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2020年6月12日 (金)

1990年6月12日

亀岡のビジネスホテルサンロイヤルを出立し、太秦映画村へと向かう小生。

開場時刻と同時に太秦映画村へと入場し、昨日同様場内を徘徊していると、佐野量子女史が、芝居小屋風の建物の中から、着物にもんぺの出立ちでその姿を表した。
運良く撮影現場に遭遇することができた小生。時代劇衣装姿の佐野女史に、写真を撮らせてもらえないかお願いをする。

本日佐野女史に付いていたのが神戸恭子女史なので、鈴木氏と比較すると、そういったお願いもしやすいところである。 

19900612太秦映画村1

佐野女史は、あまり乗り気でないかな、という雰囲気を出しつつも、小生の前に立つ。
シャッターがおりる瞬間だけ、佐野女史の表情が営業用に変わるのを見て、そこはさすがプロだな、と感心した小生であった。

その後、撮影風景を遠巻きに眺める。

19900612太秦映画村2

佐野女史の足の指にぺディキュアを認め、時代劇だけどペディキュアは良いのかな?。などと思ってしまう。

19900612太秦映画村2

一連の撮影は午前中のうちに終了し、水戸黄門の出演者御一行は東映京都撮影所方面へと引き上げていった。

今回の京都行の目的すべて達成し、すっかり満足してしまった小生は、この後さらにあるかもしれないがないかもしれない撮影を待つことはせずに、京都からの撤収行動に移った。
とはいえ、未だ午前のうちである。そこで小生は、太秦駅から嵯峨駅そして大覚寺へと歩を進めた。"京都嵯峨野の大覚寺 恋人塚に願いをこめる"と歌にも謳われた"恋人塚"を訪ねるのがその目的である。
嵯峨駅から北へと向かう。道の先に見える山が次第に近くなる。その山の手前に見えている林の木々が山の稜線を越えた頃、家並みが途切れ、大覚寺へと到着した。
境内に足を踏み入れると、平日午前中の大覚寺はひっそりとしており、ゆっくりと散策することができた。
しかしお目当ての"恋人塚"が見つからない。境内の案内図で探しても見つからない。
恋人塚の在り処は、西田陽一氏の胸の内ということか。少々落胆した小生は大覚寺境内を後にする。
眼前には大沢池が広がっていた。

 

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