2017年6月29日 (木)

1987年6月29日

本日は、まず五反田の親切堂ビルの6階にある浅井企画の事務所に行き、佐野量子女史のファンクラブ特製テレホンカードの注文と入金。1枚900円。ファンクラブ会報"ぽしぇっと"に掲載されていた白黒の写真は、明らかに野村誠一氏の撮影とわかるものである。

その後渋谷まで移動し、日本大学石川秀美研究会の面々と合流。
本日が発売日となる、Egg-manで7月29日の石川秀美女史のライヴのチケットを購入。

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2017年5月27日 (土)

石川秀美 月刊明星1987年7月号切り抜き

昨日紹介したクリアファイルの中には、当然、石川秀美女史関連の、チラシ、カタログ、雑誌の切り抜きなどが挟まっていたのであるが、その中でも特に思い出深い品が、この月刊明星1987年7月号の切り抜きであった。

石川秀美 月刊明星1987年7月号切り抜き(150dpi)

当時、このグラビアを見たとき、こんな、撮影場所がわかってしまうような写真を載せて良いのか?、
と思いつつも、なんとなく、あのあたりだな、とわかる撮影場所を確かめたくなってしまったのだった。
実際にそれと思われる場所に行ってみて、撮影場所であろうと推定した建物がこちら。

メゾンドカメリヤ

確認できたことに満足し、その後行くことはなかったが、後に石川女史本人に直接聞いてみたところ、スタイリストさんの部屋で撮影したとのことであった。

実際に住んでいる場所で撮影するわけがないので、当然といえば当然であるのだが、ちょっとがっかりしたという。

そんなことを思い出した切り抜きであった。

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2017年5月26日 (金)

石川秀美クリアファイル

今回紹介する品は、石川秀美女史のクリアファイルである。

判型は、B判主流だった当時としては珍しいA4判ファイルサイズ。
"さわやか天使"のキャラクターロゴが印刷されている。
このキャラクターロゴが使用されていることから、制作されたのは1982年から1983年の頃だと推定される。
入手経路は不明。

石川秀美クリアファイル(150dpi)

現在でこそ、クリアファイルは定番のアイドルグッズではあるが、1982年頃では、まだ、一般的なものではなかったように思う。

本品のように単色刷りでは、販促グッズとしての魅力に乏しく、フルカラー印刷で提供される下敷きなどに目が行ってしまうのは当然のこと。

そして、クリアファイルが、販促グッズとして脚光を浴びるようになるのは、フルカラー印刷の技術ガ浸透して以降ということになる。

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2017年3月29日 (水)

1987年3月29日

本日は、13時からオリコン通信の読者集会に参加。その後渋谷Egg-manで石川秀美女史のライヴに参加の予定。

いままで小生は、オリコン通信の読者集会にはメッセージ入りのカセットテープこそ送ったことはあったが、参加はしたことがない"謎の常連"で通してきたつもりであり、もちろんペンネームを人に告げたことなどはかったのだが、ある日、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街で、同店の常連客の方から、"知ってるよ○○君でしょ"とペンネームを言い当てられ、自分の知らないところですでに有名になっており、もはや"謎"ではないことを悟ったのであった。
今回のオリコン通信の読者集会は、ペンネーム"GPZ-250"氏により告知されたものである。"GPZ-250"氏はオリコン通信読者集会の主催者としては最も経験があることから、運営も問題ないであろうし、参加者も数多く見込めることから、初参加を決めた次第である。

集合場所は、神奈川県民ホール噴水前。集合時刻は13時。神奈川県民ホール前の階段を昇ると、一目でそれとわかる、いわゆる"暗い子"がちらほら見える。
写真でご尊顔を拝したことのあるペンネーム"GPZ-250"氏の仕切りにより、だらだらと山下公演に移動。参加者は30名程度であろうか。自己紹介。ペンネーム"WHY"氏の「高木ブー伝説」のサビ部分の絶叫には驚嘆。
続けてクイズ大会。小生はどちらかというと傍観。

その後、"君こそ評論家!"と同様、終了前に、ジャンケンによる賞品配布。
イベントを詰め込んだため、会話の時間はあまり取れず、一旦終了した後、残っている方々と雑談などをし、名古屋大学アイドル研究会のペンネーム"西崎知紀"氏の名刺をいただいたりした。4月から就職とのこと。そういう季節なのだな、と感じた。

他に、本日集まった有名どころの常連投稿者はというと、かつてキクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街で小生のペンネームを言い当てたペンネーム"JVCの周美今日"氏の他、ペンネーム"PINK TANK"氏、ペンネーム"CHELSEA♡SPECTOR"氏、ペンネーム"渡辺洋"氏、ペンネーム"さわやか天使の輪"氏等々。


読者集会終了後、小生は、石川秀美女史の"Spring Tour In Live Square 1987"に参加するため渋谷に移動。

本日の会場は渋谷Egg-man。15時からと19時からの2回まわしであったが、15時の回には間に合わないため、19時の回のみの参加となる。
1回目にも参加している日本大学石川秀美研究会の会員と合流。

小生は渋谷Egg-manに入場するのは初となる。ライヴハウスの常で、自由席となるため、どのあたりの席を確保するかが重要ではあるが、今回は1回目に参加した同行者がいるため、席の選定はおまかせにすることができ、その点は気楽である。
今回はステージ向かって左側方面、左端に近いが、最前列を確保することができた。

ここ渋谷Egg-manは、今まで入ったことのある会場の中でも、最も狭い感じである。
横長の会場だが、ステージ幅は"LIVE SQUARE VIVLE"より短い感じ。奥行きも"LIVE SQUARE VIVLE"より若干短い感じがする。ステージの高さは低め、"LIVE SQUARE VIVLE"と同程度で、後ろから押されるとステージに覆いかぶさってしまうので、最前列の客は、後ろに押し返す覚悟が必要となろう。
そして、客席中央には柱が立っており、後方からの視界を妨げている。混みあうライヴの場合は早めに入場し、柱より前に席を確保すべきであろう。

開演。
最終日の2回目なので盛り上がる。序盤から総立ちとなった。
やはり、後ろから押されるので、ステージに片手をついて、振り上げるのは片手のみ、という体勢になってしまう。
体力を消費したが、良い汗をかいた感じであった。

外国人の方が"Very exciting"と言葉を発したことが印象に残った。

終演後、外に出てEgg-man入口前で談笑していると、芳本美代子女史がEgg-manから出てきた。
会場内では芳本女史を確認することはできなかったが、本日芳本女史は、渋谷東急本店で"芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”と銘打ったイベントを開催していたこともあり,、事務所の先輩のライヴを観に来ていたのであろう。

小生は前述のとおり横浜にいたため、芳本女史の、そのイベントには参加できなかったのだが、"握手券"は所持していた。

芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”握手参加券(表)(150dpi)

芳本女史Egg-manから出てるのを確認した小生は。すかさず、その、薄手の桃色上質紙の単色刷りの握手会参加券を取り出し、"はい握手券"と芳本女史に差し出した。芳本女史はそれを一瞥すると、"なんだこりゃ?"との言葉を発し去っていった。夜の屋外で暗かったため、何を見せられたか理解できなかったのかもしれないが、この洒脱とは言い難い返しは減点であろう。

芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”握手参加券(裏)(150dpi)

芳本女史を見かけたりしたのは想定外のだったが、
ライヴの内容は期待どおりの満足のいくものであった。
もうしばらく余韻に浸っていたいことろではあったが、日曜日の夜ということもあり、終電に間に合うよう帰路に就いた。

ところで、小生が握手会参加券を所持していた"芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”のイベントは
3月26日(木)名古屋 テルミナ屋上 13:00~
3月28日(土)立川 フロム中武屋上 13:00~
3月28日(土)大宮 We屋上 16:00~
3月29日(日)渋谷 東急本店屋上 13:00~
4月1日(水)千里中央 セルシー広場 13:00~
4月1日(水)名谷 スマパティオ 16:30~
と、全国6か所で開催されるものであった。
小生は本日3月29日に参加できず、さすがに大阪、神戸までは行くつもりもなく、この握手会参加券は使用されることなく、小生の手元に残されることとなったのであった。

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2017年3月21日 (火)

1987年3月21日

本日は、横浜VIVRE21、8階の"LIVE SQUARE VIVRE"における石川秀美女史のライヴに参加。"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"と銘打たれたツアー の初日にあたる。


"LIVE SQUARE VIVRE"でのライヴに参加するのは3回(2日)目なので、入場の要領はわきまえている。
ただし、今回はチケットに整理番号が打たれており、その順番に並んで入場となった。

19870321石川秀美チケット(表)(150dpi)

小生のチケットの番号は14番である。ステージ幅の広いここ"LIVE SQUARE VIVRE"であれば、最前列が確保できる番号である。

日本大学石川秀美研究会の会員諸氏も集合。入場は別々にはなるが、会場内で合流するということとした。
14番という最前列の座席を確保するのには微妙な入場順なので、最初から入口から遠い側の最前列狙いである。
この箱は、ステージ側から見ると左後方に入口があるため、最初に入場した者がステージ中央の座席を占めると、後に続くものはその前の最前列を確保するといった具合に、ステージに向かって右側の席から埋まってくる。従って、小生は最初から会場最後方の通路からステージに向かって左側に回り込み、最前列の席を確保した。日本大学石川秀美研究会の会員諸氏にもその旨意志統一されており、会員6名が小生の周辺一角を占めることとなった。

入場から開演まで30分無いため、早々にドリンクをいただく。

19時開演。
小生らは1曲目から立ち上がりタテのり。
11月から何回か続いた、石川女史のファンではない客が多かったと思われるホールコンサートとは異なり、この会場の観客はほぼ石川女史ファンだと思われるため、石川女史の煽りに対する反応も上々である。
やがて、会場は総立ちとなった。

終演まで切れ目なし、気持ちよく汗をかくことができた。

最後に、アンケート用紙が配布されたが、渋谷Egg-manにも行く予定のため、今回は提出せず、いただいて帰って来た。

19870321HIDEMI Spring Tour in Live Square ライブアンケート(表)(150dpi)

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2017年3月20日 (月)

石川秀美"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"チラシ

今回紹介するのは、石川秀美女史のライヴツアー"HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987"のチラシである。ライヴスケジュールが掲載されている他、発売中の22枚目のシングルレコード「密室のハリケーン」の宣伝がされている。

B5コート紙の2色刷りとなったている。
入手経路は不明。

今回のライヴツアーは、

1987年3月21日19:00~横浜・ライブスクエアビブレ
1987年3月25日19:00~豊橋・かごやホール
1987年3月26日19:00~大阪・バーボンハウス
1987年3月27日19:00~名古屋・ハートランド
1987年3月29日15:00~19:00~渋谷・エッグマン
の5か所6回公演。
前回のツアー"“Carry On”Summer Tour In Live Square 1986"の7か所14回から、公演回数が大幅に減っているのが気にかかるが、人気が落ちているための現実として受け止めねばなるまい。

石川秀美HIDEMI ISHIKAWA Spring Tour In Live Square 1987

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2017年2月28日 (火)

1987年2月28日

本日は、練馬文化センターで開催される石川秀美女史のコンサートに参加。

西武池袋線の練馬駅下車。練馬駅に下車するのは初になる。
北口を出てしばし歩くと、広々とした芝生の広場が現れた。その先の建物が目指す練馬文化センターであった。

練馬文化センターに入るのも当然初になる。

今回のコンサートも、日本大学石川秀美研究会会長のS氏にチケットを確保していただいた。

19870228石川秀美チャリティーコンサートチケット(表)(150dpi)

A列27番とは、最前列ほぼ中央である。ということは、盛り上げ隊の役割が期待されていることは言わずもがなである。それにしてもS氏の行動力には驚くばかりである。

今回はパンフレットも用意されていた。
A3のアート紙を二つ折りにし、4ページとしたものであった。

19870228石川秀美チャリティーコンサートパンフレット(表1)(150dpi)

19870228石川秀美チャリティーコンサートパンフレット(表4)(150dpi)

パンフレットのリストによると、構成は、前年11月から12月に催行したコンサートに準じたもののようである。

19870228

開演。
開始から数曲はスローナンバーなので小生らもおとなしくしている。
周囲の観客のノリは昨年のコンサートよりも良い感じである。

途中小生らが立ち上がると、周囲も立ち上がり、なかなかの盛り上がりとなった。

チケットには"チャリティコンサート"と大書きされており、主催の"統合サークルパンプキン"、共催の"池袋ライフアカデミー""統合サークルフェニックス"、協賛の"国際救援友好協会"ともよくわからない団体だったため、どんな内容かと心配ではあったが、生バンドのしっかりしたコンサートであった。

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2016年12月13日 (火)

1986年12月13日

本日は川崎産業文化会館での石川秀美女史のコンサートに参加。

実は12月12日にも平塚市民センターでコンサートがあったとのことだが、どういった理由かは不明であるが、日本大学石川秀美研究会のS氏から、参加の打診はなかった。

そして本日は、静岡駅ビルパルシェでの"JanJanサタデー"の公開生放送(ゲスト:佐野量子、井森美幸)に心引かれたが、前もって参加を約してあったので、静岡でなはく、ここ川崎までやってきた小生であった。

東海道線川崎駅下車、川崎にはモアモア歌謡線センターの公録等で何度も来ている。
徒歩で会場となる川崎産業文化会館に向かい、15分程で到着。
川崎産業文化会館に入るのは初である。

川崎産業文化会館で日本大学石川秀美研究会の面々と合流。

19861213秀美コンサート'86チケット(表)(150dpi)

19861213秀美コンサート'86チケット(裏)(150dpi)

19861213秀美コンサート'86座席券(表)(150dpi)

今回S氏が持ってきた座席券は、2列目中央のものであった。
会場が政令指定都市の中心地で土曜日と、場所、開催日とも良いといったことが影響しているのであろうか、S氏が交渉すれば最前列が当たり前、といった感覚にもなってはいたが、確かに、簡単に最前列が取れるわけもなく、今までのことは僥倖と受け止めなければなるまい。

会場に入る。1,900人余の定員で2階席まである会場である。
客層は、相模原、秦野と少々異なり、若者が多いという印象であった。

開演。最前列でないため、立ち上がってもプレッシャーが若干少ない。客層が異なるためか、観衆のノリも良いようである。

アンコールの頃には観客の半数程度は立ち上がっていた気がする。

静岡には行くことができなかったが、良しということにしよう。

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2016年12月11日 (日)

1986年12月11日

本日は秦野市文化会館での石川秀美女史のコンサートに参加。

最寄り駅は小田急線の渋沢駅。渋沢駅で下車するのは初になる。
徒歩で会場となる秦野市文化会館に向かう。
渋沢駅から国道246号線に出て東進、富士スーパーの先の交差点を左折。20分程で秦野市文化会館に到着した。

秦野市文化会館で日本大学石川秀美研究会の面々と合流。

19861211秀美コンサート'86チケット(表)(150dpi)

19861211秀美コンサート'86チケット(裏)(150dpi)

今回も、12月9日の相模原市民会館のコンサートと同様、"民音"主催のコンサートである。
S氏は前回と同様、座席券持って戻ってきた。

19861211秀美コンサート'86座席券(表)(150dpi)

やはり最前列中央である。

今回のホールは相模原市民会館のホールよりやや大きく、1,400人余の収容人員がある。
その座席もほぼ満員となった。
相模原市民会館と同様の客層。

コンサートの構成も相模原市民会館のときと同一。
いま一つ盛り上がらないのも同一。
楽しめないのも同一。

徒歩で渋沢駅まで戻り、帰宅した。

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2016年12月 9日 (金)

1986年12月9日

本日は相模原市民会館での石川秀美女史のコンサートに参加。

最寄り駅は横浜線の相模原駅。相模原駅で下車するのは初になる。
徒歩で会場となる相模原市民会館に向かう。
ゴトーの脇を通り市役所を通過、20分程で相模原市民会館に到着した。

会場で日本大学石川秀美研究会の面々と待ち合わせ。チケット受け取る。
今回のコンサートは、開催されることも日本大学石川秀美研究会会長のS氏から初めて聞いたものであり、告知もほとんどされていなかった。普通のコンサートとは違った筋のもののように感じたが、良い席で見ることができるということで、チケット確保もS氏に一任してあったものである。

19861209秀美コンサート'86チケット(表)(150dpi)

1986120986150dpi_2

いただいたチケットには、"主催:財団法人民主音楽協会"とあった。通称"民音"と呼ぶそうである。
本日のチケットの他に、12月11日の秦野市文化会館、12月13日の川崎産業文化会館のチケットも受け取った。

このチケットは"当日座席指定"ということで、別に座席券があり、座席はそちらの券で指定されるとのこと。
S氏はどこかにか話しを通していたらしく、関係者に話しをしに行き、最前列ほぼ中央の座席券を持って戻ってきた。

19861209秀美コンサート'86座席券(表)(150dpi)

会場となってホールに入る。小生ら一行が指定された座席は本当に最前列中央であった。
開演時刻も近づき、振り返って客席を見回すと、1,200人余定員のホールはほぼ満員となっている。お年寄りや子供連れの方など、客層が明らかに普段と違う。親衛隊の姿も見えず、小生ら10名に満たない人数で会場を盛り上げるのは、大成建設の園遊会のとき以上に困難なような気がする。

「LOVE COMES QUICKLY~霧の都の異邦人~」
で開演。
盛り上がる曲で小生らは立ち上がるがあとに続く者はいない。後ろからの視線が背中に突き刺さるような気がする。

途中、NAO&NOBUの高橋伸明氏がゲスト出演し、和やかな空気を演出する。

しかし、石川秀美女史はロック指向。会場が盛り上がってナンボという意識があることは明白。最前列中央の席を用意された小生らは会場を盛り上げる努力をする義務がある。

アンコールの頃には小生ら以外ににも立ち上がる客がいたが、総立ちにはほど遠い。
最前列であったが、あまり楽しめないコンサートではあった。

演奏曲目は以下のとおり

「LOVE COMES QUICKLY~霧の都の異邦人~」
「CHASING SHADOWS~退屈なダンス~」
「野生の白(ブランシュ)」
「BANDAGE」
MC
「ゆ・れ・て湘南」(NEW VERSION)
「涙のペーパームーン」
「スターダスト・トレイン」
「バイ・バイ・サマー」(NEW VERSION)
MC
「夢の中の二人」with高橋伸明
「ヴィーナス」with高橋伸明
MC(コカコーラの歌を歌う)
(曲名不明)
「危ないボディ・ビート」
MC
「春霞恋絵巻」
「BE BOP JUNGLE」
「SHOOT SHOOT」
「Get Away」
「サイレンの少年」
 MC(バンド紹介)
「ミステリー・ウーマン」
「郷愁(ノスタルジア)」
「TONIGHT IS FOREVER」
アンコール
「愛の呪文」
「Sunday’s Park」

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