« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »

2018年11月26日 (月)

1988年11月26日

本日は、日比谷シャンテ合歓の広場で開催されている、レコード会社の合同販売促進キャンペーンに参加した。

出演者は、島崎路子女史と円谷優子女史。

本日集った面々は、オリ通寄稿士のペンネーム"渡辺洋"、"大谷渚"、"PINK TANK"、"きっぱら一人"、CMPに出入りしているAT氏など。久々に会う者も多かった。

イベント終了後、中野に移動し、中野サンプラザボウルでボウリング。


その後、小生は大田区多摩川で一泊した。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年11月20日 (火)

1988年11月20日

前日から、大田区多摩川に宿泊していた小生。

大田区多摩川を出立し、東武動物公園に向かう。


東武動物公園では、ハッピーオンステージで西村知美女史のミニコンサートが開催される。

11時からの部と、
14時30分からの部の両方に参加。

19881120150dpi

西村女史は"クレッシェンド"の生演奏で9曲を歌唱した。


その後、オリ通寄稿士のペンネーム"西崎知紀"らとともに、"サンウドコロシアムMZA"催行される芳本美代子女史のコンサート"Dreamer~Lonly Hearts~"に参加するため、帝都高速度交通営団有楽町線の豊洲駅へと移動。

なお、芳本女史のコンサートは、12月2日に大阪国際交流センターでも開催が予定されいてる。

サンウドコロシアムMZAは今年になって開場したホールである。
サンウドコロシアムMZAの他、ディスコや飲食店も同時に開業して"MZA有明"という名称の施設を形成している。

豊洲駅が最寄り駅ではあるが、豊洲駅から徒歩で30分以上かかるという、至極不便な場所にある。
豊洲駅前にてバスに乗車。すで陽が落ちており、車窓からは道路照明灯ばかりが目につく。
バスは東雲運河にかかる橋を渡り右折し、左手に樹林の見えだしたあたりで停車。多くの乗客とともに、小生らも下車した。

闇の中に、ギリシャ神殿風の建物が浮かびあがっていた。
建物に近づくと、ギリシャ神殿風部分は建物本体の壁に張りついた飾りで、その飾りの後ろには、元倉庫であったことを主張する、切妻屋根形状の建物が控えていた。
右手に飲食店、正面にサンウドコロシアムMZAの入り口があるようである。

サンウドコロシアムMZAに入場。
小生にとっては”初”サンウドコロシアムMZAである。

19881120芳本美代子Dreamer~Lonly Hearts~チケット(表)(150dpi)


サウンドコロシアムMZAのホール内は、床が平坦になっており、その分、舞台が高い位置に設置されていた。
小生の座席はXA列だったので、舞台を見上げる態勢になってしまうが、立ち上がれば少しはましになるだろう。
小生の前が、ほぼ舞台向かって右端なので、少々見にくいかもしれないが、最前列なので贅沢は言えない。
天井は照明等がむき出しになっており、ライヴハウスを大きくしたような箱であった。


座席を確認した後、ホワイエで知人らと話しをしていくと、松本典子女史が通りすぎていった。
松本女史と芳本女史間の交遊関係については、あまり耳にしたことがなかったので、意外な発見であった。
そういえば、芳本女史は佐野量子女史と仲が良いとのことであり、芳本女史、佐野女史ともにそういった発言をしている。この場で小生が佐野女史と会ったりしたら、たいそう体まずいことになるところであるが、本日の佐野女史の予定は、CXのドラマである"新・姥ざかり"の収録中の期間となっており、この場に来ることはないであろうと踏んでいるので、小生は無防備にホワイエをうろついていた。

開演。

コンサート中の芳本女史の言葉によれば、本日のコンサートは"女を意識したい"とのこと。

コンサートのタイトルどおり、アルバム『Miss Lonely Hearts』の曲を中心とした構成であった。
初期の曲は、シングル曲であっても歌わないという徹底振りはいさぎよくて良かった。
小生としては、「東京Sickness」を歌っていただければ満足であった。


しかしこの、サンウドコロシアムMZAという箱。PAのスピーカーのすぐ前の席だったこともあってか、小生が、かつて経験したことがないほど、音量が大きく、しばらく難聴気味になってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月12日 (月)

1988年11月12日

本日は横浜国立大学にやってきた小生。横浜国立大学の秋の大学祭に参加するためである。
ちなみに横浜国立大学には春にも"清陵祭"という学園祭がある。


最近、国実百合女史の専門ミニコミ誌である"百合ちゃん新聞"の編集発行人NM氏が、"地球防衛少女イコちゃん"をいたく気に入り、大田区多摩川の宿舎にて一日中そのビデオを流しており、あまつさえ、NM氏は、磯崎亜紀子女史の台詞部分を完全に覚え、磯崎女史がしゃべるのとまったく同時に、磯崎女史と同じ台詞をしゃべりながら"地球防衛少女イコちゃん"のビデオを観ているので、家主が迷惑しているとかいないとか。
とにかく、磯崎女史にハマっているというのである。

その磯崎女史が珍しくイベントに登場し、加えて"地球防衛少女イコちゃん2"に出演する増田未亜女史、田山真美子女史も登場する。
そして、"地球防衛少女イコちゃん"関係のイベントが終わった後に島田奈美女史のミニコンサートも開催されるあるということでだったので、小生も参加することとしてのである。


オリ通寄稿士のペンネーム"スイク2ミトカイ"氏、"PINK TANK"氏、"西崎知紀"氏等の姿も見える。
"スイク2ミトカイ"氏は田山真美子女史が目当て、"西崎知紀"氏島田奈美女史が目当てであろう。


横浜駅前から、市営バスの循環外回り線に乗車、横浜新道のバス停で下車する。
すかいらーくの手前を右に折れ、しばらくして右折、坂を上りきったところに通用門がある。
早稲田大学とは違い、無料で入ることができるようである。もっとも、それが普通なのではあるが。
横浜国立大学に校内に入構し、教育学部と経済学部の建物にはさまれた通りに入る。

模擬店が並ぶこの通りが、"メインストリート"であろう。

しばらく歩くと、模擬店の列が途切れ、経済学部講義棟2号館を背に、仮設の舞台が設けられていた。
舞台背面にはサッポロビールの広告が描かれている。そして、その広告の向かって右端に、
"出演 磯崎亜紀子 神崎聖子 田山真美子 増田未亜 吉田裕美子 渡辺路恵 島田奈美(スペシャルゲスト)"
と記載されており、この舞台が本日の目的地だということが知れた。
高さは1メートル程度、幅も15メートル程はあるであろう。かなり大きな舞台である。
舞台前に椅子などは置かれていない。

舞台前で、同行者と開演を待っていると、"おい○○"と小生を呼ぶ声がした。その声のほうを見ると、そこにいたのはMM氏であった。ここでMM氏に会うこは想定外だった小生、NM氏に"なにしてるの?"と聞くと、"実行委員長をやっているんだよ"とのこと。なんとMM氏は今回の大学祭の実行委員長をしており、このイベントも実行委員会が主催とのことであった。NM氏からすれば、小生と会うことは想定の範囲内だったのかもしれない。そしてMM氏はこの大学を4年間では卒業しなかったということらしい、その理由は聞かなかったが。


そんなやりとりの後、イベント開始。
まずは、磯崎女史、神崎女史、田山女史、増田女史、吉田女史、渡辺女史が登場。島田女史は登場しないので、本日のイベントは2部構成のようである。
磯崎女史が登場したときには、会場にどよめきが起こった。磯崎女史が、想像していたよりあまりにふっくらとしていたからであろう。
進行は、各自の自己紹介。
神崎女史は、渡辺美奈代女史の曲「TOO ADULT」
増田女史は、『Cuties X’mas』収録の「.夏の香りのメリー・クリスマス」
を歌唱。
また、増田女史と磯崎女史の二人で、『地球防衛少女イコちゃん』の主題歌「おねがい!イコちゃん」を歌うというもの。
大田区多摩川において『地球防衛少女イコちゃん』を何度となく見せられた小生は、当然のごとく、歌に合わせて"イコちゃん"と"お願い!"の合いの手を入れるのであった。

6名が退場し、引き続いて島田女史が登場。
司会が付かないので、ミニコンサート形式のイベントということになろう。生バンドではなく、カラオケである。
11月23日発売予定の「12月のフェアリー」をはじめて聞く。頭サビの曲だが、サビ以外は印象に残らない感じ。
やはり島田女史のシングルでは相変わらず「Free Balloon」が最も盛り上がる。そして、「Dream Child」も選曲しておけば間違いないところである。
"相変わらず"なところが問題ではあるが。

イベントが終了し、もう2度と会うこともないと思われる実行委員長のMM氏にあいさつしてから会場を辞そうとしたが、MM氏とは会うことができなかった。
横浜国立大学の大学祭は"オールナイト"と聞く。
小生は、まだにぎわいの残る常盤台のから、三ツ沢上町の駅に出て帰宅した。


※現在追記。
この日の模様が"20世紀アイドル写真館"さんに掲載されております。20世紀アイドル写真館"さんでは日付けが1988年11月23日となっておりますが、1988年11月12日が正しい開催日です。
tp://idol20.blog.jp/archives/3496036.html
舞台上で赤いジャンパーを着て立膝をついているのが、実行委員長のMM氏だと思われます。当時予感したとおり、この日を最後に会ったことはありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月11日 (日)

1988年11月11日

本日は、1988年7月22日以来の"ロッテヤンスタNo.1"公開録音参加である。

本日の出演者は、
佐野量子女史、島田奈美女史、坂上香織女史、国実百合女史の4名であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 5日 (月)

1988年11月5日

本日は、"アイドルハウスフェア’88inWASEDA"なるイベントに参加するため、早稲田大学までやってきた小生。

本日早稲田大学では゛早稲田祭"が開催されている。

19881105アイドルハウスフェア’88inWASEDAチラシ(表)(A4)(150dpi)

チラシには明記されていなかったが、早稲田祭の催事のひとつとして開催されるイベントということになるだろう。

小生は、早稲田大学には来たことはあるが、早稲田祭の開催中に来るのは初めてである。


早稲田大学の正門前に到着。
正門は入場制限がかかっているようであり、正門向かって左側に人だかりができている。そこではパンフレットが販売されていた。
しばらく人の流れを観察していると、そのパンフレットを購入してから、早稲田大学構内に入場しているようである。

入場するために金銭的負担が必要となる学園祭など寡聞にして知らずにいた小生は、納得がいかなかったので、別の入場口を探すため、早稲田大学の敷地を左手に見ながら歩きだしたのだが、結局、一周回って元の場所に戻ってきてしまった。
パンフレットを買わずに入場しようとしたのだが、阻止されてしまった。屈曲な男子学生を門番として配置していたのである。

もし、小生が、"アイドルハウスフェア’88inWASEDA"の前売券を購入していなかったら、そのまま帰ってしまうところであったが、すでに前売券を購入してあるのでしかたがない、本日は、パンフレットを購入して早稲田大学構内に入場したのであった。
苦渋の選択である。

19881105アイドルハウスフェア’88inWASEDAチケット(表)(150dpi)

前売券にも、また、チラシにも、早稲田大学の構内に入場するために別途料金が必要との記載はなかった。
"主催"である"アイドルハウス"に問題があるのだが、早稲田大学に対する印象が悪化したことは確かである。
小生が早稲田祭に来ることは二度とないであろう。


そんなこともあったのではあるが、気を取り直して15号館402教室に入室。
室内では、オリ通寄稿士のペンネーム"後藤雪之丞"、"西崎知紀"、"渡辺洋"の各氏と合流。
また、最近"「悲しはよりもそばにいる」で拳を振りあげる隊隊長"との異名を持つ゛知美ちゃん新聞゛の発行人TT氏とも合流した。

島崎女史は、新曲の「いつも心に花束を」を披露する。
悪くはなかったが、小生にとっては、やはり「悲しみよりもそばにいる」のぞくっとするイントロが至上である。
島崎路子女史の曲で拳を突き上げ、ヘッドハンギングをする一団がそこにあった。

小生お目当ての島崎女史の退場をもって、"アイドルハウスフェア’88inWASEDA"は終了。小生らは早々に早稲田大学を退散した。


今後の予定であるが、オリ通寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏が、渋谷の"TAKE OFF 7"において渡瀬麻紀女史のライヴに参加するとのことだったので、小生も同行することにした。

渡瀬女史のライヴは19時開始ことのこと。高田馬場に出て山手線で渋谷に向かうのが常道ではあるが、それでは少々早く着きすぎる。
ちょうど良い具合に、早稲田大学の正門前から渋谷行きのバスが出ている。開始まで2時間程時間もあるので、余裕で渋谷に到着するだろうとの目論見だった。が、発車したバスは、明治通りでも外苑東通りでもない裏通りに進入していく、そして、東京女子医科大学近辺に差しかかると、ほとんど進まなくなった。
出発から1時間を経過すると、さすがに小生も焦りを感じるが、近くに地下鉄の駅もなく、降りるわけにもいかない。焦りを堪えていると、渋滞を抜けたバスはなんとか19時少し前に、渋谷の街中へと入ったので、終点の渋谷駅に到着する前にバスを下車し、なんとか19時前に"TAKE OFF 7"に到着した。
オリ通寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏はすでに入場券を持っていた、入場券を持っていない小生は当日券を購入し、入店する。

19881105渡瀬麻紀ライヴチケット(表)(150dpi)

"TAKE OFF 7"は"スタジオパルコ" の6階にあるライヴハウス。
今年、"King's Bench"があるビルディング"パブ・パルコ"の7階から移転してきたばかりである。
7階から6階に移っても"7"の名称はそのままである。
渋谷に到着するまでに、オリ通寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏から、"TAKE OFF 7"で行われるライヴにおけるの作法の説明を受けていた。
氏によると、"TAKE OFF 7"の椅子は丸椅子で、重ねることができる。立つときには、椅子を重ねて片づけて、踊る場所を確保するのだ、とのことであった。

渡瀬女史が登場。
ライヴハウスなので、当然のことながら生バンドを引き連れている。

1曲目の「ノーカウント」が始まってすぐに、小生らは椅子の片づけを始める。

相変わらず安定した歌唱力である。
ただ、如何せん、持ち歌が少ない。シングルレコードが3枚しか発売されていないため、6曲しかないのである。
アルバムを出してもらいたかったのだが、アルバムを出すことができたポリドール所属のアイドルというと、水野きみこ女史と、木元ゆうこ女史くらいしか思いつかない。渡瀬女史の場合、デビュー1年目にアルバムを出すことができなかった時点で、アルバムが出るのは見込み薄と言わざるを得ない。

とういうことで、渡瀬女史の持ち歌が少ないことから、今回のライヴで歌われた曲の中に、小生が知らない曲も多かった。

構成は、

「ノーカウント」
曲名不明
「雨は止まない」
曲名不明
「I Love You」
曲名不明
曲名不明
曲名不明
曲名不明
「パールモンド ・Kiss」

曲名不明
「コラ! Lazy Boy」

アンコールⅠ

「マイン(表記不明)」
「涙のキッス」

アンコールⅡ

「コラ! Lazy Boy」

アンコールⅢ

「コラ! Lazy Boy」


オリジナル曲で、盛り上がることができる曲が、「コラ! Lazy Boy」しかないので、アンコールは、「コラ! Lazy Boy」に頼りっぱなしになってしまった。


ただ、本日のライヴで、最も小生の印象に残った曲は、オリジナル曲として紹介された「マイン(表記不明)」という初めて聞く曲ではあった。もちろん未発表曲である。
"You are mine つないだその手離しはしない この星追われても(聞き取りなので歌詞の正式表記不明)"
と歌う渡瀬女史の声を聞きながら、できることならば、この才能が世に出ることを、この曲が日の目を見ることを、と思わずにはいられなかった。

小生の声もかすれてしまったころ。終演。
本日は、良いものを見せてもらった。

"TAKE OFF 7"を出て、東急東横線、東急目蒲線の電車に乗っている間も、
"You are mine ひとりじゃないよとなりを見て いつでも わたしがいるから…You are mine つないだその手離しはしない この星追われても…"
という渡瀬女史の歌声が、小生の頭の中を去来していた。


※現代における追記
2018年8月24日の時点において、この日のライヴのセットリストが掲載されているサイトを確認しております。
http://30.xmbs.jp/ch.php?ID=lindbergrecoder&c_num=20194#A
やはり、半分は知らない曲でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 3日 (土)

1988年11月3日

本日は、中山忍女史のイベントが、日本青年館で開催される。

オリコン・ウィークリー誌にに掲載された「小さな決心」の広告には、

予約特典:中山忍大型ポスター
購入特典:①生写真②下記イベントの握手券(お買い上げ先着5万名様のレコードに封入されています。)
-中山忍イベントスケジュール-
11/3(祝)東京:日本青年館19:00~
11/5(土)大阪:大阪厚生年金会館中ホール16:00~
11/12(土)名古屋:愛知勤労会館:16:00~
参加方法
上記イベント参加を御希望の方は、お手数ですが、官製往復ハガキに参加希望地(例:「愛知勤労会館」なら「名古屋」)を明記の上、下記の住所までお送りください。
住所…(略)
※尚、ハガキ先着順から整理券を返送いたしますので、各会場の定員数に達し次第受付を締切らせてきただきます。あらかじめ御了承ください。


との記載があったうちの、東京のイベントである。


小生は、あらかじめ往復ハガキでの申込みはしていなかったが、オリ通寄稿士のペンネーム"スイク2ミトカイ"氏や"渡辺洋"氏が参加するというので、日本青年館まで出向いてみた。

現地に行けばなんとかなるもので、問題なく日本青年館に入場することができた。

19881103150dpi

入場してみると、客席は1階の半分弱が埋まっているといった感じであり、無料のイベントとはいえ、日本青年館を満員にすることはできなかったようである。

中山女史を生で見るのは初であった。
中山女史は、歌唱力に難があると感じたが、「小さな決心」は、その難ありの歌唱力に合わせた曲に仕上がった、よくできた曲だと感じた。

イベント終了後、本日は自宅へと戻った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 2日 (金)

1988年11月2日

本日は、亜細亜大学の学園祭中に開催される、佐野量子女史のミニコンサートに参加。

大田区多摩川に宿泊した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 1日 (木)

1988年11月1日

本日は、THE LIVE-INN(通称"渋谷LIVE INN")にて開催される石川秀美女史のライヴに参加するため、渋谷にやってきた小生。
1986年8月24日以来の渋谷LIVE INNである。


19881101石川秀美ライヴチケット@渋谷LIVE-INN(表)(150dpi)


本日は、芸映の後輩にあたる、芳本美代子女史と、国実百合女史も来場しており、2階席にその姿を見ることができた。

小生は、さらに奥へと進み、椅子席に腰を下ろす。
当然通路に面した席である。

ただし、今回のライヴは、開演即舞台前に突入などということをすると、バラード系の曲が続き梯子を外されたかたちになってしまう。
その点、どの曲で突入すれば良いのかはおおよそ見当がつくところが、"LIVE SQUARE VIVRE"を経験している小生の強みである。


前半は席でおとなしくしていたが、アンコールの声がかかる時点ては、最前列でコブシを振り上げていた。

ダブルアンコールでは、芳本子女史と国実女史も舞台上に登場し、石川女史とともに踊っているという、芸映フリーク的にはうれしいライヴであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »