2019年8月12日 (月)

1989年8月12日

小生が東京駅の八重洲中央口の東海道・山陽新幹線改札から出場しようとすると、改札の向こうに見知った顔が並んでいるのが見えた。聞くところによると、名古屋から帰ってくる佐野女史を待っているとのこと。ということで、小生も待たせてもらうことにした。


やがて佐野女史が改札口へと現れ、小生らは、タクシー乗場まで移動し、佐野女史を見送る。


その後小生は、日比谷シャンテに移動。
日比谷シャンテBLOCK3の1階にあるTBSのサテライトスタジオのモニターは東京放送のテレビジョン放送が映っているが、本日は『五島福江行』が流れていた。
その後、”土曜の夜につかまえて!”の公開生放送を観覧。


放送終了後、”土曜の夜につかまえて!”の出演者が帰っていくのを見送る。その後小生は、大田区多摩川に宿泊した。

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2019年7月30日 (火)

1989年7月30日

本日、小生は、静岡市内において、佐野量子のイベントに参加する予定である。

NTT静岡支社が発行している『とぅるる』に掲載された情報によれば、本日10時から10時40分に、"マルカール"おいて、佐野量子のサイン会が開催されるとのことである。

とぅるる10号1  

また、同じくNTT静岡支社が発行している『とぅるる』に掲載された情報によれば、本日13時から15時に、静岡駅ビルパルシェ5fFにおいして、"とぅるる夏まつり"が開催されるとのことである。

とぅるる10号2

連日静岡駅に降り立った小生。まずは、サイン会が開催されるというマルカールに向かう。

マルカールは、静岡駅の北口から徒歩5分程の場所にあった。テレホンカードショップとNTTのショールームが一体となったものといった感じであった。

ここで、<A HREF="http://ais005.cocolog-nifty.com/hakkutsu/2019/07/post-71beaf.html">7月4日にアポイントメントを取っておいた広報の担当課長を呼んでいただこうと、ストラップ付きの一眼レフのカメラ首にかけたNTTのかた声をかけたところ、偶然にも小生の知人であった。これはバツが悪い。しかしこの時点で気付いたことは、良かったとも言える。本日は目立たぬよう行動せねばならない。

ただし、テレホンカードを購入すると、握手会に参加できるとのことだったので、マルカール開店記念テレホンカードセットを2セット購入した小生であった。

19890730マルカール開店記念テレホンカードセット(表)(150dpi)

19890730マルカール開店記念テレホンカードセット(裏)(150dpi)

マルカールでのイベント終了後、静岡駅ビルパルシェへ向かう。

会場は、いつも"Jan Janサタデー"の公開生放送が催行される場所であるが、"Jan Janサタデー"の公開生放送のときとは違って、6階へとつづく階段の前には椅子が並べられていた。小生は、本日は目立たぬようにと、椅子には腰掛けず、立ち見の観客の中にまぎれる。

13時に放送開始。司会は"くんちゃん"こと国本良博アナウンサーと、相馬知実アナウンサーである。

11

放送終了後、小生らは、静岡駅のパルシェ口に移動。佐野女史と同じ新幹線に乗車したが、例によって、途中駅で下車し、ホームから佐野量子を見送った。

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2019年7月29日 (月)

1989年7月29日

本日は"静岡第一テレビ"の公開生放送番組"JanJanサタデー"観覧のため、静岡までやって来た小生。

本日の"JanJanサタデー"は、静岡第一テレビスタジオからの放送となっている。

静岡第一テレビスタジオからの放送となる"JanJanサタデー"には1988年7月16日にも参加しているので、勝手がわかっている。

本日の"JanJanサタデー"のゲスト出演者は、佐野量子女史である。

佐野女史はパジャマ姿で「あくび」を歌唱。

番組終了後、小生ら一行は、いつものように静岡駅で佐野女史を待ち、同じ新幹線の列車に乗車。毎度のことながら小生は途中駅で下車し、ホームから佐野女史を見送った。

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2019年7月22日 (月)

1989年7月22日

本日は、中野に行った後、日比谷まで移動。


日比谷シャンテで、"土曜の夜につかまえて!"の公開生放送に参加。


大田区多摩川に宿泊した。

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2019年7月19日 (金)

1989年7月19日

本日は、新宿ALTAに出向き、”笑っていいとも!”の出待ちさせていただいた。

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2019年7月15日 (月)

1989年7月15日

本日は、川崎岡田屋モアーズ屋上において開催される、ニッポン放送の"モアモア歌謡センター"の公開生放送に参加した。

ゲスト出演者は、佐野量子女史と北岡夢子女史であった。

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2019年7月11日 (木)

1989年7月11日

本日の小生は、オリコン通信寄稿士のペンネーム"CHELSEA♡SPECTOR"氏のご好意により、文化放送の番組”お遊びジョーズ!!"を放送しているスタジオに入れてもらうことになっている。

”お遊びジョーズ!!"は、四谷の文化放送の本社内のスタジオから生放送をしているとのことであり、四谷駅前で"CHELSEA♡SPECTOR"氏と待ち合わせ、合流すると、"CHELSEA♡SPECTOR"の後について、新宿通りを新宿駅方面に暫く歩き、左折。さらに右折、左折、右折と繰り返し、文化放送の前に到着した。

そのまま"CHELSEA♡SPECTOR"の後につき、文化放送社屋内へと入っていく小生。防音が施された扉を開けて、学校の教室くらいの大きさでずいぶんと天井の高い部屋へ入る。部屋の中には、机と椅子が並べられている。"CHELSEA♡SPECTOR"氏が"このあたりでいいかな"と、部屋の中の、とある椅子に腰掛けたので、小生もその横の椅子に着席した。"CHELSEA♡SPECTOR"氏に、ここはどういった場所なのかと問うてみると、ここが、放送を行うスタジオなのだという。
確かに正面には、控えめではあるが、ガラス張りの調整室のようなで部屋もあるようだし、マイクロホンをその上に乗せて島状に並べられている机も、何カ所かに散在している。
小生は、ラジオ番組の収録はもう少し狭い場所で行われているのだろうと思いこんでいたので、このような解放感のある場所がスタジオだとは想像できなかったのであった。

"CHELSEA♡SPECTOR"氏と雑談をしていると、やがて、ちびっこギャングの二人と、長山洋子女史、佐野量子女史、勇直子女史が入ってきて、小生らの右斜め前方10メートルほどにセットされていた"島"に着座した。
どうやら生放送がはじまったようなのではあるが、何を話しているのかは、まったくわからない。室内に、放送中の番組のモニター音が流れるわけでもない。そして、小生ら二人と”お遊びジョーズ!!"の出演者の他にも、このスタジオの中には何か作業でもしているのか、多くの人たちがいるため、スタジオの中というにしては、騒がしかったということもある。
というわけで、小生が、"CHELSEA♡SPECTOR"氏と雑談しながらときどき横目で佐野女史を窺ったりしているといううちに、放送は終わってしまった。
小生らは、スタジオ内に多数いる”お遊びジョーズ!!と関係ない人たち"、といった体でそこにいたので、佐野女史から、こちらに気付いたような素振りを見ることはなかった。はたして佐野女史は、小生らに気付いていたのだろうか。

出演するコーナーを終えたのか、ゲスト出演者の方々は退室していった。
小生らも早々にこのスタジオを後にした。

文化放送前には、佐野女史を出待ちしている知人らがいることが想定されたので、その知人らに気付かれないように社屋を出る。そして、文化放送の玄関前にいる知人らの集団のうしろにまわり、さも今到着したような感じを醸し出しつつその集団に加わった。

しばらくすると、文化放送の玄関から佐野女史が出てきた。
出待ちをしていた知人らは、佐野女史に引き寄せられていき、佐野女史を中心とした輪ができた。その輪を見守るといったふうに
数歩離れて立つ小生。

佐野女史が、すっと顔をあげたとき、佐野女史と小生との視線が合った。

小生をみつけた佐野女史が一言。"○○さん(小生の氏)中にいたんですよ~ぉ↑" 

おいおい佐野さん、台無しだよ。

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2019年7月 8日 (月)

1989年7月8日

本日小生は、まず、立川WILL7階のソニーアミューズメントスポットに出向き、7月9日に催行される”ライブインWiLL"の整理券をいただいた。7月9日の”ライブインWiLL"の整理券については、既に知人に入手を依頼してはいたのであるが、開場の確認も兼ね、立川WILLに赴いてみたといったところである。

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 その後、新宿に向かい、新宿NSビルで催行される里中茶美女史のイベントを観覧する。会場はおなじみの大時計広場であった。7月21日発売予定の里中女史2枚目のシングル「魔法のビート」関連のイベントということになるはずであるが、「魔法のビート」はまだ、発売前のため、小生が毎週講読しているオリコン・ウィークリー誌にも、このイベントは掲載されていなかったが、大田区多摩川の、小生の宿泊場所には、全国のありとあらゆるアイドル関係のイベントの情報が集まってくるので、参加するイベントは選び放題なのである。

大時計広場に入る。舞台後ろには、"里中茶美.歌う!!"と記された看板が掲げられていた。カーペット部分にまだ空きはあったが、その中には入らず、いつものごとく、オリコン通信寄稿士仲間とともに、会場の後方でイベントの進行を見守る小生らなのであった。

19890708里中茶美@新宿NSビル

イベントが一段落し、里中女史が退場したところで、突然会場に聞いたことのない曲が流れだし、舞台袖から一人の女性が飛び出して歌を歌いだした。そして歌い終えると、すぐさま退場していった。あっけにとられつつその一部始終中を見ていた小生であったが、気を取り直し、ちょうど小生のそばにいた、オリコン通信寄稿士のペンネーム"渡辺洋"氏に、今おこった出来事はなんだったのか聞いてみると、今歌ったのは早坂好恵女史であること、早坂女史は里中女史とともに"HeBeE"というプロジェクトからデビューすること、など、氏から教えていただくことができた。

会場内では、何かが配られており、小生もいただいてみると、それこそが、HeBeEプロジェクトのプロモーション用のカセットテープであった。

19890708里中茶美・奥永知子プロモーションカセット(レーベル)(150dpi)

19890708里中茶美・奥永知子プロモーションカセット(SIDE-A)(150dpi)

その後、里中女史が舞台上の再登場し、サイン&握手会となった。小生は、それには参加せずに、会場を辞して、次の目的地に向かった。

次の目的地は日本テレビ放送網、通称日本テレビの本社ビルである。新宿駅から中央・総武線(各駅停車)の電車に乗車し、市ヶ谷駅で下車し、麹町四丁目の交差点方面に進むと、左側にそのビルが見えてくる。本日はここから、佐野量子女史かゲスト出演する"鶴ちゃんのプッツン5"の生放送が行われるのである。"鶴ちゃんのプッツン5"は公開生放送であるが、スタジオからの放送であり、観覧するには事前に申し込みが必要なことになっていた。小生は観覧のために必要な手続きをまったく踏んではいなかったが、知人に誘われて日本テレビまでやってきたのであった。ただ単に、入り待ち出待ちをしようというのではなく、日本テレビの駐車場入り口で、佐野女史のマネージャーの鈴木氏をつかまえ、スタジオに入れてもらえるように手を回してもらうお願いしようという目論見なのであった。

日本テレビの駐車場の入り口は、建物の北の通りに面している。駐車場入り口の見張りは若い衆にまかせ、小生は、日本テレビ建物の北西にある入口の前で待機する。そのうちに、”鶴ちゃんのプッツン5”の観覧者とおぼしき人たちも集まりだし、建物の中に入っていく。建物の中で入場待ちの列が着々と伸びていた。この建物の一階部分はガラス張りのなので、建物の外からでも中の様子が丸見えなのである。

小生が建物入口横で待っていると、駐車場の入口方面で動きがあった。駐車場の入口にいた者が、佐野女史を乗せた白いジェッタが駐車場に入ってくるところを見つけたとのこと。小生は、建物沿いに右に曲がって駐車場の入口まで行ってみた。白いジェッタの窓は開き、マネージャーの鈴木氏とYM氏やSK氏が鈴木氏に入場交渉をしているところであった。そうて、マネージャーの鈴木氏が、T.V.局のスタッフに話しを通してくれるということで話しがついたとのことであった。こういうときには、力のあるマネージャーの鈴木氏は頼りになる。
そして、鈴木氏のジェッタを見送った小生らは、建物入口のガラス扉の横に移動した。しばらく待っていると、T.V.局のスタッフが扉から出てきて、小生らを建物の中に引き入れてくれた。そして、小生らは、すでにできていた列の中に人になったのであった。

しばらく待っていると、列は動き出し、小生らを建物の奥へと引き入れてゆく。
建物内を右に左に曲がり、階段を昇り、列はスタジオの中へと入っていく。スタジオの内部は、舞台とセット、その前の床面の上の椅子席、その後ろに大道具でできた階段状椅子席、といった並びになっいた。
小生らは割り当てられた席は床面上のイス席であった。

前説の後、17時10分に放送が開始された。
"鶴ちゃんのプッツン5"は生放送なのである。
オープニング
全国学校対抗 腕柔道大会
CM
ひかり・ひかるの 愛の土曜劇場
CM
PNN
PNNカウントダウン
お!・NEW
と番組は進行する。
石田ひかり女史が「Natural Choice」を歌唱。

その後
CM
たとえばこんなヤツ! こんなんでましたけど
CM
めざせ! 東大一直線
CM
プッツン 街かどクイズ
CM
その後、佐野女史が「あくび」を歌唱

そして、エンディングとなった。

オープニングでの
鶴太郎氏:「あくび」?、あらまぁ~、秋本康?
佐野女史:はい
鶴太郎氏:でしょ?、でしょうね~
佐野女史:はい
のくだりがおもしろかった。

その後、YM氏の自家用車に乗せてもらい日比谷へと移動。
日比谷シャンテで"土曜の夜につかまえて!"の公開生放送を観覧した後、大田区多摩川に宿泊させていただいた。

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2019年7月 4日 (木)

1989年7月4日

本日は、静岡市の北街道沿いの、常葉大学の先にあるNTT静岡支社に出向き、広報室の担当者に面会。7月30日のイベント時にお会いするアポイントメントを取った。

その後、ニッポン放送の"ロッテヤンスタNo.1"の公開録音に参加した。

出演者は、芳本美代子、河田純子、深津絵里、円谷優子の各女史であった。

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2019年7月 2日 (火)

1989年7月2日

本日は、"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送を観覧するため、静岡県浜松市の遠鉄百貨店までやってきた小生。

本日の出演者は、芳本美代子女史及び佐野量子女史である。

会場の屋上へと昇ると、舞台の前のおおかたの椅子席は、雨天にもかかわらず既に先客の荷物で埋まっていた。舞台にも客席にも屋根はなく、雨中の観覧になることが予想されたため、舞台近くの席は新進気鋭の若手ファンにまかせ、小生は屋根がある後方で待機することにした。

小生が"SBS歌謡ベストテン"の公開生放送に参加するのは1989年4月16日以来である。約3か月ぶりに参加してみると、本日が特別なのか、はたまた番組恒例になったのかは不明であるが、会場にいる者に、ビンゴカードが配布されていた。

19890702SBS歌謡ベストテンビンゴカード(表)(150dpi)

19890702SBS歌謡ベストテンビンゴカード(裏)(150dpi)

朝から降っている雨は、放送開始が間近に迫っても止む気配はなく、司会者の野田アナウンサー、鈴木アナウンサーは、傘をさしつつの放送となった。

出演者は、佐野女史、芳本女史の順で登壇し、薄いカッパを着て歌唱となった。

放送終了後、小生らはビンゴ大会には参加せず、すみやかに浜松駅に移動し、駅待ちを敢行する。

佐野女史がと同じ新幹線の列車に乗車した小生ら一行。そのなか、小生はひとり途中駅で下車し、佐野女史の乗車した新幹線列車をホームから見送った後、帰宅した。

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