2017年8月24日 (木)

1987年8月24日

本日は川崎岡田屋モアーズ屋上で開催される西村知美女史のイベントに参加。

本日のイベントは、8月17日(月)に参加した池袋サンシャインシティALPA噴水広場のイベントと同じく"愛の夢’87・夏 西村知美 全国100,000人握手会"のイベントであり、関東地方での掉尾を飾るべきイベントである。

事前に参加券を入手していた小生は、川崎岡田屋モアーズへとやってきた。
開店前に到着していないというところからして、西村女史への熱の入れ具合が測られてしまう。実際、朝早く来て良い席を確保したいとまでは思わず、握手券も手元にあることだし見る場所はどこでも良いか、という感じではあった。

川崎岡田屋モアーズには、"モアモア歌謡センター"で何度も来ているのだが、屋上に上がるのは、今回が初めてであった。

会場には、芸映フリークと言っても良いオリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏、"奈美ファンタジィ"スタッフのMU氏、"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏など、西村女史のイベントなりの顔ぶれが揃っている。

イベント開始。

「初めまして 愛」

会場からのリクエストにより
「見えてますか、夢」
「シンフォニーの風」
を唄う。
「シンフォニーの風」カラオケの音が流れなくなるというトラブルが発生するも、曲も終わりに近かったので、そのままオケなしで歌いきる西村女史であった。

アルバムから
「愛まで何マイル」

最後に最新曲
「ポケットに太陽」

今週8月27日の"ザ・ベストテン"は、宇部の常磐公演から中継するとのことだったが、放送前に話してしまって良いのだろうか。

最後に握手会。

19870824西村知美“愛の夢’87・夏”西村知美全国10,000人握手会参加券(表)(150dpi)

19870824西村知美“愛の夢’87・夏”西村知美全国10,000人握手会参加券(裏)(150dpi)

翌日の松山に行くというTT氏らを見送って、小生は普通に帰宅したのであった。

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2017年8月17日 (木)

1987年8月17日

本日は池袋サンシャインシティALPA噴水広場で開催される西村知美女史の"愛の夢’87・夏"に参加。

この"愛の夢’87・夏"というイベントは"西村知美 全国100,000人握手会"とのサブタイトルがついているとおり、サイン&握手会で全国を回るというものである。時期的には1987年6月5日発売の「初めまして 愛」と、1987年8月5日に発売された「ポケットに太陽」のキャンペーンということになる。

西村女史は、芸映プロダクションの新人歌手恒例の、"東海道"の名を冠したキャンペーンを実施していなかったが、デビュー2年目にしていきなりの"全国"キャンペーンとなった。
そのキャンペーンとは、参加券裏面に記載されている"握手会スケジュール"によれば、

7月25日(土)15:00~ 伊丹ツカシンチャーチスクエア
7月27日(月)15:00~ 西新岩田屋屋上(福岡)
7月30日(木)13:00~ 名古屋テルミナ屋上
16:00~ ミカ・ショッピング・センター西尾
8月2日(日)12:00~ 大宮We
16:00~ 東急百貨店本店
8月8日(土)15:00~ 静岡伊勢丹
8月10日(月)13:00~ サンテラス磐田
15:30~ サンテラス浜北
8月11日(火)13:00~ 札幌そごう屋上特設会場
8月13日(木)13:00~ ダイエー山交ビル屋上
17:00~ サンキョウ福島本店6階
8月17日(月)15:00~ 池袋サンシャイン
8月18日(火)13:30~ 宇都宮西武デパート屋上
8月19日(水)13:00~ プラーカ新潟ギリシャ広場
8月23日(日)11:30~ 山陽放送“ビバ・ワンダーランド”(岡山きびの郷)
8月24日(月)14:00~ 川崎おかだ屋モアーズ屋上
8月25日(火)13:00~ いよてつそごう(松山)
8月26日(水)16:00~ シーモール下関
8月27日(木)13:00~ 宇部文化会館
(原文ママ)

と、北海道から福岡までの20か所が記載されいる。20か所で10万人ということは、1か所あたり5,000人ということになり、それはいかにも無理というものであるが、実際のところ"西村知美 全国100,000人握手会"は、6月7日の吉祥寺東急からの人数を集計するようであり、たとえば先日7月23日のよみうりランドEASTでのコンサートも、コンサートでありながら握手会を実施するなど、ここに記載した以外の握手会も開催されている。しかしそれでも10万人に到達するのは困難ではないかと思える。

閑話休題、サンシャインシティに向かう小生であった。かつて"アップルシティ500"が放送されていた頃、サンシャインシティには行ったことがある。したがって、イベント開始直前の今頃になって噴水広場に行ったとしても、満足に観ることはできないであろうということは想像できたが、それでも、会場に行けば誰かしら知人に会うことができるであろうということが、小生の足をサンシャインシティALPAに向かわせた。

噴水広場に到着してみると、当然椅子席に空きはなく、立ち見客が三重四重にも取り巻いており、隙間から観ることさえ困難な状態であった。これは想定どおりなので仕方がないところ。

19870817サンシャインシティALPA噴水広場_西村知美

会場では、オリコン通信常連投稿者のペンネーム"西崎知紀"氏、西村女史の専門ミニコミ誌である"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏などがおり、その一団に合流した。これも想定どおり。

イベントは、「初めまして 愛」、「友だちね」、「ポケットに太陽」を唄った後、握手会へと進行。小生は握手会には参加しないこととした。

その後、"知美ちゃん新聞"の編集発行人のTT氏に誘われ、東京工業大学大岡山キャンパスに向かうこととなった小生。TT氏に連れられ、東急電鉄の大岡山駅で下車し、大学の正門を通り過ぎ、学生食堂らしき建物に案内された。そこで紹介されたのが、佐野量子女史の専門ミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"の編集人のOM氏であった。

TT氏たちとは一旦離れて、OM氏と、佐野女史のことやミニコミ誌"おれんじ☆てぃー"のことなどを話していると、
OM氏は"今度デビューするんですよ"と一冊のファイルを取り出し、小生に手渡す。ファイルには、今度デビューするという2名の女性のプロフィールや、事務所とその女性との契約書などが、クリアポケットに入れられ収まっていた。小生は、芸能事務所との契約書などを見るのも初めてであったが、読めば読むほど、あまり気持ちの良いものではない、ということはわかった。
そしてこの未来のアイドル2名に幸あれと、少しだけ思った。
さらに、あまり売れているとはいえない、とあるアイドルの行く末を案じたりもした。

夜も更けてきた。小生も帰宅せねばならない。
東京工業大学に残るOM氏とTT氏とは、8月20日の再会を約して分かれ、小生は大岡山駅から帰途についた。

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2017年7月23日 (日)

1987年7月23日

西村知美女史のコンサート"愛の夢’87夏"に参加するため。よみうりランドに向かう小生。

7月23日のよみうりランドというと、昨年は同じ芸映プロダクション所属の石川秀美女史が"オープンシアターEAST"コンサートを開催している。これは決して偶然ではなく、やはり芸映プロダクション所属の河合奈保子女史が、誕生日である7月24日に、"オープンシアターEAST"でコンサートを開催することが恒例となっており、その前日ということで7月23日の開催となっているのであろう"前座"的な日なのである。そのような日であったが、石川女史は、一年で西村女史に明け渡すことになってしまった。

ちなみに小生は昨年の石川女史の"オープンシアターEAST"でのコンサーには参加していない。夜間の公演であったため、帰りの時間が厳しいこともあり、遠慮させていただいたのであった。
その点、今回の西村女史のコンサートは昼間の催行ということで、小生にとっては好都合であった。

電車を乗り継ぎ会場に向かう小生は、京王相模原線の車内で、"奈美ファンタジィ"スタッフのMU氏と偶然出くわし、会場まで同行することとなる。なお、このMU氏は、2月14日の浦和CORSOのイベントで、小生の左斜め後ろの集団からステージ上に上がっていた方であり、やはり普通の"○○ちゃんのファン"のレベルを超越している方であった。その後、縁あって知り合いとなっていたものである。


京王よみうりランド駅で下車し"スカイロードで"山を登り、よみうりランドに入場する。
小生にとっては1986年10月10日以来のよみうりランドである。

スカイロード前の入園口から入園し、海水水族館、水中バレエ劇場前を通りすぎ、"オープンシアターEAST"に入場する。

19870723西村知美“愛の夢’87夏”チケット(150dbi)

会場で会った知人は、オリコン通信常連投稿者ではペンネーム"神谷ちかを"氏と"渡辺洋"氏、知美ちゃん新聞の編集人のTT氏、A高校OBのAT氏等。本日は、西村女史の専門ミニコミ誌である"知美ちゃん新聞"の読者集会が開催されたとのことである。

コンサートパンフレットを購入。

19870331西村知美「愛の夢」'87コンサートパンフレット

開演が近づくと、小生は知人らと離れ、会場のはるか後方、観客がいない場所を選んで腰を下ろした。周囲には誰もおらず、野外コンサートの解放感を、より一層感じることができるであろうと考えたが故の選択であった。
熱いベンチ。日差しが強い。夏の盛り。

19870331西村知美「愛の夢」'87コンサートセットリスト

開演。ベンチに半ば寝そべりながら曲のリズムに身を任せているとき、ふと左手を見やると、観客が誰もいない芝生席の通路を、白い服に身を包んだ女性が二人連れ立って、ゆっくりと歩いて来るのが見えた。業界関係者は、大概においてコンサート開始後に入場して来るものである。次第に大きくなってくるその姿を注視していると、やはりその"二人"は業界関係者、島田奈美女史と杉浦幸女史であった。
その"二人"も観客で密集している前方のAブロックの席には向かわずに、小生の左斜め前20メートル程の場所に腰をかけた。小生とその"二人"との間には、さえぎるものは何もなかった。
ステージ上では西村女史の歌唱が続く中、後方を気にする者がどれだけいようか。その"二人"に気づいたのは、小生だけだったのかもしれない。

しばらくすると、やがてその"二人"も風景の中に溶け込み、コンサートは淡々と進行する。
今日ここEASTに集った観客は、盛り上がるために来たわけはなく、淡々と進行する中、西村女史と時間と空間を共有することができれさえすれば、それで十分なのだ。

そんな時間が続く中、正面ばかりに動きのあった小生の視界の、周辺部分に突然動きが生じた。
そう、あの"二人"が立ち上がって動きだしたのであった。

通常、芸能人が友人、知人のコンサートを観に行って、終演まで残っていることはないとのこと。
この"二人"も他聞に漏れず、コンサート半ばで退席するようである。
連れ立って、ゆっくり歩く二人連れ、小さくなって、ゲートに消える。
一般の観客が使用するゲートとは別の、ステージ向かって左にあるゲートから退出したようであった。

そしてコンサートが終了した。
コンサートとしては珍しく、終了後に、握手会が行われることとなっている。
ただし、参加できるのはレコード等を購入した者のみとなっている。
ステージ近くまで降りていき、知人らと合流する。しばらく握手会に参加する人の流れを見ていたのだが、知人らが参加するとのことなので、小生も参加することとし、即売所として設けられたテーブルに行きレコードを購入した。握手会に参加する列に並び、ステージに向かってゆっくりと歩を進める。
もうすぐステージ、といったところで、会場整理をしているお兄さんから声をかけられた。
"あなた東大の佐野量子のコンサートにいたでしょ、見てましたよ。"
周囲の者は爆笑。
確かにいたしステージにも上がったので、覚えられていても仕方がないところではあるが。他のタレントさんのイベントで話題になるとは思ってもいなかった。佐野女史のイベント会場で、他のタレントさんのイベント会場であることあること話題にされたりしてもこまるので、佐野女史以外のイベントでは、目立つようなことは慎もうと思った小生であった。
というようなことがあり、心乱れて握手会はうわのそらになってしまった。
そして握手会も最後の一人が終わると、終了の挨拶をして、西村女史は、舞台袖から退場し、イベントが終了したのであった。

京王よみうりランド駅から京王新宿駅に出て、"知美ちゃん新聞"の第1回東京集会に顔を出した後、帰宅した。

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2017年3月31日 (金)

1987年3月31日

本日は神奈川県民ホールで開催される西村知美女史のコンサートに参加。

神奈川県民ホールは、他の方のコンサートで何度も来ているなじみのホールであり、また、2日前にも来たばかりでもある。

本日は"知美■愛の夢’87"として全国5か所で開催されるコンサートの最終日であり、小生は、3月25日の新宿厚生年金会館で、このツアーのコンサートに一度参加しており、本日が二度目となる。
本日のチケットはKMミュージック経由で購入したが、中央ブロックの4列目ということで、新宿厚生年金会館で取れた座席とほぼ同じような位置であった。

19870331「愛の夢」'87コンサートチケット(表)(150dbi)

コンサートパンフレットなどは、新宿厚生年金会館のコンサートのときに購入してしまったので、物販で特に購入するものもなく、手ぶらで座席につく。
"奈美ファンタジィ"スタッフというより最近は"知美ちゃん新聞"ライターらしいM氏もお見かけした。

17時開演。
コンサートの構成も当然、新宿厚生年金会館でのコンサートと同じ。MCも台本通りということでほぼ変更なしだった。

ただし、今回は、アンコール前に緑色の蛍光カプセルが飛散することはなかった。

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2017年3月25日 (土)

1987年3月25日

本日は新宿厚生年金会館で大ホールで開催される西村知美女史のコンサートに参加の予定。

ただしコンサートの開演は17時からであり、本日、佐野量子女史が"笑っていいとも!"に出演するとのことだったので、新宿アルタで出待ちを敢行することとした。
"笑っていいとも!"の出待ち経験はなかったため、どこで待てば良いかいまひとつわからない。ひとまず待ち合わせ場所として有名な、新宿通りに面した側の入口にいると、渡辺プロダクション荻昌樹氏。浅井企画の小堺一機氏の姿は見かけたが、佐野女史はついぞ現れず、14時前には出待ちを切り上げることとした。タイマーでビデオに録画をしてあるので、"笑っていいとも!"の内容は後日観ることとしよう。

西村女史のコンサート開始までにはかなりの時間があるため、新宿厚生年金会館には、徒歩で向かうことにしたが、それでも15時頃には新宿厚生年金会館に到着してしまった。
会場となる大ホールにはまだ入場はできないが、ホワイエには物販等の準備をしているスタッフの方々が行き交っていた。
ホワイエに芸映友の会のK女史の姿もあり挨拶を交わす。ファンクラブの入会受付のために来ているのであろうK女史は、小生同様時間をもてあましているようだった。K女史とは今まで会話らしい会話もしたことがなかったのだが、西村女史のこと、芳本美代子女史のこと、石川秀美女史のこと、加えて鬼頭千明女史についてまで、長々と話し込んでしまった。
しかし、西村女史のコンサートの観客が次第に集まり出すと、持ち場に戻られた。

さて、今回の西村女史のファーストコンサートは、全国5か所をコンサートツアー"知美■愛の夢’87"として開催されるものである。
その日程は、
3月25日新宿厚生年金会館17:00~
3月31日神奈川県民ホール17:00~
4月1日愛知厚生年金会館17:00~
4月2日広島郵便貯金会館17:00~
4月3日大阪厚生年金会館17:00~
というものであり、本日3月25日新宿厚生年金会館が正真正銘のファーストコンサートということになる。

小生は新宿厚生年金会館及び神奈川県民ホールのチケットを確保していた。

今回の新宿厚生年金会館のチケットは、ソノシート付きで、ソノシートの袋部分に座席が記載されいるという特別製のものであった。

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表1)(150dpi)

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表3)(150dpi)

座席はD列21番。
以前の記事に書いたとおり、ファンクラブへチケットを申し込むのにあたり、いつもの方法が使えなかったため、あまり良い席ではなかった。

19870325西村知美“知美コンサート■愛の夢’87”チケット(表4)(150dpi)

入場がはじまり、集まったもの各々、シングルレコード袋の同じ大きさのチケットを係員に見せて入場する。
新宿厚生年金会館大ホールに入るのは初になる。

まずホール内に入り自分の座席の確認をする。D列21番の席は、ステージに相対してはいるが、かなり左側の席であった。さらにD列は前から4列目だと思っていたのだが、A列の前に"最前列"という列があり、5列目の席であることが判明。4列目と5列目の違いであったので受けたショックもそれなりだったが、゛"A列"のチケットを持っていた者は、"詐欺だ"と思ったことであろう。

早々に早めにコンサートパンフレットを購入。

西村知美 知美■愛の夢’87パンフレット

曲目は、シングル曲全曲は当然として、『夢色の瞬間』、『天使のメイル』から5曲ずつ選曲されている。この他のアンコールが何曲かあるのであろう。

西村知美 知美■愛の夢’87セットリスト

開演。
オープニングはプログラムには記載されていなかった
「夢のテーマ」
以下内容を羅列すると

「この愛クリスタル」
「夢色のメッセージ」
MC
みなさん、きょうは知美のファーストコンサート、愛の夢87へようこそ。
こんなにたんさんのかたが来てくださって、ほんとうにありがとうございます。
きょうは知美のすべてをじか知っていただく初めてのコンサートです。
ほんとに最後まで応援してください。
みなさんへ舞台をこえての夢色、愛色のメッセージになれればうれしいです。
それでは、愛と心を込めて次の歌へ。
「シンフォニーの風」
「ルノアールの景色」
「眠れぬ夜へようこそ」
衣装換え
「星の花束」
MC
一昨年のMOMOCO CLUB・グランプリをいただいてから、歌や映画に一気にいろいろな経験をしてきました。
ほんとに、よくこなしてこれたなーっという感じですけど、これもみなさんが支えてくれたおかげだと思っています。
いきなりの映画出演は、結構大変でした。犬と慣れるためにドンと一緒に生活をしたり、出だしの激流のシーンがとっても寒かったり、撮影の合間、弟役のこういち君と一緒に遊んだり、いろいろと思い出はあるんですけど。
できあがった映画をみたときはもう感動っというかほんとうにうれしかったです。
いい思い出、いい一年、夢がずっと続いているようです。
一日ごとに感謝したい、一曲歌うごとに感謝したいわたしです。
「16粒の角砂糖」
MC
去年の12月で16歳になったんですけど、わたしのお誕生日は、17日なんです。
でも、いつも小さいときからその日にはやらないで、24日のクリスマスの日といっしょにやっていたんです。
パースデーパーティーをやっていたんです。
それが一昨年、映画の撮影の最中に映画のスタッフのみなさんが、わたしに内緒で祝ってくれたときは、ほんとうにうれしかったです。
そして去年、たくさんのかたに祝っていただいて、今、16歳のわたしなんですけど、これからもいろいろな事があると思うんですけど、いつもいつもすてきなパースデーが迎えられたらいいなーっと思っています。
いつかは恋人ができてふたりだけの静かなバースデーパーティーを迎えることもある、かもしれませんけど、でも、今はたくさんのかたに祝っていただいたほうが知美もうれしいですねー。
みなさんもバースデーパーティーの夜は悲しい夜にしないでください。
わたしの名前をつぶやいてください。
次の歌のように。
「白いかすみ草」
MC
去年のお正月にニュージーランドに行ってきました。
あと、んー海外はグアムとサイパンとオーストラリアに行ったことがあるんですけど、もっともっといろんな国に行ってみたいなと思っているんですけどね。
不思議の国のアリスのようにどこへでもスルリと行けたらいいでしょうねー。゛
わたしは絵本が好きだから、絵本を探しながら絵本が描けたらもっとすてきでしょうねー。
外国や絵本は私の夢のイメージをふくらませてくれます。
夢みたいな国、夢みたいな風景、みてみたいなー。
「たそがれ物語」
衣装換え
MC
夢見て不思議。
世界は不思議。
宇宙はもっと不思議。
金色、銀色、星のまたたきや、雲の流れ。
今日という日も、永遠の時間のつながりの中。
そうでしょ。
「FUSHIGI信じて」
MC
(男性ナレーション:君はひとりじゃない。星たち、鳥たちも、そして子供たちも、みーんな君をとりまいている。月はひとりでも、まわりにたくさんの星がいる。地球も同じ。)
さみしがりやの星はいるのかしら?
ぞさとも、みんなさみしがりやだから、いっしょうけんめい、光を放っているの?
「イメージの中で~バルセロナ」
「スターワールド」
衣装換え
「風のプティ・ブーケ」
「わたし・ドリーミング」
MC
(男性ナレーション:長い旅にでる覚悟はできたか?。かなしみや苦しみのない世界はないんだから、だいじょうぶかい?)
わからないけど、不思議、信じて、夢、信じて、人を愛する気持ち、たいせつに進んでく。
未知の国に迷い込んでも、ふわりと雪が、やさしく誘ってくれそう。
わたしのための道しるべ、きっとあるはず。
「ドラマ」
MC
もう4月になりましたけど、3月は卒業シーズンですよね。
みんなそれぞれ、いろいろなドラマを感じると思います。
わたしの場合は、いつ去年、中学を卒業したんですけど、そのときからもうこのお仕事にはいっていて、歌や映画にいそがしく、学校も2学期からあんまり行けなくて、卒業式もじっくりかみしめるってことができなかったんです。
でも、小学校のころはとても印象にあります。
金八先生みたいないい先生で、男の子も女の子もみんな泣いて、とっても感動的でした。
お友達っていいですよね。
故郷、山口のお友達とは、はなればなれになってすごくさみしいですけど、でも、東京でもたくさんのおともだちができて、今楽しくやっています。
わたし、小学校、中学校といろいろなクラブにはいっていて、けっこう活発的な子だったと思うんです。
でも、その反面、人前に出るのがとても苦手でした。
親しいお友達の中ではひょうきんに歌まねをやったりとか、振りまねをやったりとかして遊んでいたんですけど、その他はおとなしくしていたっていうか、あまり目立たない子だったんです。
ぞさが今、こうしてステージに立って、みなさんの前で歌ったりしゃべったりしてるなんて、ほんとに不思議な感じですねー。
であい、めぐりあい、おもいで、たいせつにしたい。
時は止まらないから、心はいつも旅立つような感じだけど、遠くに行ってもわかりあえる。そんな関係みんなとなれたらいいですねー。
泣いて、笑って。みんな旅人。
でもひとりじゃない。
「見えてますか、夢」
「シンフォニーの風」

ここで一旦終了。お約束のアンコールとなった。
"アンコール"のかけ声が響く会場。

すると突然、ステージから薄緑色の光が飛び散った。
曲が流れだす。
「青い月影(シルエット)」
ここでバンドとコーラスのメンバー紹介。
次の曲は「メモリアル」未発表曲か?。この曲で終演となった。

全体として、"夢"、"FUSHIGI"、"宇宙"を意識した構成のコンサートだった。MCは台本を朗読しているかのようだった。ファーストコンサートということもあり、MCにも慣れていなのであれば、コンサート全体に統一感を出すため、こういった方法も良いのであろう。
西村女史の1年目のテーマは"夢"であったが、"夢"から"不思議"はては"宇宙"まで行ってしまうような展開だった。もう夢の季節は終わりなのだろう。西村女史も、観客にとっても。

終演し、足元をみやると、アンコール開始時ステージから飛び散った薄緑色の光を発するプラスチックの棒が床に散乱していた。
その、薄緑の蛍光を発する液体が封入されている、小指より一回り小さいプラスチックのカプセルを、一つ拾い、記念に持ち帰ることとした。

この日、薄緑色の夢がはじけた。

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2017年3月24日 (金)

西村知美“TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87”チケット特別予約お申し込み方法チラシ

今回紹介する品は、西村知美女史のファーストコンサートツアー"愛の夢’87MI"の"チケット特別予約お申し込み"案内チラシである。
判型はB5版。片面コピーとなっている。

ファンクラブの会報KI★RA★RAの1986 NOV.号に同封されてきたものである。

西村知美“TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87”チケット特別予約お申し込み方法チラシ(表)(150dpi)

なお、このチラシでは"TOMOMI NISHIMURA FIRST CONCERT TOUR 愛の夢’87"と記載されているコンサートツアー名は、新宿厚生年金会館のチケットでは"知美■愛の夢’87"と記載されることとなった。

また、コンサート会場は
東京 新宿厚生年金会館
名古屋 愛知厚生年金会館
広島郵便貯金会館
大阪厚生年金会館
の4か所が掲載されているが、3月31日(火)の神奈川県民ホールのコンサートが掲載されていない。
神奈川県民ホールのコンサートチケットは、KMミュージックが押さえているためか、石川秀美女史、芳本美代子女史のコンサートのときもファンクラブでの優先販売はなかったと記憶している。今回も同様なのだろう。

せっかくのファンクラブの優先販売だったのだが、このチラシでは受付開始の期日が定められておらず、会報が早く届き、かつ、すぐに中を確認した者が有利になってしまった。結果的に良い席を確保できなかったのは残念であった。

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2016年10月20日 (木)

“EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”ビデオチラシ

今回紹介するのは、芸映プロダクションが、所属及び関連事務所のタレントを動員して開催したイベント、”EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”の内容が収録されたビデオのチラシ。ファンクラブから送付されてきたものである。

“EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”ビデオチラシ(表)(150dpi)

デザインは”EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”のチラシを踏襲しているが、注目すべきは、黒塗りされている部分であろう。

右側の出演者が記載されていた部分。ここは、すべての出演者がビデオに収録されるわけではないので、消される理由もわかるのだが、中央の赤字部分"秀美と燃える!"の次の行が黒塗りされているのは、大人の事情があったことが感じられる。

気になるところではあるが、残念ながらどのような字句が記載されていたのか解読することはできなかった。流れからすると、菊池桃子女史関係の記載があったと思えるのだが、気になるところである。

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2016年10月18日 (火)

1987年度版最新・芸映アイドル・カレンダー注文書

今回紹介する品は、芸映プロダクション所属のアイドルの1987年カレンダーの注文書である。

判型はA6版。
コート紙片面に単色オフセット印刷されている。

1987年度版最新・芸映アイドル・カレンダー注文書(表)(150d;i)

この年、芸映がアイドルと認識していたタレントは6名。
さすがに清水由貴子女史や相本久美子女史を 既にアイドルとは見なしていなかったようである。
菊池桃子女史はトライアングル・プロダクション所属ではあったが、芸映アイドルとして扱われている。

9月中旬発売開始は現在より早いようではある。
人気があるタレントの場合は売り切れとなってしまうこともあったので、確実に欲しい場合は早めに購入する必要があるのだが、人気がなければ、年が明けた後も売れ残り、投げ売りされる。そんな商品であった。

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2016年9月23日 (金)

“EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”チラシ

今回紹介するのは、芸映プロダクションが、所属及び関連事務所のタレントを動員して開催したイベント、”EARTH ARK Little Communication in BUDOHKAN”のチラシである。
入手経路は不明。折れ目がないため、ファンクラブから送付されたものではない。

”EARTH ARK”チラシ(表)(150dpi)

歌手に限らず所属タレントを動員したイベントだったことがわかる。
東京放送が後援になっており、このイベントの模様は、TBSで放送された。また、セルビデオも発売されている。

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2016年9月20日 (火)

1986年9月20日

本日は、町田小田急百貨店での佐野量子女史のイベントに参加した後、日本武道館で"EARTH ARK"に参加するという二本立ての予定。町田小田急百貨店は15時開始、日本武道館が17時開演と時間に余裕がない状況。

朝からあいにくの雨の中、午前中の用事を済ませた後、まずは町田に向かう。横浜線の町田駅から連絡通路を通り、小田急百貨店へ入店、屋上へ昇る。屋上ステージは、ステージ上、客席とも屋根がないため、雨に打たれている。とりあえず椅子に荷物を置き場所取りをし、店内で待機することにする。

今回のイベントは、オリコン・ウィークリー誌に掲載された「瞳にピアス」の広告によれば"佐野量子新曲発表記念・歌とサイン会"と記載されており、9月21日から9月27日にかけて開催される"「瞳にピアス」発売記念 佐野量子オータムキャンペーン"とは別の枠扱いとなっている。両者の内容にどのような差異があるかは、双方に参加して初めてわかるのだが。

雨は一向に止まず、遂に開始時刻を16時に繰り下げ、サイン・握手会のみ開催ずるというが告知された。
16時開始となると、参加していては、次のイベントに間に合わない。一目だけでもお顔を拝見したかったのだが、苦労して入手したチケットを無駄にするわけにも行かないという判断で、心残りではあるが町田小田急百貨店を後にした。

さて、苦労して入手したチケットというのは、芸映プロダクションのイベント"ARTH ARK"のチケットである。

19860920EARTH ARK チケット(表)(150dpi)

どのような苦労かというと、まずチケットの申込先である。芸映プロダクション所属タレントのいずれかのファンクラブ、後援会へと申し込むのであるが、小生は、石川秀美ファンクラブ、芳本美代子ファンクラブ、西村知美ファンクラブに加入しているため、どのファンクラブから申し込むのが良いか、という点がまず第一の問題であった。
結局、西村知美ファンクラブから申し込んだのだが、その理由は、会員数が一番少ないと思われること、そして、会員番号が最も若い(小生の会員番号は、石川秀美ファンクラブが5桁、芳本美代子ファンクラブが4桁なのに対し西村知美ファンクラブは2桁で圧倒的に若い)ので、何かしらの優遇措置があるかもしれないと考えられたことであった。
申し込みは、現金書留に申込み用紙とチケット代金を封入して芸映友の会に送るという方法を指定されているのであるが、郵送するに当たっては、申し込み受け付け日の当日の朝、芸映友の会が所在する赤坂を所管する赤坂郵便局まで行き、郵便局窓口から速達の現金書留で送付するという方法を取ったのであった。

そこまでして入手したチケットであったので、無駄にするのは惜しかったのであった。

当初は15時から開始のイベント終了後,、日本武道館へと移動を開始する予定であったのが、15時に町田を出発することになったので、余裕を持って移動できることとなった。小田急線の町田駅から新宿方面の急行に乗車、代々木上原駅で地下鉄千代田線に乗り換え、大手町駅で地下鉄東西線に乗り換え九段下下車。九段下駅から地上にを出る頃には雨もほぼ止んでいた。日本武道館まで徒歩。日本大学石川秀美研究会の会員諸氏と待ち合わせをした。ただし席は別々に取っているため入場時には一旦分かれることになる。

小生はアリーナ席。通常のホールでは番号でどの席かを確認できるのであるが、武道館のアリーナ席はイベントごとに配置が変わるため、入場してみないとわからない。

アリーナ席用の入口から日本武道館に入場する。3回目の日本武道館ではあるが、アリーナに入るのは初めてである。ステージの配置は特殊で、まずアリーナの一辺の端に普通のステージがあり、そのステージ中央から細長いステージが前方に突き出している、ファッションショー形式のステージが設置されていた。

会場に入ってまず、自分の座席を探した。探し当てた席は、前方に突き出したステージの正面に面し、少々左側の最前列であった。苦労して申し込んだ甲斐があったというものである。ただし、ステージ高さが2メートル以上もあり、最前列とステージまでかなり距離を取ってあるので、ホールコンサートにすると5列目程度の距離にはなそうである。

座席を確認したところで、物販コーナーをしばし探索。出演者が多いだけあって販売されている品の種類も多い。小生はパンフレットのみ購入した。パンフレットは一般的なLPジャケットスリックサイズではなく、B4ポートレイトサイズであった。

再び座席にもどり会場を見回すと、ごく近くの1階席の最下部に日本大学石川秀美研究会の会員さんが一名いるのが見えた。

17時をイベント開始。
まずは、オープニングで出演者全員が舞台上に現れる。
その後、
西村知美「わたし・ドリーミング」
志村香「知りたがり」
井浦秀知「青春のONE WAY TICKET」
芳本美代子「Auroraの少女」
と1曲ずつの歌唱。歌う時は基本的にステージの最先端にきてくれるので極間近で観ることができる。
ただ、1曲しか歌わないのは少々物足りない。

清水由貴子女史、岸本加世子女史のM.C.により、ここまでの出演者のインタビュー等で芳本女史、西村女史は宇部ローカルな話題で盛り上がっていた。
引き続き、
池田政典「ハートブレイカーは眠れない」
今井美樹「黄昏のモノローグ」
風見りつ子「アヴァンチュリエ」
1986オメガトライブは
「君は1000%」
「Navigator」
「SUPER CHANCE」の3曲

鷲見利恵女史、青江薫女史のM.C.によるここまでの出演者のインタビュー

"ゲーム・ゲーム"というタイトルのゲームコーナー。
相本久美子・石川秀美・菊池桃子・西村知美チーム
清水由貴子・河合奈保子・芳本美代子・志村香チーム
の2チームに分かれてジェスチャーゲームという内容。

その後
神野美伽
「男船」
「連絡船恋歌」

角川博
「涙ぐらし」
「伊豆の雨」
「波止場シャンソン」
と演歌2名の後休憩が入る

再会後は各歌手の持ち時間が長くなり
安奈淳女史は
「オーバーチュアー」
「ONE NIGHT ONLY」
の2曲を歌った後ミュージカル・メドレーとして
「サウンド・オブ・ミュージック」
「バリハイ」
「シャルウイダンス」
「メモリー」

M.C.の後

菊池桃子女史のコーナー
「アドベンチャー」
「夏色片想い」
間にM.C.をはさみ
「BOYのテーマ」
「Say Yes!」

このあたりまではおとなしく聴いていれば良いので周囲に対する違和感がなかっのだが、
次の石川秀美女史のコーナーとなって、座席を取るにあたっての大きな失敗に気づいたのであった。
西村知美ファンクラブを介して座席を取ったため、小生の周囲の者たちは皆、西村知美ファンクラブの会員の者たちだったのだった。そのため、石川秀美女史のコーナーとなっても、借りてきた猫のごとくおとなしくしている。

「Carry On!~走り続けて~」
石川秀美ファンクラブの区画であれば総立ちになるべきところなのであるが、西村知美ファンクラブの区画にはその区画の流儀があるであろうから、じっとおとなしくしていた。このときばかりは秀美隊の黄色い鉢巻きがうらやましく思えた。その後、
「サイレンの少年」
「愛の呪文」
「SHOOT SHOOT」
M.C.をはさみ
「恋はサマー・フィーリング」
「ミステリー・ウーマン」
で石川女史は終了

引き続き河合奈保子女史が
「刹那の夏」
「デビュー」
「涙のハリウッド」
「Through The Window」
「ジェラス・トレイン」
M.C.をはさみ
「ハーフムン・セレナーデ」
こちらは拳を振り上げるような曲はないので、おとなしく聴いているのもまあ良い。

篠ひろ子女史が「地球の子」という誌を朗読

ステージに出演者全員が集合し
「明日に架ける橋」

その後チャリティー品目の目録贈呈で終了。

座席の善し悪しを気にしすぎ、周囲の観衆に気が回らなかったため、不完全燃焼の感があった。今後、こういった多人数のタレントさんが出演するイベントに参加するとしたら、同好の士と一緒いたほうが楽しいであろう、とういことを認識することができたイベントとなった。

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