2017年8月23日 (水)

1987年8月23日

本日は、昨日8月22日に引き続き、静岡第一テレビで開催される24時間テレビのイベントに参加するのだが、本日は、サンテラス駿東の会場と、静岡第一テレビ本社前の会場をハシゴする予定である。

まずは、昨日も参加した、サンテラス駿東の会場に向かう。
本日は、ハシゴをするという前提での行動のため、自家用車ではなく、公共交通機関を利用してサンテラス駿東に向かった。

昨日の晴天から一転して、本日は今にも雨が降り出しそうな空模様である。
24時間テレビの中継という性格上、中止ということはあり得ない。実際にサンテラス駿東のステージには屋根が設置されていたが、客席に屋根があるわけではない。雨が降り出さないことを祈るのみである。

本日のサンテラス駿東のステージの出演者は、石川秀美女史、仁藤優子女史、山下美晴女史である。
10時すぎにサンテラス駿東に到着すると、昨日とは打って変わって、ステージ前には人だかりができていた。
ステージとベンチの間の隙間にも、体育座りで3列ほどの人を入れ、ステージ前にはロープが巡らしてあった。
200人程度の観衆が、イベントの開始を待っている。

もちろん仁藤優子女史目当ての観客もいるのだろうが、ほとんどの観客は石川女史の目当てなのであろう。
石川女史のイベントに何度も通ったことがある小生からすると、石川女史の観客動員力が目に見えて落ちていることを感じてはいるのだが、それでも、昨日の数倍の人数は集まっている。

方や日本青年館でホールコンサートを開催したばかりの佐野女史、一方で、ライヴハウスでの活動が主体となっている石川女史。コンサートやライヴでの動員力はそれほどの差がなくなってきているのかもしれないが、世間の知名度では雲泥の差があるというのが現実なのである。

ただし、昨日よりはるかに多くの観客が集まったサンテラス駿東の会場であったが、誰一人として知人に会うことはなかった。


ステージ開始前の音合わせが始まる。

19870823_24時間テレビ_仁藤優子

仁藤女史は、既に本日の朝7時39分から、全国ネットで「秋からのSummer Time」を歌っている


石川女史は、バックバンド"PINK ELEPHANTS"を引き連れての音合わせである。

19870823_24時間テレビ_石川秀美

石川女史と、BUNちゃんは、24時間テレビのTシャツを着ていない。
何曲か歌ったところで、小雨がぱらつきだした。

小生も、ここが潮時と、静岡第一テレビ本社に移動するため、会場を後にした。


極力早い方法で、静岡市中原にある静岡第一テレビ本社まで移動。
24時間テレビというイベントを開催しているということもあるのか、門で呼び止められることもなく、テレビ局にしてはすんなりと、敷地内に入ることができた。

局舎を背に、ステージが組まれている。
サンテラス駿東のステージと異なり、屋根がなく、楽器もなにも置かれていない、ステージ前には椅子さえない殺風景なステージであった。

サンテラス駿東のようにショッピングセンターに設置されたステージではないので、本当に24時間テレビが目的の者しか来ないからか、観客も、昨日のサンテラス駿東以上に少なく、ステージ前にいるのは20名程度であろうか。
ただし、募金を受け付けているテント側にいる者ものいるし、遠巻きに見ている者もいる。
観客が少ないと、場所取りも必要なく、お目当ての歌手がステージ上にいるときだけステージ前に行き、それ以外の時間は後方で知人と話しをしながら待機する、という過ごし方ができるため、逆にステージ前の者が少なくなってしまう、というこもある。

既に11時45分から、SDTふれあいコンサートが始まってしまっている。

ザ・ミンツが 「イン・ザ・ナイト」を歌う。

19870823_24時間テレビ_ザ・ミンツ

向かって左から、ミー、ミコ、ニコの3人組とのことである。

福田忍氏が「ひとりだち」を歌う。
ロックから演歌のような曲まで歌うとのこと。

島津悦子女史が「漁火の宿」を歌う。
鹿児島出身、静岡で活動しているとのこと。

春奈輝昭氏が「花の太平洋」を歌う。
静岡両替町出身とのこと

萩原冴子女史が「蒼いかげり」を歌う。

ここまでが静岡第一テレビ本社のステージで、
引き続きサンテラス駿東からの中継が入る。
会場にあるモニターを見ていると、石川女史が「いまさらプリーズ」と「密室のハリケーン」を歌った。
昨日は東京で24時間テレビに出演してきた、静岡は初めてとのこと。
石川女史、BUNちゃん、"ミッシェルと呼ばないで"岡澤氏とも、24時間テレビの黄色いTシャツに着替えて出演していた。

ここまでで、SDTチャリティーコンサートの中継は終了。


休憩後、さらに出演者がステージで歌う時間が設けられているとのことである。

小生は遅れて到着したが、会場には既に某光学機器メーカー社員のHK氏、SA氏、みずき野の住人K氏、名古屋のK氏がいた。
また、オリコン通信常連投稿者の"CHELSEA♡SPECTOR"氏もいたが、松本典子女史が出演するので当然ともいえる。ただし、オリコン通信常連投稿者の"ふわふわ♡典子ちゃん"氏の姿は見えなかった。

"CHELSEA♡SPECTOR"氏の話しによると、松本女史が「パステル・ラヴ」を歌っているときは雨が降っており、合羽を来て歌ったとのことであった。
その後、佐野女史が「夏のフィナーレ」、仁藤女史と、山下美晴女史も曲を披露したとのことであった。

そういえば、ここ静岡第一テレビ本社のステージには屋根が無い。サンテラス駿東のステージに屋根があったのは、バックバンドを連れてくる石川女史対応だったのかもしれない。

小生がここ静岡第一テレビ本社に到着した頃には、雨はほぼ上がったていたが、雨に濡れるのを防ぐため、TVカメラを設置するための台の下に荷物を置き、そのすぐ脇で"CHELSEA♡SPECTOR"氏と、最近のオリコン通信事情などの情報交換をする。
TVカメラの側にいることが、こういった公開放送の会場で、TVカメラに抜かれない秘訣なのである。

しばらく待っていると、本日の出演歌手のステージが始まった。テレビジョン中継はされないステージである。

もう雨の心配はしなくてよさそうである。
"CHELSEA♡SPECTOR"氏が、佐野女史のステージの間、一眼レフの機材を貸してくれるというので、ありがたく借用することとし、持参のフィルムを借用したカメラに装着した。レンズはFD100-300F5.6。赤ライン付きである。
使用してみると、合焦させるのはなかなか大変である。

19870823_24時間テレビ_佐野量子

佐野女史が歌ったのは、

「止めて片想い(シークレットラブ)」
「少女がページを閉じる時」
「瞳にピアス」
「4月のせいかもしれない」
「夏のフィナーレ」
の5曲であった。


佐野女史のステージで、フィルムを使い切ってしまったので、機材を"CHELSEA♡SPECTOR"氏に返却した。

その後松本典子女史のステージ。

19870823_24時間テレビ_ラサール石井_森喜久子_松本典子

各出演者が歌い終わると、行われるイベントは募金の受け付けくらいになってしまう。
しかし、乗り掛かった船である、24時間テレビの終了を見届けるまで、静岡第一テレビの会場にいることにする。

佐野女史が、青葉イベント広場で募金受け付けをしていたと聞いて、行けばよかった残念がっている佐野女史関係の知人がいたが、そこまでは把握できなかったので、それはあきらめるしかないだろう。

ステージに本日の出演者が全員集合し、グランドフィナーレが始まる。今年の24時間テレビも終了の時刻が近づいてきた。
グランドフィナーレは19時31分19時50分、その中に静岡第一テレビからの中継が流れることになっている。
今年のエンディングテーマは「生まれ来る子供たちのために」が流れだした。
曲の合わせ、系列曲からの中継映像が入る。札幌テレビ、青森放送と続き、その後
静岡第一テレビからの中継映像が全国に流れる、
静岡第一テレビからの中継映像が10秒ほど流れた後、日産本社ギャラリー、東京・立川昭和記念公園、日本武道館、よみうりテレビ、日本海テレビ、福岡放送、日産本社ギャラリー、日本武道館、東京・立川昭和記念公園、と映像は切り替わり、最後に日本武道館からの中継で番組は終了となった。

24時間テレビのイベント、お目当ての歌手を近くで見る事ができ、聞くことができた曲も多く、石川女史のステージ以外はすいており、空き時間には知人との話しもでぎた。総体的には、充実した2日間だったと言えよう。

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2017年8月22日 (火)

1987年8月22日

本日から明日にかけて、日本テレビ系列の放送局では、"24時間テレビ「愛は地球を救う」"が放送される。

この二日間、日本テレビ系列テレビ各局では、有名芸能人から、ほとんど無名とも言える芸能人までが動員され、チャリティーの名のもと、イベントを開催するのである。

その中でも、日本テレビに呼ばれる芸能人は、一流と言えるだろう。

また、24時間テレビでは、地方局からの中継を、全国ネットで流すこともある。名の売れた芸能人であれば、地方局に出演していたとしても、全国放送の電波に乗ることもあるわけである。

昨年は東京で24時間テレビのイベントに参加した小生であったが、今年の24時間テレビは、一も二にもなく静岡第一テレビを選択した。

今年、静岡第一テレビが招聘した芸能人は、
ラサール石井
小森まなみ
石川秀美
松本典子
佐野量子
伊藤美紀
仁藤優子
森村聡美
福田忍
島津悦子
春奈輝昭
今村知子
山下美晴
SHAPE
森喜久子
ザ・ミンツ
萩原冴子
といった面々である。

まず、家を出る前に、静岡第一テレビに電話し、静岡の映像が流れる時間を教えてほしいと話すと、24時間テレビの担当者に電話が繫がれ、電話口に出た担当者から、静岡第一テレビにおいて、静岡からの映像が流れる時間帯を教えてもらうことができた。

17:10-18:28 Jan Janサタデー
19:00-19:05 グランドプロローグ
19:39-19:50 グランドプロローグ
20:45-20:51 合唱
22:00-22:01 チャリティーコーナー
とのこと。1分間の中継まで細かいタイムスケジュールができているものだと感心する。

翌23日分も教えてもらう。

7:00-8:00 欽ちゃんのふれあいの旅
9:55-9:57 チャリティーコーナー
11:45-12:55 SDTふれあいコンサート
13:00-13:55 日本全国チャリティー夏祭り
13:57-13:59 渚公園
15:25-15:27 すんとうチャリティーコーナー
17:00-17:17 SDTチャリティー報告
19:31-19:40 グランドフィナーレ
とのこと。

教えていただいたのは静岡第一テレビが自社で製作した電波を流す時間帯なので、このうちの一部が全国にネットされることになる。
懇切丁寧に教えたいただいたおかげで、小生の中では静岡第一テレビの印象は非常に良いものとなった。
教えられた時間でビデオデッキの予約録画の設定をし、家を出た。


ところで、24時間テレビの、静岡第一テレビにおける会場は、1か所ではなく、サンテラス駿東と静岡第一テレビ本社の2か所が主要な会場となる。
小生は、22日はサンテラス駿東、23日は午前中にサンテラス駿東、午後に静岡第一テレビ本社出向く予定である。


本日向かうサンテラス駿東は、静岡県の東部地区、駿東郡清水町に位置する。
すぐそばに"泉"というバス停があるとのことだったが、"泉"のバス停には、一日1本のバスしか止まらず、今回のサンテラス駿東行きには使えないということがわかった。最寄り駅は、伊豆箱根鉄道の三島広小路駅になるのだが、そこからサンテラス駿東までは、徒歩で30分近くかかりそうである。
ということで、自家用車で現地に向かうことにした。

10時の開店時刻前に、サンテラス駿東に到着。
サンテラス駿東の北東入口の北側に、既にステージが設置され、ステージ前にはベンチが3列並べられていた。
最前列ほぼ中央が空いていたので確保する。
ステージはかなり高く、1.2m程度はありそうである。ステージから椅子までの距離もかなり離れているのが少々残念、3m程度はあろうか。
テレビジョン中継用のステージなので、客席との間にテレビカメラが入ったりするのであろう。

ステージの北側にある駐車場敷地には、移動式の遊具が据えつけられ、子ども向けの遊び場ができていた。

19870821-31_24時間テレビ「愛は地球を救う」10_サンテラス駿東_アドベンチャーランドチラシ(表)(150dpi)

24時間テレビが放送されるこの時期の8月21日から8月31日まで"アドベンチャーランド"という催しを開催しているようである。

10時にサンテラス駿東は開店し、徐々に来店客も増えてきた。
しかしながら、客席は前2列くらいしか埋まらない、本日のサンテラス駿東の出演者、小森まなみ女史、佐野量子女史、山下美晴女史にSHAPEの面々では、それほどの集客力がないということなのだろう。

12時頃になって、親衛隊の方々が現れた。最近の佐野女史のイベントで、親衛隊の姿を見ることがなかったので、久々に見る親衛隊である。
本日の現場の長は、白いジャケットを纏って、一見すると普通の人で、統制棒を持たねば親衛隊とは気づかないだろう。軽く挨拶をしておいた。

小生の知人らも、続々と到着。本日集まった面々は、某光学機器メーカーのHK氏、みずき野の住人K氏、名古屋から来たI氏とK氏といったところである。


本日の、24時間テレビの放送開始は19時からだが、静岡第一テレビでは、17時10分から放送を開始する自社製作の生放送番組"Jan Janサタデー"を"Jan Janサタデー24時間テレビスペシャル"として通常より延長して放送し、24時間テレビのグランドプロローグにつなげるという構成となっている。

8月も下旬になるのだが、本日は晴天で、気温は34℃を超えたとのこと。
この熱い中、放送開始までの5時間以上を待ち続けなければならないのだが、冷房の効いたサンテラス駿東の建物内で涼むこともできるので、屋外イベントにしては恵まれている。
国道一号線を挟んだ先にある、柿田川湧水公園に行く者もいた。

そんな待ち時間、駐車場に架設された遊具の区画に、ジャスピオンが現れた。

19870822ジャスピオン

レッドフラッシュも登場。

19870822レッドフラッシュ

お子さまが盛り上がった後、ステージ上では"Jan Janサタデー"放送の準備が進み、佐野量子女史、山下美晴女史、SHAPEと音合わせが始まる。
その後出演者全員がステージ上に揃ってリハーサルを行った。

19870822Jan janサタデー_リハーサル

その後出演者は、ステージから捌けていった。一旦控室に帰ったのであろう。

そして、再び現れたときは、皆がTシャツ姿になっていた。着ているTシャツは、24時間テレビの黄色いTシャツである。


放送開始が近くなって椅子席には空きがなくなってきたが、立ってまでして番組開始を待つ者はあまりいない。

ステージに出演者が集まり、放送開始が近づくと、立ち見客も集まりだしてきた。
17時10分きっかりに、放送開始。

放送は、こちらサンテラス駿東の会場と、静岡第一テレビ本社の会場と、静岡市役所の裏にある"青葉イベント広場"からの三元中継。
第一テレビ本社のステージには、司会としてラサール石井氏がおり、出演者は松本典子女史、伊藤美紀女史、森村聡美女史、ザ・ミンツの面々。
サンテラス駿東の会場と、第一テレビ本社の会場から交互に中継し、途中に青葉イベント広場からの中継をはさむという流れで、放送が進行する。


17時10分きっかり、オープニングテーマソングであるLOOKの「Hello Hello」が流れだす。
総合司会のラサール石井氏がいる、静岡第一テレビ本社前のステージからの中継が入り、その後、サンテラス駿東からの中継が入る。ハンディのテレビカメラがステージ前を行き来するので、静岡ローカル放送とはいえ、できるだけ映り込まないように身を捌く。
そして、青葉イベント広場からの中継後、CMに入った。

CM明けに、静岡第一テレビ本社から伊藤美紀女史が「哀愁ピュセル」を歌う。

そして再び中継は、サンテラス駿東に戻り、SHAPEが「SPARKLING SUMMER」を歌う。4人のメンバーのうちの一人が下田出身とのことである。

その後、CM、24時間テレビ紹介、青葉イベント広場パネル展紹介、CMと続き、

CM明けに、静岡第一テレビ本社からザ・ミンツが「イン・ザ・ナイト」を歌う。
ザ・ミンツは、日本テレビ音楽学院の卒業生で結成したグループだそうで、去年までは、「エバー・グリーン・ラブ」や「愛はマジック」を踊っていたとのこと。

再び、サンテラス駿東からの中継に戻り、山下美晴女史が「抱きしめるには熱すぎて」を歌う。
山下女史は、富士宮出身とのこと。

19870822Jan janサタデー_山下美晴

静岡第一テレビ本社から森村聡美女史が「てれぱしぃください」を歌う。
「てれぱしいください」を歌う映像は、非常に珍しいのではなかろうか。
森村女史は焼津出身とのこと。

静岡第一テレビからの中継が入っている間、こちらサンテラス駿東の会場は休憩時間となる。

19870822Jan janサタデー_小森まなみ

その後、CM、募金方法の紹介、CMと続き、

サンテラス駿東から佐野量子女史が「少女がページを閉じる時」を歌う。
「少女がページを閉じる時」の映像が流れるのも貴重。衣装がTシャツなのが残念ではあるが。先日、7月18日に"Jan Janサタデー"に出演し、すでに「夏のフィナーレ」を披露しているので、別の曲にしたのであろう。

19870822Jan janサタデー_佐野量子

そして、大トリとして静岡第一テレビ本社から、松本典子女史が「パステル・ラブ」を歌って、CMに入り、エンディングとなった。

周囲はすっかり暗くなっていた。

全歌手平等に1曲ずつの歌唱であった。はじめて聞く曲もあったので、定かではないが、フルコーラス歌うことができたように思う。

こうして"Jan Janサタデー"は終了したのだが、引き続き19時から24時間テレビの放送が開始される。グランドプロローグの中では、日本テレビ各系列曲からの中継が順番に入るので、小生らもしばらく待機する。

19時、グランドプロローグが始まる。

出演者全員がステージ上に並び、中継の順番が回って来るのを待つ。

19870822_24時間テレビグランドプロローグ_サンテラス駿東

日本武道館から静岡第一テレビへの呼びかけに合わせ、中継が始まる。
ここでは、会場はいかにも盛り上がっているという体を出さねばならない。
中継は数十秒で終了。

その後、しばらく時間をおいて、静岡第一テレビローカル枠の放送が始まった。
まず、静岡第一テレビ本社前ステージからの中継。島津悦子女史は昨年に引き続き静岡第一テレビでの24時間テレビ出演とのこと。

引き続きサンテラス駿東ステージからの中継となる。"Jan Janサタデー"小森まなみ女史は帰宅したのかステージ上には現れず、今村知子アナウンサーが進行。佐野女史は、昨年、一昨年は北海道で出演し今年はじめて静岡での出演とのこと。山下美晴女史はデビュー1か月とのこと。SHAPEは昨日デビューしたばかりとのこと。

引き続き青葉イベント広場からの中継。昼間は気温が36℃になったそうである。

サンテラス駿東の明日の予定も発表された。
明日は7時30分から仁藤優子女史が、10時過ぎから轟二郎氏と今村知子アナウンサーの司会により、石川秀美女史と山下美晴女史のステージがあるとのことである。

青葉イベント広場には、きすみかなこアナウンサーと森村聡美女史が赴くとのこと。

19時50分、静岡第一テレビローカル枠の終了を受けて、本日のステージ上のイベントも終了となった。

明日も一日24時間テレビのステージがある。束の間の休息をとるため、一旦帰宅する小生であった。

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2017年8月10日 (木)

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ

今回紹介する品は、1987年6月17日発売の石川秀美女史23枚目のシングルレコード、
「素敵な勇気」
の、店頭プロモーション・ビデオである。

販促品ではなく、実際に店頭での上映に使用していたものを、キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街店のK店長からいただいたものと思われる品である。

キクイチミュージックセンターダイヤモンド地下街が、店を閉じるときにいただいたものかもしれないが、そのあたりの記憶はもはや定かではない。

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ(150dpi)


ビデオには、同一内容のプロモーションビデオが連続して3本収録されている。
店頭で上映するために制作されたものであるのなら、納得できる仕様である。


内容は、全編小細工無しの歌唱映像。

石川秀美「素敵な勇気」プロモーションビデオ


バックバンドには"BUNちゃん"と"ミッシェル"の姿を確認することができる。
バンド名のクレジットこそ"PINK ELEPHANTS"となっている時期であろう。


曲が終わるのとほぼ同時に
「素敵な勇気」
の発売告知が、

その後、アルバム
『Sur』
の発売告知が表示され、映像は一旦終了。

そして同じ映像が2回繰り返される。

かなりの回数再生されたのか、画質はかなり劣化しているのが残念なところ。

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2017年8月 9日 (水)

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ

今回紹介する品は、1986年11月5日発売の石川秀美女史21枚目のシングルレコード、
「危ないボディ・ビート」
の、店頭プロモーション・ビデオである。


オリコン・ウィークリー誌に掲載された「危ないボディ・ビート」の広告には、

<center>「危ないボディ・ビート」
<center>ご予約・お買い上げの方に秀美のミニ・カレンダー・プレゼント
<center>さらに
<center>抽選で500名の方に秀美の最新プロモーションビデオ・プレゼント!!


との記載がされている。

この記述が正しいのであれば、本ビデオは、この"抽選で500名の方"にプレゼントされたうちの1本ということになる。

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ(150dpi)


ビデオと共に、当選案内として、B5版の紙が同封されていた。

石川秀美「危ないボディ・ビート」店頭プロモーションビデオ当選のお知らせ(表)(150dpi)


ビデオには、
「危ないボディ・ビート」が2本収録されている。

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1本目は、ストーリー仕立て
メルツェデスから降りた石川女史が街を彷徨していると、路上にテレビジョン受像機が転がっている。
そのテレビジョン受像機を石川女史が蹴ると歌唱映像に切り替わるというもの。

2本目は、全編歌唱映像。
バックバンドに、ミッシェルの姿は見えるが、BUNちゃんの姿は見えない。"DANGER"として活動を開始する前に収録したものであろうか。

1本目、2本目とも、最後に

石川秀美
ニューシングル
危ない ボディ・ビート
11月5日発売
RCA

との字幕が表示され、プロモーションビデオであることを主張している。

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2017年7月18日 (火)

1987年7月18日

本日は、静岡第一テレビの公開生放送"Jan Janサタデー"観覧のため、沼津市の静岡厚生年金休暇センターに行くという予定である。

"ワープロ君"ことUM氏から、静岡厚生年金休暇センターへの行き方がわからないので沼津駅から一緒に行きたい、との連絡があり、沼津駅南口で待ち合わせることとしていた。

"Jan Janサタデー"の公開生放送に参加したことがなかった小生は、事前に静岡第一テレビと静岡厚生年金休暇センターに電話して、"Jan Janサタデー"は観ることができる、静岡厚生年金休暇センターへの入場は無料だがプール内に入るのには入場料がかかる、静岡厚生年金休暇センターへは、沼津駅から、休暇センター経由富士通行きの富士急行のバスに乗車れば行くことができる、といった情報を得ていた。

沼津駅は何度か降りたこともあり、勝手がわかっている。静岡厚生年金休暇センターは駅の北にあるが、沼津駅始発のほとんどのバス路線は南口を起点としている。駅北方面のバス路線は、富士急行が担っており、富士通行きのバス乗り場は、富士急百貨店前のどこかにあるはずである。

沼津駅南口でUM氏と合流した小生は、まず富士急百貨店に向かった。
富士通行きのバス乗り場を探すと、富士急百貨店の、ニチイに面した側に目指すバス乗り場を発見した。そのバス乗り場の後方の富士急百貨店には富士急行バスの乗車券売り場の窓口があった。通常は乗車するときに整理券を取り、降車時に、整理券と一緒に料金を料金箱に入れるのであるが、事前に乗車券を買っておけば、整理番号と料金表を見比べつつ両替の心配をする、といったようなこともなくなるため、"厚生年金休暇センター"までの乗車券を購入。バスの到着を待つ。
やがて"富士通"の幕が表示されているバスが到着し、UM氏と小生とはそのバスに乗りこむ。
沼津駅南口を発車したバスは、JRのガードを潜る。沼津駅の北は高層ビルも少ない。南から北に抜けただけで、都市から郊外へと風景は一変する。そして、都市近郊とっいった雰囲気であった車窓風景は、国道1号線を越えると田園風景となる。やがて道路は山にとりつき、東名高速道路くぐり、さらにしばらく坂を登り右折すると、静岡厚生年金休暇センターの敷地内に入り、バス停で停車した。小生らを下ろしたバスは、ロータリー状になっている道路を一周回し左折すると、車体を植え込みに沈めながら、元来た道を下って行った。

さて、バスを降りると静岡厚生年金休暇センター入口は目前である。会場の状況を確認したい小生は、早々に入館する。入口を抜けると左手にフロントがあり、正面に通路が続いている。フロントがある階が2階となっている。プールを目指してが進んでいくと、通路右手に、駿河湾を望むレストラン、さらに進むと、右手屋外に、プールが見えてきた。ではあるが館内の人はそれほど多くはなく、夏とはいえ日差しもなく涼しい本日の天候では、プールを利用しようという気にならないのか、はたまた静岡第一テレビが制限しているのか、遊泳客もほとんどいないようだった。

プールは1階屋外にあった。2階から1階に降りた小生は、利用料金を支払えばプール内に入れることを確認、一安心である。

本日集まったのは、小生と同行してきたUM氏の他、横浜のKR氏、某光学機器メーカーのHK氏とSA氏等である。

小生らが今後のイベントの情報交換などをし過ごしている間にも、プール周辺では、放送に向け着々と準備が進められていた。昇降式移動足場の、つぶれきった菱形の骨組みが横方向の対角線が長い菱形から、縦方向の対角線が長い菱形に変わっていくと、足場の上に据えつけられたTVカメラは、プールを俯瞰し、駿河湾の広がりが映し出すために据えられたものとなっていた。

やがて会場が騒がしくなりだした。気づくと音合わせがはじまっていた。小生らは駐車場での入り待ちをしていなかったので気づかなかったのだが、,いつの間にか、本日のゲストは会場入りしていたようである。

音合わせは、屋外のプールで行われていた。
屋外には、二つの島を持つ瓢箪形のプールと、小さな滑り台がある浅いプールがあり、瓢箪形のプールの"島"の部分が今回の放送の舞台となるようである。彼岸である島と、此岸のうちその島へと渡る橋の橋詰近辺が、番組関係者のみが立ち入ることができる区域であるが、瓢箪形のプールの、橋近辺以外の外周部分は一般観衆に開放されている。外周部分と島部分の間のプール幅は約5メートルといったところであった。

19870718Jan Janサタデー_真弓倫子1

まず、真弓倫子女史の音合わせ。
戻り際に写真を撮らせていただいた。

19870718Jan Janサタデー_真弓倫子2

そして佐野量子女史の音合わせである。
初めて見る衣装である。ステージ衣装であろうか?

19870718Jan Janサタデー_佐野量子1

佐野女史は、音合わせが終わると、静岡厚生年金休暇センターの建物の中に戻っていった。

ゲストが建物の中入るのを見届けた小生らは、一般客用の出入り口から建物内に戻った。
これから放送開始時刻17時10分まで相当の時間がある。休憩場所を求めて、ロビーのある2階に上がった。

フロントに向かって歩くと、通路左手のレストランで、佐野女史と真弓女史そしてその関係者とおぼしき人々が、一つのテーブルを囲んでいるのが見えた。佐野女史と真弓女史は同じレコード会社に所属しているので、その関係の打合せでもしているのだろうか。ここはそっとしておくのが礼儀と心得、そのまま通りすぎた。

放送開始の時刻が近づく。小生らは再び1階に降りて、プールに入場する。

"夏のリゾート"といった出で立ちで通り過ぎる小森まなみ女史。

19870718Jan Janサタデー_小森まなみ

しかし、実際には、長袖でも暑くはないといった気温である。

放送開始。
オープニング。
引き続き真弓女史が「片想いグラフィティー」を歌う。
CM
Janサタトップテン
今週のプレゼント
音楽情報
映画情報
CM
夏を楽しむグッズ
厚生年金休暇センター紹介
CMと続き、
佐野女史が「夏のフィナーレ」を歌う。
テレビジョン放送で歌うのは今回がはじめてとのことである。
そしてCM
プレゼントコーナー
会場プレゼント、小生は当たらず。
そして番組終了。

極近くで見ることができる、といったわけではなかったのだが、観客が少なかったため、ストレスを感じることなく
観覧することができた。゛

そして、佐野女史が、終始衣装の胸元を気にするしぐさをしているところが気になった小生であった。

19870718Jan Janサタデー_佐野量子2


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2017年6月25日 (日)

栗原冬子「LOST LOVE」

今回紹介する歌映像は、泡沫感絶頂の映像。

栗原冬子女史はこのとき高校3年生。
ラサール石井氏のインタビューに、
冬至の日に生まれたので"冬子"という名前となった、
走ることが得意で中学のときは陸上部だった、
などと答えている。

その後の栗原女史の経歴については、Web上にその記述が溢れているので、ここでは省略する。

ワンレングスの女子高校生が、デビー・ギブソン書き下ろしの曲でデビューするということ自体、泡沫感絶頂の事象であるのだが、小生がこの映像で最も注目したいのは、この放送が行われている会場なのである。

栗原冬子_LOST LOVE_スポーツワールド伊豆長岡

この画像に映る景色の中で、現在もその姿をとどめているものは、画像最上部に映るわずかな部分のみである。

映像を観ていただきたい。
栗原女史が歌う場所は、向かって右側のプールの波が、向かって.左側のプールに伝播しないよう設けられたコンクリート防波堤の部分。
二つのプールの背景にはそれぞれ"SPORTS WORLD"、"ASCOT"の文字。

伊豆長岡町、現伊豆の国市に、かつて存在した"スポーツワールド伊豆長岡"の在りし日の姿である。


このスポーツワールド伊豆長岡は、廃墟を趣味としている者には有名な場所のようであり、
廃墟となってからの姿を紹介しているサイトは数多い。
栗原女史が立っているこの場所の廃墟となった写真も確認することができる。

いわゆるバブルの時代に生まれ、そのバブルの崩壊とともに経営が行き詰まり破綻。
一時期、カラカミ観光が支援を検討しているとの情報もあったが、さすがに都心から離れたこの地にこの規模の施設は手に余るであろう。結局は手を出すことはなかった。

結局大部分の施設は閉鎖され、最後はゴルフ練習場のみ細々と営業を続けていたが、1999年にはすべて閉鎖され、荒れるがまま、廃墟マニア垂涎の場となり、そして現在は完全に取り壊されている。


そのスポーツワールド伊豆長岡が現役だった頃の姿、そこで歌う栗原女史、これぞ泡沫映像。
映像に映り込む子供たちの水着姿が、心なしか垢抜けていない気がするのは、土地のせいだろうか。


曲は、"Debbie Gibson"が馬飼野康二先生のペンネームと言われたらそのまま信じてしまうような雰囲気で、小生の好みの部類である。

FNAIの"CYBER X7"のコマーシャルソングでもあった。

「LOST LOVE」栗原冬子
JanJanサタデー
1989年7月22日

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2016年10月 5日 (水)

1986年10月5日

本日は、たまプラーザ駅前にある、たまプラーザ東急SC屋上のイベントに参加。
ひろえ純女史と佐野量子女史との二本立てとなっている。

長津田駅で横浜線から東急新玉川線に乗り換え、たまプラーザ駅で下車。たまプラーザ駅に降り立つのは初めてになる。

日曜日ということもあり早めに家を出たため8時30分には店舗前に到着。先日の相鉄ジョイナスでのイベントの折りに知り合った方たちと世間話をしながら時間をつぶす。
開店と同時に屋上へ移動。最前列を確保する。

イベント開始までの間は、店内を散策したり、確保した場所が近い者と話しをしながら時間をつぶす。

昼を過ぎ、まず「サイレント・ヴォイス」でデビューして1か月程のひろえ純女史のイベントが始まる。

19851005ひろえ純

会場には佐野女史のファンのほうが多いようである。ひろえ女史のイベントが終了してもそれほど人は減らない。かく言う小生も佐野女史目当てなのであるが。

佐野女史のイベントは15時30分開始。ステージが西向きのため、傾きかけた午後の陽が逆光となってステージが見づらい。

19861005佐野量子1

オープニングの曲は、「羊が空を飛んだ」。その後司会者にインタビューされる形でのトークとなる。学校に運動会が無い、球技大会でバドミントンをしたなど。
2曲目は「キラキラの秋」。この曲が終わるときにどうしてもアルバム『あなたの背中を見つめながら』では入っている語りの部分が頭の中で流れだしてしてまう。

続いては一人でMC、10月から始まる"ドキド欽ちゃんスピリッツ"の番組宣伝から引き続き「教科書のイニシャル」

その後、また司会者が出てきてクイズのコーナーとなった。
司会者が、"わたしが問題を読むのでりょうこちゃんが選んで"というが、佐野女史は、自分が問題を読むので司会者に回答する人を選んで欲しいと提案し、結局佐野女史が問題を読むこととなった。以前もこういったことがあった。佐野女史は自分で選ぶこと嫌いなようである。大方、選んだ人を特別扱いしていると思われるのがいやだとか、選ばれなかった人から嫌われるのがいやだとか、そんなところであろう。

さて、クイズコーナーの問題は、
1問目 ここに来る前に何の仕事をしたでしょうか。 答えはスーパージョッキー。
商品は財布。司会者は、丈夫な財布だとか言っている。
2問目 今日の朝食は。答えはケンタッキーフライドチキン。
3問目 今一番行きたいところは。答えは温泉。
4問目 12月にコンサートは開くところは。答えは名古屋と大阪。
5問目 今日の夜誰のコンサートを見に行くのか。答えは浜田省吾。
5問目だけは、商品がサイン入りパネルとなった。
クイズ終了後、最後の曲ということで「瞳にピアス」を歌唱。

「瞳にピアス」歌唱終了後。司会者からお知らせがあるといことで"11月11日青山CIプラザでミニコンサートがあります"と紹介したが、佐野女史が小声で"10月11日です"と訂正しているところに司会者がかぶせて"11月11日青山CIプラザにどうぞいらしてください"と言っていた。実際の開催日は10月11日なのであろう。

続いて、サインと握手会。

19861005佐野量子2"

この頃になって、ようやくと太陽もステージ後ろの塔屋に隠れ、ステージが見やすくなった。
小生もレコード購入し、握手会に参加。

19861005佐野量子サイン@たまプラーザ東急SC(150dpi)

握手会終了後、握手券に振ってある番号による抽選会となった。商品は、「瞳にピアス」のポスターを板に貼ったパネルかなり大型で当たったとしたら持って帰るのに困りそうなものである。残念ながら当たらず、引き続きA4版程度のグラビアをウレタンに貼ったミニパネルが賞品となった。幸運なことにこれが当選。写真集に使われた写真を貼ったもののようであった。

イベントの一部始終、握手会の模様まで、ベータムービーでイベントの状況を録画している者がいたが、そのビデオテープの中に小生の握手している姿などが映っているとすると恥ずかしいかもしれない。

イベント終了後知人と分かれて、長津田駅経由、来た道程を逆にたどって帰宅した。

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2005年7月11日 (月)

「夢からさめない」佐野量子

佐野量子「夢からさめない」

承前。
発掘してきた「夢からさめない」の映像。
東京キー局制作番組ではこの曲が披露されたことは無かったということで貴重と思われる映像。

衣装はクリーム色のカーディガンに同色のスカート。普段着にも使えるようなステージ衣装であった。
靴もヒールの低い黒の紐靴。歩くと"ドタドタ"と音といった音がしそうである。
いずれも質実剛健といった感じ。

2拍で一歩のゆるやかなステップにゆったりとした腕の動きが加わる振りを観ながらこの曲を聴くかぎりでは、気だるい感覚に襲われるのもしかたないところ。
そしてテレビ露出もなく、さほど売れなかったこの曲。佐野量子女史はこのまま芸能界から消えていくのではないか、とも思えるのであったが…実際にはそうはならなかった。

「夢からさめない」佐野量子
JanJanサタデー
1986年12月13日

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