の読者集会には、オリコン・ウィークリー編集部の★西氏、▼治氏や、石川誠壱氏も参加しており、オリコン・ウィークリー編集部から提供された品も、賞品に加わった。

読者集会終了後は、大挙して渋谷まで徒歩移動。渋谷までの距離があるため、こどもの城前で一時休憩し、記念撮影。
渋谷に到着後は、マクドナルドで時間を潰し、日が暮れると▼治氏行きつけの居酒屋"日本橋亭"で宴会に突入したのであった。

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2017年8月13日 (日)

東京商工会議所うちわ

今回紹介する品は、東京商工会議所の"うちわ"である。
うちわといっても一般的な把手のついたものでははく、サンカード紙製の円形うちわで、片面カラーグラビア印刷、もう片面は単色オフセット印刷となっている。

カラーグラビア印刷面には、佐野量子女史のウエストアップ写真に、キャッチコピーが添えられている。

佐野量子_東京商工会議所うちわ(表)(150dpi)

単色オフセット印刷面は、東京商工会議所の所属会員向けの告知となっている。また、持ち手となる穴の部分は紙で補強がされているが,そこにも東京商工会議所の宣伝文句が入っている。

佐野量子_東京商工会議所うちわ(裏)(150dpi)

入手経路は不明。小生は、1987年8月14日にはこのうちわを所持していたので、それ以前入手したことになる。8月14日以前には東京商工会議所のイベントに参加していないはずなので、6月16日に東京商工会議所を訪れたときに、いただいた可能性が高いが、そのあたりの記憶は定かでない。

ともあれ、1987年の夏に実際に使用し、活躍したうちわであった。

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