2020年7月30日 (木)

1990年7月30日

本日は、大田区多摩川にて、朝から引越し作業をする日である。まずは室内の雑多な家具やビデオテープやアイドルグッズなどを、川崎市高津へと運ぶ荷物と、大田区池上へと運ぶ荷物に仕分けて荷造りを行う。そして知人が借りてきたトラックに荷物を積み込むと、さらに部屋の片づけを続けるものを残し、小生はトラックへと乗り込んだ。

川崎市高津区へ向かうトラックの荷台の人となった小生は、多摩川の堤防上を渡る夏の風に吹かれてながら、この2年間のことを思い返し少々感傷的になる。家主さんが暮らしていた寮の一室で引越しの荷物を積み込んだ日が、昨日のことのようだった。HH氏が出現するようにならなければ、あの空間はもうしばらく存続したのか、いや、プライバシーのへったくれもない生活を家主さんが続けることへの限界が来ることに、変わりはなかったのだろう。いずれにせよ、家主さんの時間と空間とを引き換えにして得られた、あのような濃密な空間は、二度と得ることはできないだろう。

小生を荷台に乗せたトラックは、ガス橋を渡り多摩川の右岸を遡って進む。東名高速道路の高架橋の下を街中に入り、引越し先へと到着した。何もない部屋の中に段ボール箱が積まれていく。

トラックは何往復かし、引越の作業は一段落した。がらんどうになった部屋をひとまずあとにした小生らは、サウンドコロシアムMZAへと向かった。

サウンドコロシアムMZAで催行されるのは、島田奈美女史のファイナルコンサートである。7月30日は、"73の日"として、例年島田奈美女史のファンクラブ”73CLUB”のイベントが開催されていた日であったが、その7月30日の本日をもって島田女史は引退するというのである。

19900730THE 5th NAMI'S DAY 島田奈美 FINAL CONCERTチケット(表)(150dpi)  width=

最後のコンサートであることは周知されており、全国のファンの方々が集結していたのであろう。サウンドコロシアムMZAは満員となっていた。

ホワイエにて、西村知美女史、杉浦幸女史をみかけた。この二人が来ているのは想定どおり。

+αの勇気
愛を走らせて
No! 
内気なキューピッド
負けないで...片想い
ブルードットの恋
タンポポの草原
SUN SHOWER 
もっと・・・ずっと・・・I LOVE YOU 
Tender Rain 
MOONLIGHT WHISPER 
真紅のカブリオレ
パウダー・スノーの妖精
Curiosity Girl 
真夏のひまわり
WHY DON’T YOU CATCH ME 
Dream Child 
Free Balloon 
----アンコール1----
ガラスの幻想曲
Paradise 
----アンコール2----
九月には微笑んで

という構成。ダブルアンコールも予定どおりという感じであった。

「Dream Child」と「Free Balloon」では、さび部分がなかなか終わらず、酸欠になりそうだった。

本日で引退ということはなかなか実感がわないが、予定どおりの終焉とはそのようなものなのだろう。いつか思い返したときには、区切りとなって心に刻まれているのだ。

島田女史はM.C.中で"お返ししたいと"言っていたが、お返しはあるのだろうか、ファンの方は期待してしまうに違いない。なお、小生は森本社長に青春を預けてはいないので、島田女史のお返しがほいしなどというおこがましいことは思っていない。

コンサート終了後、居酒屋で一杯ひっかけた後、大層広く感じられるようになった大田区多摩川の宿泊場所に最後の宿泊した。

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2020年7月29日 (水)

1990年7月29日

大田区多摩川にて、引越しの準備を行った。

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2020年7月28日 (火)

1990年7月28日

大田区多摩川の宿泊場所を出立し東京駅へと移動し、東京駅にてナガシマスパーランドへと向かう佐野量子女史を見送った。

その後一旦帰宅したのち、大田区多摩川に宿泊した。

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2020年7月27日 (月)

1990年7月27日

引っ越し準備の手伝いを兼ねて大田区多摩川に宿泊した。

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2020年7月22日 (水)

1990年7月22日

川崎アゼリア地下街のスタジオアゼリアにて、文化放送の番組"アゼリアPOPパーティー"の公開録音放送を観覧。
出演者は円谷優子、佐藤忍、小林彩子、北岡夢子、坂井順子の各女史であった。 


その後、立川Will にて島田奈美女史のライヴに参加した。
来週のMZA有明に向けたよいウォーミングアップになったと思う。

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2020年7月21日 (火)

1990年7月21日

河口湖遊園にて佐野量子女史のイベントがあるという情報を得ていた小生は、佐野女史のイベントに行くことは極力辞退するという最近の小生の方針に則り、本日の身の振りかたを検討した結果、イベントには参加せずイベント前の姿だけを拝めれば良し、拝めなければそれはそれで良しといった気持ちで自家用車で河口湖へと向かった。

河口湖遊園の駐車場は有料のようだったので、イベントに参加もしないのに駐車料金を支払うことに抵抗を感じた小生は、自家用車を駐車することができる余地を探しつつ、河口湖遊園前の交差点を南に入った。
数十メートル程南進し、道路右側にかなり広い路肩がある場所を発見した小生は、ひとまずそこに自家用車を停めた。

車外に出て周囲を確認してみる。自家用車は道路にはみ出しておらず、周囲は木がしげり、良い具合に日陰になっている。ここにしばらく駐車することに決めた小生であった。

その場所の東側は小高い丘になっていた。丘の上がどうなっているかを確かめたくなった小生はその丘への入り口を探して南へと進んでみた。その丘と小生が歩く道との比高は次第に小さくなり、左前方には鳥居が見えてきた。
鳥居前に取りつくと左には「冨士御室浅間神社」と彫られた石柱が立っていた。その神社の境内を一回りして、駐車場所へと戻った小生は、しばらくの間車中で休憩と決め込んだ。カークーラーはついていないが山中の外気は涼しく不快ではない。

しばらく車内で休憩していると、小生の眼前に、円を4分割して白と青に塗り分けたエンブレムの付いた見覚えのある自動車が停車した。六本木のカローラとの異名を持つその車種は、どう見ても佐野量子女史のマネージャーの鈴木氏のものなのであるが、イベントの出演者には主催者側から駐車場所が用意されており、このような場所に駐車場所を求めることはなさそうなものである。停車して目的地の確認でもしているのだろう思った小生は、しばらくそのBMW320iを観察していると、佐野女史とマネージャーの鈴木氏が降りてくるではないか。荷物も持っているので、ここから歩いて河口湖遊園に向かうようである。
想定外の展開に驚いた小生も、あわてて車外に出る。
佐野女史一行が突如現れたたことに驚いていた小生であったが、小生を認めた佐野女史一行は、特に驚いたような素振りもなく、小生の横を通りすぎ、河口湖遊園の方面に歩を進めた。小生はそのあとを追って、河口湖遊園へと向かった。

佐野女史一行が、河口湖遊園の門の中に入るのを見届けた小生はここで考えた、入場料を払って中に入るか、当初の予定どおり入りを確認したので帰宅するかを。
門を通してイベント会場を見下ろすことができた。背景は河口湖、門の先を下ったところにはプールがある。舞台はそのプールの向こう岸に設置されている。
結局、客席から舞台までかなり距離があること、帰りが厳しいことなどを考慮し、当初の予定どおりイベントには参加せずに帰宅することにした小生であった。

なお、河口湖遊園においては、本日の出演者の芳本美代子女史の姿も確認することができた。

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2020年7月14日 (火)

1990年7月14日

本日は、まず立川に移動し、Willにて島田奈美女史のライヴイベントの整理券を確保したのち御茶ノ水に移動し、全電通ホールにて催行される、河田純子女史のイベントに参加した。

その後、大田区多摩川の宿泊先へと向かった。

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2020年7月 8日 (水)

1990年7月8日

川崎アゼリア地下街のスタジオアゼリアにて、文化放送の番組"アゼリアPOPパーティー"の公開録音放送を観覧。

出演者は国実百合、里中茶美、北岡夢子、坂井順子の各女史であった。

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2020年7月 7日 (火)

1990年7月7日

本日は、川崎岡田屋モアーズにおいて、ニッポン放送”モアモア歌謡センター”の公開生放送を観覧した。


出演者は、千堂あきほ女史であった。


大田区多摩川に宿泊した。

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2020年6月25日 (木)

1990年6月25日

文化放送の前で佐野量子女史の入り待ちをしたが空振りに終わった。

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