2017年8月29日 (火)

1987年8月29日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第17回君こそ評論家!"に参加。

最前列の左側から2列目の席を確保。
最前列の左側は小生の定位置となっている。

司会は古川治氏。

本日のゲストは、鳥羽出身の渡瀬麻紀女史。

9月25日発売予定の新曲「I love you」を試聴した後インタビュー。
3回目の"I love you"に気持ちを込めていますので、気をつけて聴いてくださいとのことであった。

デビュー曲、2曲目の曲調とは違って、大変に明るくにぎやかなな渡瀬女史であった。
"てれび夢組"を見ていれば想像はつくことではあるが。

そして、気前が良いことに、本日の参加者全員に、渡瀬女史サイン入りのデビュープロモーション資料が配布された。

渡瀬女史が退場した後、株式会社オリジナルコンフィデンスの小池聰行社長がサプライズ登場し、会場からの質問に答える。

最後に、吉例のジャンケンによる景品(業界誌コンフィデンスのバックナンバーやオリコングッズなど)配布。
解散となった。

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2017年8月14日 (月)

1987年8月14日

本日は、オリコン通信の読者集会が開催される日である。主催者により"87オリ通読者集会夏の陣・東京編"と銘打たれた今回の読者集会、オリコン通信の告知では、"●日時:12:30分より受付(開始は13:00から)●場所:日本青年館(銀座線、外苑前駅下車。大ホール入口前の自動販売機あたりで受付やってます)"と記載されている。

記載どおり12時30分過ぎに日本青年館に到着すると、お盆休みで閑散とする都内の中で、そこだけ異様な"暗い子のブラックオーラ"につつまれた一団が…(←大げさ小僧)、一瞬ひるんだが、見知った顔も多くいたるため自然に合流、受付を済ませる。

その後、参加人数も増え50名を越える勢い。日本青年館では創価学会の集会が行われており、オリ通読者集会として日本青年館の会議室を予約確保してあったわけでもなかったため、日本青年館でゲリラ的に集会を開催するのは困難ということなのであろう、隣の明治公園に移動し、日本青年館を背にして設置されている野外ステージにて、読者集会を開催することとなった。
幸いにも、天気は曇り、盛夏であるが比較的過ごしやすい。

名札等、自分の目印のなるものを持参せよとのことだったので、小生は、佐野量子女史の東京商工会議所うちわを持参した。

明治公園への移動が完了して、読者集会の開会となった。
ペンネーム"渡辺洋"氏が司会進行を指名されて、まずは参加者の自己紹介が始まる。
順にステージに登壇し、オリ通歴、誰のファンか、投稿者の場合はペンネームなどを述べるといった形式である。

ペンネーム"大羽由起夫"氏が筋肉少女帯の「高木ブー伝説」を唄うが、集まっているのが"暗い子"なので、盛り上がりいま一つで、会場のどよめきが最高潮が最高潮に達したのは、迷彩服を着た色白の少年がペンネーム"☆堕天使"と名乗ったときであった。

ペンネーム"ひねくれタコラ"氏、"地上に堕ちたフリークアウト"氏、""聖子"は渡辺♡"奈"は誠"氏、"あかねさんのかぶと虫"氏等、有名でなおかつ今まで正体がはっきりしていなかった常連投稿者が、その正体を明かすたびにどよめきが起こる。

小生の順番も回ってきて、登壇する。ペンネームは●●●●●で、あと○○○○○というペンネームも使っています。と発言すると、会場から"おおう"というどよめきがが起こる。自分がかなり有名な常連投稿者なのだということを認識でき、なかなか気持ちが良いかもしれない。

その後、各人が持ち寄った品を賞品とした、じゃんけん大会。今回の読者集会には、オリコン・ウィークリー編集部の★西氏、▼治氏や、石川誠壱氏も参加しており、オリコン・ウィークリー編集部から提供された品も、賞品に加わった。

読者集会終了後は、大挙して渋谷まで徒歩移動。渋谷までの距離があるため、こどもの城前で一時休憩し、記念撮影。
渋谷に到着後は、マクドナルドで時間を潰し、日が暮れると▼治氏行きつけの居酒屋"日本橋亭"で宴会に突入したのであった。

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2017年7月12日 (水)

1987年7月12日

本日は、14時から新宿NSビルにおいて、小生が常連投稿者として活動している"オリコン通信"欄を擁するオリコン・ウィークリー誌の、創刊400号記念イベントが開催される。
本来ならば、万難を排して参加したいところなのではあるが、東京都内の別の場所でこちらもはずせない所用があり、そちらが終了してから新宿へ向かうという予定。

所用が終了した後、JR御茶ノ水駅に急行し、中央線快速電車で新宿へ向かう。新宿駅に到着。NSビルまで駆けつけたのだが、到着したのはイベントが終了した後。大時計広場には、器材の片づけが終わったステージが残されて、背後の看板だけが、開催されたイベントを物語っていた。

19870712_400号記念オリコン、ウィークリー東京スペシャル

やはり間に合わなかったか、
イベントの終了とともに、大方の観客はその場を去ってしまった、人影まばらな空間を前にし、少々落胆する小生であった。

しかしながら、ここ大時計広場には今しがたまで繰り広げられていたイベントの余韻にひたるかのように、ある者は体を左右に揺らしながら、ある者は腕組みし、ある者は直立不動のまま、結び付も緩い感じでおのおのが周囲の者と立ち話をしている集団を見つけることができた。

それこそが、オリコン通信常連投稿者たちの集団であった、それぞれペンネーム"西崎知紀""JVCの周美今日""渡辺洋""スイク2ミトカイ""ふわふわ♡典子ちゃん""きっぱら一人""ぼっけもん""CHELSEA♡SPECTOR""るなちっく♡うぇる""西克治""大谷渚""さわやか天使の輪""ナハ78 705""津田川優""GPZ-250""白雪姫はじめ""ルリルリ大好きQ太郎""北馬南船"等の各氏。さながら、オリコン通信の読者集会のごとき様相を呈していた。

小生はあらかじめ、遅れて到着するであろうことを伝えてあったので、その緩い集団の中に入り込む。鳥山さおり女史の審査結果などイベントの状況などを聞き、観ることができなかったことを残念がる小生。

その後、有志の者でマクドナルドに移動し、引き続き歓談。

さらに日も暮れると、新宿の街に繰り出し、酒宴と相成った。
結局この日、小生は帰宅せず、"ぼっけもん"氏とともに"ふわふわ♡典子ちゃん"氏のアパートにころがりこんで一泊したのであった。

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2017年6月27日 (火)

1987年6月27日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第16回君こそ評論家!"に参加するため目黒までやってきた小生。

今回も最前列左端近くの司会者前の席を確保。

司会は古川治氏と、竹内美保女史であった。

まずは新曲の試聴。

17時少し前にゲストが登場。今回ゲストは、高井麻巳子女史であった。
羽田発18時の札幌行きの便に乗らなければならないという、高井女史は、7月5日発売となるアルバム、ビデオ、写真集の告知をし、5分程で退場していった。その後会場に残ったレコード会社の宣伝担当者がフォロー。

その後試聴に戻る。
結局この日試聴した曲は、
水谷麻里「バカンスの嵐」
岩井由紀子「-3℃」
中村由真「パニック」
BaBe「SOMEBODY LOVES YOU」
BOΦWY「マリオネット」
西村知美「ポケットに太陽」
の6曲であったが、特別印象に残った曲はなかった。

恒例のジャンケンによる賞品配布。
その後これも恒例の集合記念写真。今回の記念写真の撮影時の小道具は、佐野量子女史が表紙のオリコンウィークリー誌とした。

今回参加したオリコンウィークリー常連投稿者で小生と面識があった者は、ペンネーム"JVCの周美今日"、"渡辺洋"、"PINK TANK"、"ぼっけもん"、"CHELSEA♡SPECTOR"、"西克治"、"大谷渚"、"Be☆SHOP"、"さわやか天使の輪"の各氏。他に、"知美ちゃん新聞"関係者も何人かいた模様だが、発行人のTT氏の姿はなかった。

次第に親睦会の会場と化しつつあるイベントであった。

そしてイベント終了後、オリコン通信常連投稿者たちで飲み会とあいなった。
小生は、いささか飲みすぎたようで、気がついたときには、前出佐野量子女史が表紙のオリコン・ウィークリー、ペンネーム"きっぱら一人"氏に譲るために持ってきた浅香唯女史の"総合防災訓練"の白レオタードポスター、そして何故か半ズボン、がなくなっていた。

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2017年5月23日 (火)

1987年5月23日

小生の主たる肩書は、オリコン通信の常連投稿者である。であるからして、オリコン通信の掲載された文章は、できるだけ早く確認して、小生の投稿原稿につなげる必要がある。
オリコン・ウィークリーの発売日は毎週月曜日。投稿から掲載まで、最短3週間かかる、通常は。

しかしながら、都内には、月曜日発売のオリコン・ウィークリーを、前週の土曜日から置いているところがいくつかある。主な所では、西武新宿駅、西武池袋駅構内の売店などである。
土曜日に購入した場合の利点としては、リアクションネタを書く場合に週末の休みを利用できること、そして、土曜日のうちにハガキを出すと、投函後2週間で掲載される場合もあるといったところである。

本日も、オリコン・ウィークリーを購入するため、西武新宿駅まででかけた小生。売店でオリコン・ウィークリーを購入し、JR新宿駅へと向かう道すがら、歩き読みをしていた。
すると、後ろからふいに肩を叩かれた。何かと思って振り返ると、眼前に、石川誠壱氏の顔アップが。
石川氏は"よっ"と言って、立ち去っていった。そりゃ新宿は石川氏がコマーシャルに出演していた"丸井"の街かもしれないが。

オリコン・ウィークリーの歩き読みは危険、ということである。

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2017年4月 4日 (火)

1987年4月4日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第15回君こそ評論家!"に参加。

の予定だったが、佐野量子が静岡第一テレビの"Jan Janサタデー"に出演するという情報を得た小生は、静岡第一テレビに電話を架けた。
小生:今日の"Janサタ"は?
第一:スタジオからです
小生:入場は?
第一:できません

しかたがないので、当初の予定どおり目黒までやってきた小生。

今回も最前列の左端、司会者前の席を確保。

司会は古川治氏と、久々の石川誠壱氏である。

まずは本来の趣旨である新曲の試聴。何曲か聴いた中では森高千里女史の「NEW SEASON」が良い感じである。

そして今回はゲストがいるとのこと、あらわれたのは守谷香女史であった。
松竹のオーディションで25,000人の中から29人が選ばれ、さらにその中からグランプリを受賞したこと。
それ以前に映画『アイコ十六歳』に弓道部員の役で出ていたこと。
今まで人前で歌ったことがなかったこと。
好きな女優が吉永小百合女史、斉藤由貴女史なので将来そういった感じになることができれば良いなどということ話し、デビュー曲「予告編」を試聴。小生の感想としてはデビュー曲にしては少々押しが弱のではないかというところ。

恒例のジャンケンによる賞品配布。

今回の記念写真の撮影時の小道具は、芳本美代子女史の「ヴァニティ・ナイト」の下敷きとした。

さて、今回参加して、先日の横浜でのオリコン通信読者集会で見かけた方がかなりいる感じであった。その数は一桁では足りないであろう。
今まであまり意識してはいなかったが、"君こそ評論家!"参加者の半数以上はオリコン通信の常連投稿者なのかもしれない。

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2017年3月29日 (水)

1987年3月29日

本日は、13時からオリコン通信の読者集会に参加。その後渋谷Egg-manで石川秀美女史のライヴに参加の予定。

いままで小生は、オリコン通信の読者集会にはメッセージ入りのカセットテープこそ送ったことはあったが、参加はしたことがない"謎の常連"で通してきたつもりであり、もちろんペンネームを人に告げたことなどはかったのだが、ある日、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街で、同店の常連客の方から、"知ってるよ○○君でしょ"とペンネームを言い当てられ、自分の知らないところですでに有名になっており、もはや"謎"ではないことを悟ったのであった。
今回のオリコン通信の読者集会は、ペンネーム"GPZ-250"氏により告知されたものである。"GPZ-250"氏はオリコン通信読者集会の主催者としては最も経験があることから、運営も問題ないであろうし、参加者も数多く見込めることから、初参加を決めた次第である。

集合場所は、神奈川県民ホール噴水前。集合時刻は13時。神奈川県民ホール前の階段を昇ると、一目でそれとわかる、いわゆる"暗い子"がちらほら見える。
写真でご尊顔を拝したことのあるペンネーム"GPZ-250"氏の仕切りにより、だらだらと山下公演に移動。参加者は30名程度であろうか。自己紹介。ペンネーム"WHY"氏の「高木ブー伝説」のサビ部分の絶叫には驚嘆。
続けてクイズ大会。小生はどちらかというと傍観。

その後、"君こそ評論家!"と同様、終了前に、ジャンケンによる賞品配布。
イベントを詰め込んだため、会話の時間はあまり取れず、一旦終了した後、残っている方々と雑談などをし、名古屋大学アイドル研究会のペンネーム"西崎知紀"氏の名刺をいただいたりした。4月から就職とのこと。そういう季節なのだな、と感じた。

他に、本日集まった有名どころの常連投稿者はというと、かつてキクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街で小生のペンネームを言い当てたペンネーム"JVCの周美今日"氏の他、ペンネーム"PINK TANK"氏、ペンネーム"CHELSEA♡SPECTOR"氏、ペンネーム"渡辺洋"氏、ペンネーム"さわやか天使の輪"氏等々。


読者集会終了後、小生は、石川秀美女史の"Spring Tour In Live Square 1987"に参加するため渋谷に移動。

本日の会場は渋谷Egg-man。15時からと19時からの2回まわしであったが、15時の回には間に合わないため、19時の回のみの参加となる。
1回目にも参加している日本大学石川秀美研究会の会員と合流。

小生は渋谷Egg-manに入場するのは初となる。ライヴハウスの常で、自由席となるため、どのあたりの席を確保するかが重要ではあるが、今回は1回目に参加した同行者がいるため、席の選定はおまかせにすることができ、その点は気楽である。
今回はステージ向かって左側方面、左端に近いが、最前列を確保することができた。

ここ渋谷Egg-manは、今まで入ったことのある会場の中でも、最も狭い感じである。
横長の会場だが、ステージ幅は"LIVE SQUARE VIVLE"より短い感じ。奥行きも"LIVE SQUARE VIVLE"より若干短い感じがする。ステージの高さは低め、"LIVE SQUARE VIVLE"と同程度で、後ろから押されるとステージに覆いかぶさってしまうので、最前列の客は、後ろに押し返す覚悟が必要となろう。
そして、客席中央には柱が立っており、後方からの視界を妨げている。混みあうライヴの場合は早めに入場し、柱より前に席を確保すべきであろう。

開演。
最終日の2回目なので盛り上がる。序盤から総立ちとなった。
やはり、後ろから押されるので、ステージに片手をついて、振り上げるのは片手のみ、という体勢になってしまう。
体力を消費したが、良い汗をかいた感じであった。

外国人の方が"Very exciting"と言葉を発したことが印象に残った。

終演後、外に出てEgg-man入口前で談笑していると、芳本美代子女史がEgg-manから出てきた。
会場内では芳本女史を確認することはできなかったが、本日芳本女史は、渋谷東急本店で"芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”と銘打ったイベントを開催していたこともあり,、事務所の先輩のライヴを観に来ていたのであろう。

小生は前述のとおり横浜にいたため、芳本女史の、そのイベントには参加できなかったのだが、"握手券"は所持していた。

芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”握手参加券(表)(150dpi)

芳本女史Egg-manから出てるのを確認した小生は。すかさず、その、薄手の桃色上質紙の単色刷りの握手会参加券を取り出し、"はい握手券"と芳本女史に差し出した。芳本女史はそれを一瞥すると、"なんだこりゃ?"との言葉を発し去っていった。夜の屋外で暗かったため、何を見せられたか理解できなかったのかもしれないが、この洒脱とは言い難い返しは減点であろう。

芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”握手参加券(裏)(150dpi)

芳本女史を見かけたりしたのは想定外のだったが、
ライヴの内容は期待どおりの満足のいくものであった。
もうしばらく余韻に浸っていたいことろではあったが、日曜日の夜ということもあり、終電に間に合うよう帰路に就いた。

ところで、小生が握手会参加券を所持していた"芳本美代子“ヴァニティ・ナイト&ハッピーデート”のイベントは
3月26日(木)名古屋 テルミナ屋上 13:00~
3月28日(土)立川 フロム中武屋上 13:00~
3月28日(土)大宮 We屋上 16:00~
3月29日(日)渋谷 東急本店屋上 13:00~
4月1日(水)千里中央 セルシー広場 13:00~
4月1日(水)名谷 スマパティオ 16:30~
と、全国6か所で開催されるものであった。
小生は本日3月29日に参加できず、さすがに大阪、神戸までは行くつもりもなく、この握手会参加券は使用されることなく、小生の手元に残されることとなったのであった。

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2017年2月21日 (火)

1987年2月21日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第14回君こそ評論家!"に参加。

今回は最前列の席を確保。

レギュラー司会者の古川治氏、★西氏こと西久保秀文氏、そして初登場の竹内美保女史の3名が司会。

今回はゲストが来ずに進行。
結局最後まで来なかった。

その代わりというわけではないが、仙台から受験で来たというペンネーム"ひねくれタコラ"氏が治氏に呼び出され
、DJをするという流れになったのであった。"ひねタコ"氏、なかなか落ちついているなと思いながら見ていると、なんと、次に小生が、治氏の毒牙にかかってしまっのであった。
司会者席にひっぱり出され、いろいろと質問されるのだが、ハガキ職人とはいえしゃべるのは素人、気の聞いたことを話すわけでもなく、とてもゲストの代わりとなるような内容ではなかったことは言うまでもない。
今まで、オリコン通信の読者集会にも参加せずに(メッセージ入りのカセットテープを送ったことはあったが)、謎の常連で通してきたのだが、この件ですっかり面が割れてしまった。
ただし、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店の中で、他のダイヤモンド地下街店の常連客から"知ってるよ○○(伏せ字)君でしょ"と言われたことがあったので、謎の常連でいるつもりでいたのは小生だけだったのかもしれないが。
読者集会に参加してみても良いかなと思うきっかけとなる出来事であった。

なお、古川氏から、今度、佐野女史がオリコン・ウィークリー誌の表紙なるという情報をいただいた。これは、小生に対する"オリコンと一緒"コーナーの写真を送るようにというメッセージであると、理解した。

最後は恒例のジャンケン大会により賞品が配られ解散となった。

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2017年1月31日 (火)

1987年1月31日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第13回君こそ評論家!"に参加。

今回は最前列左端の席を確保できた。ここが司会者直近の席となる。

司会者は古川治氏と、今回初の君評!登場となる藤井徹貫氏。

ゲストはオリコン通信で大人気の段田男氏の2名。段田氏の名前の発表にどよめく会場。
段田氏、古川氏と藤井氏の鼎談が始まる。
段田氏と藤井氏は取材で結構会っているとのこと。
新曲の「男華」がかかり感想記入の時間となる。

引き続き2人目のゲストの登場。2人目のゲストは森川美穂女史であった。
いつもなら1人目のゲストが捌けて2人目のゲスト登場となるのであるが、今回段田氏が居残りを希望したため、段田氏森川女史とゲストが並ぶこととなった。

森川女史の新曲「おんなになあれ」の話。曲先とのこと。デビュー曲から振りかえって、との質問に、一つ一つ大切に歌っていると、大人の回答。
そして「おんなになあれ」の試聴となったが、森川女史の歌唱力が存分に活かされた良曲と聞こえた。

ゲスト2名も退場し、試聴が続くが、用意された曲をすべて聴くのに時間がたりないとのことで、佐野量子女史の新曲と長山洋子女史の新曲のどちらを試聴するか多数決で決めることとなった。
結果、小生も手を挙げた佐野女史の新曲が選ばれた。
「ヴィーナス」「夢からさめない」をオリコンHOT100の得点で比較すれば、「ヴィーナス」の圧勝ではあるのだが。この場に集った面々はオリコンHOT100の範疇には収まらないということか。

佐野女史の新曲「4月のせいかもしれない」は、過去の佐野女史のシングル楽曲の中で最もB.P.M.が高くアレンジに厚みもある。佐野女史の声で歌いこなせるのか?という感想であった。

最後に参加者によるジャンケン大会で勝ち抜いた者に賞品、さらに全員にチョコレートが配られ解散となった。

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2016年11月29日 (火)

1986年11月29日

本日は"オリコン・ウィークリー"誌主催のイベント"第12回君こそ評論家!"に参加。

16時開始。
今回も最前列の席は確保できず、左端2列目の席を確保。

司会者は恒例の古川治氏と石川誠壱氏に加え、★西氏こと、西久保秀文氏を加えた3名。極一部で"ザ・メッセージ"はまだ出ないのか?との突っ込みが入る。

本日はゲストは来ないとのこと、試聴と感想記入を繰り返すうち、ビクター音楽産業の本松と名乗る者が現れ、水谷麻里女史と、The Good Byeの曲の宣伝をして去っていった。その後、参加していたロドリゲス高橋氏が呼び出され、古川氏、石川氏からインタビューされるというかたちと相成った。

全員でジャンケンによるプレゼント配布の閉会。

小生はその後、19時から芝パークホテルで開催される某OB会に参加。

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