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2020年2月27日 (木)

1990年2月27日

東京国際空港にて佐野量子女史を出迎えた。

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2020年2月24日 (月)

1990年2月24日

上野駅にて佐野量子女史を出迎え、その後、大田区多摩川に宿泊した。

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2020年2月20日 (木)

1990年2月20日

ニッポン放送の番組"ロッテヤンスタNo.1"の公開録音に参加した。

"ロッテヤンスタNo.1"の公開録音に参加するのは1989年7月4日以来である。

本日の出演者は、国実百合女史、花島優子女史、島崎和歌子女史、川越美和女史の4名であった。

先日のポリドールレコードのイベントで佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ・てぃー"スタッフのYM氏がしていたように、秋川淳子女史の「南南西」のレコードを持参した小生であったが、そのレコードを見たそのまんま東氏が、烈火のごとく怒りだしたのには閉口した。そのまんま氏は、そのようなレコードを島崎女史に対して見せるのは失礼だというのである。そのまんま氏の中には他の人が歌っていた曲は"お古"であり、新しい曲とくらべて一段低いもの、という意識があるのかもしれない。

"ロッテヤンスタNo.1" の公開録音終了後は、YM氏に誘われて大森へと移動、”佐野量子レタスのくしゃみ”の収録場所であるバーディ企画の前で佐野量子女史の出入り待ちを試みたが、佐野女史は現れなかった。

本日は大田区多摩川に宿泊した。

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2020年2月12日 (水)

1990年2月12日

ホテルニューアサヒを出立。熱海の街を散策しながら熱海駅へと向かう。

熱海駅からJR線に乗車し、帰宅した。

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2020年2月11日 (火)

1990年2月11日

小生が参加している某同人の旅行に参加した。会場は熱海のホテルニューアサヒであった。宴会で歌われる曲から、会員たちの間ではCοCο(ローマ字表記はCoCo)の人気が高ことが感じられた。アルコールに弱い会長は、会員たちに酒をすすめられ、案の定ウップゲロゲロになっていた。

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2020年2月10日 (月)

1990年2月10日

本日は、佐野量子女史のコンサートが催行される日である。

まずはコンサート前の恒例の行事となりつつある、佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ・てぃー"の読者集会に参加するため、浅草に集合する。
浅草から言問橋を渡って向島へと移動し、『夢に見た日々』のロケ場所になった川上の”喫茶マリーナ”にて読者集会が開催された。

その後、コンサート会場となる日本青年館へと移動する。

佐野女史にとって、もはや日本青年館は狭いくらいの箱になってしまった。オリジナルコンフィデンスのレコード売上げ得点にはあらわれない人気があるようである。

19900210佐野量子“MA・SA・KA”チケット(表)(150dpi)

本コンサートは、先の1989年12月21日発売されたアルバム『まさか』を受けたものと思われる"MA・SA・KA"を、副題としている。

セットリストは
「EVERLANDへようこそ」
「CROSS OF YOU」
「TOMORROW」
「哀愁エクスプレス」
「羊が空を飛んだ」
「TOY PIANOをたたいて」
「さよならが聞こえない」
「だるまさんがころんだ」
「イキな秋」
「まさか」
「しあわせをいつまでも」
「あくび」
「愛は風にのって」
「大人がいなければ」(インストゥルメンタル)
衣装替え
「やさしさの意味」
「風の花束」
「星空回線」
「アクエリアス」
「4月のせいかもしれない」
「瞳にピアス」
アンコール
「ファースト・レター」
「早く探しに行かなきゃ」
「贈り物」
となっており、アルバム『まさか』の曲を衣装替え前にまとめた構成となっていた。

アンコールで「ファースト・レター」のイントロが流れてきたときには、その後に”重大な発表”でもあるのかと身構えてしまった。
…特に何事もなかったが、「ファースト・レター」を引退コンサートでいっしょに泣きながら歌う光景を想像し、もしも、引退コンサートというものが開催されるのであれば、それも良いかもしれないと思う小生であった。

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