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2018年12月25日 (火)

1988年12月25日

本日、小生の予定は、日本青年館で開催される、佐野量子女史のコンサートに参加することとなっている。


 


前日、大田区多摩川に宿泊した小生。
佐野女史のコンサートの前に参加できるイベントの情報を確認すると、チャリティーミュージックソンの、六本木のロアビル前の会場に、八木さおり女史が出演するとの情報があったので、まずは六本木に向かうこととしした。


 


チャリティーミュージックソンは、ニッポン放送の番組であり、,毎年12月24日の正午に開始し、翌12月25日の正午に終了する。
午前中に終了することがわかっているので、その後の予定がある小生にとっても都合が良いイベントである。


 


 


帝都高速度交通営団日比谷線の六本木駅で下車。
外苑東通を東京タワー方面に向かって歩く。


 


ロアビル前に到着。
待っている者は誰もいない。到着が早すぎたのかもしれない。
ただし、イベントの気配は感じるので、そのまま開始を待つ。


 


そのうちイベント目当てだと思われる者が何人かが集まる。
八木女史が登場し、"通りゃんせ募金"の呼びかけをする。
イベント終了。
と、実にのどかなイベントであった。


 


小生は、ハドソンのグッズ(缶ペンケースなど)をいただいた。


 


 


そして、小生は佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"の読者集会に参加するため、新宿に移動する。


 


会場は今年の8月19日と同様、新宿のカワセビル地下2階にある喫茶店、カトレアである。


 


 


小生は、いつのまにか"おれんじ☆てぃー"のスタッフになっていたSM氏の隣に座らされてしまった。


 


19881225おれんじ☆てぃー読者集会@新宿カトレア


 


 


読者集会の後、参加者を引き連れて日本青年館へと移動。
夏は徒歩で移動したが、本日はJR新宿駅から千駄ヶ谷駅まで電車に乗車した。


 


 


本日の佐野女史のコンサートは、東京のみの単発のコンサートである。


 


チケットは、浅井企画ヘ直接出向いて注文したものである。
昨年夏のコンサート、今年の夏のコトサートと同じように注文したはずだったのだが、今回は最前列席を取ることができなかった。


 


1988年12月25日_佐野量子“X’masコンサート-SCORE-”チケット(表)(150dpi)


 


 


デビュー4年目にしてなお、佐野女史の人気が上昇中ということであり、ファントしては喜ぶべきことなのではあるが、人気が上昇した分だけ、座席が後ろになってしまうのが少々残念ではある。


 


 


開演。


 


曲目は、


 


「星空回線」 「DEAR GIRL~少年のような日々へ~」
MC
「雨が止むまで」
「日曜日のメンバー」


 


M.C.


 


「TO FRIEND」
「危険なテイスト」


 


M.C.


 


「スキー」(トゥモローズと歌う)
「雪」(リコーダーを吹く)


 


~一人芝居~


 


「HAPPY CHRISTMAS」
「ジングルベル」


 


衣装替え


 


「羊が空を飛んだ」(客席から登場し曲中メンバー紹介)
「風の花束」


 


M.C.


 


「アクエリアス」~「止めて片想い(シークレットラブ)」~「どきどきテレポート」~「教科書のイニシャル」~「夢からさめない」メドレー


 


M.C.


 


「TOMORROW」 「哀愁エクスプレス」


 


アンコールⅠ


 


「瞳にピアス」 「4月のせいかもしれない」


 


M.C.


 


「贈り物」


 


アンコールⅡ


 


「哀愁エクスプレス」


 


 


「日曜日のメンバー」の後のM.C.では、昨日の大宮フリークスで島田奈美女史も話題にしていたクリスマスパーティーの話しをしていた佐野女史であった。

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