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2018年10月30日 (火)

1988年10月30日

本日は、文化放送番組"とうきゅうサウンドパラダイス"の公開録音に参加のため、取手駅前の取手とうきゅうまでやってきた小生。

"とうきゅうサウンドパラダイス"の公開録音に参加するのは、今年の3月6日以来である。


"とうきゅうサウンドパラダイス"本日のゲストは、佐野量子女史、田中律子女史の2名である。

佐野女史は、
「哀愁エクスプレス」
「TOMORROW」
の2曲を歌唱。

会場は、「星空回線」以前の佐野女史のイベントではあり得ないほどの、盛り上がりぶりだった。


盛り上がっていた知人らは、収録終了後、下りのエレベーターで内で、田中女史から"ナマコ隊の方ですか?"と声をかけられたそうである。

小生は階段で2階まで下りたので、その場に居合わせることはできなかった。
少々残念ではあった。

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2018年10月23日 (火)

1988年10月23日

大田区多摩川に宿泊した小生。
昼間はオリ通寄稿士のペンネーム"津田川優"氏と過ごし、午後になって移動を開始する。


目蒲線で大岡山駅下車、東京工業大学に入構。

東京工業大学に入構するのは1987年8月17日以来となる。

本日は、東京工業大学では学園祭が開催されている。
学園祭で野外ステージの掉尾を飾るは、小川範子女史のミニコンサート。
小川女史といえば、「こわれる」という、今の世情ではその題名でだけで自粛の対象になりそうな曲を歌っており、観ることができるうちに観ておこう、という考えが働いた、というところである。


既に陽も落ち、仮設の野外ステージ前には数百人といった数の立ち見の客が集まっていた。
小生らもその群衆の中にもぐり込む。
舞台からは20メートルほどは離れているだろうか。ただ、写真を撮影するわけでなし、歌を聴くことができれば良いので問題はない。

ミニコンサート開始。
小川女史は、クリーム色の衣装で登場。

「涙をたばねて」も、「永遠のうたたね」も聴かせてくれる。

「こわれる」も、あぶない曲だったが、新曲の「ガラスの目隠し」の歌詞はさらに過激だった。
"死んでるみたいよ"とは、毎日のニュースで報道される"御容体"のことではないだろうが、この曲を放送できるのか心配になってしまう。
しかしながら楽曲としては、盛り上がる曲であったので、小生は、昨日の鬱憤をはらすべく、"死んでるみたいよ"と叫びたおしていた。
昨今の自粛ムードに閉塞感を抱いている者も多かったのだろうか。「ガラスの目隠し」で会場は盛り上がり、大岡山の夜空に、゛死んでるみたいよ"の叫び声が響いた。


ミニコンサート終了後、東京工業大学アイドル研究会の部室に入れてもら、しばしほとぼりを冷ます。
20時を過ぎた頃、祭りの後の余韻の残る東京工業大学を後にし、帰途に就いた。

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2018年10月22日 (月)

1988年10月22日

本日は、川崎岡田屋モアーズから横浜VIVLE21へと移動するという予定。
川崎岡田屋モアーズでは"モアモア歌謡センター"の公開生放送に、横浜VIVLE21では石川秀美女史のライヴに、それぞれ参加する。


本日の"モアモア歌謡センター"の出演者は、佐野量子女史である。
佐野女史のイベントにおける集客力は、着実に増してきている。
その結果、佐野女史のファンとしての、小生の役割は終焉に近づいているのかもしれない。
イベント会場に後から乗り込んでも、相応の席が用意されているような状況は、佐野女史が新規のファンを獲得するためには好ましくないことなのかもしれない。
佐野女史のイベントに参加しても、楽しくなく、つらさを感じるようになっている。


川崎岡田屋モアーズでオリ通寄稿士のペンネーム"スイク2ミトカイ"氏と別れ、オリ通寄稿士のペンネーム"西崎知紀"、"後藤雪之丞"氏とともに横浜に向かう。

石川女史のライヴに参加するのは1987年10月18日以来となるので、ほぼ一年ぶり。
有料ライヴとなると1987年7月29日以来である。

横浜VIVE21の8階にある"LIVE SQUARE VIVRE"に入場。

19881022石川秀美PrivateLIVE@LIVE SQUARE VIVRE(150dpi)

演奏した曲は、『sur』と『Private nude』の曲が中心であった。
前半はおとなしい曲が中心。
後半はさすがに盛り上がる構成にはなっていたのだが、小生的には不完全燃焼。

「Carry On!~走り続けて~」は演奏して欲しかったところであった。

石川秀美PrivateLIVEアンケートB5(150dpi)

ライヴ終了後、蒲田に移動。
本日は、大田区多摩川に宿泊した。

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2018年10月16日 (火)

1988年10月16日

本日は、"第6回全国都市緑化なごやフェア緑・花・祭なごや’88"会場内で開催されるイベント、"〔CBC花と緑と健康ウォーク〕at名城公園"に参加するために、名城公園へとやってきた小生である。


"諸般の事情"にもかかわらず、イベントを開催していただけるのはありがたいことである。

入場券を購入。既に開場時刻を過ぎてしまっているため、団体割引で入場、というわけにはいかなかった。

19881016第6回全国都市緑化なごやフェア緑・花・祭なごや’88入場券(表)(150dpi)

19881016第6回全国都市緑化なごやフェア緑・花・祭なごや’88入場券(裏)(150dpi)


入場後、まずは会場案内図を入手する。
"イベントスケジュール"を確認したところ、"グリーンステージ"において、"「CBC花と緑の健康ウォーク」健康づくりのチェック・ポイントを探せ"という名目のイベントが開催されることとなっており、そのイベントが本日の目的となるイベントと判断した小生は、"グリーンステージ"へと向かった。


グリーンステージは、名城公園内に仮設された舞台であった。
舞台上に屋根はなく、舞台前には椅子が並べられている。
椅子の数は100程度はあるだろうか。

既に見知った顔の者がいくつかの椅子を確保しており、小生そのうちの一つの椅子に腰掛けさせていただいた。

佐野女史は、放送開始前に「哀愁エクスプレス」を披露。
一聴しての印象は、青田浩子女史の「ロマンチック街道」なのだが、それは置いておくとして。
この新曲は、前作「TOMORROW」と比較して、格段に金がかかっているだろうなという、良い編曲をされているのであるが、冒頭の歌詞がこそばゆく感じてしまう。

そしてCBCの番組が開始されることになるのであるが、
椅子にのんびりと腰掛けているというわけにもいかなくなってしまった。
"花と緑と健康ウォーク"というイベントの名称のとおり、会場内の4つのチェックポイントを回り、さらにCBCラジオの番組内で放送されるキーワードを聞き取った者に"お楽しみ抽選会"の参加資格が与えられるとのことなのである。

今"グリーンステージ"の前を離れてしまうと、佐野女史が出演するまでに戻って来ることができないかもしれない。
しかしながら、抽選会において、重要な賞品が出ないとも限らない。

小生が出した結論は、放送が開始される13時までに4つのチェックポイントを回って戻って来るというものではあった。"グリーンステージ"の前に残ることを選択した知人もおり、席と荷物を、この場に残る知人に託し、小生は、チェックポイント巡りに駆け出す。

19881016CBC花と緑と健康ウォーク案内図(B5表)(150dpi)
19881016CBC花と緑と健康ウォーク案内図(B5裏)(150dpi)

結局、ウォークではなく、ランニングで4つのチェックポイントを回り、佐野女史の"ミニコンサート"が始まる前には"グリーンステージ"前の椅子に腰掛けていた小生であった。


佐野女史のミニコンサートは30分程で終了。
どうやら佐野女史は、すぐに会場を後にするようである。
名城公園を駆け回って得た抽選の権利は放棄し、小生らも、流しのタクシーを拾って名古屋駅へと向かった。


名古屋駅に到着した小生らは、南口の新幹線改札前に移動する。
しばらく待っていると佐野女史一行が現れた。そのまま改札を通るのかと思ったが、さにあらず。
新幹線改札口向かって左の中二階といった場所にある喫茶店への階段を登っていってしまった。

小生らは、さすがに店内に突入することはしなかったので、階段前で待ちぼうけとなった。

一時間近く経って佐野女史一行は階段を下ってきた。
今度は新幹線改札から駅構内入場していった。佐野女史一行と一緒に入っていく者もいたが、小生はここで見送りである。


本日は当初"よいまつりコンサート"なるイベントも予定されていたのであるが、そちらは中止となってしまった。
"諸般の事情"のこともあり、したかないと思うしかないのであろう。

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2018年10月10日 (水)

1988年10月10日

大田区多摩川に宿泊して日が変わる。

本日10月10日は、当初の予定では、砧警察署で佐野量子女史のイベントが予定されていたのであったが、中止になってしまった。役所関係のイベントは、諸般の事情の影響を受けてしまうのはいたしかたないところである。

ということもあって、本日の目的地を、"浅草花やしき"に変更。オリ通寄稿士のペンネーム"津田川優"、"西崎知紀"、"スイク2ミトカイ"、"後藤雪之丞"の各氏と"知美ちゃん新聞"スタッフのNM氏とともに、大田区多摩川の地を出立した。
 

19881010花やしき入園券(150dpi)


浅草花やしきでのイベントは、2回まわしで、


1回目は13:00開始。

「Blueberry Jam」
M.C.
「夢色のメッセージ」
「偶然ね」
M.C.
「天使のゆびさき」
M.C.
「シンフォニーの風」


2回目は15:00からの開始

「天使のゆびさき」
M.C.
「夢色のメッセージ」
「アップルソーダの週末」
M.C.
「Blueberry Jam」
M.C.
「シンフォニーの風」


イベント終了後は、浅草の"りきしゃまん"で宴会となった。

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2018年10月 9日 (火)

1988年10月9日

本日は、佐野量子女史のミニコンサーに参加するため、東武動物公園にやってきた小生である。


東武動物公園の東ゲート前で開場を待っていると、マネージャの鈴木氏が運転するフォルクスワーゲン・ジェッタに乗った佐野女史が到着。小生らが見送る中、ゲートの右側が開かれ、園内へと走り去って行った。


開場時刻の9時30分が近づき、知人が20名以上集まったので、いつものごとく、団体扱いで入場しようということで話しがまとまる。


開場時刻とともに、団体入場券購入して、園内に入場。
本日の会場は"ハッピーオンステージ"。
YM氏が事前に指定席券を購入してあるため、急ぐ必要はない。
途中、動物舎を見ながら、"ハッピーオンステージ"へと向かう。

"ハッピーオンステージ"でのイベントに参加するのは、1986年11月24日以来である。
"ハッピーオンステージ"に到着してみると、当時は無かった"屋根"ができていた。


19881009東武動物公園ハッピーオンステージ座席券1(表)(150dpi)


MF氏は、オリ通寄稿士のペンネーム"神谷ちかを"氏に作ってもらった、佐野女史のお面を頭に付けていた。
"神谷ちかを"氏が書く佐野女史は、あまり似ていない。やはり"神谷ちかを"といえば、西村知美女史の似顔絵であろう。


11時に1回目が開始。

構成は
メドレー
「アクエリアス」~「止めて片想い(シークレットラブ)」~「どきどきテレポート」~「教科書のイニシャル」「夢からさめない」

M.C.

「夏のフィナーレ」

M.C.

「風の花束」
「日曜日のメンバー」

M.C.

「哀愁エクスプレス」

M.C.

「星空回線」
「瞳にピアス」
「4月のせいかもしれない」
「雨が止むまで」

M.C.

「TOMORROW」

11時50分終了


新曲の「哀愁エクスプレス」は、歌詞に名前がはいっているところが聞いていてこっぱずかしい。

M.C.では、子供の頃ゴリラが宇宙人だと思っていて、円盤に乗ったゴリラに家族が連れら去られる夢を見て以来、ゴリラが怖いという話しをしていた。


ということで、2回目が始まるまでの間ゴリラ舎の前で佐野女史が来ないか待っていた知人がいたようであるが、さすがに佐野女史は現れなかったらしい。
小生は、ゴリラ舎の前で待つという考えには至らなかったので、結果を聞いたのみ。


19881009東武動物公園ハッピーオンステージ座席券2(表)(150dpi)

2回目は14時30分開始。

1回目と同じ構成である。

舞台周囲ではテレビカメラが動き回っている。
ビデオ『セ・レタス』では映像に残されまくってしまった小生なので、今回はできるだけ映り込まないようにと、注意していた。

ミニコンサーも佳境に入る。

隣に座ったYM氏が紙テープを投げる。
その紙テープは佐野女史に当たった。
紙テープの丸まった端の部分は地面向かった落ちはじめる。
が、佐野女史はの右手はその紙テープの端をつかまえた。
YM氏と佐野女史が同じ紙テープの両端を握っている。
小生はつぶやいた。
"赤い糸投げなきゃ"


15時20分、2回目のミニコンサートも終了。

東武動物公園の東ゲート前で、佐野女史とマネージャの鈴木氏を見送った後、東武動物公園駅から東武伊勢崎線の電車に乗車し帰途に付く。


小生は、帰りがてら、一旦YM氏宅にお邪魔した後、大田区多摩川に宿泊した。

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