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2019年4月30日 (火)

1989年4月30日

前日から、大田区多摩川に宿泊した小生。
横浜博覧会の開場内から放送される、ニッポン放送のラジオ番組"サンデーヒットパラダイス"に、佐野量子女史がが出演するという情報を得ており、これから横浜博覧会の会場へと向かうところである。


横浜駅改札を出て東口へと向かい、そごう横浜店を取り巻くペデストリアンデッキへと登る。

そごう横浜店の横に、横浜博覧会会場へと向かうゴンドラリフトの乗り場がある。

本日はこのゴンドラリフトで横浜博覧会会場へと向かった。


ゴンドラリフトを降り、"ゴンドラゲート"から横浜博覧会会場に入場し、まずは本日のイベント会場へと直行する。

浅井企画から得た情報では"海のパビリオン"が会場とのこと。

博覧会会場内の海に面した部分を案内図で確認してみると、海に突き出8角形の構造物に振られた②の番号の説明書きが"海のパビリオン"となっていた。


海のパビリオンに到着。

すでに"サンデーヒットパラダイス"の放送は開始されていた。


観客は思いの外少なく、小生ら10人程の集団の他、高杢氏目当ての女性たちと、少々の家族連れ合わせても、200人程であろう。


8角形の桟橋状の構造物の内側は、イルカなどが飼育されている生け簀になっている。
高杢氏や佐野女史という明確な目的を持っている者以外では、横浜博覧会の会場の中の最もはずれと言える場所に位置しているこの"海のパビリオン"まで来る観客はそれほど多くはないのだろう。


晴天の下、チェッカーズの高杢禎彦氏や佐野女史は、海側の桟橋上に設置された建物の中にあるサテライトスタジオの中におり、観客は、陸側からその姿を観ている、という光景が展開していた。
佐野女史は、ときおり建物の中から出てきて、イルカと戯れたりしていた。
10時40分、本日のゲストである小川美由希女史が「Never Give Me Up!」を
引き続き、佐野女史が「さよならが聞こえない」
それぞれ、1曲歌唱した後、サテライトスタジオ内に戻っていった。
12時前に番組が終了。
小生らが注目している中、高杢氏、佐野女史らは、桟橋に停泊していた船に乗り込み、その船は沖へと消えていってしまった。
さすがチェッカーズの高杢氏。出待ち対策も万全であった。


残された小生らは、帰路は、桜木町からJR線に乗車し帰宅した。


 

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2019年4月23日 (火)

1989年4月23日

前日は大田区多摩川に宿泊した小生。

 

本日は、三越銀座店で開催される、サンジョルディ日のイベントに、佐野量子女史が出演することになっている。

 

(一部掲載自粛)
ということで、敢えてイベントが終了した頃に三越銀座店に到着するよう、大田区多摩川を出立した小生であった。

 

森の劇場に到着すると、ちょうどイベントが終了した頃合いだったようで、佐野女史関係の知人らは、まだ屋上に残っているという状況であった。
雨は降り続いており、小生は、エレベータの降り口のある塔屋の中にいると、小生を見つけた知人らは、どうして今頃到着したのを聞いてくるのだが、適当に受け流す小生であった。

 

 

本日佐野女史は、この後、福井でもサンジョルディの日のイベントに出演する予定となっている。

 

小生らは、東京駅へと移動し、福井へ向かう佐野女史一行を、新幹線ホームから見送ったのであった。

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2019年4月22日 (月)

1989年4月22日

本日は、東海テレビ放送のサンジョルディーの日のイベントに参加するため、名古屋のセントラルパークへとやってきた小生である。

 

 

セントラルパークでは、名古屋アイドル研究会のUS氏と合流。

 

セントラルパークでのイベント終了後、佐野女史は、大阪に向かったのであるが、小生らは、大西結花女史のコンサートに参加するため、東京へと向かうことにした。

 

以前から面識のあった、徳間ジャパンの小野氏から、招待券をいただいており、小野氏の御好意に甘えることにしたのであった。

 

 

名古屋駅から新幹線で東京駅へと向かう。
東京駅で山手線に田町駅下車。
田町駅から徒歩で郵便貯金会館に到着。
が、大ホールではこれからコンサートを開催するような気配が、全くない。

 

小生とUS氏の二人とも、コンサート会場は郵便貯金会館だと思い込んでいたのだが、よくよく招待券を確認すると、本日のコンサート会場は、郵便貯金会館ではなく、日本青年館だったのであった。

19890422YUKA OHNISHI CONCERT TOUR'89 SPRING WIND招待カード(表)(150dpi)

 

幸いなことに、コンサートの開演時刻にはまだ間があるので、急いで日本青年館に向かい、なんとか開演前に、日本青年館ホールに入場することができた。

 

19890422yuka_ohnishi_concert_tour_2

 

 

小生が大西女史を観るのは、1987年11月7日以来であり、コンサートに参加するのは初になる。
1985年頃は、コンサートを開催することすら難しそうに思えただけに、大西女史のコンサート会場にいるだけで感慨深いものがある。

 

生で聴く「チャンスは一度だけ」は良かった。

 

本日は、行きがけ上、招待券をでの参加であったが、いずれは正規料金を支払って参加しようと思った。

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2019年4月17日 (水)

SUNPU博89パンフレット

本日紹介する品は、"SUNPU博89パンフレット"である。
A4両面カラーグラビア印刷されたアート紙を、三つ折りにした形状となっている。

三つ折りにしたときに、表紙となる面を含んだこちらを、「表面」と呼ぶことにする。
表面は、表紙となる部分と、イベントスケジュールが記載された部分とで構成されている。

19890300SUNPU博89_パンフレット(A4)(表)(150dpi)

裏面は、会場の案内図となっている。

19890300SUNPU博89_パンフレット(A4)(裏)(150dpi)

”SUNPU博89”は、その正式名称を"静岡駿府博覧会"といい、静岡市の駿府公園を会場として、1989年3月18日から1989年5月21日を会期として開催された、地方博覧会であった。

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2019年4月16日 (火)

1989年4月16日

本日はSUNPU博89"の会場内で開催される、"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加するため、静岡市へとやってきた小生である。

 

静岡駅から歩いて10分程で駿府城に到着する。駅から最も近い"SUNPU博89"の会場入り口は、3月に完成したばかりの巽櫓となっている。

 

入場、"SUNPU博89"会場内の特設ステージ前の座席の最前列を確保した。
その後、しばし、会場内を散策する。
静岡県出身者が紹介されているコーナーの中に、佐野女史の名前を見つけた。

 

本日は、"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送なので、音合わせを見越して、12時30分より少し前に特設ステージ前へと戻った。

 

"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加するのは、1988年8月21日以来である。

 

13時に放送が開始された。
本日の出演者は、佐野女史の他、少女隊の3人である。
"SBS歌謡ベストテン"では、出演者が揃うのは番組開始時と終了時のみで、他の時間帯は、司会の二人のアナウンサーと出演者1名(組)のみが舞台上にいるという状態となる。

 

本日は、佐野女史が最初の出演者であった。
「EVERLANDへようこそ」
のイントロが流れだし、佐野女史の持ち時間が始まる。
ほっかほっか亭から"ミソカツ弁当"が出るというM.C.などがあり、佐野女史の時間が終了した。

 

さて、次は少女隊の時間だ、というときに、佐野女史のマネージャーの鈴木氏が、番組スタッフに挨拶をしているのが見えた。佐野女史は番組終了前に帰るのかもしれない、ということで、最前列に陣取った佐野女史のおっかけ一同は、一斉に撤収をし、静岡駅へと向かうこととなってしまった。
少女隊には申し訳ないことをしたが、少女隊ファンの方々がきっと最前列を埋めてくれるだろう。

 

静岡駅で待つこと1時間程、佐野女史がやってきた。
静岡まで自家用車で来た組は、駅で佐野女史を見送り。
小生ら電車組は、新幹線に乗車する。なお、小生は途中駅で下車し、佐野女史を見送った。

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2019年4月15日 (月)

1989年4月15日

本日は、第5回ミス茅ヶ崎コンテストのゲストとして出演する佐野量子女史を観るため、茅ヶ崎市民文化会館にやってきた小生である。

 

会場でリーフレットを入手したところ、"大岡祭"の中の一イベントとして、"ミス茅ヶ崎コンテスト"が開催されるということが判明した。
佐野女史の出番は"第5回ミス茅ヶ崎コンテスト&佐野量子ミニコンサート"として紹介されている。

 

 

19890414-16茅ヶ崎市第三十四回大岡祭リーフレット(B4)(表)(150dpi) title=

 

 

19890414-16茅ヶ崎市第三十四回大岡祭リーフレット(B4)(裏)(150dpi)

 

茅ヶ崎市民文化会館の大ホールに入場して、佐野女史の出番を待つ。

 

同行の者と、ミス茅ヶ崎コンテストの予想をしてみるのだが、全く当たらない。
審査員の視点と、小生らの視点はまったく異なるのだろう。

 

ミニコンサートでは、
M.C.で、東海道本線の2階建てグリーン車に乗って来たなどという話しが出た。
それなら茅ヶ崎駅で駅待ちができたなどと思ったが後の祭りである。

 

 

イベント終了後、茅ヶ崎駅へとあるく道すがら、路上駐車していあったW124の見つけたYM氏が、"あっ、ベンツだ"とつふやいた。他の知人の話では、本日佐野女史のイベントに来ていた者が所有する自家用車だったらしい。

 

 

茅ヶ崎駅では、佐野女史の駅待ちはせずに、やってきた東海道本線の電車に乗車し、帰宅した。

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2019年4月 9日 (火)

1989年4月9日

本日は、伊藤美紀女史のイベントに参加するため、池袋サンシャインシティALPA噴水広場までやってきた小生である。

 

イベントは14時開始。
新曲「RISAの片想い 」と、写真集『PURE』のキャンペーンとなるイベントのようであった。

 

池袋では、オリコン通信寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏と会ったのであるが、氏が、池袋の後は、伊藤智恵理女史コンサートに参加するというので、小生も同行させていただくことにした。

 

 

伊藤智恵理女史のコンサートの会場は、abc会館ホールである。
abc会館へは浜松町駅から徒歩で向かう。

 

abc会館では、親衛隊のコール練習の声が、小生らを出迎えてくれる。
小生は当日券目当てであったのだが、立見席のチケットを購入することができた。

 

19890409伊藤智恵理コンサートチケット(表)(150dpi)

 

小生は、abc会館ホールへは初入場となる。
入場者には、ハウス食品工業の"フルーツインゼリー"が配布された。

 

ホールは400席程の小規模なものである。客席には傾斜がついており、どこからでも舞台はよく見える。

 

ホワイエではレコード等の販売も行われており、小生は、アルバム『HELLO』を購入。

 

オリコン通信寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏の座席は、通路に面していたので、客席が総立ちになってしまったところを見計らって、氏の隣で観覧するという算段を立てた。

 

 

開演。

 

伊藤女史の曲は名曲揃いなので、内容は悪かろうはずはない。 「雨に消えたあいつ」の、拳を二回振り上げ、三回目に天を指さす振りを、会場全体でやるところが壮観であった。
中森明菜女史の曲など、他人の曲も歌っていたが、オリジナル曲だけで構成しても良かったのに、とも思った。

 

 

終演後、ホールを出るときに、親衛隊の隊員が、隊員募集のチラシを配っていた。

 

19890409伊藤智恵理親衛隊チラシ(表)(150dpi)

 

最近では、親衛隊の勧誘のチラシを配られることも少くなっていたので、ありがたくいただいておいた。
今さら親衛隊に入ることはないのではあるが。

 

 

abc会館ホールを後にした小生。本日はそのまま帰宅した。

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2019年4月 2日 (火)

1989年4月2日

 本日の小生は、佐野量子女史のイベント"佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園"に参加する予定となっている。
"佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園"とは、新宿駅から、小田急電鉄の「佐野量子号」という列車に乗車し、向ヶ丘遊園駅で下車。向ヶ丘遊園内で、ミニコンサートを行うという趣向のイベントである。

 

オリコン・ウィークリー誌に掲載された「さよならが聞こえない」の発売告知広告によると、
8時受け付け開始。
「佐野量子号」は、定員500名で、10時15分新宿駅発。
ミニコンサートは向ヶ丘遊園で13時から14時。
とのことであったので、8時前に新宿駅に到着するように、大田区多摩川を出立した。

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園案内(B5)(150dpi) width=

 

新宿駅に到着。くだんのオリコン・ウィークリー誌の広告には、新宿駅の何口に集合するかまでは掲載されてはいなかったが、小田急電鉄の改札のある西口に向かう。
各駅停車のホームのある地下には、それらしき集団はいなかったが、特急、急行列車のホームのある1階にあがってみると、8時前というのに、100人以上もの集団が列をなしていた。
小生も、一旦列に並んでみたが、なにかの番組の取材であろか、T.V.カメラが集団を狙っている。T.V.に出演するのは勘弁願いたい小生は、列に並ぶのは知人に任せて、T.V.カメラの真後ろに避難した。

 

受付開始時刻の8時過ぎに列は動きだす。この時ばかりはT.V.カメラを気にしつつも列に戻り、本日の参加券となる"フラワークーポン"を購入したのであるが、常にT.V.カメラの後ろに避難しなければならない小生は、行動がかなり制限されてしまった。

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園_招待券(表)(150dpi)

19890402佐野量子ハイキング・ツアーin向ヶ丘遊園_招待券(裏)(150dpi)

 

そして、小生を含んだ集団は小田急新宿駅構内に入り、9時40分頃には2番線ホームに整列した。"佐野量子号"の到着を待っていると、入線してきた車両は、小田急電鉄の新型車両の1000形であった。"佐野量子ハイキングツアー号"と記載されたヘッドマークが掲げられている。当然、ヘッドマークの名称が正式な名称ということになる。
10両編成ロングシートの通勤電車に少々興ざめではあったが、小生は1000形電車には乗車したことがなかったので、"まあよしとしよう"といった感じである。

 

10時15分。"佐野量子ハイキングツアー号"は小田急新宿駅を発車する。VVVFインバータの周波数が変わっていく音を口真似しながら電車に揺られる小生。代々木上原駅を過ぎると、電車の揺れは少なくなる。代々木上原駅に停車しなかったので、向ヶ丘遊園駅まで直行するのだろう。

 

車内放送で佐野女史のアナウンスが流れ、同乗していることはわかったが、京浜急行電鉄の"ミュージックトレイン号"佐野女史は車内を回ってくることはなかった。
車内では、クイズ大会が行われた。

 

 

向ヶ丘遊園駅で"佐野量子ハイキングツアー号"を下ろされた一行。
向ヶ丘遊園駅から向ヶ丘遊園へは各々自力で向かわねばならぬようである。
向ヶ丘遊園駅に降り立つのは初となる小生ではあったが、観覧車が目印となり向ヶ丘遊園がそれほど遠くないことはすぐにわかる。

 

歩いても良い距離ではあったが、せっかくなので、向ヶ丘遊園モノレール線に乗車し、向ヶ丘遊園に向かおうとしたのだが、10両編成の電車に乗車してきた者がすべて向ヶ丘遊園を目指すとあって、モノレール乗場には長蛇の列ができている。
ロッテリアに入り、混雑をやり過ごす。

 

 

鉄ちゃんよろしく、車両最前列に陣取ると、車両の前方にはモノレールの名称どおり、一本のレールが高架の上に敷かれていた。これは小生の雑学の範疇の中にある、ロッキード式のモノレールというものだと理解した。初めて見るものであった。
ちなみに、ロッキード式がわかるからといって、小生が鉄ちゃんだというわけではない。小生にとっては、セメントの、普通ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、フライアッシュセメントとか。井戸堀の上総堀りとう、ボーリングとか。そのあたりの知識と同程度のものにすぎない。

 

閑話休題。
向ヶ丘遊園駅を出発したモノレールの車両は、小川と車道を見下ろしながら、向ヶ丘遊園正門駅に到着した。

 

向ヶ丘遊園のゲートをくぐり、長い階段を登り切る。
前方には観客で満席となった野外ステージが見える。
そこが本日のイベント"ミニコンサート"の"フラワーステージ"であった。

 

遠目には満席に見えた客席でも、欲を出さなければ空きはあるものである。
前のほうに突入する者もいたが、小生は後方に控えて席を確保した。特に本日は、朝からT.V.カメラがうろついており、目立だたない席のほうが良さそうである。

 

会場では、臨時のレコード販売所が設置され、新曲「さよならが聞こえない」などを販売している。
確認してきたが、今急いで購入する必要もない。

 

13時が10分程前になり、舞台上にマネージャーの鈴木氏が現れ、音合わせを行う。

 

その後、おなじみ、浅井企画所属の片岡氏が登場。
「EVERLANDへようこそ」の曲が流れだす。
片岡氏の曲紹介。
佐野女史が登場。
会場は一気に盛りあがる。

 

 

知人は、この日のために用意したという"ポンポン"を振り、思惑通り目立っている。
近くにいなくて良かったと思う小生。

 

一曲歌った後、M.C.が入る。

 

本日佐野女史は、"一日駅長"ということで、"佐野量子ハイキングツアー号"に乗車する前に、ロマンスカーの出発合図を行ったりしてきたとのことで、その振りを披露してくれた。

 

二曲目は
「TOY PIANOをたたいて」

 

その後、ゲームコーナー。
会場から出場者を募ると、"寄稿士"という言葉がなかった頃の元オリコン通信常連投稿者だったIH女史が選ばれていた。毎度のことながらこういう場面では女性は有利である。
小生は手を上げることすらしない。

 

三曲目。
片岡氏"ぼくも大好きな曲です"との紹介の後
「TOMORROW」

 

続いて
「哀愁エクスレス」

 

「さよならが聞こえない」

 

車内で行われたクイズの当選者の抽選会。
小生は特になにも当たらず。

 

そしてその後、握手会になった。
握手会には、小生も参加。
握手会への参加人数が多く、終了が15時近くになってしまった。

 

握手会が終了すると、佐野女史は、次の仕事がテレビ東京であるということで、早々に会場に後にしていった。

 

残った司会の片岡氏は、ものまねなどを披露した後、終了の宣言をし、本日のイベントは終了となった。

 

 

帰途は、向ヶ丘遊園駅まで歩き。小生は、向ヶ丘遊園駅から小田急線に乗車し、帰宅した。

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2019年4月 1日 (月)

1989年4月1日

本日は"静岡第一テレビ"の公開生放送番組"JanJanサタデー"観覧のため、浜松までやって来た小生。

 

本日の"JanJanサタデー"は、"サ~ラシティ浜松"からの放送となっている。"サーラシティ浜松"でなく"サ~ラシティ浜松"と表記するようである。

 

"サ~ラシティ浜松"は、浜松駅南口から徒歩5分ほどにある施設で。

 

 

本日のゲストは、佐野量子女史と、岡本南女史。
小生が会場に到着した頃には、舞台前に並べられた200人程の座席の半分以上は埋まっていた。

 

17時10分、司会のラサール石井氏、小森まなみ女史、きすみかなこ女史が登場し放送開始となった。
続いて佐野女史と岡本女史が登場。

 

コマーシャル開けは:"'89ミスサ~ラシティコンテスト"の2次審査の結果の発表。
発表した番号が、舞台上の候補者が付けていた番号札と違っていたというハプニングがあった。

 

"サ~ラシティ浜松"の紹介。
"サーラ"は
space art living amenity
とのこと。
プール、テニスコート、アスレチックジム、ポディソニックスタジオ、ジョギングスペース、ゴルフスペースなどのスポーツ施設の他、食堂街、カルチャークラブなどがあるそうである。

 

ここでコマーシャルに入り、コマーシャル開けが、"Janサタ トップ10"のコーナー。
順位は、
第10位 ロコモーション・ドリーム 田村英里子
第9位 桜桃記~ひとひら~ 小川範子
第8位 激愛 長渕剛
第7位 Room チェッカーズ
第6位 NEVERLAND 浅香唯
第5位 地球をさがして 光GENJI
第4位 RUNNER BAKUFU-SLUMP
第3位 TIME ZONE 男闘呼組
第2位 TM NETWORK JUST ONE VICTORY
第1位 涙をみせないで Wink
であった。
Winkは来週のJan Janサタデーのゲストだそうである。

 

引き続き、"Janサタ ビデオトップ10"のコーナーとなり、まずランキング発表。
第10位 異人たちとの夏 SHV
第9位 ヒドゥン CBS/FOX
第8位 プリズン CICビクター
第7位 ビッグ・ビジネス バンダイ
第6位 クロコダイル・ダンディー2 CICビクター
第5位 ウィロー RCA
第4位 スペース・ボール MGM
第3位 さよならゲーム RCA
第2位 プレシディオの男たち CICビクター
第1位 レッド・ブル 東和

 

その後、第10位『異人たちとの夏』の紹介。
新作ビデオ『ポルターガイスト3』の紹介。

 

 

ビデオの紹介が終わると、岡本南女史が舞台上に登場。
岡本女史はスポーツは不得意で、ハードルは、飛ばないで持って走ってしまう。
部活動は、中学のときに、ハンドボール部とバスケットボール部だったがレギュラーメンバーにはなれなかったとのことであった。

 

そして岡本女史が「DON-MAI」を歌唱。

 

 

 

歌の後コマーシャルが入り、コマーシャル開けは、"マリオ中村のスーパー裏技英会話"のコーナー。
"マリオ中村のスーパー裏技英会話"のコーナー終了後、再びコマーシャルとなった。

 

 

コマーシャル開けに、"'89ミスサ~ラシティコンテスト"の結果発表。
まずは、純ミスの2名の発表。伊藤由美子女史、小澤法子女史の2名が選ばれた。
その後、 ミスサ~ラーシティの発表。川島史子女史が選ばれ、インタビューき後、コマーシャルに入った。

 

コマーシャル開けに佐野女史が、「さよならが聞こえない」を歌唱。

 

 

引き続きインタビュー。
佐野女史は、本日沖縄から静岡入りしたそうである。

 

 

佐野女史が歌唱が終了しそのまま"テレホンクイズ"のコーナー。エンディング。番組終了となった。

 

 

番組終了後、浜松駅に移動、新幹線に乗車。
東京駅で佐野女史一行を見送り、小生は蒲田へ移動、大田区多摩川に宿泊した。

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