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2020年4月23日 (木)

1990年4月23日

本日小生は、カザルスホールで催行される”サン・ジョルディの日スペシャルコンサート カタルーニャの夕べ”に参加する予定である。

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カザルスホールは、主婦の友社の本社横に建設されたチェロ奏者のパブロ・カザルス氏の名を冠したホールである。

まだ明るいうちから、カザルスホールの入口前で開場を待つ小生。いつもであれば何人かの知人が集まってくるところであるが、本日に限っては知人は誰も現れない。ということであればと、ホールの開場時刻が過ぎた後も雑誌『主婦の友』の広告などが並べれている掲示板の横で佐野女史の入りを待つことにする。あたりも暗くなり、18時30分をまわる。ホール内ではすでにイベントが行われているころ、ようやくマネージャーの鈴木氏のBMWが、小生の眼前の路肩に停車した。そのまま路上にBMWを駐車した鈴木氏は、佐野女史を引き連れてカザルスホールの中へと入っていった。小生二人がホール内に入るのを見届け、一息ついたあと、ホール内へと入った。

カザルスホールの内部は、かつて小生が入場したことのあるどのホールとも違った、木の色が視界を圧倒する、厳粛としたたたずまいをもったものであった。椅子の背もたれさえ木でできている。さぞや弦の音が引き立つホールなのであろう。
小生はホールの最後尾にあった空いた席に腰をかけた。

佐野女史が出演するトークコーナーが終了すると、小生はホールを後にし、マネージャーのBMWの前へと移動した。佐野女史を待つ者は小生の他に誰もいない。
これは天啓かもしれない。小生は、したためたまま渡せていなかった手紙を手に取った。
それは、”その日”が来る前には渡さなければ意味のない手紙だった。

ホールの中ではまだイベントは続いており、ホール前はひっそりとしていた。
佐野女史とマネージャーの鈴木氏がホールから出てきた。小生が手紙を手渡すと、佐野女史はいつものように受け取った。

返事はもらえないだろうな、と思いつつも、一年間だけ待とう、その後この生活を終わりにしようと心に決めた。そして、走り去るマネージャーの鈴木氏のBMWを見送った。

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2020年4月22日 (水)

1990年4月22日

本日はイベントには行かず、大田区多摩川の宿白場所の家主らと、トーヨーボウルにいくなどして時間を過ごした。

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2020年4月21日 (火)

1990年4月21日

有楽町日立ヤングプラザにて、ニッポン放送の”日立ハローサテタデー”の公開生放送を観覧。
本日の出演者は、本田理沙女史と幕末塾の面々であった。

その後、日比谷シャンテのTBS東京放送のサテライトスタジオ前に移動し、"ミックスベジタブル"を放送する橘友賀女史を観覧。

さらに、地下鉄にて神谷町まで移動し、テレビ東京本社に入構し、"朝シャン!音楽壱番館"の収録に参加。
本日の出演者は、芳本美代子、仁藤優子、島崎和歌子の各女史であった。

本日は大田区多摩川に宿泊した。 

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2020年4月15日 (水)

1990年4月15日

川崎アゼリア地下街のスタジオアゼリアにて、文化放送の番組"アゼリアPOPパーティー"の公開録音放送を観覧。

ゲスト出演者は北岡夢子、河田純子、小林彩子、パンプキンの各女史。なお、番組アシスタントが、小生らの周囲でハマの女と呼ばれている坂井順子女史になっていたのに本日気付いた小生であった。

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2020年4月14日 (火)

1990年4月14日

本日は、川崎岡田屋モアーズにおいて、ニッポン放送”モアモア歌謡センター”の公開生放送を観覧した。

出演者は、島崎和歌子、石田ひかりの各女史であった。

大田区多摩川に宿泊した。

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2020年4月 8日 (水)

1990年4月8日

大田区多摩川から駿東郡清水町に移動し、サンテラス駿東において開催される"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加した。
出演者は、小林彩子、佐藤忍、田山真美子、北岡夢子の各女史。サンテラス駿東でのイベントに参加するのは1987年8月23日以来であった。

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2020年4月 7日 (火)

1990年4月7日

日本橋三越前にて、中央警察署一日警察署長を拝命した佐野量子女史を一目見たのち、日本橋三越屋上で開催されるイベントには参加せずに、池袋へと移動。

サンシャインシティALPA噴水広場にて、寺尾友美女史の"寺尾、キャンペーン一発目!"と銘打たれたイベントに参加。

その後、地下鉄にて神谷町まで移動し、テレビ東京本社に入構し、"朝シャン!音楽壱番館"の収録に参加。
"朝シャン!音楽壱番館"はこの4月からはじまったばかりの番組で、司会は山田雅人氏、森脇健児氏の二人。
観客を50名ほど入れたスタジオで収録を行った。
本日の出演者は、西村知美、伊藤智恵理、杉本彩、石井明美の各女史であった。
なお、客席には、おそらく石井女史に付いて来たのであろうデビュー前と思われる娘がおり、小生ら近辺の一団の注目を浴びていた。国実百合女史の専門ミニコミ誌"百合ちゃん新聞"の編集人のN氏はその娘を"研音子"名付けてしまったのだった。

その後、大田区多摩川に宿泊した。

※現代における追記:研音子の正体は諸岡菜穂子女史であった。"NHK新人歌謡コンテスト"に諸岡女史が出てきたときに、"あっ、研音子だ”と思った小生であった。

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2020年4月 4日 (土)

1990年4月4日

大森のバーディ企画の前にて、"佐野量子レタスのくしゃみ"の収録を行う佐野量子女史の出入り待ちをした。

 

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2020年4月 1日 (水)

1990年4月1日

前日、大田区多摩川に宿泊した小生は、朝早くに行動を開始し、京浜急行電鉄の京急蒲田駅から京急空港線に乗車し羽田空港へと向かった。
羽田空港駅で下車し、徒歩で国内線旅客ターミナルターミナルに到着。
朝日放送ラジオの番組”パーフェクトジョッキー”の収録のため大阪国際空港へと向かう佐野量子女史を見送った後、川崎へと向かう。

川崎アゼリア地下街のスタジオアゼリアにて、文化放送の番組"アゼリアPOPパーティー"の公開録音放送を観覧。
以前"アゼリアPOPパーティー"が放送されるのは10月から3月までだったため、4月の頃には株式会社アール・エフ・ラジオ日本の番組"スタジオアゼリア発信中"が収録されていたここスタジオアゼリアだったのであるが、今年は4月以降も"アゼリアPOPパーティー"が放送されるようである。
なお、ゲスト出演者は里中茶美女史であった。

その後、大田区多摩川の宿白場所に集う面々とともに、京急ボウルにてボウリングを楽しんだ。

 

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