2019年6月 1日 (土)

1989年6月1日

本日は、TBSホールにおいて、"あたまの中はおもちゃランド"というラジオ番組の公開録音イベント”赤坂まるごとライブ佐野量子”が開催される日である。

"あたまの中はおもちゃランド"、"スーパーギャング-コサキン無理矢理やり100%-"の増刊という扱いの佐野女史のラジオ番組であり、  土曜日の夜に10分間放送されている。

本日は木曜日ということもあり、TBSホールでのイベントの開始は夕刻であったため、赤坂に行く前に、半蔵門あたりを歩いていると、エフエム東京の前で、吉田真里子女史に遭遇した。

その後赤坂に到着。TBSホール前に集まっている者たちは、いつもの佐野女史のイベントに集まる者とはだいぶ異なる風合いをしているようであり、割合ではいわゆる"コサキンリスナー"が大勢を占めているといった状況のようであった。

TBSホールに入場。TBSホールに入場するのは1989年2月11日以来である。

確保できた席は、ホール内の中程よりも後方の列。舞台を見下ろすような場所であった。

舞台には楽器が置かれている。”赤坂まるごとライブ佐野量子”という看板に恥じぬ、生バンドを奢ったイベント。「EVERLANDへようこそ」のイントロが流れだすと、佐野女史が登場、白いブラウスに、黒地に白のドットのスカートという出で立ちであった。曲の途中でスカートが落ちてしまうというハプニングがあったが、”下に着てるシャツ長いからだいじょうぶでしょ”との本人談。実際、後方にいた小生からは、シャツに隠れているようには見えたが。

歌の合間に、会場内から選ばれた5人がミソカツ弁当を食べる、というコーナーがあった。ほっかほっか亭がこのイベントに協賛しているのかもしれない。かつては、こういったコーナーには誰かしら知人が選ばれていたものであったが、最近はそういったことも少なくなった。
ということで、座席が後方だったことを除けば、無料、生バンドで、スカートも落ちるという、なかなか充実したイベントであった。

終演後、出る待ちする知人を残し、小生は早々に帰宅した。

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2019年5月14日 (火)

1989年5月14日

本日は、ロスアンジェルスに行っていた佐野量子女史が帰国する日である。


前日、大田区多摩川に宿泊していた小生。JR蒲田駅から秋葉原で乗換え、下総中山駅で下車。ここでYM氏のに拾ってもらい、新東京国際空港に到着した。


新東京国際空港の国際線到着ロビーは1階になっている。まずは、貼りだされいる搭乗者名簿に、名前が乗っているかを確認する。
搭乗者名簿に"KAZUKO SANO"と記載されていることを確認した後、到着予定時刻を確認する。
偏西風の状況により、到着時刻は2~3時間くらいすぐ変動するのである。予定より早く到着することもあるので注意する必要がある。
到着予定時刻を確認したら、あとは待つのみである。


掲示板の、佐野女史が搭乗している便の表示が"到着済み"に変わると、小生らはゲートの前に移動する。
到着した後、ゲートから出てくるのに、優に30分は要するので、その間じっと待つ。
そのうち、手荷物のコンベアが動き出す。
やがて、佐野女史らと同じ便に搭乗していたと思われるかたたちが、ゲートから出てくるようになる。
ゲートの奥を目を凝らして見ていると、佐野女史ら一行は目立つので、かなり遠くを歩いているうちに、発見することができる。
ゲートを出てきた佐野女史を出迎え、コンベア横に移動し、手荷物が出てくるのを待つ。
手荷物が出てきたら、その荷物をカートに積みこみ、タクシー乗り場へと移動する。


この間、佐野女史から、ロス土産ということで、本場の"ナビスコリッツ"を2枚いただいた。


タクシーに乗って都心に向かう佐野女史ら一行を見送る。


といったような流れで、空港での出迎えは進行。


佐野女史からいただいた"リッツ"は、1枚は食べてしまったが、もう1枚は、しばらく保管しておくことにした。


帰路は、五反田まで送ってもらい、大崎広小路駅から池上線に乗車。大田区多摩川に宿泊した。

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2019年5月 6日 (月)

1989年5月6日

本日は、佐野量子女史がロスアンジェルスに出発する日、ということで、佐野量子女史の専門ミニコミ誌スタッフのYM氏の運転するクイントインテグラに同乗させてもらい、新東京国際空港まで佐野女史見送りにいくことになったのであった。

首都高速湾岸線から東関東自動車道、新空港自動車道へと走っていくと、新東京国際空港の手前のバリアで、一旦停車。ここが新空港自動車堂の出口になるようである。料金を支払いつつ、係員に見送りに行く旨と便名を告げる。新東京国際空港は警備は厳しいため、出発便や到着便の便名を告る必要があるとのことであるが、さすがにYM氏は心得ており無事にバリアを通過することができた。バリアを通過した後の道路は新東京国際空港に直結しており、クイントインテグラを空港内の駐車場に残して、小生らは4階出発ロビーへと向かった。

小生にとっては初となる新東京国際空港への来港である。しかし感動している余裕はなく、日本武道館のアリーナよりも広そうな4階出発ロビーの中で、佐野女史を探さねばならない。佐野女史が登場予定の便は、ノースウェスト航空とのことなので、チェックインカウンターの近くで待っていればよいはずである。

やがて、想定どおり、佐野女史一行が現れ、搭乗カウンターで手続きをする。
佐野女史一行は、チェックインを済ませた後、売店で買い物等をした後、出発ロビーの中央にあるエスカレーターに向かう。エスカレーターに乗ることができるのは、搭乗券を持っている者のみである。小生らは、エスカレーターの前で佐野女史一行を見送る。佐野女史一行はエスカレーターに乗って下の階へと降りていった。

エスカレーター前で佐野女史一行を見送った小生ら、飛行機が飛び立つところまでは見送ることはせずに、新東京国際空港を後にした。

再びクイントインテグラに乗車。帰路ということで、時間に余裕があるので、首都高速湾岸線には乗らず、一般道で都心をめざす。行徳街道から今井橋、小松川橋を渡り、蔵前橋通りに入る。
蔵前橋通り沿いにあるほっかほっか亭大平店の前で一時停車、ミソカツ弁当を購入。車内で食す。
その後クイントインテグラは、”土曜日の深夜に日比谷シャンテでイベントが開催されている”という情報に基づき、有楽町へと向かい、有楽町駅駅前の消防署の近くの空いている場所に路上駐車させていただいた。

日比谷シャンテに到着すると、合歓の広場には、日比谷シャンテBOLCK3のビルディングを背にして、仮設の舞台が設置されていた。
イベントはまだはじまっていないようである。
合歓の広場には見知った顔も集まっていた。
こういう場には当然のごとく現れるオリコン通信寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏に、ここで開催されるイベントの内容について問うてみると、この後,、TBSラジオの"土曜の夜につかまえて!"という番組の生放送がある、出演者は、エンジェルスに彩木美来女史など、とのことであった。
オリコン通信寄稿士のペンネーム"CHAO・XX"氏が好む出演者ではあるが、"CHAO・XX"氏の姿はないようである。
そのうち、服部名人以下、通称”服部軍団”の面々も現れた。服部名人が会場を仕切っているような感じである。

22時になり、放送開始。
エンジェルスの面々、彩木女史以外にも、出演者が多数いるのではあるが、小生が認識できたのは澤崎愛子女史のみ。オリコン通信寄稿士のペンネーム”渡辺洋”氏に出演者を聞き取ると、木村真季、原田徳子、加藤房江、中江幸恵、村上弥子(敬称略)との答えが返ってきた。”ミス・アクション”関連の出演者とのことである。

放送は24時前に終わったが、皆、何となくその場に残っている。佐野量子女史の専門ミニコミ誌スタッフのYM氏は、クイントインテグラで来ているので、問題ない。小生も、蒲田行き最終電車まで時間はある。やがて、出演者が日比谷シャンテBOLCK3のビルディングから出て来た。それを見送った後、ようやくと、解散という雰囲気になった。

小生は、有楽町駅から京浜東北線の電車に乗車し、蒲田駅で下車。大田区多摩川に宿泊した。

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2019年5月 4日 (土)

1989年5月4日

本日、小生は、横浜博覧会会場内で開催される”YES’89フレッシュLIVE”に参加する予定であるため、早朝から、横浜博覧会の桜木町ゲート前に待機していた。

小生とその一行は、開場後に、可及的速やかに本日の会場である"YES大ホール”前へと移動し、入場順番待ちの列を形成した。
その後、10時になって整理券が配布され、列は解消された。

会場内を見て回る時間ができたわけだが、ゴールデンウィークのさなかの、もうすぐ昼時という時間帯のためか、会場内はたいそうの混雑状態で、どこのパビリオンも長蛇の列となっている。
軽い昼食を採るためにに、長い列に並んで、ずいぶんと時間がかかった。
その後、コスモクロック21のゴンドラに乗って一回りし、YES大ホール前に戻ろうかという頃合い。会場内の大通りの脇に舞台が設置されているのを発見した。

イベントの気配を感じとった小生は、一人、その舞台周辺をうろついていると、はたして、イベントがはじまった。
登場したのは、蓮舫女史、川島みき女史、結城めぐみ女史。要は、"クラリオン"のイベントであったのだが、芸映フリークの小生としては、芸映所属2名を観ることができたので、望外の幸運であった。

そんなイベントも終わり、YES大ホール前の佐野女史関係の知人と合流した小生。ようやくと、YES大ホールに入場することができた。

なお、本日の出演者は、佐野量子女史、八木さおり女史、岡本南女史、山崎真由美女史である。

こちらで入場。

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 こちらの券は、端に近いということで使用しなかった。

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会場内には、レコード等を販売するための テーブルが設けられていた。小生がそのテーブルに近づいていくと、不意に小生の名前を呼ばれた。テーブルの向こう側にいたのは、元キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店の店長であったK氏であった。キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店が閉店して以来お会いしたことはなかったので、一年程ぶりの再会である。K氏に頼まれて、何も買わないというわけにもいかないので、岡本女史のアナログ盤などを購入する小生であった。

イベントは、出演者がひとりづつ登場し、持ち歌を歌うという形式。八木女史、岡本女史、山崎女史はカラオケでの歌唱であったが、佐野女史だけは、専属バンドの"トゥモローズ"による生演奏であった。

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2019年5月 3日 (金)

1989年5月3日

憲法記念日である5月3日が水曜日に当たったということで、本日は、"笑っていいとも!"の公開生放送観覧のため、新宿アルタ前までやってきた小生である。

キャンセル待ちで入場することとなるため、大田区多摩川の宿泊場所から始発の電車で新宿へ来たのであった。

キャンセル待ちの人数は、まで一桁だった。この分なら入場できそうである。

ハガキを持っている者が入場した後、キャンセル待ちの入場人数の告知がされる。
本日は無事入場することができた。

"笑っていいとも!"の公開生放送を観るのは、1987年7月13日以来である。
その日と異なるのは、佐野女史が"笑っていいとも!"のレギュラー出演者になっているところである。

佐野女史は、昨年の10月から"笑っていいとも!" 水曜日のレギュラー出演者になっていたのであるが、小生は、一度もスタジオアルタに行っていなかったのであった。

なお、本日のテレホンショッキングのゲストと出演者はゆうゆであった。

"笑っていいとも!"終了後、引き続き"ライオンのいただきます"の放送を観覧。

そして本日は、自宅に帰宅した。

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2019年5月 2日 (木)

佐野量子デザイン ミソカツ弁当 包み紙

今回紹介する品は、かつて”ほっかほっか亭”で発売されていた”ミソカツ弁当”の包み紙である。


判型はB5。片面オフセット2色刷り。
入手場所は、紙に押印されているとおり、ほっかほっか亭大平店。
入手日は1989年5月6日であった。


19890506佐野量子_ほっかほっか亭ミソカツ弁当包み紙(B5)(150dpi)


この”ミソカツ弁当”は1989年の4月に販売が開始された1989年6月までの期間限定商品であった。7月になっても材料が残っている間は、購入することができたようである。

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2019年4月30日 (火)

1989年4月30日

前日から、大田区多摩川に宿泊した小生。
横浜博覧会の開場内から放送される、ニッポン放送のラジオ番組"サンデーヒットパラダイス"に、佐野量子女史がが出演するという情報を得ており、これから横浜博覧会の会場へと向かうところである。


横浜駅改札を出て東口へと向かい、そごう横浜店を取り巻くペデストリアンデッキへと登る。

そごう横浜店の横に、横浜博覧会会場へと向かうゴンドラリフトの乗り場がある。

本日はこのゴンドラリフトで横浜博覧会会場へと向かった。


ゴンドラリフトを降り、"ゴンドラゲート"から横浜博覧会会場に入場し、まずは本日のイベント会場へと直行する。

浅井企画から得た情報では"海のパビリオン"が会場とのこと。

博覧会会場内の海に面した部分を案内図で確認してみると、海に突き出8角形の構造物に振られた②の番号の説明書きが"海のパビリオン"となっていた。


海のパビリオンに到着。

すでに"サンデーヒットパラダイス"の放送は開始されていた。


観客は思いの外少なく、小生ら10人程の集団の他、高杢氏目当ての女性たちと、少々の家族連れ合わせても、200人程であろう。


8角形の桟橋状の構造物の内側は、イルカなどが飼育されている生け簀になっている。
高杢氏や佐野女史という明確な目的を持っている者以外では、横浜博覧会の会場の中の最もはずれと言える場所に位置しているこの"海のパビリオン"まで来る観客はそれほど多くはないのだろう。


晴天の下、チェッカーズの高杢禎彦氏や佐野女史は、海側の桟橋上に設置された建物の中にあるサテライトスタジオの中におり、観客は、陸側からその姿を観ている、という光景が展開していた。
佐野女史は、ときおり建物の中から出てきて、イルカと戯れたりしていた。
10時40分、本日のゲストである小川美由希女史が「Never Give Me Up!」を
引き続き、佐野女史が「さよならが聞こえない」
それぞれ、1曲歌唱した後、サテライトスタジオ内に戻っていった。
12時前に番組が終了。
小生らが注目している中、高杢氏、佐野女史らは、桟橋に停泊していた船に乗り込み、その船は沖へと消えていってしまった。
さすがチェッカーズの高杢氏。出待ち対策も万全であった。


残された小生らは、帰路は、桜木町からJR線に乗車し帰宅した。


 

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2019年4月23日 (火)

1989年4月23日

前日は大田区多摩川に宿泊した小生。

 

本日は、三越銀座店で開催される、サンジョルディ日のイベントに、佐野量子女史が出演することになっている。

 

(一部掲載自粛)
ということで、敢えてイベントが終了した頃に三越銀座店に到着するよう、大田区多摩川を出立した小生であった。

 

森の劇場に到着すると、ちょうどイベントが終了した頃合いだったようで、佐野女史関係の知人らは、まだ屋上に残っているという状況であった。
雨は降り続いており、小生は、エレベータの降り口のある塔屋の中にいると、小生を見つけた知人らは、どうして今頃到着したのを聞いてくるのだが、適当に受け流す小生であった。

 

 

本日佐野女史は、この後、福井でもサンジョルディの日のイベントに出演する予定となっている。

 

小生らは、東京駅へと移動し、福井へ向かう佐野女史一行を、新幹線ホームから見送ったのであった。

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2019年4月22日 (月)

1989年4月22日

本日は、東海テレビ放送のサンジョルディーの日のイベントに参加するため、名古屋のセントラルパークへとやってきた小生である。

 

 

セントラルパークでは、名古屋アイドル研究会のUS氏と合流。

 

セントラルパークでのイベント終了後、佐野女史は、大阪に向かったのであるが、小生らは、大西結花女史のコンサートに参加するため、東京へと向かうことにした。

 

以前から面識のあった、徳間ジャパンの小野氏から、招待券をいただいており、小野氏の御好意に甘えることにしたのであった。

 

 

名古屋駅から新幹線で東京駅へと向かう。
東京駅で山手線に田町駅下車。
田町駅から徒歩で郵便貯金会館に到着。
が、大ホールではこれからコンサートを開催するような気配が、全くない。

 

小生とUS氏の二人とも、コンサート会場は郵便貯金会館だと思い込んでいたのだが、よくよく招待券を確認すると、本日のコンサート会場は、郵便貯金会館ではなく、日本青年館だったのであった。

19890422YUKA OHNISHI CONCERT TOUR'89 SPRING WIND招待カード(表)(150dpi)

 

幸いなことに、コンサートの開演時刻にはまだ間があるので、急いで日本青年館に向かい、なんとか開演前に、日本青年館ホールに入場することができた。

 

19890422yuka_ohnishi_concert_tour_2

 

 

小生が大西女史を観るのは、1987年11月7日以来であり、コンサートに参加するのは初になる。
1985年頃は、コンサートを開催することすら難しそうに思えただけに、大西女史のコンサート会場にいるだけで感慨深いものがある。

 

生で聴く「チャンスは一度だけ」は良かった。

 

本日は、行きがけ上、招待券をでの参加であったが、いずれは正規料金を支払って参加しようと思った。

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2019年4月16日 (火)

1989年4月16日

本日はSUNPU博89"の会場内で開催される、"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加するため、静岡市へとやってきた小生である。

 

静岡駅から歩いて10分程で駿府城に到着する。駅から最も近い"SUNPU博89"の会場入り口は、3月に完成したばかりの巽櫓となっている。

 

入場、"SUNPU博89"会場内の特設ステージ前の座席の最前列を確保した。
その後、しばし、会場内を散策する。
静岡県出身者が紹介されているコーナーの中に、佐野女史の名前を見つけた。

 

本日は、"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送なので、音合わせを見越して、12時30分より少し前に特設ステージ前へと戻った。

 

"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加するのは、1988年8月21日以来である。

 

13時に放送が開始された。
本日の出演者は、佐野女史の他、少女隊の3人である。
"SBS歌謡ベストテン"では、出演者が揃うのは番組開始時と終了時のみで、他の時間帯は、司会の二人のアナウンサーと出演者1名(組)のみが舞台上にいるという状態となる。

 

本日は、佐野女史が最初の出演者であった。
「EVERLANDへようこそ」
のイントロが流れだし、佐野女史の持ち時間が始まる。
ほっかほっか亭から"ミソカツ弁当"が出るというM.C.などがあり、佐野女史の時間が終了した。

 

さて、次は少女隊の時間だ、というときに、佐野女史のマネージャーの鈴木氏が、番組スタッフに挨拶をしているのが見えた。佐野女史は番組終了前に帰るのかもしれない、ということで、最前列に陣取った佐野女史のおっかけ一同は、一斉に撤収をし、静岡駅へと向かうこととなってしまった。
少女隊には申し訳ないことをしたが、少女隊ファンの方々がきっと最前列を埋めてくれるだろう。

 

静岡駅で待つこと1時間程、佐野女史がやってきた。
静岡まで自家用車で来た組は、駅で佐野女史を見送り。
小生ら電車組は、新幹線に乗車する。なお、小生は途中駅で下車し、佐野女史を見送った。

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