2019年3月25日 (月)

1989年3月25日

前日、東京都内の中古レコード店巡りをした後、大田区多摩川に宿泊した小生。
本日は、全国朝日放送株式会社制作のT.V.番組"アイドル共和国"の生放送が開催されるという"西武園ゆうえんち"に向かう予定である。
この、"アイドル共和国"という番組は、今回のT.V.番組の改編による新番組のため、観覧が可能かどうかについての情報がなかったのではあるが、行けば何とかなるという考えで、西武新宿線の車上の人のなった小生であった。
小生は"知美ちゃん新聞"のスタッフでもあるオリコン通信寄稿士のペンネーム"西崎知紀"氏とともに、大田区多摩川から出立する。
東村山駅で、西武西武園線に乗り換え、西武園駅で下車。
小生にとっては、西武園駅を利用するのは初である。
西武園駅から、ゆるやかな登り坂を歩く。右手にある施設が西武園競輪場から、西武園遊園地に変わり、またしばらく歩くと、西武園遊園地の中央口が見えてきた。
西武園遊園地へ入場。
小生にとっては、西武園遊園地へ入場するのも初となる。
入園し、園内のどこかにあるであろう"舞台"を探す。
園内には若い女性がすこぶる多いが、そのほとんどの者は本日の"アイドル共和国"出演者を観に来たということが、その風体で知れてしまう。
園内を歩きまわっているうち、池のほとりに舞台が設置されいるのを発見した。
すでに、池に面して3重くらいの人垣ができていたが、幸いなことに、集まっているのはほとんどが女性だったので、舞台に向かっての視界は十分に確保することができた。
"3万円"NA氏、"赤いメガホン"K氏も、その場所に集まって来ている。場所的に、ここに集まるのは必然なのであろう。


番組開始。本日の司会は、夏木ゆたか氏、清水圭・和泉修の2人、SMAP5人。

まず、司会者と出演者が出てきて、"アイドル共和国"の開国ということで、テープカットが行われた。

出演者は柏原芳恵、大西結花、芳本美代子、佐野量子、島田奈美、西村知美、光GENJI、酒井法子、生稲晃子(敬称略)。

その後、TOMMY PAGE氏が"アイドル共和国"の歌の!「REPUBLIC OF IDOLS」を歌うが、口パクだった模様。

屋外舞台では、
生稲晃子女史の「ファンファーレが聴こえる」
島田奈美女史の「春だから」
が、続けて披露された。
その後、屋内からの放送になったようで、屋外舞台はしばらく時間が開く。
再開は、SMAPの歌で、5人で「SMAP」を歌うが、やはり口パクだった模様。
そして、本日は一人欠席しているようである。
また、しばらく時間が開いて、
西村知美女史が、「さよならの学生通り」を歌唱。
酒井法子女史が、「おとぎの国のBRITHDAY」
を歌唱。
その後は屋内会場からの放送になったようで、いつの間にか番組は終了していたようである。
さすがにこれだけ広い西武園ゆうえんちで、出を待つのも困難と思われることから、小生は、オリコン通信寄稿士のペンネーム"西崎知紀"氏とともに帰途につくことにした。


帰路は、西武遊園地駅から、西武多摩湖線のを経由し、国分寺駅に出て、国分寺駅からJR線を利用することにした。

小生にとって、西武園遊園地駅利用は初となる。

西武多摩湖線は、20分に1本列車が出ていたが、この時間はすべての列車が小平駅行きであったため、荻山駅での乗り換えを余儀なくされ、不便であった。

国分寺駅は橋上駅化され、駅ビルができていた。

国分寺駅からJRに乗車。
そして本日は、大田区多摩川に宿発した。

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2018年11月 1日 (木)

1988年11月1日

本日は、THE LIVE-INN(通称"渋谷LIVE INN")にて開催される石川秀美女史のライヴに参加するため、渋谷にやってきた小生。
1986年8月24日以来の渋谷LIVE INNである。


19881101石川秀美ライヴチケット@渋谷LIVE-INN(表)(150dpi)


本日は、芸映の後輩にあたる、芳本美代子女史と、国実百合女史も来場しており、2階席にその姿を見ることができた。

小生は、さらに奥へと進み、椅子席に腰を下ろす。
当然通路に面した席である。

ただし、今回のライヴは、開演即舞台前に突入などということをすると、バラード系の曲が続き梯子を外されたかたちになってしまう。
その点、どの曲で突入すれば良いのかはおおよそ見当がつくところが、"LIVE SQUARE VIVRE"を経験している小生の強みである。


前半は席でおとなしくしていたが、アンコールの声がかかる時点ては、最前列でコブシを振り上げていた。

ダブルアンコールでは、芳本子女史と国実女史も舞台上に登場し、石川女史とともに踊っているという、芸映フリーク的にはうれしいライヴであった。

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2018年9月23日 (日)

1988年9月23日

本日は、オリ通寄稿士のペンネーム"きっぱら一人"氏、東急百貨店日本橋店に連れてこられた小生。

催事場で開催されるPunp Kin(パンプキン)の二人のイベントに参加した。

13時30分と15時30分の二回まわし。

19880923パンプキン_Punp Kin@東急百貨店日本橋店

会場には、オリ通寄稿士のペンネーム"後藤雪之丞"、"西崎知紀"、"CHELSEA♡SPECTOR"の各氏も来場していた。

東急百貨店日本橋店でのイベント終了後、その場の流れで、日比谷シャンテに移動し、"サントリーパラダイス天国"の公開録音に参加することとなった。


普段はTBS東京放送の関係者しか入ることができないであろう1階の入口から日比谷シャンテの建物の中に入る。案内されて地下に降りると、1階のサテライトスタジオとはまた違ったスタジオがあった。
ニッポン放送のラジオハウス銀河よりも幾分か狭いスタジオである。

入場者は三十人程度であろうか。

本日の出演者は、芳本美代子女史、少女隊の3人、我妻佳代女史、チャイルズの3人、岡本南女史、レモンエンジェルの3人。
小生は、芳本女史が目当てである。

番組提供がサントリーということもあってか、スタジオ内で酒類の試飲することができた。
酒豪でもあるオリ通寄稿士のペンネーム"後藤雪之丞"氏がいるということもあり、小生は、収録開始の待ち時間に、水割りを二杯いただく。

会場内は一種異様な感じだったが、それは観客にアルコールが入っていたからというより、レモンエンジェル目当ての観客のためだったような気がする。

岡本女史の歌は聞くのがつらい。
少女隊はなぜか安原女史か不機嫌だった。

本日は、大田区多摩川に宿泊した。

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2018年9月15日 (土)

東武動物公園’88秋のビッグフェスティバルチラシ

今回紹介する品は、1988年秋に東武動物公園で開催された一連のイベント"’88秋のビッグフェスティバル"のチラシである。

判型はA4。
両面カラーグラビア印刷となっている。

198809-11 東武動物公園'88秋のビッグフェスティバルチラシ(A4表)(150dpi)

こちらがおもて面となろう。

東武動物公園の"ハッピーオンステージ"で開催されるイベントが掲載されている。

9月15日"ウエスタンカーニバル"平尾昌晃、山下敬二郎、守屋浩、森山加代子
9月18日(日)中村由真
9月23日(祝)酒井法子
9月25日(日)渡辺美奈代
10月2日(日)山瀬まみ、内海和子
10月9日(日)佐野量子
10月10日(祝)芳本美代子、国実百合
10月16日(日)高橋良明
10月23日(日)榊原郁恵
10月30日(日)岡本南
11月3日(祝)早見優
11月6日(日)長与千種、ライオネス飛鳥
11月13日(日)小川範子
11月20日(日)西村知美
11月23日(祝)石川秀美
11月27日(日)相川恵理

198809-11 東武動物公園'88秋のビッグフェスティバルチラシ(A4裏)(150dpi)

裏面は、"ハッピーオンステージ"で月代わりで開催される"TVヒーローショー"と、東武動物公園のイベントの紹介となっている。

11時と、14時30分は座席指定となっていたので、歌手目当てのお兄さんお姉さんは、12時と13時30分の"TVヒーローショー"の間は、お子さまに席を譲ることができたのであった。

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2018年8月28日 (火)

1988年8月28日

昨日8月27日から、日本テレビ系列の放送局では、"24時間テレビ「愛は地球を救う」"が放送されている。

本日、小生は、静岡第一テレビにおける24時間テレビの会場に向かう予定である。

まずは、昨年と同様、静岡第一テレビに直接電話をし、静岡第一テレビローカル枠の時間を問いあわせたところ、

11時45分~13時"日本全国元気で~す!!"の中の一部
14時~15時20分"ふれあいコンサート"
18時30分~19時"グランドフィナーレ"の中の一部

という回答をいただいた。

さらに中継場所と出演者を確認。
静岡第一テレビ本社:芳本美代子女史、チャイルズの3名、姫乃樹リカ女史
藤枝ユニー:佐野量子女史、我妻佳代女史
とのこと。
なお、静岡第一テレビの担当者様からは"藤枝ユニー"と伺ったが、他から得た情報も加味すると今年の4月に開店した"アピタ藤枝店"だと思われた。
アピタ藤枝店は、藤枝駅のすぐ前に立地しているので、駅のホームからでも確認はできるであろう。
とういうわけで、小生は、藤枝に向かう。


西焼津駅を出発した電車の進行方向左側の窓から外を見ると、遠目にも三角屋根のテントが設置されているのが見えてきた。それは藤枝駅の南、やはりアピタ藤枝店の前が会場ということで間違いないようである。

藤枝駅のホームに降りる。小生を降ろした電車がホームから出ていくと、藤枝駅南口方面の視界が開けた。
眼下には、駐車場とそれに連なる未舗装の空き地、空き地に架設されたテントの屋根、そのむこうに並べられた椅子が広がる。

藤枝駅の南口に降り立つ。
天気は快晴。
暑くなりそうである。

テントの前に到着。
舞台に向かって右端に近いが、最前列の椅子を確保した。


まずは、音合わせで佐野量子女史、我妻佳代女史が登壇する。

その後、渡辺正行氏、小森まなみ女史、佐野量子女史、我妻佳代女史、ブッチャーブラザーズの2名が舞台上に揃い、中継が入る。静岡第一テレビ本社にいる小宮孝泰氏との掛け合いながらの進行なので、静岡ローカル枠のようである。どういうわけか、本日、ラサール石井氏は出演していないようである。

ここ、アピタ藤枝店前の舞台には、石川優子女史も出演するとのことであるが、音合わせには出てこなかった。

その後"ふれあいコンサート"開始。

19880828@アピタ藤枝店前

まずは、放送に乗らない部分で、佐野女史が

「風の花束」
「Dear Girl~少年のような日々へ~」
「星空回線」

を歌唱。

佐野女史の出番が終わると、最前列に陣取る小生の知人らが、暑さに耐えかねてか、APITA藤枝店の店内への退去してしまった。
最前列の席にいる者として、舞台上の出演者を応援する義務があるとは思っている小生であったが、知人らが皆、APITAの中に行くというところに、小生一人だけ我妻女史のために舞台前に残っているというわけにもいかないのである。


そして、14時からの生放送で、静岡第一テレビローカル放送としての"ふれあいコンサート"が開始されるので、小生らも、舞台前の席に戻る。

"ふれあいコンサート"は、ここ藤枝と、静岡第一テレビからの二元中継で、まず

佐野女史が

「TOMORROW」

を歌唱。

引き続き
ブッチャーブラザーズの二人のコント。

静岡第一テレビからの中継に切り替わり、

姫乃樹リカ女史が「もっと Hurry Up!」
チャイルズの三人が「チカちゃん」

を歌唱。

再び藤枝から

我妻女史が「Se キララで行こう!」を歌唱。

再び静岡第一テレビに切り替わり、

芳本美代子女史が「センチメンタル・カーニバル」と、「FREAK-OUT」を歌唱。

再度、藤枝から、
石川優子女史が「時を置いて」

「ドリーミー・ドリーマー」

を歌唱。

そして、"ふれあいコンサート"のエンディングとなった。


この後、佐野女史は、静岡第一テレビに移動するので、小生らも、静岡第一テレビに移動する。


24時間テレビの静岡第一テレビ会場に来るのは、昨年に続いて2回目である。
本年は、昨年よりも観衆が多い。
藤枝から到着した小生らは、後方からの観覧を余儀なくされた。
まあ、歌を聞くわけてもなく、全国放送の中に舞台上に本日の静岡第一テレビでの参加者の画が一瞬中継で入るだけなので、後方でもかまわない、といったところである。

18時30分からのグランドフィナーレ開幕前、舞台上には本日の出演者が勢ぞろいした。
舞台向かって左から、チャイルズの三人、コント赤信号の小宮氏と渡辺氏、芳本女史、姫乃樹女史、小森女史、佐野女史、我妻女史、ブッチャーブラザーズの二人といった立ち位置となった。

19880828@静岡第一テレビ

日本武道館からの中継で、グランドフィナーレが始まった。
舞台下にはT.V.モニターが置かれ、観客側からも、現在放送で流れている映像を確認することができる。

まず、徳光和夫氏、アグネス・チャン女史、後藤久美子女史が画面上に登場。
続いて、来生たかお氏が登場して「Mail of Love」を歌唱。
その後、順次、日本テレヒ系系列放送局からの中継が入る。

静岡第一テレビからの中継は、2回入った。

そして、19時前に今年の"24時間テレヒ"は終了した。
陽はすっかり落ちきり、空は暗くなっていた。

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2018年7月24日 (火)

1988年7月24日

本日は、"フェスタぬまづ"に出演する歌手、石川秀美女史、芳本美代子女史、安永亜衣女史、国実百合女史を観るため、静岡県の沼津市にやってきた小生。

オリ通寄稿士のペンネーム"西崎知紀"氏、"百合ちゃん新聞"の編集発行人NM氏の道案内をしつつ、会場である香陵グラウンドに到着した。


国道414号線を背に舞台が架設されており、舞台前に椅子などはない。
既にカメコの方々が、舞台中央に面した部分の場所をレジャーシートなどで押さえており、小生らは、そのさらに後ろの場所を確保してイベント開始を待つ。

あたりが薄暗くなった頃、SBS静岡放送の番組にもなる

国実女史、安永女史、芳本女史と順番に出演し、最後の出演者である石川女史の時間帯になり、西崎氏と共に立ち上がって拳を振り上げていると、周囲が暗い夜ということも手伝ってか、立ち上がる者も次第に増え、芳本女史も舞台上に出てきて踊りだす。石川女史が最後の曲、 「Carry On!~走り続けて~」を歌うころには会場はかなりの盛り上がりとなった。

石川女史にも満足していただけたのではなかったかと思う。

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2018年3月26日 (月)

1988年3月26日

本日は、ニッポン放送の"モアモア歌謡センター"の公開生放送の観覧のため、川崎に向かう。

今まで参加した"モアモア歌謡センター"は、7階にあるサテライトスタジオからの公開生放送であったが、本日は、1階店頭からの放送ということで、いつもと勝手が違う。
川崎岡田屋モアーズに到着した後、中継場所を探すこととなった。
年間200本以上のイベントに参加するような知人から得ていた情報では、川崎岡田屋モアーズの銀柳街側の入口が、会場となる場合があるとのことだったので、川崎岡田屋モアーズの南側の路地を通り、東側に回り込んでみる。
そこには、"EVENT NEWS"と記された看板が立っており、"モアーズ1F 銀柳街側店頭にて開催"、と記載されていた。

本日のゲストは、佐野量子女史と坂本冬美女史、
ソフトボールのピッチャーとキャッチャーの組み合わせである。

16時30分開始。
佐野女史は、坂本女史とも(おそらく)私服で登場。

19870326佐野量子&坂本冬美@モアモア歌謡センター

佐野女史は「星空回線」
坂本女史は「祝い酒」
を歌う。


"モアモア歌謡センター"終了後は、オリ通寄稿士のペンネーム"渡辺洋"、"西崎知紀"、"JVCの周美今日"氏らとともに、渋谷109に向かい"激突!あごはずしショー"の公開生放送に参加する。

こちらのゲストは芳本美代子女史。

"激突!あごはずしショー"も本日で最終回。入場方法などの勝手がわかってきとたころなので残念である。

出演者の中では、おなじみの赤いタキシードを着た"オペラ怪人"が相変わらず抜群に面白かった。


番組終了後、翌日に備え、東京都区内の知人宅に宿泊した。

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2017年12月21日 (木)

1987年12月21日

本日は、芳本美代子女史の"87MIYOKO.SPECIAL.LIVE"があるということで、営団地下鉄表参道駅までやってきた小生。

会場となる、南青山のハナエモリビル前に到着はしたのだが、あまり気乗りせず、夜の表参道の街でどうしたものかと逡巡していると、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏がやってきた。
さすが"芸映フリーク"を自称する西崎氏である、

小生も西崎氏にと共に入場することとした。

会場はハナエモリビル5階の"ザ・スペース"である。

19871221_87MIYOKO.SPECIAL.LIVE_リーフレット(表)(150dpi)
19871221_87MIYOKO.SPECIAL.LIVE_リーフレット(裏)(150dpi)

アルバム『I’m the one』の収録曲を中心とした構成であった。

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2017年12月11日 (月)

1987年12月11日

本日は、ニッポン放送の"ロッテヤンスタNo.1"の公開録音に参加の予定である。

"ロッテヤンスタNo.1"は、ニッポン放送本社の"ラジオハウス銀河"、通称"銀河スタジオ"で収録される。
入場には"御招待券"が必要であるが、本日は、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏から"御招待券"をいただいていた。

開場は17時30分。
開場前から、前出オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏の他、同ペンネーム"渡辺洋"なども集まり列を作る。

余った"御招待券"の受け渡しも行われており、小生くらい知人がいる者であれば、"御招待券"を持たずともこの場に来さえすれば余った券を融通してもらい入場することはできそうである。


19871211ロッテヤンスタNo.1御招待券(裏)(150dpi)

19871211ロッテヤンスタNo.1御招待券(表)(150dpi)


入場が開始されると、列が動きだす。
"ラジオハウス銀河"までは階段を昇って移動する。


"ラジオハウス銀河"に入るのは初である。
開け放たれた扉からスタジオ内に入ると、内部は左右に広い楕円状となっており、中程に、椅子が並べられていた。
並べられた椅子の前方部分は、何も置かれておらず、向かって左に寄りに置かれた机が、司会者、出演者の席のようである。

場慣れした者が多いのであろう、列がスタジオ内に入っていっても、混乱もなく、整然の椅子が埋まっていく。


全員の入場が終わったところで、こういった公開録音番組では恒例の、前説が始まる。

拍手は強く細かくである。


やがて司会者のキッチュ氏と嘉門達夫氏が登場。収録の準備が整った。


番組オープニング曲が流れ収録開始。
本日のゲストの紹介。
芳本美代子女史、大西結花女史が登場。
小生が、芳本女史を見るのは8日目、大西女史のほうは9日目となる。


まずゲストが2名が登場したということは、2本録りということであろう。

番組は、トーク部分を収録し、一旦休憩。
歌の部分は、観客席前方の、空いている場所で生歌を歌い、別に収録。
歌の収録の際にNGが出た場合は再テイクとなるようである。テイク2を観ることができたら運が良かったのかもしれない。


2本録り2本目のゲストはStepとA-Cha。


この"ロッテヤンスタNo.1"では、スタジオ内で生歌を聴くことができる。平日の夕方開始というのが難点ではあるが、良いイベントであると感じた。

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2017年6月 6日 (火)

1987年6月6日

本日はキクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店の店長K氏からの、小沢なつき女史のイベントを開催するので来ない?、との要請を受けたため、横浜までやってきた小生。

キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店で時間をつぶしていると、店の横浜駅側の出入り口を出て左の岡田屋モアーズ側。ダイヤモンド地下街から岡田屋モアーズへ向かう通路にテーブルを据えつけられた。

やがて小沢なつき女史がやってきてイベント開始。小沢女史はデビュー前とはいえ、地下の通路を会場にしたイベントでかなり現場はかなり混雑した。

とはいえ、いつもお世話になっている、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店での開催ということで、握手会に参加し、サイン色紙をいただいた。

19870606横浜岡田屋モアーズ_小沢なつき

19870606小沢なつき「追いかけて夏」サイン色紙(150dpi)


引き続き小沢女史は川崎岡田屋モアーズのテイトムセンでイベントを開催するとのことなので、小生も川崎に移動。岡田屋モアーズでのイベントを観た後、引き続き芳本美代子女史と、勇直子女史がゲストのモアモア歌謡センターの公開録音にも参加した。

現地では、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"JVCの周美今日"氏、"PINK TANK"氏、"きっぱら一人"氏、"ぼっけもん"氏、そして"知美ちゃん新聞"編集人のTT氏等と顔を合わせ、その後"PINK TANK"氏の家に宿泊させていただいた。知り合ってまだ間もないが、お互いオリコン通信上に掲載された文章を読んでいるので、既に旧知の間柄のようなもの、抵抗はまったくなかった。

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