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2019年4月 2日 (火)

1989年4月2日

 本日の小生は、佐野量子女史のイベント"佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園"に参加する予定となっている。
"佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園"とは、新宿駅から、小田急電鉄の「佐野量子号」という列車に乗車し、向ヶ丘遊園駅で下車。向ヶ丘遊園内で、ミニコンサートを行うという趣向のイベントである。

 

オリコン・ウィークリー誌に掲載された「さよならが聞こえない」の発売告知広告によると、
8時受け付け開始。
「佐野量子号」は、定員500名で、10時15分新宿駅発。
ミニコンサートは向ヶ丘遊園で13時から14時。
とのことであったので、8時前に新宿駅に到着するように、大田区多摩川を出立した。

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園案内(B5)(150dpi) width=

 

新宿駅に到着。くだんのオリコン・ウィークリー誌の広告には、新宿駅の何口に集合するかまでは掲載されてはいなかったが、小田急電鉄の改札のある西口に向かう。
各駅停車のホームのある地下には、それらしき集団はいなかったが、特急、急行列車のホームのある1階にあがってみると、8時前というのに、100人以上もの集団が列をなしていた。
小生も、一旦列に並んでみたが、なにかの番組の取材であろか、T.V.カメラが集団を狙っている。T.V.に出演するのは勘弁願いたい小生は、列に並ぶのは知人に任せて、T.V.カメラの真後ろに避難した。

 

受付開始時刻の8時過ぎに列は動きだす。この時ばかりはT.V.カメラを気にしつつも列に戻り、本日の参加券となる"フラワークーポン"を購入したのであるが、常にT.V.カメラの後ろに避難しなければならない小生は、行動がかなり制限されてしまった。

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園_招待券(表)(150dpi)

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園_招待券(裏)(150dpi)

 

そして、小生を含んだ集団は小田急新宿駅構内に入り、9時40分頃には2番線ホームに整列した。"佐野量子号"の到着を待っていると、入線してきた車両は、小田急電鉄の新型車両の1000形であった。"佐野量子ハイキングツアー号"と記載されたヘッドマークが掲げられている。当然、ヘッドマークの名称が正式な名称ということになる。
10両編成ロングシートの通勤電車に少々興ざめではあったが、小生は1000形電車には乗車したことがなかったので、"まあよしとしよう"といった感じである。

 

10時15分。"佐野量子ハイキングツアー号"は小田急新宿駅を発車する。VVVFインバータの周波数が変わっていく音を口真似しながら電車に揺られる小生。代々木上原駅を過ぎると、電車の揺れは少なくなる。代々木上原駅に停車しなかったので、向ヶ丘遊園駅まで直行するのだろう。

 

車内放送で佐野女史のアナウンスが流れ、同乗していることはわかったが、京浜急行電鉄の"ミュージックトレイン号"佐野女史は車内を回ってくることはなかった。
車内では、クイズ大会が行われた。

 

 

向ヶ丘遊園駅で"佐野量子ハイキングツアー号"を下ろされた一行。
向ヶ丘遊園駅から向ヶ丘遊園へは各々自力で向かわねばならぬようである。
向ヶ丘遊園駅に降り立つのは初となる小生ではあったが、観覧車が目印となり向ヶ丘遊園がそれほど遠くないことはすぐにわかる。

 

歩いても良い距離ではあったが、せっかくなので、向ヶ丘遊園モノレール線に乗車し、向ヶ丘遊園に向かおうとしたのだが、10両編成の電車に乗車してきた者がすべて向ヶ丘遊園を目指すとあって、モノレール乗場には長蛇の列ができている。
ロッテリアに入り、混雑をやり過ごす。

 

 

鉄ちゃんよろしく、車両最前列に陣取ると、車両の前方にはモノレールの名称どおり、一本のレールが高架の上に敷かれていた。これは小生の雑学の範疇の中にある、ロッキード式のモノレールというものだと理解した。初めて見るものであった。
ちなみに、ロッキード式がわかるからといって、小生が鉄ちゃんだというわけではない。小生にとっては、セメントの、普通ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、フライアッシュセメントとか。井戸堀の上総堀りとう、ボーリングとか。そのあたりの知識と同程度のものにすぎない。

 

閑話休題。
向ヶ丘遊園駅を出発したモノレールの車両は、小川と車道を見下ろしながら、向ヶ丘遊園正門駅に到着した。

 

向ヶ丘遊園のゲートをくぐり、長い階段を登り切る。
前方には観客で満席となった野外ステージが見える。
そこが本日のイベント"ミニコンサート"の"フラワーステージ"であった。

 

遠目には満席に見えた客席でも、欲を出さなければ空きはあるものである。
前のほうに突入する者もいたが、小生は後方に控えて席を確保した。特に本日は、朝からT.V.カメラがうろついており、目立だたない席のほうが良さそうである。

 

会場では、臨時のレコード販売所が設置され、新曲「さよならが聞こえない」などを販売している。
確認してきたが、今急いで購入する必要もない。

 

13時が10分程前になり、舞台上にマネージャーの鈴木氏が現れ、音合わせを行う。

 

その後、おなじみ、浅井企画所属の片岡氏が登場。
「EVERLANDへようこそ」の曲が流れだす。
片岡氏の曲紹介。
佐野女史が登場。
会場は一気に盛りあがる。

 

 

知人は、この日のために用意したという"ポンポン"を振り、思惑通り目立っている。
近くにいなくて良かったと思う小生。

 

一曲歌った後、M.C.が入る。

 

本日佐野女史は、"一日駅長"ということで、"佐野量子ハイキングツアー号"に乗車する前に、ロマンスカーの出発合図を行ったりしてきたとのことで、その振りを披露してくれた。

 

二曲目は
「TOY PIANOをたたいて」

 

その後、ゲームコーナー。
会場から出場者を募ると、"寄稿士"という言葉がなかった頃の元オリコン通信常連投稿者だったIH女史が選ばれていた。毎度のことながらこういう場面では女性は有利である。
小生は手を上げることすらしない。

 

三曲目。
片岡氏"ぼくも大好きな曲です"との紹介の後
「TOMORROW」

 

続いて
「哀愁エクスレス」

 

「さよならが聞こえない」

 

車内で行われたクイズの当選者の抽選会。
小生は特になにも当たらず。

 

そしてその後、握手会になった。
握手会には、小生も参加。
握手会への参加人数が多く、終了が15時近くになってしまった。

 

握手会が終了すると、佐野女史は、次の仕事がテレビ東京であるということで、早々に会場に後にしていった。

 

残った司会の片岡氏は、ものまねなどを披露した後、終了の宣言をし、本日のイベントは終了となった。

 

 

帰途は、向ヶ丘遊園駅まで歩き。小生は、向ヶ丘遊園駅から小田急線に乗車し、帰宅した。

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