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2018年6月26日 (火)

1988年6月26日

前日、名古屋大学アイドル研究会の編集部となっている第二陽気荘に宿泊した小生と、NM氏。
NM氏は、国実百合女史が出演する、中部日本放送の"コッピー歌の広場"を見るため豊田市生協へと向かっていった。

浅井企画から事前に得た情報では、本日の、佐野量子女史の予定は、中部日本放送でラジオ出演。中京競馬場でイベント。中京テレビ放送の"お笑いマンガ道場"の収録、となっており、小生は、中部日本放送の本社ビルへと向かう。

本山駅から名古屋市営地下鉄東山線に乗車し、新栄町駅で下車。徒歩数分でで中部日本放送の本社ビルに到着した。
時刻は朝の8時前であり、佐野女史もさすがにまだ到着していないであろう。
そのうち、何人かの知人も到着した。


前日熟睡できなかったので、テラス部分で横になり、仮眠を取っていると、佐野女史とマネージャーの鈴木氏が到着し、本社ビルの中に入っていった。
それを見送る小生たち。

中部日本放送の本社ビルはガラス張りになっており、1階部分は中が見通せる構造となってる。
番組収録の模様は、外から見ることができた。
当然中から外を見ることもできる。
番組収録中も、寝っころがっていると、佐野女史から笑われてしまった。
お行儀が悪かったかもしれない。

番組の収録も終了し、佐野女史とマネージャーの鈴木氏が、中部日本放送本社ビルを出てきた。
見送る小生たち。

佐野女史一行を見送った小生らは、次の目的地、中京競馬場に向けて移動を開始した。
名古屋市営地下鉄から、金山駅で名古屋鉄道名古屋本線に乗り換え、中京競馬場前駅で下車。
右手に駐車場を見ながら徒歩で中京競馬場に向かう。

中京競馬場に入場。
中京競馬場に来るのは初なので、どこでイベントが開催されるかなど、勝手がわからない。

レーシングプログラムをいただく。
本日のメインレースは"第24回東海テレビ杯金鯱賞"であった。
浅井企画から事前に得た情報で、"東海テレビのイベント"となっていたのは、本日のメインレースに"東海テレビ杯"が冠されているからだったのであろう。

19880626中京競馬場レーシングプログラム(表1)(150dpi)

レーシングプログラムをつぶさに調べてみると、2ページ目の最下段に、"本日、馬場内遊園地におきまして、“Ryoko Sanoライブコミュニケーション”を行います。"との記載がされていたので、"馬場内遊園地"に向かった。

19880626中京競馬場レーシングプログラム(P2)(150dpi)


"馬場内遊園地"は、コースの内側にある。
地下通路をくぐって内馬場に入ると、広がる芝生の中に、膝高さ程の舞台が見えた。
早速舞台の前まで移動し、芝生の一角に場所を確保した。

やがていつもの面々が集まってくる。
名古屋あたりでは、その顔ぶれは東京とあまり変わりはない。


知人らと話しつつ、時間を過ごしていると、競馬場の中だというのに、一台の乗用車が走ってきた。ダートコースの内側、内馬場の外側に自動車用の道路があり、そこを走ってきたのであった。
乗用車は、その道路上で、舞台からの距離が近くなるあたりに停車した。

その乗用車には、佐野女史が乗車していた。
競馬場の敷地が広いので、場内の移動にも自動車を使用することになるのであろう。


やがて、女性の司会者が登場、佐野女史が乗用車から降りてきて、12時5分にイベント開始となった。

19880626佐野量子1@中京競馬場

佐野女史は、まず
「4月のせいかもしれない」
を歌唱。

続いて
「星空回線」
を歌いだしたのだが、曲の途中で、オケの音が出なくなってしまい、曲が中断。
すぐに復旧せず、
「DEAR GIRL~少年のような日々へ~」
を歌うこととなった。
その後、あらためて、
「星空回線」
を歌唱。

最後に、新曲の
「TOMORROW」
が披露された。
今までの佐野女史のシングルレコードとなった曲にはなかった、明るく活発な曲調である。
夏に向けて、明るい曲もありなのかもしれない。

19880626佐野量子2@中京競馬場

ここまで30分程でイベントは終了したのだが、このあともう一度佐野女史の出番があるとのことなので、小生らは舞台前で待機、佐野女史はというと、乗用車の中の人となった。
一旦控室にでも引き上げるかと思ったのだが、乗用車が動き出す気配はない、次の出演の時刻まで、車中で待機するようである。
車中で待つのはかわいそうにも思えたが、佐野女史を観察していると、車中から双眼鏡でレースを見たりしながら時間を過ごしており、退屈しているわけでもなさそうであった。


3時10分頃に佐野女史舞台に上がり、本日2回目のイベントの開始となった。

「風の花束」

「TOMORROW」
を歌唱。

2回目のイベントは短めであった。


中京競馬場でのイベント後、競馬場が用意した乗用車に再び乗りこんで走り去っていく佐野女史を見送った小生。
通常では、、名古屋鉄道本線で名鉄名古屋か豊橋に出て、JRで帰宅するところであるが、先日の花島山脈のイベントの折りに知り合い、本日もイベントにも来ていたSM氏に、知人の車で来ているので乗っていかないか、と誘われたので、その誘いに乗ることにした。

SM氏の後に付き、歩いていくと、SM氏の知人の車は、舗装のされていない、臨時の駐車場のような場所に停めてあった。車種はホンダのインテグラ。4ドアの乗用車である。
係員のおじさんが、"困るんだよ勝手に停めちゃ"と、文句を言って来た。どうやら、契約者の駐車場だったらしい。"ここに停めてと言われたので停めたんだだ"と、反論するSM氏の知人。係員のおじさんも、それ以上は追求してこず、小生らは何事もなかったように車上の人となった。

SM氏の知人が単なる佐野女史のファンではないことは、中京競馬場の駐車場を出発してすぐにわかった。カーステレオから流れてくる曲は、マニアの選曲といえるものだったのだ。佐野女史の専門ミニコミである"おれんじ★てぃー"の編集人も、この道のマニアと呼べる域に達していると思われたのだが、小生も含め、佐野女史は、マニア好みのアイドルなのかもしれない。

小生の家最寄りのインターチェンジで、SM氏の知人のインテグラから降ろしてもらう。
インターチェンジから、その最寄りの鉄道駅まで歩くつもりでいたのだが、その距離が、小生が想像していた以上にあったので、結局、最寄りの鉄道駅までタクシーを使ってしまったので、交通費の節約にはならなかった。

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